第19話
魔王ウォルフェンタインは身構えつつ、四天王ユーシアに告げる。
「思うがままに剣を振るうがよい。余はおぬしに合わせる」
「わかった」
その瞬間、ユーシアは巨大な両手剣を横殴りに払う。
「うわっとっと!?」
鉄棍のバンコフが頑丈な鉄棍で受けたが、反撃に転じるよりも早く魔王が踏み込んできた。
「お手並み拝見といこうか」
鋭いパンチがバンコフの顔面を捉える。
「ぐふっ!?」
バンコフはとっさに上体を反らして威力を逃がしたが、それでも相当な衝撃だったらしい。がっしりとした偉丈夫が後ろ向きにひっくり返る。
意外にも俊敏な動作で起き上がったバンコフは、トーリ語で叫ぶ。
「おい、『トーリ人! 男の方を止めろ!』」
『やりゃいいんだろう!』
ヤケクソ気味にトーリの勇者カイが双剣で斬りかかる。
一秒ほどの攻防で十数回の斬撃が襲いかかってきたが、魔王は最小限の動きで捌いた。
「なかなかの太刀筋だが、力に傲(おご)って錆び付いているな。格下をなぶる戦い方に慣れてしまったか」
魔王のつぶやきを、ユーシアが耳ざとく聞きつける。
「わかるもんなの?」
「うむ、どの動きにも慢心した隙がある。誘いの手かと思ったが、どうも違うようだ」
魔王とユーシアはそんな会話をしつつ、拳と大剣で鋭い連携攻撃を繰り出す。
双剣使いのカイは二人の猛攻を防ぎきれず、じりじりと圧されていく。
『おっ、おい!? あんたらも戦えよ!』
「えーなに? トーリ語って家畜の鳴き声みたいでわかんなーい」
鎖の長いモーニングスターで距離を取って戦いながら、シャシャが嘲笑う。
メイスで鉄壁の守りを固めつつ、バンコフが軽く溜息をつく。
「あんまり煽るな。敵を消耗させるためにも、あいつには役に立ってもらわないと困る」
「とかなんとか言っちゃって、ビビってるんでしょ?」
「自称魔王サマだからな」
帝国の勇者たちの会話を聞き、面白くなさそうな顔をするユーシア。
「あいつら嫌い」
「まあ敵であるからな」
魔王ウォルフェンタインは苦笑し、拳を構えた。
「彼らの力量は見せてもらった。三人とも決して弱くはない。それゆえ人数の不利を覆すには、やはり死力を尽くさねばなるまい」
「どうするの?」
敵の勇者たちと激しく剣を交えながら、ユーシアが不安そうに問う。
それに優しく微笑み返す魔王。
「余とおぬしが生き残るために、余は今しばらく慈悲の心を捨てよう」
魔王はカイの双剣を素手で払うと、一瞬の隙をついて咆吼した。
「うおおおおおぉっ!」
全身が銀色の獣毛に覆われていく。人狼への変身だ。
一瞬、敵方の勇者たちの動きが止まる。
「なんだと!?」
「こいつ、マジで魔族なの!?」
その機を逃さず、人狼ウォルフェンタインは体を沈める。
次の瞬間、トーリの勇者カイは頭を失って絶命した。
「えっ!?」
その場にいた全員がほぼ同じ声をあげるが、ウォルフェンタインは足下に崩れ落ちたカイに軽く頭を下げる。
「許せ」
「魔王様、何したの!?」
魔王は事もなげに答える。
「肘と膝で頭を挟み込み、そのまま砕いた」
「見えなかったよ!?」
「人間の動体視力は狼には遠く及ばぬゆえ、人狼の動きも読めぬであろうな」
遙か後方のトーリ軍では、騎兵たちが激しく動揺していた。トーリ語で何か叫んでいる。
カダル族の旗を掲げさせられていた他氏族の戦士たちが、旗を降ろしてじりじり後退していく。
一方、帝国の勇者たちはお構いなしだ。
「あのクソ野郎が、まるで役に立ちやしねえ!」
「だからトーリ人なんか使えないって言ったじゃん! もういいよ、やっちゃおう!」
刺球のシャシャがモーニングスターを振り回す。
一方、鉄棍のバンコフは渋い顔をしてメイスを構えた。
「しゃあねえ、やるぜ!」
バンコフは魔王の前に飛び出すと、棒術の構えで魔王を牽制した。
「おら来い、犬野郎!」
反射的にユーシアが叫ぶ。
「犬じゃなくて人狼! じ・ん・ろ・う!」
「うるせえ! おい、シャシャ!」
バンコフが怒鳴ると、シャシャが魔王に襲いかかる。
「おらよ、くらいなっ!」
棘つきの鉄球が死角から魔王の頭を狙うが、魔王は見もせずに軽く頭を動かしてそれを避けた。
だがシャシャはニンマリ笑う。
「かかったね、アホめ!」
シャシャが素早く鎖を引くと、鎖はまるで意思を持つように魔王の巨躯に絡みつく。
上半身をぐるぐる巻きにされ、棒立ちになる魔王。
「むぅ……」
「あっはぁ、やりぃ! 私の本当の二つ名は『縛鎖』のシャシャ! みーんな、騙されるんだよねぇ! 帝国秘伝の霊鉄の鎖、いくら魔王でも切れないよ!」
ぴょんとジャンプして笑うシャシャ。
