第21話

   *   *


「ほら、こっちこっち。こんなとこにもトリーがあるのよ」

 キュビが魔王たちを手招きしたのは、例の赤い門だった。こちらも森の中に、ひっそりと建っている。

 キュビはふと首を傾げた。



「でも変よね……。こんなとこに妖狐が住んでたとも思えないんだけど、誰が作ったのかしら?」

「あんたにわからないのなら、私たちにわかるはずがないでしょ」

「ま、それもそっか。じゃ、開くね」



 キュビは指を器用に操って複雑な印を結び、呪文を唱える。

「カシコミ・ネガイ・タテマツル」

 ゆらりと空間が歪み、無数のトリーが遙か彼方まで連なった。

 それからキュビは魔王たちを振り返り、微かに焦りをにじませる。



「二人とも急いで。レグラスが一人で頑張ってるから」

「うむ、参ろう」

 真剣な表情の魔王がうなずき、トリーの奥へと歩みを勧める。



 ユーシアもそれに続いたが、ふと背後を振り返った。

「チャラ王さん、大丈夫かな……」

 すると魔王は歩きながら落ち着いた口調で答える。

「そちらは案ずるには及ぶまい。チアラ殿は名将だ」

「そうかな? 本当にそうかな?」



 ユーシアは先行する二人に遅れまいと歩みを早める。

 魔王は背後を一度も振り返ることなく、歩き続けていた。

「ユーシアよ、考えてもみるがいい。決勝会戦の地のすぐ近くに、都合良くトリーがあるはずもなかろう」



 その言葉にユーシアはハッとなる。

「てことは何? もしかしてすぐにトリーで移動できるように、ここにトーリ軍をおびき寄せたってこと?」

「いかにも。そうするように余が要請したのだ。だが神出鬼没の敵騎兵たちをこの地に誘導するには、並外れた軍才が必要となろう。少なくとも余にはできぬな。ははは」



 楽しげに笑う魔王。

「チアラ殿は政治や軍事など多方面に非凡な才を持ち、豪胆さと繊細さを兼ね備えた御仁だ。だがそういう隙のない者は凡人から警戒され、あまり信用されぬ。それゆえチアラ殿は敢えてあのようなくだけた口調を使っておられるのだろう」



 キュビが振り返って怯えた声をあげる。

「そんなとこまで計算してるってこと!? 怖っ!?」

「さよう、恐ろしい御仁だ。しかし同時に苦労しておられる御仁でもある。他人とは思えぬな」



 魔王がそう言った瞬間、ユーシアとキュビが全く同じ言葉を同時に言う。

「魔王様、それどういう意味?」

「うむ……」

 魔王ウォルフェンタインはコホンと小さく咳払いをする。

「失言であったな」



 苦笑してみせた魔王だったが、すぐに真顔に戻る。

「それはさておき、トーリ軍の方はチアラ殿に任せておけばよかろう。我らが考えねばならぬのは、セイガラン軍の方だ。キュビよ、現地の状況はどうか?」



 キュビは首を傾げながら答える。

「あたしにはよくわかんないんだけど、レグラスは『想定通りの動き』って言ってたよ。あたしが向こうを発ったのが今日の朝で、そのときはまだセイガラン軍は森の中をうろうろしてた」



 それを聞き、魔王は安堵したようにうなずく。

「ならば、こちらの拠点はまだ捕捉されておらぬとみてよいな」

 ユーシアは不思議そうな顔をした。

「でも、そんなに心配する必要ある? セイガランには勇者が一人しかいないでしょ? 帝国の勇者が来てたら別だけど、さっきの話だとその線も薄そうだし」



「さよう。敵の勇者はおそらく一人だ。だが余は今回、セイガランの勇者を最も警戒している」

 魔王はそう答え、歩みを早める。

「先ほどの勇者たちは三人とも対人用の武器と技を用いていた。彼らの主な敵は人間で、魔族と戦う備えをしていなかったのだ。それゆえ、人狼に変じた後は容易く討ち取れた」



「確かに普通の武器だったね。私みたいに大きな武器を使ってるかと思ったけど」

 ユーシアが背中の大剣を肩越しにポンと叩くと、魔王は微笑む。

「竜や巨人のような魔族を倒すならその大剣が必要だ。普通の剣ではどうにもならぬ」



 キュビが納得している。

「なるほど、このバカでっかい剣にも、ちゃんと意味があったんだ……」

「そりゃあるよ!? もしかして見栄で担いでると思ったの!?」

「うん、人間は愚かだから」

「ひどくない?」



 キュビとユーシアが楽しげに会話しているところに、魔王は申し訳なさそうに割って入る。

「話を元に戻すが、つまりユーシアは対魔族の武器と技を身につけていることになる。これはシュナンセン領内に魔族の勢力圏があり、魔族との戦いを想定せざるを得なかったからであろう」



 そこでキュビがポンと手を打つ。

「あ、じゃあセイガランの勇者も対魔族用の武器を持ってるかもしれないってこと? あっちも『呪いの森』と隣接してるから」

「さよう。それゆえ相手が一人でも油断はできぬ。もし余かユーシアが思わぬ深手を負ってしまえば、人数面での優位がなくなってしまう」



「さすがに心配しすぎじゃない?」

「用心に越したことはあるまい。無用な気苦労で済めば儲けものだ」

 そう言って笑うと、魔王はキュビに問いかける。



「敵方の勇者について、何か情報はないか?」

「それがぜんぜん……。姿を消してだいぶ近くまで寄ってみたんだけど、それっぽいヤツがいないのよ」



 キュビは困ったように頭を掻く。

「勇者ってさ、普通は目立つ格好してるもんなんでしょ?」

 すると勇者であるユーシアが答える。



「そうだね。トーリの勇者は派手な鎧を着て、兜に羽根飾りつけてたよ。帝国の勇者は地味だったけど、高そうな甲冑は着てた。ちゃんと部品ごとに採寸して作るヤツ。すっごく高いの」

「やっぱりそっか……って、あんたの格好は普通よね」



 するとユーシアはうなだれる。

「私の場合、この大剣にお金かかってるみたいで……。柄のとこは手の握りに合わせて細く作られてるから、折れないように霊鉄でできてるの。これがメチャクチャ高いらしくて」



「霊鉄? ああ、人間たちが錬金術とかいうので作るヘンテコな金属か……。刀身は?」

「さすがに霊鉄が足りないから、こっちは普通の鋼だよ。もちろん業物だけどね」

「なるほど」

 キュビはふんふんとうなずき、魔王に言う。



「だったらやっぱり、勇者っぽい人間はいなかったかなあ。でも敵軍のどっかにいるのは間違いないと思うわ。ものすごい霊力を感じたもん。甲冑を着た騎士たちの中にいるのかも」

「厄介だな」

 魔王は腕組みし、軽く溜息をつく。



「いずれにせよ、ユーシアの大剣のような特徴的な得物を持った者はいないということか。であれば、人間用の武器と武技を用いている可能性が高いが……。しかしやはり、どこか腑に落ちぬな」



「そんなに気になる?」

「なに、余もレグラスに負けず劣らずの心配性なのでな」

 魔王はそう言って笑ってみせたが、目は全く笑っていなかった。

「いずれにせよ急ぐとしよう。これ以上、我が友に苦労をかけたくないのでな」

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