第26話

「よっこいしょおっ!」

 バカーンとバカでかい音を立てて、荷馬車が真っ二つになる。積み荷の樽がいくつか割れて、水とワインがざばざばと林道に流れ出した。

 ユーシアの大剣が冴え渡り、続いて三台ほど真っ二つにされる。



「こっ、この野郎っ!」

 剣を抜いたセイガラン兵が切りかかってくるが、ユーシアはそれを軽く蹴り飛ばす。

「邪魔」

「おごあぁっ!?」

 胸甲にブーツの痕を刻まれて、兵士はもんどりうって倒れた。たぶん死んではいないだろう。



 その間に、猫人たちがニャーニャー言いながら輜重隊の農民兵を追い散らす。

「魔王軍の勇者だぞー!」

「逆らうヤツは皆殺しだぞー!」

「ニャーッニャッニャッ!」

 明らかに楽しんでいる様子だったが、楽しんでるならまあいいかとユーシアは気にしないことにした。



「本職の兵士は数人ってとこか……。残りは全部、その辺の村から集められた農民っぽいね。あんまり手荒なことはしないであげて」

「がってんでさあ、ユーシア様!」

「調子いいなー」



 最初の馬車を真っ二つにしてから、猫人斥候たちの態度がガラリと変わった気がする。臆面もなく強者におもねるのは魔族の習性らしい。

「最初はビクビクしてたくせに……。なるほど、魔王様が武功を挙げたがる訳だ」

 うんうんと納得しつつ、林道で渋滞している馬車を片っ端から両断していく。



「おいしょおっ!」

 大型の馬車を修復不可能なぐらいに破壊しておいて、そのまま林道に放置する。輜重隊の物資はここから動かせなくなるし、ただでさえ狭い林道が塞がれて退路が断たれる。

「食べ物も飲み物もなくなったら、さすがにもう進めないもんね。確かにこれなら、あんまり殺さずに戦争に勝てるな……」



 感心しながら敵兵を追い散らす。

「私は! 魔王軍の勇者ユーシア! 刃向かう人は斬っちゃうぞ!」

「ひいぃ! 本物の勇者だあぁ!」



 勇者ユーシアの名はセイガラン人には知られていないはずだが、なんせ目の前で馬車を真っ二つにしているので説得力がある。

 悲鳴をあげながら農民兵たちは転げるように逃げ去った。飲まず食わずの過酷な逃避行になるだろうが、さすがに敵の面倒までは見ていられない。軽く手を振ってお見送りする。



「人じゃなくて馬車を斬る方が戦の役に立つってのは、個人的にちょっと嬉しいかも」

 ユーシアは笑い、大剣を担いだ。

 それからふと背後を振り返り、何かに気づく。

「あれ? 道どこ?」



 シュナンセン方面に戻る林道が、いつの間にか消えていた。

「おっかしいな……。さっき馬車が駆けてったよね? 前半分だけ」

 きょろきょろしていると、盗んだ馬に乗った猫人たちが答える。

「樹人ですよ、姐さん」

「樹人? ああ、魔王軍に協力してくれてるっていう魔族? 木の?」



 略奪品の山に埋もれた猫人が、馬の背でコクコクうなずいた。

「そう、そいつらです。あいつらはじんわりじんわり動いて、いつの間にか道を隠しちまったんですよ」

「いつの間に!?」



 驚くユーシアに、猫人は干し肉を差し出しながら言う。

「レグラスの旦那から聞いたんですけど、樹人は動きがゆっくりなんで魔族も人も見落としちまうらしいんですよね。見た目は完全に木ですし。はいこれ」

「あ、ども」



 略奪品の干し肉を受け取ってもぐもぐ頬張りつつ、ユーシアは深い森を見回す。

「どれが木でどれが樹人なのか、全然見分けがつかないや……」

「見分けがつくのはあいつらが襲ってくるときだけですよ。それより姐さん、そろそろずらかりましょうや」

「そうだね。撤収!」

 ユーシアの号令に、猫人たちがニャーと返事をした。


   *   *


 セイガランの勇者スロヴァンスキは投げ槍を手にしたまま、前後の事態にどう対処するか悩んでいた。

「後方の輜重隊が勇者に襲撃されているとなれば、撃退できるのは俺だけだが……」

 しかし部下たちは接近してくる魔王を指さす。



「ですが隊長、魔王の相手は我々には無理です!」

