第7話

 呪いの森の中で、武装した男たちが行商人たちを取り囲んでいた。

「お前ら、セイガランの関所を迂回した密輸商だろ?」

「み、密輸だなんてとんでもない……。セイガラン王国の関所は通行料が高い上、『袖の下』がないと審査を引き伸ばされるので……」



 行商人たちは震えながらそう言うが、男たちはニコリともしない。

「命が惜しけりゃ、積み荷を半分置いていきな」

「そ、そんな!?」

「嫌なら殺して全部奪うまでだが?」



 スッと包囲隊形を取り、ピタリと槍を構える男たち。

「ここはまともな人間は来ない『呪いの森』だ。誰かがお前たちの死体を見ても、魔族にやられたとしか思わんさ」



 男たちの本気の口調に、行商人たちは悲鳴をあげた。

「ま、待って! 置いておきます! 半分差し上げます! だから命だけは!」

「おう、良い心がけだ」



 男たちがニヤリと笑ったとき、背後から声がした。

「『呪いの森』はセイガランじゃなくて、シュナンセンの領地だよ。セイガラン人が何の権限でそんなことしてるのかな?」

「なっ!?」



 男たちはとっさに振り返り、一列になって槍を構えた。

 立っているのは十代半ばぐらいの少女。甲冑を身につけており、背中には巨大な剣を背負っていた。甲冑は非常に高価だから、相応の身分を持つ戦士であることを意味している。



「な……なんだお前は」

「聞いてるのはこっちだよ。頭悪いの?」

 少女は背負った大剣を抜いた。剣というより鉄柱と呼んだ方がしっくりくる。人間に扱える代物ではない。



 男たちはそのとき、ここが「呪いの森」であることを改めて思い出す。

「ま、まさかてめえ魔王軍か!?」

「正解」

 少女が剣を軽く振ると、太刀風がビュオッと吹き荒れた。行商人たちが悲鳴をあげて逃げ出す。



 それを見送りながら、少女は巨大な剣を構えた。

「んで、あんたたち何者?」

 男たちは無言で踏み込み、一斉に槍を突き出した。



「あ、そう。答える気はないってことね」

 襲いかかる槍の穂先を、少女は大剣で無造作に払う。まるで麦の穂でも収穫するかのように、全ての槍がスッパリと切り払われた。



「なっ!?」

 男たちが動揺する。槍衾(やりぶすま)が通用しなかったことに驚いたのはもちろんだが、斬撃が速すぎて見ることすらできなかったからだ。

 おまけに柄の切断面は鏡のようだった。いつ斬られたのかもわからない。手応えが全くなかった。



「お前、やっぱり人間じゃないな……」

「人間だよ?」

「嘘つけ、魔王軍に人間がいる訳ねえだろうが! そもそもこんなバケモノじみた技が……」



 そう言って時間を稼ぎつつ、男たちは地面を蹴って同時に飛びかかった。

「今だ、押さえ込め!」

「おう!」

 組み討ちで動きを封じる魂胆だったが、少女は無造作に手を払う。



「あーウザい」

「ぎゃっ!?」

 木の葉のように男たちが吹っ飛ばされる。一番いいのをくらったヤツは二回ほどバウンドしてからさらに転がり、木の幹に当たってようやく止まった。



「ひっ……」

 起き上がった男たちの顔に恐怖の色が浮かぶ。勝ち目がないことを悟ったのだ。

「逃げろ! 退却を許可する!」

「うわあああぁ~っ!」

「ばっ、ばけものおぉ!」

「置いてかないでくれ!」



 男たちは剣や荷物を投げ捨てると、転がるようにして森の外へと駆け出していった。

 商人たちはというと、とっくに逃げ出している。戻ってくる気配はなさそうだ。

「あーあ、つまんない」

 ユーシアは大剣を軽く払って鞘に収めると、背後を振り返った。



「こんなもんでいいの?」

「いいんじゃない?」

 ずっと隠れていたキュビが幻術を解いて姿を現しつつ、軽く溜息をつく。

「今のどこらへんが交渉なのよ……?」

「向こうに交渉する気がなかったから仕方ない」



 ユーシアは散乱した荷物を拾い集めつつ、ニッと笑った。

「じゃ、報告に帰ろう」

「はいはい。一応合格ってことにしといてあげるわ」

「もしかしてキュビって優しい?」

「うっさいわね。ほらこっち来て」



 顔を赤くしたキュビが手招きし、藪の中にがさがさと入っていく。

 獣道からもずいぶん離れた場所に、ぽつんと木製の門が建っていた。赤く塗られており、門以外には塀も家屋もない。

