第2話
魔王ウォルフェンタインはヘンソン村の夕暮れを眺めつつ、四天王の一人となった勇者ユーシアに問う。
「ユーシア殿。四天王となってくれたことには感謝している。だがあまり無茶はいかんぞ」
「無茶なんてしないよ。私、めんどくさいことは嫌いだし」
「そうか。……それなら良いのだが」
うなずきつつもどこか不安そうな顔をしている魔王に、勇者は問い返した。
「私がそんな無茶するように見える?」
「とてもな」
* *
その三日後。
「うちの勇者がうちの関所破ってるって、どういうこと……?」
呆然とした表情でフォークをコトンと落としたのは、シュナンセン王国の若き王・チアラだった。長い金髪の美男子として有名である。
王宮の食堂に駆け込んできた伝令兵は、必死の形相で訴える。
「勇者ユーシアは街道の関所を次々に破ってこちらに向かっております! 既に七つの関を破られており、関所の警備隊では手がつけられません!」
「いやでも、勇者の力って封印されてるんだよね? 父上から聞いたよ? 辺境騎士団が裏切らない限り、封印なんて解きようがないっしょ?」
テーブルからフォークを拾ったチアラは、不意にギクリとした表情をする。
「え? まさか辺境騎士団ごと寝返ったとか、そういう系のヤツ?」
すると若い女性の侍従長が、眼鏡を押さえながら奏上する。
「その確認は取れておりませんが、ヘンソン村からは未だ何の報告も来ておりません。ただ勇者の封印を解くには儀式が必要ですので、その時点で何者かが協力したことは確かです」
「もし本当にそうなら騎士道精神にもとるっしょ!? これもうランチしてる場合じゃないね。王様しないと……」
チアラはナプキンで口を拭いて立ち上がる。
「んで、勇者ちゃんは今どの辺?」
「アリエス城に接近中の模様! 近隣の領主にも布令を出し、およそ二千の兵で迎撃態勢を整えております」
チアラは素早く考えを巡らせる。
(二千といっても農民兵とか混ざってるはずだし、どのみち通常戦力じゃ勇者止めらんないっしょ。対勇者戦術に長けた暗殺隊……って、それヘンソン村にいる連中じゃん……)
長い前髪をわしわしと撫でたチアラは、眼鏡の侍従長に告げる。
「とりま、アリエス城が突破された場合に備えとこっか。勇者ちゃんが何考えてるかわかんないから、母上たちと一緒に夏離宮にでも移って。オレは父上の遺した記録を漁っ……」
次の瞬間、王宮の建物が微かに揺れた。
「え、なに? 地震?」
剣の鞘を押さえながらチアラは立ち上がる。
すると近衛兵が駆け込んできた。
「申し上げます! 勇者ユーシアと名乗る女が西の城門を破壊しています! 矢が通じません!」
チアラはギョッとした表情を浮かべる。
「マジ!? アリエス城どうなったの!? てか、アリエス城からここまで馬でも半日かかるじゃん! こんな鬼早い進撃、空でも飛ばないと無理っしょ!?」
「空は飛んでいませんでしたが、とにかくいきなりでしたので……」
近衛兵は困惑した表情で伝令兵の方を見るが、伝令兵も首を横に振った。わからないらしい。
その間にも、遠くから震動が幾度も伝わってくる。
パラパラと天井から埃が落ちる中、侍従長が冷静に問う。
「それで陛下、どのように致しますか?」
「いや、どうもこうも……」
そう答えた瞬間、新たな近衛兵が駆け込んでくる。
「陛下、お逃げください! 城門が破られました!」
「あれって破れるもんなの!? 勇者ってパねえ!?」
王宮の城門は鉄板で補強された分厚い木製の大扉と、鋼鉄製の落とし格子で守られている。数十人がかりの破城槌でもそう簡単には壊せない代物だ。
チアラは前髪を掻き上げつつ、こうつぶやく。
「城門ぶち破るバケモン相手に、逃げても意味なくね?」
次の瞬間、食堂の分厚い扉が粉々に吹き飛んだ。木片が吹雪のように舞い散る。
「うわぁっ!?」
「きゃああっ!?」
兵士や侍女たちが悲鳴をあげてパニックに陥るが、それを全く意に介していない様子で入ってきた者がいる。
