第3話

国王チアラは魔王ウォルフェンタインと向き合う。

「王国の辺境で好き放題してくれちゃってたの、アンタか」

「申し訳ない。こちらも生死がかかっておるのでな。それゆえ推参した次第だ」



 魔王の背後からは眼鏡の青年と小柄な少女が現れる。魔王を含めて三人とも丸腰だが、無傷でここまでたどり着いた以上、ただ者ではないはずだ。

 魔王の側近らしい青年と少女は、のんきに会話している。



「戦いたくないと言っていた割に、やることが乱暴すぎませんかね」

「やっぱり人間って野蛮だわ。なんでここまでメチャクチャできるのよ……」

「そんなこと言ったって、私みたいなのが王様に会える訳ないし」

 大剣を担いだまま、気まずそうにしている勇者。



 勇者単独でも勝ち目がないのに、魔王と側近まで現れたらなすすべがない。

(これはもう死んだっすね……)

 チアラは覚悟を決めて胸の前で剣を構え、一騎打ちの作法で魔王に向き合う。



「魔王といえども『王』の名乗りにはこちらも名乗るのが礼儀っすね。我こそは高祖シャティンの流れを汲みし賢王ゲンゼンが第三子、シュナンセン王国第八代国王チアラ・オン・シュナンセン。命惜しからぬ者は討ち取って名を挙げよ」



 本来なら「嫡男」と名乗るのがシュナンセン騎士の正式な作法だが、チアラは「第三子」という言葉にこだわっている。二人の姉が大好きなのだ。

 だが魔王は軽く手を挙げ、首を横に振る。



「待たれよ、チアラ殿。余は戦うために来た訳ではない」

「ここまでやっといてそれはないっしょ!?」

 そう言い返したチアラだが、魔王はというとひっくり返っていた椅子を起こしてそれにどっかりと腰を下ろす。



「この通り、余に戦意はない。チアラ殿もお掛けになられよ」

「いやそれ、うちの椅子だからね!? 人ん城(ち)に来といてどんだけ無礼なんすか。アンタも勇者もそっくりだよ」

 文句を言いつつもチアラは剣を鞘に収めた。どのみち勝てる相手ではない。魔王といえば勇者と同等の力を持つ異能者だ。



「とりま、椅子に座るかどうかはアンタの話次第っすね」

 魔王は深くうなずく。

「もっともであるな。用向きは二件」

 落ち着き払った魔王の態度に、チアラは緊張する。



(魔王が直談判するような話なら、どのみちこの国は今日で終わりっしょ……。決裂するに決まってるけど、せめて時間ぐらいは稼がないとみんなが逃げきれないっすね)