「うん、トリーは正常ね。んじゃ帰るわよ」



 キュビは赤い門を触って何かを念入りに確かめた後、その細い指で複雑な印を結ぶ。そして呪文を唱えた。

「カシコミ・ネガイ・タテマツル」

 空気が揺らめいたかと思うと、赤い門の奥にさらに無数の赤い門が現れた。赤い門はトンネルのように続き、果てが見えない。



「はい、ここ通って。絶対にトリーの外は通っちゃダメよ?」

「わかったけど、帰りもこれ?」

「普通に歩くと三日ぐらいかかるもん。ほら急いで急いで」

 キュビに背中を押され、ユーシアはトリーと呼ばれる赤い門をくぐる。



 赤い門の外に見えるのは普通の森の景色だったが、ユーシアは言われた通りに門をくぐり続けた。

「これどうなってんの?」

「さあ? あたしたち妖狐は『神隠しの門』とか『縮地の術』とか呼んでるらしいんだけど、何でこんなことができるのかよくわかってないみたい」

 キュビも詳しいことは知らないらしく、首を傾げている。



 そんな彼女の横顔を見つめながら、ユーシアは素直な感想を漏らした。

「でもこんな不思議なことができるなんて、妖狐ってすごいと思うよ」

「えっ!? ま、まあね! そこらの獣人とは違うから! 妖精や精霊に近い存在だから!」

 得意げに胸を張るキュビだったが、ふと気まずそうに視線をそらす。



「といってもトリーとトリーの間にしか道を通せないし、そもそも私はトリーの作り方わかんないんだけどね……」

「あ、なんかいろいろ制約あるんだ?」

「未熟って言わないでよ!」

「いや言ってない」



 そんなことを言っているうちに、二人はいつの間にか魔王の村にたどり着いていた。

 獣人たちの家屋が建ち並ぶ向こうに、魔王の館が見える。

「はい、到着ー」

 キュビがくるりと振り返り、背後に建っているトリーにパンパンと手を叩いて頭を下げる。



「カシコミ・オサメ・タテマツル」

 無数のトリーがすうっと消えていく。

「魔法だ……」

 ユーシアがつぶやくと、キュビは顔を上げて珍しく厳かに言った。



「あたしたち妖狐に伝わる術は、人間たちの魔法とは別物なのよ。もちろん人間の魔術師は知らないだろうし、こんな術があるなんて教えるのもダメ。あとこれ、素人が真似したら二度と帰れなくなるから、冗談でも絶対に試さないこと。いいわね?」



「わかった。誰にも言わないし、真似もしない」

 真顔でうなずくユーシア。

 するとキュビはニコッと笑った。



「よし! うんうん、良い後輩を持って四天王として安心だわ」

「うす、センパイ」

「なんか敬意が感じられないわね……」

 そんな話をしながら二人は魔王の館に戻る。



 魔王の館では、魔王ウォルフェンタインの周囲を参謀レグラスがうろうろ歩いている最中だった。

 レグラスはユーシアの顔を見ると、ややほっとしたような表情を浮かべる。

「ああ、やっと戻りましたか。それで任務は無事に果たせたのですか?」



「たぶん」

 ユーシアが答えると、キュビがすかさず補足する。

「まあ問題なかったんじゃない? ちゃんと盗賊団を蹴散らしてたし」

「蹴散らしたんですか」



 レグラスがそう問うと、キュビは肩をすくめてみせる。

「あんなヤツら殺しちゃっていいと思うんだけど、まあ人間同士で殺し合わせるのは魔王軍精神に反するかなって」

「確かにそうです。同族で殺し合うなど、あまりにもおぞましい」



 魔族たちが真顔でそんなことを言うので、ユーシアは頭を掻く。

「人間は普通に人間同士で殺し合ってるけどね」

 するとレグラスが眼鏡を押さえつつ、感情を抑えた声で言う。



「それは知っていますが、あなたまでそんなことをする必要はないんですよ。魔王軍の一員たる者、高潔でなくてはいけません」

「そう言ってもらえると助かる。勇者の力って強すぎるから、人を殺すのに抵抗がなくなると歯止めが効かなくなりそうで怖いし」



 魔王がうなずく。

「さもあらん。余も己の力に恐怖することはあるが、比類無き強さには比類無き自制心が必要であろう。ユーシア殿は魔王軍に相応しい正義と慈悲の心を持っているな」

「魔王様はまたそうやってすぐ褒めるんだから……」

 魔王に褒められ、勇者は照れくさそうに笑った。

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