甲冑に身を包んだ、長い黒髪の美少女だ。巨大な剣を担いでいた。斬馬刀にしても大きすぎる。そもそも人間に扱えるサイズではない。
「……勇者ちゃんかよ」
チアラが呻くようにつぶやくと、大剣の少女がこちらを見た。
「あんた、王様?」
「そういうの、まず先にそっちが名乗るのが礼儀っしょ?」
次の瞬間、食堂の大テーブルが真っ二つに叩き割られる。いつ大剣を振ったのか、全く見えなかった。
美女が凄味のある目でチアラをにらむ。
「質問に答えて」
「やだね。食べ物を粗末にする子に教える名はねーっすよ。あ、みんな逃げちゃっていいよ。忠義とかそういうの別にいいから」
パスタとパンの皿を両手に持って守りきったチアラは、それを侍女に預けながら言い返す。
「ま、いっか。こっちはアンタの名前なんかわかってるし。ねえユーシアちゃん」
突風が吹き荒れた。少女が大剣を横殴りに振ったのだ。風圧でテーブルクロスがどこかに飛んでいった。
それを見て、侍女たちが悲鳴をあげて逃げ出す。侍従長と兵士たちはかろうじて踏みとどまったが、さすがに手を出す勇気はなさそうだ。
少女は巨大な剣を床に突き立てると、ドスの効いた声で言う。
「だったら話は早いでしょ。あんた王様よね?」
「違うと言ったら嘘になっちゃうから、そうだと答えるしかないじゃん。損な家業継いじゃったな……。我こそはシュナンセン王国第八代国王、チアラ・オン・シュナンセンなんで、そこんとこよろしく」
首を傾げる少女。
「チャラ王?」
「名乗らせておいてどんだけ無礼働く気よ。人の名前覚えるの苦手系なんすかね? まあいいや、王様メチャ慈悲深いからそれは許すっすよ」
不敵に微笑みながら、チアラは腰の宝剣を抜く。柄に真珠をあしらった豪奢なものだが、刀身は意外なほど分厚い。実戦用だ。
「けど、王様ってナメられたらおしまいなんすよ。剣を向けられた以上、こっちも剣を抜くしかないっしょ」
大剣の少女が呆れたような顔をする。
「あんたが? 勝てる訳ないでしょ」
「シュナンセン王家に代々伝わるこの『真珠の王剣』の力は、勇者の力と同質って聞いてもそんなこと言える感じ?」
次の瞬間、チアラはスッと踏み込んできた。人間離れした加速だった。
「ウェーイ!」
「ちょっ!?」
手首を狙った鋭い斬り込み。
と見せかけて、剣先がヒュンと舞い踊る。斬撃は一瞬にして変化し、喉を狙った刺突となって襲いかかる。
「チェアッ!」
常人なら何が起きたか気づく暇もなく、一瞬で喉を貫かれて死んでいただろう。
ただ相手は常人ではなかった。
「あー遅い遅い」
大剣の少女は突きを避けると、カウンター気味にごく軽いパンチを繰り出した。
「ぶっ!?」
チアラは鼻から血を噴きつつ、もんどりうって倒れる。ぴかぴかに磨かれた床はよく滑るのか、彼は壁まで滑っていった。
大剣の少女は呆れた顔のままだ。
「その程度で勝てると思ったの? 確かに強い方だとは思うけど」
「な……なかなかやるっすね。まあ勇者だし当然っつーか……」
拳で鼻血を拭いながら、剣を構え直すチアラ。いつしか彼も、大剣の少女と同じ目つきになっていた。
「『真珠の王剣』の力を全解放するとだいたい死ぬけど、国王の顔にグーパン入れるヤツは命と引き換えにしてもボコらないと武門の名折れっしょ」
だがそのとき、食堂の扉の残骸を踏み越えて何者かが入ってきた。
「双方そこまでだ。勇者よ、おぬしは好戦的すぎる」
落ち着いた足取りで近づいてきたのは、銀髪の大柄な青年だった。歴戦の戦士であることが一目でわかる。
チアラは剣を構えたまま、油断なく問いかけた。
「見ない顔っすね?」
「さもあらん。余は魔王ウォルフェンシュタイン。国王陛下よ、お初にお目にかかる」
「まおっ……!? 魔王ぉ!?」
国王の声が裏返った。
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