「まず一つ目は、ユーシア殿の身柄を自由にして頂きたいという願いだ」

「あえ?」

 思わず変な声が出て、チアラは慌てて咳払いをする。



「えっと……それはどういう系の……?」

「ユーシア殿は勇者としての使命を捨て、余の魔王軍に加わることを選んだのだ。彼女の選択を尊重したいが、人の世で追われる身となるのが不憫でな」



「追われる身のヤツがさっき城門ぶち破って入ってきたんすけど……」

 あまりに現実味のない会話をしているので、チアラは自分の正気がうっすら不安になってきた。意味がわからない。



 すると勇者が自慢げに胸を張る。

「私、魔王軍の四天王になったから。三人しかいない最高幹部だからね」

「それだと三天王じゃ……いや、もういいっす……」

 処理能力の限界が近づいてきて、ツッコミが追いつかなくなってきた。普通に戦う方がまだ楽な気がする。



 とりあえずチアラは手を上げて制止しつつ、頭を働かせる。

「えーと、要するにユーシアちゃんが謀反人扱いされるのは気の毒だから、罪に問うなって系の話?」

「さよう。いかがお考えか」



 チアラは溜息をつく。

「この状況で許さないって言える訳ないっしょ。どのみち勇者を捕まえるなんて無理無理だし、好きにしちゃって。勇者の封印を解いたのが誰か知らないけど、そいつも無罪で」

「かたじけない。借りがひとつできたな」



 深々と頭を下げる魔王。

 メチャクチャに荒らされた食堂で律儀に頭を下げる魔王が妙に面白くて、チアラは思わずフッと笑う。

 チアラは倒れていた椅子を器用にカッと蹴り起こすと、王らしく堂々と腰を下ろした。

「んで、二件目はどんな用件すか?」



 魔王は真顔でうなずく。

「余の治める『呪いの森』がシュナンセン王国に帰属していることは承知している。それゆえ自治権を求めて参った」

「自治権求めてるヤツのすることじゃなくない?」



 なんだかおかしくなってきて、チアラは笑ってしまう。こんなにメチャクチャな状況は生まれて初めてだ。逆に楽しくなってきた。

 しかし魔王はあくまでも真面目に、そして冷静に応じる。



「いかにも。力に頼るのは愚か者のすることだ。しかし王国の民ですらない我ら魔族が国王に訴えるには、武力以外にどのような方法があろうか」

「まあ……それはそうっすね」



 楽しくなったことで冷静さが戻ってきて、チアラは次第に国王としての思考に切り替えていく。

「もともとあの森には誰も住んでないし、貴族たちに所領として与えてる訳でもないからオレの一存で処理できるっしょ。要はこっちが開拓と魔族討伐をやめりゃいい感じ?」



「そうして頂けると助かる。無駄な争いが減るゆえ」

「それだけでいいなら認めちゃうよ。認めなきゃ殺されそうだし」

 冗談めかして皮肉を言ってみたが、魔王は少し驚いた顔をした。



「これは異なことを。要求を拒まれた程度で殺すはずがなかろう」

「え? なんで?」

 すると魔王は当然のような顔で答える。



「王とは名乗るものではなく、認められるものだ。この国の人間たちがチアラ殿を王と認めているからこそ、この国は貴公によって統治されている。そうでなければ、これほど多くの者たちが身を挺して勇者と戦うはずがない」



 魔王の視線がチアラの背後に向けられたので、チアラも周囲を見回す。

 侍女たちは逃げていたが、兵士たちは誰も逃げていなかった。近衛兵だけでなく伝令たちもだ。侍従長も背後にぴたりと寄り添っている。



 魔王はさらに言う。

「もし貴公を殺せばこの国は混乱し、魔王軍の交渉相手がいなくなる。敵の絶滅を目的としない限りは、戦とは最後は交渉によって終わらせるものだ」

「魔族の割に兵法わかってんじゃないっすか」



(単なる腕っ節自慢じゃなさそうっすね。戦や政がわかってるって、これ絶対手強いっしょ)

 チアラは交渉で解決を図ることにして、最初に確認しておくべきことを問うた。



「そういや関所の兵たちはどうなったんすか? あと街道筋の住民とかも」

「安心めされよ。争いは可能な限り避けて来たゆえ、誰も殺めてはおらぬ。一滴の血も流しておらぬ」

「いやこれ、鼻血、鼻血! オレの血が流れてるから!?」

 勇者に殴られた顔を示すチアラだったが、既に争う気力は完全に失せていた。



「まあいいや、そういうことなら話し合いに応じてもいいっしょ。『呪いの森』はシュナンセン領だけど、何人(なんぴと)たりとも魔王ウォルフェンタインの許可なく立ち入ることを禁じる。これでどうよ?」

「かたじけない。これで安心して魔族たちも平和に暮らせる」



 ほっとした様子で肩の力を抜く魔王を見て、チアラはまた微笑んでしまった。

「おもしれーヤツっすね」

「そうか?」

 同じように微笑み返す魔王。

 彼はこう言う。



「『呪いの森』の西側は他国の領地になっていると聞いた。我ら魔王軍が『呪いの森』を守る限り、隣国の兵は一兵たりとも通さぬ。一方で行商人の通過は条件つきで認めよう。それで少しは貴国のお役に立てようか?」



 スッと目を細めるチアラ。

「国境警備の軍事力として役に立つ気があるってことっすか?」

「さよう。双方に利益がなければ関係は続かぬ。他にも都合の悪いことがあれば、魔王軍のせいにして構わぬ。遠慮なく利用してくれ」



 背後の侍従長が声をかける。

「陛下」

「わかってる。けど、ここはオレが決める。こう見えても一応、王様なんだよね」

 笑顔で軽く制してから、チアラは魔王に向き直った。



「それつまり、隣国に侵攻をかけて魔王軍の仕業にしてもいいってことっしょ? 本気で言ってるんすか?」

「それぐらいの覚悟はできておる。我ら魔王軍には人間同士のしがらみはない。人間たちの国はいずれも我ら魔族を敵視しておるゆえ、気にする必要はあるまい」



 あまりに魔王が落ち着いているので、チアラの方が不安になってくる。

「それで見殺しにされて隣国から攻撃されても、そんなことが言えるんすかね?」

「構わぬ。己が脚で立つ土地は、己が手で守るものだ。少なくとも王たる者はそうであろう。勇者が攻め込んできても逃げなかった貴公ならば、余の考えはわかるはずだ」



 そう言い切る魔王の顔からは、一片の迷いも感じられなかった。

 チアラはしばらく無言だったが、やがてこう言う。

「そこまで覚悟ガンギマリなら、もうリスペクトするしかないっしょ。いいっすよ、アンタと手を組むっす」

「ちょっ、陛下!? 陛下!?」

 侍従長が悲鳴のような声をあげたが、チアラは満面の笑みを浮かべていた。

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