第11話

 インシオ侍従長から相談を受けた魔王は、腕組みしつつ深くうなずいた。

「なるほど。確かに人間と魔族は天地開闢(てんちかいびゃく)以来の宿敵。同盟を結んだだけで、同族から裏切り者扱いされるのは道理であるな」



「魔族の方は大丈夫なのですか?」

「魔王の決定が全てに勝るゆえ、それは問題ない。不満があれば力で異議を申し立てるのが魔族の流儀だ。もっとも、余は各種族の長老衆とも相談して方針を決めておるゆえ、それもなかろう」



 そう言って笑う魔王。

「それゆえ、心配すべきはチアラ殿だな」

「はい……」

 インシオはうつむく。



「ライントス公は誠実な方なのですが、あの方の誠実さは自身の正義に基づいておられるのです。その正義に背くものには、まっすぐに刃を突き立てるでしょう」

「尊敬すべき御仁だな。共に歩めぬ相手だとしても、そういう御仁がいるのは気持ちが良いものだ」



 笑っている魔王に、インシオはすがるような視線を向ける。

「笑っている場合ではありませんよ、魔王様。ライントス公が謀反を起こす可能性だってあるのです。どうか、お力添えをお願いします」

「承知いたした。協力は惜しまぬ。だがそう心配する必要もあるまい」



 魔王が落ち着いているので、インシオは不思議に思って問いかけた。

「なぜ、そう思われるのです?」

「チアラ殿とは一度しか会っておらぬが、若さに似合わず冷静で思慮深いように見えた」

「そうですか? 本当にそうですか?」



 インシオは不安になってついむきになってしまったが、魔王は笑っている。

「いかにも。だが同時に、熟慮の末に判断したことならば、余人から見てどれほど危険で困難なことでも突き進む御仁でもある。慎重なインシオ殿には、それが危うく見えるのであろう」

「それは……そうですね」



 昔からあの幼なじみにはドキドキさせられっぱなしなので、インシオは素直にうなずく。

 すると魔王は優しい口調で語りかけた。



「余は信じられぬ者とは手を結ばぬ。余はチアラ殿の判断を信じるし、その判断が誤りであった場合でも見捨てずに手を差し伸べる。それが盟約者の務めであり、余の為したいことでもある」

「……ありがとうございます」



 インシオは安堵の気持ちで、こっくりうなずいた。


   *   *


 シュナンセン王チアラは、インシオ侍従長からの報告を聞いて深くうなずいた。

「なるほど、魔王は人間の国みたいなのを作ろうとしてるんすね」

「はい。そのために必要なものが食料生産の安定と、組織運営に必要な人材の育成であることも理解しておられました」



 インシオ侍従長は苦笑する。

「魔王は我が国を手本とし、法律や文化を取り入れようとしています。既に若い獣人たちはシュナンセン語を流暢に操り、読み書きや算術も修得していました」

「大したものっすね」



 シュナンセンの農民たちの大半は読み書きができない。読み書きと基本的な算術ができる者は、街に出て商人や下級役人になれる。

 ぼやいたチアラだったが、ニヤリと笑った。



「でもそれってつまり、土台の部分はシュナンセン人と同じってことっしょ? 悪くないっすね」

「魔王もそう言っていました。同じ法と同じ文化を持つようになれば、壁は低くなるだろうと」



 そう語るインシオの顔を、チアラはじっと覗き込む。

「委員長、もしかして魔王のこと気に入った感じ?」

「まあ……嫌いではありませんね。どこまで信用していいのかわかりませんが、有能そうではあります。きちんと計算のできる人物なら、同盟も長く保てるかと。あと委員長って言わないでください」



 チアラは肩をすくめてみせる。

「インシオちゃんがそう判断したのなら、とりあえずは同盟続けて大丈夫っしょ。でも、ちょっと気になるっすね」

「何がですか?」



 インシオの問いに、チアラは真顔になった。

「魔王は魔族の文明が遅れていることを認めた上で、法律と文化を吸収しようとしてるんすよね?」

「はい、そうです」

「技術は吸収しなくていいんすか?」



 その言葉にインシオはハッとした表情になる。

「そう言われてみれば……。今回、農業や土木などの技術供与は求められませんでした。確かにおかしいです、まるでそんなものは不要と言わんばかりの……」



 考え込むインシオに、チアラは声をかける。

「たぶんあの魔王、まだ切り札を隠し持ってるっすよ。こりゃ相当ヤバい魔王っすね」

「そうおっしゃる割には、なんだか楽しそうですね?」



 チアラは笑う。

「そりゃそうっしょ。バカで間抜けな魔王なんかと手を組んでも、そのうち面倒事の火種になるだけっすから。キレッキレのヤバげな魔王の方が味方としてはありがたいっす。それで誠実なら文句のつけどころもないっしょ」



「……そうですね」

 インシオはクスッと微笑んだ。

「では陛下、我が国はどう動きますか?」

「そっすね……」

 チアラは少し考える様子を見せた。



「実は義兄上……もちライントス公の方っすよ、義兄上から手紙が来てるっす。東部領主たちの取りまとめをしてくれてるんすけど、難航してる感じで」

「やはり……」



 魔族との密約など絶対に表には出せないが、勇者がいなくなったことはいずれ隠し通せなくなる。近隣諸国にも知られるだろう。

 そのときは魔王軍を表に出すしかなくなる。敵国の勇者はシュナンセンにとって魔王と同等の脅威だからだ。



 しかし国防に従事するのがチアラ王配下の勇者ではなく、魔王と裏切り者の勇者とあっては貴族たちも納得しづらい。いきなり公表されても受け入れられないだろう。

 そこでライントス公は信頼できる貴族たちに対して、少しずつ根回しを行ってくれているはずだった。



「義兄上の話によると、事情を知った領主たちの動揺が大きいらしいっす。義兄上自身が動揺してるぐらいだから当然っすけど、こりゃ予想以上に難しいっすね」

「だから言ったでしょう……。魔王と手を組むなんてこと、当人同士の合意があっても周囲が認めないんですよ」



 チアラよりは常識人だと自負しているインシオは、深い溜息をつく。

「あまり無理を言って、ライントス公を追い詰めませんように。あの方の立場が悪くなりかねません」

「そっすね。義兄上はオレと違って真面目っすから」

 チアラはそう言い、椅子から立ち上がった。



「んじゃ、ここは王様が表に立つ場面っすね」

「何をなさるおつもりですか?」

 するとチアラはニコッと笑った。



「義兄上が選んだ貴族たちを集めて、とりま極秘の御前会議を開くっすよ。他に方法がないことを理解してもらった上で、解決策を探るっす」



 インシオは不安そうな顔をする。

「大丈夫ですか? 陛下が思っておられるよりも、貴族たちは頑固で心配性です。一門と領地を守らねばなりませんから」

「お互いに立場があるっすからね。なかなか難しい会議になるのは覚悟の上っす」



 チアラは苦笑する。

「それでも王様が逃げる訳にはいかないっしょ。魔王が言ってたように、オレが王様でいられるのは、みんながオレを王様だと認めてるからっすよ。貴族たちからの支持を失ったら王家は終わりっす」



 その言葉を聞いて、インシオは幼なじみの決意が固いことを知った。

「わかりました。ではこの件について、魔王軍にも通達してよろしいでしょうか?」

「そうっすね。諸侯でも魔王軍でも情報共有は大事っしょ」

 国王はにこりと笑った。

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