第8話

 シュナンセン王チアラは、インシオ侍従長からの報告を受けていた。

「呪いの森の魔王軍は、よくやってくれているようです。セイガランとの国境付近に出没していた『妙に統率の取れた盗賊団』が姿を見せなくなりました」



 チアラは特に驚いた様子もなく、うなずいてみせる。

「そりゃそうっしょ。魔王と勇者のタッグに勝てるような盗賊団は、どこにもいないっすからね。例えそれが盗賊団のふりをしたセイガラン兵だったとしてもね」



 チアラはそう言い、苦笑しながら頭を掻いた。

「呪いの森が軍事的な空白地帯になっちゃってるのは、建国以来の悩みだったっすよ。魔族を討伐して森を支配下に置くことが、父上の代までの方針だったけど……ねえ?」

 インシオ侍従長が軽くうなずく。



「どだい無理な話だというのは、先代勇者ディランの失踪からも明らかです。正規軍では損害が大きすぎますが、勇者でも無理となると……」

 インシオ侍従長がそう言うのを、チアラは頬杖をつきながら目を伏せる。



「たぶんさ、ディランって人も戦うのがイヤになっちゃったんじゃないっすかね」

「は?」

 眼鏡がズリ落ちたインシオ侍従長に、チアラは笑いかける。

「だってそうなるっしょ? 実際に会ってみてわかったけど、魔族も人間みたいに笑うんすよ。そんな連中を皆殺しにしろって言われてデキちゃうような人は、味方でも怖いっすよ」



「それは……確かにそうですね。魔王を討伐した後に、今度は冷酷な勇者の処遇が課題になってしまいます。一度封印を解いてしまうと、当人の同意なしには再封印できないそうですし」

 インシオ侍従長は眼鏡を押さえながらうなずく。



 チアラもうなずき、頭の後ろで手を組んだ。

「だから結局、先代勇者も今のユーシアちゃんも育成方針としては正しかった訳っすよ。父上の正しさを認めるのはちょい癪なんすけど……あ、よく考えたら寝返ってるからユーシアちゃんダメだわ。やっぱ父上のやり方は良くないっす。勇者を人為的に『繁殖』させる計画は中止ってことで」



「またそんな重大な決定を勝手に……」

 インシオ侍従長が溜息をつくと、チアラは首を傾げる。

「ダメ?」

 するとインシオ侍従長は当たり前のような顔をして答えた。



「今はあなたが国王なんですよ? 好きにしたらいいじゃないですか」

「おっ、やったね。やっぱ委員長は話せるわ、あざっす!」

「委員長ではなく侍従長です。いつまでも学生気分はやめてください」

 コホンと咳払いをするインシオ侍従長。顔が少し赤い。



「では当代勇者ユーシア殿の結婚相手は、当人の自由ということでよろしいでしょうか?」

「もち、そうなるっすね。そもそもオレが何言っても聞かないっしょ、あの子」

「それはそうです」



 インシオ侍従長はそう言った後、ふと思い出したように言う。

「ユーシア殿の実父は、やはり先代勇者ディランでした。実母は『黒百合の姫』……本名はニンシアという人物で、先王陛下が用意なさった女性たちの一人ですね。産後に帰郷し、現在は神殿で孤児たちを養育しているようです」



「なんか思うところあったんすかね……」

 チアラはそう言い、頭の後ろで手を組む。

「勇者専用ハーレムといえば聞こえはいいっすけど、勇者繁殖のための血統しか考慮されてない人選っすからね……。国防上仕方ないといっても、これ完全に家畜扱いでマジドン引きっしょ」



 顔をしかめて渋い顔をしているチアラに、インシオ侍従長はそっと尋ねる。

「陛下はこういうのを羨ましいとは思わないんですね?」

「そりゃそうっしょ、オレは物心ついた頃からインシオちゃん一筋……」

 そう言いかけて、チアラはハッと口を閉ざす。



 インシオ侍従長は耳まで真っ赤になって、そっぽを向いていた。

「きっ……聞こえませんでした! すす、すみません、考え事を……」

「あ、ああ! 考え事ね! オレもよくやるっすよ! 気にしないで! アッハッハ!」



 気まずい沈黙が訪れた。

 インシオ侍従長は同じ書類を何度もめくってはトントン整え、チアラはなぜか屈伸運動を始める。

 王立学院に入る前、まだ遠縁の幼なじみ同士に過ぎなかった頃から、二人はいつもこうだった。



 それからチアラは咳払いをして仕事に戻る。

「あ、あー……おほん。んじゃあれだ、裏も取れたことだしユーシアちゃんに教えてあげて。あの子には知る権利があるっす。こっちには今、勇者が一人もいないから魔王軍との連携が生命線っすよ」

「はっ、はい! すぐに手配します」



 インシオ侍従長はうなずき、それからこう問う。

「セイガラン王国から問い合わせや苦情があった場合、どうしますか?」

「いやあ、魔王軍のやることっすからね。当然うちは無関係っしょ?」



 侍従長が溜息をつく。

「本当にそれで押し通すんですか?」

「魔王軍と水面下で同盟してるってことは、『呪いの森』がもう緩衝地帯じゃないってことっすよ。軍事的に緊張バリバリになっちゃうのに、『魔王と手を組む悪い国』って印象までついたらオレの手腕じゃどうにもなんないっしょ?」



 チアラは明るく笑い飛ばした後、不意に真顔になる。金色の前髪を掻き上げながら、彼はつぶやいた。

「勇者ってのは、ほんとは魔王を倒すための最後の希望だったはずなんすけどね。なんで人間同士の駆け引きの道具になってるんだか」



「勇者の力は敵国を滅ぼすのにも役立ちますから」

「まあそうなんすよね……。とりま、勇者についてはオレも少し考えなきゃっすね。あーめんどくせえ」

 サラサラの金髪を乱暴に撫でて、チアラはうめく。



「魔王軍との同盟はコトがコトだけに、相談できる相手が限られてるっすね。あ、そうだ。義兄上(あにうえ)に相談してみるってのはどうよ?」

「えと、どちらの?」



 インシオ侍従長がやや不安そうに問うと、チアラは即答した。

「もち、ハイネ姉様の旦那っすよ」

「ライントス公ですか……」

「あれ、心配?」



 チアラの問いに、インシオ侍従長はうなずく。

「ええ。あの方は真面目ですが、柔軟さに欠けるので」

「んー、まあ……確かにそうっすけど。シモーネ姉様の旦那にしとく?」

「トゥムトーク大神官様に相談する内容ではないですね……」



 インシオ侍従長はしばらく悩んだ後、チアラに言う。

「ライントス公に相談なさるのなら、くれぐれも慎重に話を振ってくださいね?」

「オレ、いつも慎重っしょ?」

「その得体の知れない自信はどこから出てくるんです」



 インシオ侍従長は溜息をつき、それから学生時代と同じようにチアラに顔を近づける。

「会談には私も同席しますので、私がやめろと言った話題には二度と触れないように! いいですね?」

「あっ、はい……。りょっす」

 学生時代と同じようにチアラはぺこりと頭を下げた。

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