第25話
勇者スロヴァンスキは投げ槍器を握り、少しずつ近づいてくる魔王を見据えた。
魔王は落ち着いた歩みで近づいてきているが、投げ槍が命中する直前だけ雷光のような俊敏さで回避した。
(本気で駆けてくれば一瞬だろうに……ずいぶんと余裕だな、魔王め)
挑発されていると感じたスロヴァンスキは、右手だけで投げ槍を構える。
だが今度は左手にもう一本、投げ槍を手にしていた。
「だったらこいつも避けてみろ!」
一投目の直後に左手の槍を投げ槍器にセットし、間髪いれずに二投目を放つ。
(これで終わりと思うなよ!)
地面に刺してあった槍を抜き、さらに三投目と四投目を放った。魔王が次々に避けていくのを眺めながら、五投目を曲射で放つ。
そして六投目を直射で投げつけた。
(最初の四投で慣れたところに、曲射の五投と直射の六投が同時に突き刺さる。『連投』と『交差』の極意、これで終わりだ!)
六本の投げ槍はほぼ一瞬で全て放たれており、常人ならば慣れる暇すらなく貫かれて絶命する。魔王相手でもなければ使う必要のない、過剰な威力を持つ技だ。
必殺の確信を抱きつつも、スロヴァンスキは油断せずに次の投げ槍を手に持つ。
(さあ、どうだ!?)
魔王ウォルフェンタインは四本目までの投げ槍を全て紙一重で避ける。完全に軌道を見切っている様子だ。
だがそこに寸分の狂いもなく、二本の投げ槍が同時に着弾した。
完璧な仕上がりに満足しかけていたスロヴァンスキは、その直後に喉の奥から悲鳴にも似た声を漏らす。
「なっ!?」
魔王ウォルフェンタインは無傷だった。
左右の手に握られているのは、五投目と六投目の投げ槍。大地を穿つほどの威力を持つ投げ槍を、片手でつかんでいる。受け止めたのだ。
魔王は投げ槍を無造作に転がすと、再びゆっくり歩き出した。
「馬鹿な!? 払うか避けるかで精一杯ではなかったのか!?」
動揺を隠せないスロヴァンスキ。切り札で決着を狙っただけに、焦りが生じている。
「俺の、俺の投げ槍をつかむことなどできてたまるか!」
渾身の力で投げ槍を放つが、魔王は避けなかった。狙いがわずかにズレていたからだ。
(まずい、平常心を失っている!)
スロヴァンスキは冷静さを取り戻す。焦りは集中を乱し、それが精度を狂わせ、威力を殺し、速さを鈍らせる。平常心なくして勝てる相手ではない。
(俺の技では魔王は倒せないというのか……)
スロヴァンスキは投げ槍器を握りしめ、ゆっくり深呼吸する。
そして勇者ではなく、セイガラン軍の将として部下に命じた。
「魔王が強すぎて、俺では仕留めることができん。俺があいつの足を止めるので、次の策を講じてくだされと将軍にお伝えしろ」
「は、ははっ!」
スロヴァンスキは投げ槍を構えたが、今度は魔王の足下を狙った。
「バケモノめ、味方には指一本触れさせんぞ!」
渾身の投擲を絶え間なく繰り返したせいで、自身の力が少しずつ弱まっていくのを感じる。
だがそれでも、戦士として戦わねばならない。
「我が軍に近づきたければ、森の土で顔を洗うがいい!」
次第に弱まっていく投げ槍を次々に放ち、魔王を牽制するスロヴァンスキ。衰えたとはいえ威力はまだ十分に高く、当たれば魔王とて無事では済まないだろう。
魔王もそれを理解しているのか、丁寧に避けながら少しずつ距離を詰めてくる。
(くそっ、このままでは魔王が味方と接触してしまう。そうすれば被害は甚大だ。味方はまだ魔王に接近されていないか!?)
森の中は視界が開けておらず、大半の部隊は茂みや木陰に埋もれるように配置されている。目の前にいるはずなのだが、陣形が把握できない。見えているのは林道を封鎖している長槍隊の一部だけだ。
(こうなったら力の限り挑むまでだ。近づけば投げ槍の精度と威力は増す。敵の間合いに入るまでは俺だけが攻撃できる! 敵の間合いに入れば、それこそ好機だ。至近距離なら差し違えてでも絶対に外さん!)
