第12話

 シュナンセン王国は大小さまざまな領主が集まっており、国王とは緩やかな主従関係を結んでいる。

 王は領主たちに命令を下すことはできるが、彼らはそれを拒否することもできた。



 国王の権限が強いとはいえない国だったが、それでも王家には「勇者」がいる。下手に逆らって勇者を差し向けられれば、領主たちの手勢では太刀打ちできない。

 そのため、この王国では反乱らしい反乱はほとんど起きていなかった。



 しかし今、シュナンセン王家は「勇者」を失った。

 その状態で国王チアラは信頼できる領主たちを招集し、極秘の御前会議を開いたのだ。



「みんな、事情は聞いたと思うっす」

 居並ぶ領主たちを前にして、チアラは真面目な顔で口を開く。

 集まっているのは、義兄であるライントス公が選んだ領主たちだ。王家に対する忠誠心が篤く、先祖代々からの付き合いがある。



(義兄上もだいぶ苦労して選んでくれた感じっすね。これを説得できなきゃ、他の領主たちを説得するのは無理っしょ)

 チアラは気を引き締めて、領主たちに語りかける。



「聞いての通り、我が国の勇者ユーシアが魔王軍に寝返ったっす。先代勇者ディランの出奔といい、これは王家の大きな失態っす。国防上の危機を再び招いたこと、まずは深くお詫びするっす」



 すると早速、領主の一人が口を開いた。

「陛下、我らは王家が勇者を失ったとしても変わらぬ忠誠を誓います。建国以来、血と汗で領地を守り抜いてきた我らは根と幹のようなもの。葉が枯れ、枝が落ちたとしても変わることはございませぬ」



 そう前置きしてから、彼は居並ぶ領主たちをチラリと見て、こう続ける。

「それゆえ、どうか陛下のお考えをお聞かせください。勇者なき今、どうやって国を守るおつもりなのかを。かのトーリ公国にも勇者はおります」



 軍事力としての勇者は、会戦や攻城戦での勝敗を決定づけるほどに大きい。最低でも相討ちに持ち込まなくては、まともに戦争などできないのだ。

 そのため、勇者を保持していない国はあっという間に攻め滅ぼされてしまう危険性があった。



 チアラは慎重に答える。

「次の勇者を生み出す必要があるっすけど、それを待つ余裕はないっしょ。そしてシュナンセン領内にいるのは、寝返った勇者ユーシアと魔王ウォルフェンタインだけっす」



 その言葉に一同がどよめく。

「勇者が寝返った上に、内部に魔王まで抱えているとあっては……」

「もはや神は我らを見放したか」

「陛下、どうなさるのです?」



 不安そうな領主たちを前に、チアラは笑顔を作ってみせた。

「簡単な話っすよ。魔王ウォルフェンタインをシュナンセンの守護者にするっす」

 その場にいた全員がぎょっとした顔をする。



「まさか!?」

「できるはずがございません!」

「おお、神よ!?」



 取り乱す領主たちを片手でなだめつつ、チアラは説明する。

「魔王を味方に取り込めば、魔王と戦う必要はなくなるっす。それどころか、魔王軍がそっくりそのままシュナンセンの兵力になるっしょ? 勇者も今は魔王軍にいるから、実質的に勇者も戻ってくるっす」



 そう説明したが、領主たちは首を縦には振らなかった。

「不可能でしょう。魔王は人類共通の宿敵。話し合いが通じる相手ではございません」

「信用もできませんしな」

「もし魔王と手を組めたとしても、今度は隣国全てが一致団結しかねません」



(うーん、予想以上に頭がカタいっすね。亡くなった父上の方がまだマシな気がするっす。まあ一門と領地の安寧が役目とくれば、それもしゃーなしっすね)

 チアラは内心で溜息をついたが、あくまでも明るくふるまう。



「どのみち道は二つしかないっすよ。領内の魔王と領外の敵勇者に対して、勇者抜きで戦い抜くか、領内の魔王を味方にして領外の敵勇者にぶつけるか。どちらも気に入らない道だとは思うんすけど、マシなのはどっちっすか?」



