第18話

 トーリ公国の勇者カイは双剣術の達人だ。攻撃と防御、さらにフェイントや牽制、さらには絡め取りや押さえ込みと、左右の剣が瞬時に役割を入れ替えて敵を翻弄する。

 だが勇者の力に覚醒して以来、この技を使う機会に恵まれていない。

 フェイントや牽制などしなくても、勇者の斬撃を避けられる者などいなかったからだ。



『シェアアッ!』

 右の剣で首を狙いつつ、敵の動きを予測して左の剣で刺突を放つ。神速の二連撃だ。

 仮に防がれたとしても、右の剣が既に次の攻撃態勢に入っている。大きく踏み込んで一回転し、裏拳の要領で横に薙ぐ。脇腹でも膝でも自在に軌道を変えられる。



 しかしシュナンセンの女勇者には通用しなかった。

「遅すぎ」

 巨大な両手剣が壁のように突き立てられ、最初の連撃をあっけなく弾いてしまう。踏み込もうにも相手の剣が邪魔で懐に入れない。



『ちっ!』

 無理な攻めを戒めて後ろに飛び退いた勇者カイに、シュナンセンの女勇者が言う。

「勇者ってさ、魔王と戦うのが仕事でしょ? でもあんたの剣術って人間用よね?」

『蛮族め、何をゴチャゴチャ言っている!』



 言葉は通じないが、表情と口調からバカにされているのは察した。

『いくぞ!』

 相手の大剣を迂回し、側面から切り込む。勇者の瞬発力だからこそ可能な攻撃だ。



 だがこれも効果がなかった。こちらの回り込みに反応されてしまったのだ。

 地面に刺さっていた大剣がヒュッと抜かれ、切っ先が勇者カイの鼻先に突きつけられる。

「何がしたいの?」

 同じ勇者同士、身体能力は拮抗しているようだった。



『むおっ!?』

 間一髪で飛び退いたが、口に土が入ってしまった。慌てて吐き出す。

 一方、女勇者は呆れ顔だ。

「なんか調子狂う……勇者同士の戦いってこんな感じなのかな?」



『このアマ……』

 巨大な剣を小枝のように振り回す剣術など、勇者以外には習得できない。勇者カイも、そんな剣術を使う相手とは戦ったことがなかった。

 どう攻めれば守りを崩せるのか、相手がどのように打ち込んでくるのか、全くわからない。攻撃も防御も独特すぎて、普通の剣術では予測不能だ。



『シュナンセンの勇者は、生まれた時から勇者として育てられるという噂は本当だったか……』

「何言ってるのかわかんないけど、決着つけちゃおうよ。あんまり時間かけてると、人を斬る覚悟がだんだんグラついてきちゃう」



 そう言いながら女勇者が大剣を横薙ぎに払う。巨大な死の円弧が発生し、勇者カイは慌てて飛び退いた。受け流すには重すぎるし、懐に飛び込むには隙がなさすぎる。

『バケモノめ!』

「あ、なんか悪口言ってる! そうでしょ!?」



 ヒュオッと軌道が変化し、大剣が真上から襲いかかってきた。とっさに避けるが、今度はすくい上げるように切り上げてくる。

『うわっ!?』

「おー、やっぱり避けるね。さすが勇者って感じ」



 巨大な剣で複雑な連続斬りを放ったというのに、女勇者は息ひとつ乱していない。勇者だから当たり前とも言えるが、勇者特有の凄まじい膂力(りょりょく)をフル活用していた。

『このままではまずい……』



 人間用の剣と技法では、この女勇者を倒すのが難しい。

 そう判断した勇者カイは、大声で叫ぶ。

『北の勇者たちよ! 力を貸してくれ!』


   *   *


「ん?」

 ユーシアは相手が叫んでいるのを聞いて、軽く眉を寄せた。

(なんかよくわかんないけど、とりあえず斬っちゃお)