「ああっ、魔王様!?」
慌ててユーシアが割って入ろうとするが、それよりも早くバンコフがメイスを振り上げる。
「遅えぜ! くたばりやがれ、バケモノ!」
しかし魔王ウォルフェンタインは腕に力を込めると、鎖をバキンと引きちぎった。
「切れぬことはあるまい。加工と破壊は本質的には同じゆえ、鎖に加工できたのなら破壊できる」
「きゃっ!? えっ!?……えっ!?」
尻餅をついたまま、ちぎれた鎖を見て呆然となるシャシャ。
バンコフも驚いた顔をしたが、覚悟を決めたのかメイスを振り下ろした。
「うっ、うおおりゃあぁっ!」
その一撃を片手で軽く払い、魔王はバンコフの懐に入る。
「はっ!」
鋭く踏み込んでバンコフの腹を肘で撃った瞬間、バンコフの背中が爆(は)ぜた。
「ごぶっ!?」
バンコフの背中から臓物と血が噴き出し、草原に真っ赤な大輪の華を咲かせる。
「なん……!?」
信じられないという顔をして、バンコフがドサリと崩れ落ちる。もうピクリとも動かない。
尻餅をついたままのシャシャはガタガタ震えながら魔王を見上げる。
「な、なんだよそれぇ……何したんだよお前……」
「我が一族に伝わる武技のひとつ、『衝徹(しょうてつ)』。全ての衝撃を瞬時に移し替え、力を逃がす暇(いとま)を与えずに破壊する。さほど難しい技ではない」
人狼の姿をした魔王が一歩踏み出すと、シャシャは怯えたように頭を抱えた。
「ひっ!?」
「おぬしは勇者ゆえ、投降は認められぬ。……覚悟せよ」
魔王はゆっくりと拳を構える。
シャシャは必死の形相で立ち上がり、つんのめるようにして走り出した。
「やだぁ! やだやだやだ! もうやだ!」
まるで子供のように逃げていくシャシャ。
勇者の俊足とはいえ、走るフォームがメチャクチャに乱れているせいでさほど速くはない。
だが背後からの追撃はない。その理由を考える余裕すら、シャシャにはなかった。
「逃げなきゃ……早っ……はやく、にげっ……うわっ!?」
シャシャは背後から何かに押されたようによろめいた。
「え……?」
のけぞった彼女の腹から分厚い大剣の切っ先が飛び出し、足下に臓物の塊をぶちまける。
シャシャはそのまま、前のめりに倒れた。
「なっ、なにこれぇ……抜けなっ、痛い!? うあぁっ!?」
血まみれになりながら立ち上がろうとするが、下半身は全く動かない。
シャシャは這いずって逃げようとするものの、大剣で串刺しにされたままではどうにもならなかった。
そこにユーシアが歩み寄る。
「あんたは私が討ち取るよ。うちの魔王様、戦意喪失した敵は殺せないから」
腰のナイフを抜くと、ユーシアはシャシャの傍らにしゃがみ込んだ。
「苦しませてごめんね」
「やめて!? やだよ、死にたくな」
ユーシアが腕にグッと力を込めると、シャシャの悲鳴は途切れた。
それから勇者ユーシアはシャシャに突き刺さっていた大剣を引き抜き、血に染まった巨大な刃を高々と掲げる。
「えと、なんだっけ……あ、そうだ。『勇者、討ち取ったり!』」
一瞬、静まりかえる戦場。
だがそれはすぐに恐慌を引き起こした。
『うわああああぁっ!?』
トーリ騎兵たちは、士気が崩壊して散り散りに逃げていく。
無理もない。自分たちの勇者を失い、そして帝国の勇者たちまで倒されたのだ。シュナンセン軍の勇者と魔王は健在で、どうあがいても勝ち目はない。
『逃げろ! 早く逃げろ!』
『他の氏族なんかほっとけ! どうせカダル氏族はもうおしまいだ!』
氏族単位で行動する癖が災いし、蜘蛛の子を散らすような逃散になる。
それを見ていたシュナンセン王チアラは『真珠の王剣』を高々と振りかざした。
「追撃するっすよ! 俺たちの領地を踏み荒らした連中にはケジメつけさせなきゃダメっしょ! 総員突撃(レッツパーリィ)!」
ウォルフェンタインとユーシアの奮闘で敵方の勇者が全滅したことで、シュナンセン軍の士気は最高潮に達していた。
「トーリ騎兵どもを許すな!」
「おうよ、焼かれた村の恨みを忘れるものか!」
「うちの領民を殺しておいて、生きて帰れると思うなよ!」
怒りに燃えた騎士と歩兵たちが穂先を並べ、混乱状態のトーリ軍を半包囲する。
軽快な機動力を最大の武器とするトーリ騎兵は、統制を失ってしまうと恐ろしく脆い。
戦いは一方的な殺戮となり、トーリの氏族連合軍は完全に崩壊した。
この歴史的大敗をきっかけにトーリの各氏族は内紛と衰退の一途をたどり、彼らがシュナンセンに侵攻することは二度となかった。
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