第13話
時間は少しさかのぼる。
「これから国王陛下が信頼できる諸侯を集めて、国防に関する会議を開かれます」
インシオ侍従長は真剣な表情で、魔王ウォルフェンタインを見上げていた。
身動きの取れない魔王はうなずく。
「承知した」
「我が国は勇者を失いました。諸侯はまだ陛下が魔王様と同盟されたことを知りませんので、シュナンセンを守る勇者がいなくなったと思っています」
魔王は再びうなずく。
「それは不安であろうな。隣国のセイガランやトーリにも勇者がいると聞き及んでおる」
「はい。勇者の力は戦争にも役立ちますから、勇者不在の国は立場が弱くなるのです。どこかの属国にならないと生き残れません。諸侯は不安でしょう」
インシオ侍従長は暗い表情でそう言い、すがるような視線を魔王に向けた。
「このままでは国内の結束が保てませんが、魔王軍との同盟もかなり抵抗感があると思います。ですので、魔王様御自身の言葉で彼らを納得させて戴けたらと」
「なかなかの難事であるな。だが同盟者の義務でもある。よかろう、できる限りのことはしよう」
魔王はうなずいた後、ふと疑問を口にする。
「それで、余はなぜ採寸されておるのだ?」
彼の周囲を侍女たちが忙しく動き回り、筋骨隆々の巨体に悪戦苦闘しながら各部の採寸をしていた。
「インシオ様、腕が太すぎて入る礼服がありません!」
「肩幅も広すぎます! てか手が届かない!」
「胸囲っていうか、これ驚異だわ……」
魔王の体格があまりにも恵まれすぎているので、王室所蔵の衣服がことごとく入らないようだ。
軽く溜息をつきつつ、インシオは説明する。
「会議室に集まっている方々は相応の出で立ちをなさっていますので、魔王様にも同等のお召し物をと思いまして」
「気遣い感謝する。だが御覧の通りだ」
苦笑した魔王に、インシオは眼鏡を押さえつつ答える。
「仕方ありません、今回はマントで威厳を出しましょう。甲冑の上から羽織るマントなら、肩幅をかなり広く取ってありますので何とかなると思います。敵を威圧するためのものなので、会議には不向きですが……」
「なに、心配には及ばぬ。余は魔王であるからな」
身動きが取れないまま、笑ってみせる魔王だった。
* *
そんな事情があるとは知らないチアラがマントの出処について首を傾げている間にも、魔王は落ち着いた口調で領主たちを説得していく。
「余ではなくチアラ殿を信じてほしいのだ。なぜなら余もまた、チアラ殿を信じて盟約を結んだ身。主従関係と同盟関係という違いはあれども、余もまたチアラ殿と共に歩むことを決めた一人である」
よく通る、深みのある美声。
鍛え抜かれた屈強な体格を誇る美青年が、親しげな表情を浮かべながら道理を説いている。
この光景に、さすがの領主たちもぐらつき始めた。
「そう言われると確かにそうではあるのだが……」
「しかし魔族と手を組むなど、異教徒と結ぶよりも難しいぞ」
「さよう。有史以来、未だ誰も為しえなかったことです」
渋る領主たちに対して、魔王は決して声を荒げるようなことはしなかった。淡々と説得を続ける。
「心配には及ばぬ。魔族が人間の慣例と論理に従えばよいだけの話だ。造作もない」
そう言って懐から羊皮紙の巻物を取り出した。
「これは魔王とシュナンセン王が互いに負う義務を明文化したものだ。チアラ殿の署名もある。改められよ」
驚く領主たち。
「魔族といえば、文字も持たぬ蛮族と聞いているぞ」
「書物を焚き付けぐらいにしか思っておらぬはず」
だが魔王は首を横に振る。
「確かに魔族の大半は自らの文字を持たぬ。貴重な書物の価値を解さぬ者も多い。だが読み書きを覚えられぬ訳ではない。余がその実例だ」
それから魔王はじわりと威圧感をにじませた。
「魔族の統率者たる余が人間の論理に敬意を示し、ここまで譲歩しているのだ。貴公らにも譲歩してもらわねば道理が通るまい。いかようにお考えか」
「うっ!?」
気圧されたのか、互いに目配せする領主たち。
「確かにこれは正式な調印文書だが……」
「しかし魔族との調印文書など前例がありません」
「とはいえ、正当な手続きを踏まえて出てきたものです。これに異を唱える訳にもいきますまい」