 考えても仕方のないことは考えない主義の彼女は、必殺の袈裟斬りを放つことにした。特にどうということのない袈裟斬りだが、分厚い城壁を崩すほどの威力がある。

 しかし大剣を振り下ろす直前、ユーシアは後ろに飛び退いた。

 猛烈に嫌な予感がしたからだ。



「んっ!?」

 敵陣から二人、人間とは思えない速さで走ってくる男女がいる。

「え、まさかあれも勇者!?」

 さすがに三対一では勝ち目がない。警戒している間に、トーリの勇者が後ろに退いて彼らと合流する。



「あーあ、何してんだよコイツ。使(つっか)えねえ」

 駆けつけてきた者のうち、女の方が口を開いた。シュナンセン語とほぼ同じ、北方の帝国共通語だ。

 女は甲冑姿で、手には鎖を持っている。鎖の先端には棘だらけの鉄球がついていた。モーニングスターだ。



 そしてもう一人、男の方も甲冑姿だ。こちらは重たげな鉄棍を担いでいる。いずれも重厚な鈍器を用いている点が、ユーシアには気になった。

 男は無愛想に応じる。

「勇者といってもトーリ人などこんなものだ。期待するな」



 それから男はトーリの勇者カイに対して、トーリ語で何か告げる。

 カイは怯えた表情をして、コクコクうなずいていた。



 ユーシアは大剣を構え、じわりと後ずさりする。

「えーと、これどういう状況……? てか、もしかして帝国の『六勇者』?」

 すると甲冑姿の女がユーシアを見た。



「あんたがシュナンセンの勇者? えと、ユーシアだっけ? うわ、クッソだせえ顔」

 隣の男が溜息をつく。

「お前も似たようなもんだろうが。お察しの通り、俺たちは帝国の『六勇者』だ。俺は『鉄棍のバンコフ』、こっちが『刺球のシャシャ』」



 そう言ってから、バンコフと名乗った男は鉄棍をビュオッと振り回した。

「女勇者とはツイてるぜ。殺す前に俺の鉄棍でたっぷり喘がせてやるよ」

「うわ最低。死ねよキモコフ」

 シャシャが鎖でバンコフの足下をバシンと叩くが、バンコフはニヤニヤ笑っている。



「ははっ、喚くな喚くな。六位のお前に何ができるんだよ?」

「うっせ、お前だって四位じゃん。下から数えた方が早いっつーの」

 よくわからないが、帝国から来た勇者たちは仲が悪いらしい。



 シャシャが後ろを振り返り、及び腰になっているカイを引きずり出す。

「ほら、お前も戦うんだよ! 七番目の勇者になりたかったら、少しは役に立てよオラ! 後ろの連中ごと皆殺しにしちまうぞ!」



「あ、脅迫されてる感じ? なんか事情が見えてきたかも……」

 ユーシアはつぶやきながら、包囲されないように身構える。

 そのとき、シュナンセン軍から一人の男が進み出てきた。



「待たれい!」

 銀髪の大男が、黒いマントを翻しながら現れる。

「トーリの勇者カイ殿! そして帝国の勇者バンコフ殿とシャシャ殿! 三対一では勝負になるまい!」



 鉄棍のバンコフが顔をしかめる。

「なんだあいつ?」

 ユーシアは教えてあげた。

「うちの魔王」

「はぁ!?」



 バンコフが問い返すよりも早く、銀髪の男が名乗る。

「我こそは『呪いの森』の魔王、ウォルフェンタインである! 我ら魔王軍、義によってシュナンセンに加勢いたす!」



 帝国の勇者たちが顔を見合わせる。

「えっ、なに!? なんで!? 義って、魔王が!?」

「魔王が人間に味方する訳ねえだろ!? 適当こいてんじゃねえぞ! てか、どう見ても人間じゃねえか!」

 バンコフが叫ぶと、ウォルフェンタインはマントを脱ぎ捨てた。



「信じられぬのならそれでもよい。いずれにせよ、おぬしたちはここで死ぬのだからな」

「あ、魔王っぽい」

 ユーシアがクスッと笑い、ウォルフェンタインに駆け寄る。



「私が全部やるって言ったのに、ずいぶん甘い魔王様だね?」

「おぬしの決意と覚悟は尊重するが、さすがに三対一で傍観などできぬよ」

 渋い顔のウォルフェンタインに、ユーシアは屈託なく笑う。

「あはは、魔王様は心配性だなあ」

「……やはり過保護か?」

「でもそんなとこも好き!」



 二人がそんな会話をしていると、苛立ったシャシャが鎖を振り回しながら叫ぶ。

「おいそこ! 戦場でイチャついてんじゃねーよ! なんなんだよお前ら!」

 一瞬だけ顔を見合わせる魔王と勇者。



「魔王ウォルフェンタインである」

「魔王軍四天王のユーシアだよ」

「四天王!? 勇者じゃなくて!? ああもう、これ以上話をややこしくすんな!」

 シャシャが吠えると、バンコフが笑う。



「何でもいいさ、どのみち三対二だ。おっと、『トーリ人、裏切るなよ? 帝国には勇者がまだ四人もいるのを忘れるな』」

 トーリ語でカイに釘を刺すと、バンコフは鉄棍を振り上げた。

「いくぜ、やっちまえ!」

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