 その場は重い沈黙に包まれた。

 しばらくして、領主たちの取りまとめ役であるライントス公が代表して口を開く。



「無論、前者が滅亡への道であることは理解しております。さりとて、後者も長期的には滅亡への道にしか思えません。魔王が信用できない上に、魔王と結託すれば近隣諸国全てが敵に回る危険性があるからです」



 その言葉に領主たちも無言でうなずく。

 これにはさすがのチアラも、笑う余裕がなくなってきた。

(これは魔王が信用できることを説明するしかなさそうっすね。けど、どうやって説明すりゃいいんすか……)



 そのとき、会議室のドアがゆっくり開いた。

 ライントス公が振り返る。

「誰だ? 今は御前会議の最中だ、誰も入ってはならん」

「非礼は承知の上だが、余は同盟者の苦難を捨て置けぬ。それゆえ、推して参る」



 黒いマントに身を包んだ、大柄で屈強な青年。

 魔王ウォルフェンタインだった。

「魔王……!?」

 チアラが思わず叫ぶと、一同が慌てる。



「魔王!? 魔王ですと!?」

「この若者が!?」

 すると魔王は軽く手を上げ、一同を制した。



「いかにも。余はシュナンセン国王より『呪いの森』の自治権を認められし魔王、人狼族のウォルフェンタインである」

 どこで調達したのか、装飾過剰なマントを翻す魔王。



 その言葉にさらに驚く領主たち。

「自治権!? 陛下、これはどういうことです!?」

「既に魔王と密約を結ばれていたのですか!?」

 相手が魔王とあって、全員が椅子から立ち上がって身構えている。



 険悪な雰囲気の会議室でも、魔王は落ち着いていた。

「そう殺気立つものではない。余が魔王だと信じるのなら、ここで剣を抜いたところで無意味だとわかるはずだ。お掛けになられよ」

 勇者以外に魔王を倒せる存在はいないとされている。万の軍勢をもってしても、万の屍に変わるだけというのが人間たちの常識だ。



「むう……」

 額にじっとりと汗を浮かべながら、一同が椅子に座り直す。さすがに一門と領地を預かる当主たちだけあって、それだけの度胸と矜持はあった。

「こやつが『呪いの森』の魔王か……」

「人間にしか見えんが、人狼ならば道理か」



 領主たちが落ち着いたところを見計らって、魔王はすかさず口を開く。

「チアラ殿が余との同盟を内密にしていたのは、余のわがままゆえだ。従って申し開きせねばならぬのはチアラ殿ではなく、余の方である」



 穏やかに、だが威圧感を伴って魔王は続ける。

「自分たちの王が魔王と手を結んだとなれば、人間たちが動揺することは想像に難くない。それゆえチアラ殿との盟約はあくまでも秘密としている。貴公たちにとっては、『呪いの森』の魔族たちがおとなしくしていればそれで十分なはず」



 その言い方に反感を覚えたのか、一人の領主が抗議する。

「だ、だが魔族の約束など信用できるものか」

 だが魔王はその視線を正面から受け止めつつ、静かに笑ってみせた。



「信用するか否かは貴公ら自身が決めることゆえ、それは仕方あるまい。だがチアラ殿は信用できぬ魔族と同盟するような愚物であろうか?」

「それは……ううむ」

 即位してまだ三年の若き王に対して危惧はあるはずだが、国王が臨席している場でそれを公言できる者はまずいない。この領主も言葉を失った。



 チアラは苦笑する。

「別にいいっすよ。父上と違ってオレは言動がユルいっすからね。考えまでユルいと思われてるのは仕方ないっす」

「いえ! 決してそのようなことは!」

 慌てた領主は魔王と国王を交互に見てから、国王に頭を下げる。



「私は魔族を信用できませんが、陛下の御判断を信じます。大変失礼いたしました」

「謝る必要はないっすよ。率直に意見を言ってくれる臣下は国の宝っす」

 チアラは内心で安堵しつつ、領主の謝罪を受け入れた。



(どうなるかと思ったけど、なんか会議の主導権が握れたっすね。やっぱりこの魔王、ただもんじゃねーっすよ)

 チアラは魔王をじっと見つめ、彼の次の言葉を待つことにした。



 ただ少しだけ疑問を抱く。

(あのゴテゴテの悪趣味なマントを着せたのは誰っすか?)

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