「国王陛下の御裁断も下っていることですしな」
その場の空気を読み取ったのか、ライントス公が渋い顔でうなずいた。
「ここまでお膳立てされているのであれば、もはや反対もできません。魔王を人間の王と同列に扱うのは未だに抵抗がありますが、これ以上ごねれば我らが笑われるだけです。皆さん、よろしいですな?」
一同が無言でうなずいたので、ライントス公は魔王に向き直る。
「先ほどの数々の非礼、お許し願いたい。今後は貴公を国王陛下の同盟者として尊重し、敬意を払うことをお約束します」
「かたじけない。貴公らがどれほどの忍耐と理性を示してくれたか、余は理解しているつもりだ。その誠意、決して裏切らぬと約束する」
そして魔王は宣言する。
「チアラ殿が王位にある限り、シュナンセン領内に他国の勇者が攻め入ったときは余と四天王たちが相手となる」
四天王には寝返った勇者ユーシアも含まれているため、魔王と勇者が共同で対処にあたることになる。
魔王の言葉を聞いた領主たちは、こわばった表情の中にも微かに安堵をにじませた。
「これで当面は安泰なのか……?」
「信じるしかありますまい」
「ここまでしておいて後から裏切る理由がありませんからな。我らを殺そうと思えば今でもできるはずですし」
領主たちの反応が変わったことを見て、チアラは魔王を驚きの目で見つめる。
(初対面だっつーのに、あっさり懐柔しちゃったっすね。つか、オレの出番なかったじゃんかよ。あーあ、また借りが……)
自分の若さと未熟さを痛感しつつ、チアラは前髪を掻き上げる。
「じゃあここにいるみんなは、オレと魔王の同盟を認めてくれるってことっすね?」
「はい、陛下。魔王殿は陛下との個人的な信頼関係に基づいて、同盟を結んでいるようです。であれば、我らが口出しできることなどありますまい」
ライントス公がそう言ったので、チアラはホッと安堵する。
「りょっす。じゃあ本題はここからっすよ」
思ったよりも簡単に話がまとまったので、後日やろうと思っていた議題を持ち出すことにする。
「魔王軍には魔王ウォルフェンタインと勇者ユーシアの二人がいるっす。隣国のセイガランとトーリには勇者が一人ずついると推定されてるんで、何かあれば二人まとめて出陣してもらうっす。もち、通常兵力はオレたちが出すんすよ」
無言でうなずく領主たち。彼らが持つ兵力だけでも相当なものだ。王家の軍勢も足せば、シュナンセン王国が持つ総兵力の半分程度になるだろう。
「西のセイガラン王国は越境時に魔王軍本拠地の『呪いの森』を通過する必要があるんで、どっちかというと東のトーリ公国を警戒すべきっす。ライントス公を中心として、対トーリの防衛策を練ってほしいんすよ。侵攻への早期警戒と連絡、それに魔王と勇者が到着するまでの時間稼ぎをよろしくっす」
一同が畏まる。
「承知いたしました」
「トーリの異民族どもに王国の土は踏ませませぬ」
「シュナンセン騎士の誇りにかけて」
(ど、どうにかなったっすね……)
チアラが額の汗を拭ったとき、魔王がニヤッと笑った。
「チアラ殿は良い家臣に恵まれておいでだ」
「え? あ、うん、そっすね。みんな信頼できる、素晴らしい領主たちっすよ」
その場の流れでそう答えてみるが、魔王は何やら意味ありげに微笑んでいる。
「さて、このマントも返してこねばな」
「つかそれ誰が引っ張り出してきたんすか?」
「後で本人が報告するであろう。ははは」
心底楽しそうに魔王は笑ったのだった。
* *
その頃、領外の某所では密議が進行していた。
「シュナンセンから勇者が消えたというのは本当か? あそこは勇者の所在が隠蔽されているのに、なぜわかる?」
暗がりで別の声が応じる。
「密偵から報告があった。勇者は謀反を起こして国王に直談判した後、『呪いの森』に逃げ込んだようだ。現地での目撃報告もある。今なら確実に勝てるぞ」
最初の声はしばらく沈黙し、それからこう答えた。
「時間をくれ。本国に持ち帰って検討する」
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