「といっても、俺は一人しかいないんだぞ。くそっ、どうすればいいんだ!?」

 既に本陣は大混乱で、将軍からの伝令が戻ってこない。自分で考えて動くしかなさそうだ。



 前方の魔王には投げ槍が全く通用しない。それを考えると、後方の勇者を倒しに行った方がマシに思える。

 だがスロヴァンスキには、それができなかった。



「俺は投槍隊の長だ。命令なくして持ち場を離れることはできん。後ろの勇者はもう知らん! こうなったら何としても魔王を倒すぞ! 総員、自分の槍を持て! 覚悟を決めろ!」

「おお!」



 部下たちが投げ槍を掲げて雄々しく声を上げたとき、遙か彼方の魔王が猛ダッシュしてきた。

「なにっ!?」

 さっきまでの悠々とした歩みが嘘のように、人狼の魔王は駿馬よりも速く迫ってくる。獲物を仕留めようとする狼のようだ。



「このっ!」

 焦りを感じつつも全力で投げ槍を投擲するスロヴァンスキ。

(敵がこちらに突進してくるときは、敵の速力だけ槍の速さが増す! 威力も同様! ならば勝機はある!)



 そう自分に言い聞かせて放った投げ槍だが、槍が手元を離れた瞬間にスロヴァンスキは失敗を悟った。

 狙った場所に魔王がもういないのだ。



「速すぎる!? まさかまだ本気ではなかったというのか!?」

 スロヴァンスキは次の投げ槍を手にしたが、もう狙いを定める余裕はなかった。魔王が森の中に入ってしまったからだ。

 槍を投げる直前、スロヴァンスキは慌てて思いとどまる。



(いかん、投げれば森の中の味方に当たる!)

 セイガラン軍は森の中に広く展開しており、適当に投げれば魔王よりも友軍に当たる確率の方が遙かに高い。

 一介の武人として、味方を後ろから討つようなことだけはできなかった。



 スロヴァンスキは投げ槍器をベルトに戻し、投げ槍を両手で持つ。

「なるほど……。今までの動きは全て、我が軍の輜重隊を襲撃するまでの時間稼ぎだったということか。そして今、ようやく本気を出したと」



「そうだ」

 背後から声が聞こえた瞬間、スロヴァンスキは振り向きざまに槍を繰り出した。

「投げるだけの男と思うなよ!」

 ビュオッと空を裂いて穂先が人狼を襲う。



 だが人狼の魔王はそれを片手で受け流した。

「良い手並みだ。修練を感じるな」

 受け流した掌をくるりと返し、槍の柄をつかむ魔王。

 そこから何が起きたのか、スロヴァンスキには理解できなかった。訳もわからずにひっくり返っていたからだ。



「うおぁっ!?」

 起き上がろうとしたが、手首と肘の関節をガッチリと極められている。肩が地面から浮かない。起き上がるのは無理だ。



 身動きを完全に封じられたスロヴァンスキに、魔王ウォルフェンタインは静かに告げる。

「人間と人狼では勝負にならぬ。勇者の力を得た人間も、魔王の力を得た人狼には勝てぬのだ」

「何をしている、俺に構わずこいつを討て!」



 スロヴァンスキが部下たちに命じると、部下たちは槍を放つ。

「お許しを、隊長!」

 豪雨のように降り注ぐ槍を、魔王は片手一本で薙ぎ払った。

「むん!」

 投げ槍が折れて吹き飛び、そこかしこに散らばる。



「うわぁっ!?」

 ひっくり返った兵士たちに、魔王は威圧感のある言葉を投げかける。

「勇気に免じて一度だけ赦そう。だが次はないぞ」

 その一言が効いたのか、兵士たちは魔王を取り囲んだまま動かなくなった。



 なすすべもなく倒れているスロヴァンスキは魔王に怒鳴る。

「殺したければさっさと殺せ! 覚悟はできている!」

 すると魔王はフッと笑みを漏らした。



「殺すには惜しい男よ。実力を発揮できずに討たれてはおぬしも無念であろう」

「どういう意味だ……?」

 困惑したスロヴァンスキの問いに、魔王はこう返す。

「その代わり、おぬしに聞きたいことがある」

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