スロヴァンスキは槍を投げる。
「うおおおっ!」
セイガランの歴代勇者が得意とする投げ槍は、極めれば放っただけで落雷のような衝撃と轟音を生じるという。初代勇者が実際に放ったとされている。
だが衝撃によって勇者自身も深く傷つき、その後の戦いで命を落としたとも伝えられている。
スロヴァンスキは今、その初代勇者にも似た覚悟で投げ槍を投げ続けていた。
「やらせん! 味方はやらせんぞ! 兵卒を守るのが俺の仕事だ!」
雄叫びと共に投げ槍が空に吸い込まれ、魔王めがけて落ちていく。いずれも必殺必中の一撃だ。
なのに当たらない。
魔王は前後左右に巧みに攻撃を避け、土煙に紛れて姿を消してしまう。ほんの一瞬だがスロヴァンスキは標的を見失い、連投できなくなっていた。
それすらも魔王の策だと気づき、スロヴァンスキはますます必死になる。
「やるな魔王! だが俺は負けんぞ! くらえ!」
次の投げ槍を手にしたスロヴァンスキは、投擲態勢に入る直前にふと手を止めた。
(何か……おかしくないか?)
うまく説明できないが、何かがおかしい。このままではまずいような気がする。
しかしその理由がわからないので、スロヴァンスキはどうするべきかわからなかった。
そしてまた、魔王が森の中から林道へと戻ってくる。
「あっ!?」
そのとき、スロヴァンスキは自分が罠にかかったことに気づいた。
(なぜわざわざ姿を見せる必要がある!? 木々に紛れて接近すれば良いのに、なぜ林道をのこのこ歩いてくるのだ!? あれは囮のやることだ!)
スロヴァンスキにも兵法の心得はあるが、まさか「魔王が囮」などという可能性は全く考えていなかった。魔王こそ最強最大の脅威であり、その魔王が正面から迫ってくるなら小細工など無用のはずだからだ。
しかしそれでも、スロヴァンスキは投げ槍を構えるしかなかった。
魔王を倒すことが勇者スロヴァンスキに与えられた役割であり、眼前に展開している兵士たちも勇者の投げ槍があるからこそ魔王と対峙できている。
今ここで投げるのをやめてしまえば、全軍が大混乱に陥ってしまうだろう。
焦りを感じつつ、スロヴァンスキは配下の兵士に声をかけた。
「おい、誰か将軍に御注進してくれ! 魔王の動きがおかしい! あいつはおそらく陽動だ! 何かを企んでいる! 奇襲に警戒するようお伝えしろ!」
「そんな馬鹿な!?」
兵士たちもにわかには信じられない様子で動揺している。無理もない。
「いいから早く行け! 俺にはもう時間を稼ぐことしかできん!」
「ははっ!」
部下たちが敬礼し、走り出そうとしたときだった。
「……なんだ?」
「後方が騒がしいぞ?」
部下たちが立ち止まって後方を振り返ったとき、一台の二輪馬車が狭い林道を疾走してきた。古代の戦車(チャリオット)に似ているが、もちろん今ではそんなものを使う軍隊は存在しない。
御者の農民が真っ青になって叫んでいる。
「とっ、停めてくれえええええ!?」
「どういう状況だ!?」
スロヴァンスキはとっさに投げ槍を放ち、馬車の片輪を的確に撃ち抜いた。荷台が地面を擦り、馬車が旋回しながら急減速する。
「あひゃああああっ!?」
慣性で放り出された農民を片手で抱き留め、もう片方の手で手綱をつかみ、スライドしてきた荷台は片足で受け止める。
馬車を停めたスロヴァンスキは問う。
「これは荷馬車か……だが荷台が前半分だけになっているな。何事だ?」
すると抱えられた農民が悲鳴のような声をあげた。
「ゆっ、勇者です! シュナンセンの女勇者が襲ってきました! バカでかい剣で荷台を真っ二つにされちまったんです! おかげで荷台の後ろ半分が置き去りで……」
「しまった!?」
スロヴァンスキは農民を抱えたまま、思わず叫んでいた。
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