第4話
魔王ウォルフェンタインは重々しくうなずき、そして立ち上がった。
「ではユーシア殿の免責と『呪いの森』の自治権、確かに頂戴した。貴国が約束を守る限り、余も約束を守る」
勇者が大剣を担ぎながらドスの効いた声を発する。
「もし約束を破ったら、また来るから」
「心配性だなあ、勇者ちゃんは。こっちにとっちゃ利益しかない提案じゃん? 西部国境の防衛を実質タダで魔王軍に丸投げできる利益はデカいっしょ」
(それに魔王軍と同盟すれば、ランチの最中にこんな凶暴女がカチ込んでくることもねーし……)
そう考えた瞬間、凶暴女がギロリとにらむ。
「なんか言った?」
「ナニモイッテナイヨ?」
首をカクカク横に振るチアラ。
(魔王よりこいつの方が百倍ヤベーな)
今まで国費でこんなのを養っていたかと思うと、王国の方針に少し自信がなくなってくるチアラだった。
すると凶暴……勇者がにらみながら質問してくる。
「ところでさ、私の本当の両親ってどこにいるの?」
「あん?」
すると魔王の背後にいたチビ娘と眼鏡男がワイワイ言い始める。
「そういや勇者のママって本当のママじゃないんだよね?」
「あの方は辺境騎士団の女性騎士です。『鎖陣のマーミャ』といえば王国で名を知らぬ者はいない鉄鎖術の使い手だとか」
「今その情報いる?」
チアラは奥の二人をとりあえず無視して説明した。
「記録を調べればわかるっしょ。王国のどっかで健在のはずっす。ただ、御両親はたぶん夫婦じゃないっすよ」
「どういうこと?」
気色ばむ勇者に対して、チアラは冷静に応じる。
「勇者を生み出す血統ってのはメチャ限られてて、血統馬の交配みたいな感じで掛け合わせていくもんらしいっす。ま、オレも王位継承してから知ったんだけど、ちょい引くよね」
頭を掻くチアラ。
「ユーシアちゃんは十五才だっけ? オレは二十才だから、ユーシアちゃん誕生の件には関わってないっすよ。父上は三年前に亡くなったけど、その頃のオレは王立学院で神学とか勉強してる学生だったからね。引き継ぎ不足でわかんなくなってることも多いんすよ」
勇者は険しい顔をしているが、とりあえず納得したようだ。
「そう……あんたは関係してないのね。ありがと」
(あ、ちゃんとお礼言える系なんだ?)
その瞬間、勇者がまたギロリとにらんでくる。
「なんか言った?」
「ナニモイッテナイヨ?」
首をカクカク横に振ってから、チアラは傍らの侍従長を呼び寄せた。
「委員長、後で勇者関連の資料全部出してきて」
「私は委員長ではなく侍従長です。王立学院時代の呼び方はやめてください」
眼鏡の侍従長がコホンと咳払いをする。
魔王たちが不思議そうな顔をしていたので、チアラは侍従長を紹介した。
「あ、こっちは侍従長のインシオちゃんね。王家の血を引く遠縁で、オレの学友なんすよ。オレの代理人でもあるんで今後よろしくっす」
すると魔王がうなずく。
「承知いたした。よろしくな、インシオ殿。余にも同じように、この参謀レグラスがいる。余などよりも聡明な男ゆえ、交渉はこの者を通すことも多かろう」
眼鏡男を示した魔王は、続いて隣の少女を示す。
「それと、こちらが魔術顧問のキュビだ」
「顧問!?」
キュビと呼ばれた少女が目をまんまるにしているが、レグラスと呼ばれた青年がその脇をつつく。
「魔王様の側近である以上、肩書のひとつもないと格好がつかないでしょう。魔王様の配慮ですよ」
「あ、なるほどー。なるほどね。そかそか、顧問かー」
キュビは嬉しそうに何度もうなずいて、勇者に向かって胸を張る。
「顧問だから!」
「あ、うん」
勇者は極めて雑に魔術顧問をあしらった後、チアラに向き直った。
「私の本当の両親が幸せに暮らしてるかどうか調べて。それだけわかればいいから」
「おけおけ。王様は寛大かつ有能だから、なる早で知らせるよ」
(待たせるとまたカチ込んできそうだし……)
「なんか言った?」
「ナニモイッテナイヨ?」
首をカクカクと横に振る国王だった。
* *
破壊された分厚い扉を軽々と立てかけて、魔王はチアラに握手を求める。
「本日は急な訪問のところ、快く応じて頂き感謝する。今後は何かと頼らせて頂くゆえ、代わりに我らも貴国の役に立ちたい」
拳ダコだらけのゴツい掌を握りながら、チアラはうなずく。
「同盟あざっす。あと次からはドアをブチ破らずに、普通に遊びに来るといいっすよ。ウォルフェンタインさんは近隣の王侯と同格の待遇で迎えるっす」
「かたじけない。そのように遇して頂ければ、魔王軍の地位も確かなものとなろう」
(やっぱり、その辺の感覚が鋭いっすね……。魔族は国とか作らないから、こういう政治の常識は通じないもんだと思ってたけど、やっぱ魔王ってのは腕っ節だけじゃないんすね)
そんなことを考えつつ、チアラはふと魔王の掌の感触に懐かしさを覚える。
(なんだか父上の手みたいっすね。硬くてデカくてあったかいっす……)
そのぬくもりを愛おしむようにぎゅっと握りながら、チアラは魔王を見上げて微笑みかける。
「また遊びに来てくださいね。社交辞令じゃないっすよ?」
「お気遣い、胸に染み入る。今日は貴公と会えて本当に良かった」
ニコリと笑う魔王ウォルフェンタインは、「魔王」という言葉からは想像もできないほどに柔和で清潔感があった。
* *
魔王が四天王(※三人しかいない)を引き連れて立ち去った後、チアラは破壊され尽くした食堂を見回す。
「とりま、テーブルを新調しないといけないっすね。長テーブルはなんか堅苦しくてアガらなかったし、次は円卓にしようかな……」
冗談まじりに言いながら振り向くと、インシオ侍従長がぺたりと尻餅をついた。
ほぼ反射的にチアラはサッと歩み寄る。
「委員長、大丈夫!?」
「す、すみません……緊張が解けたら、腰が抜けてしまって……」
普段は冷静な眼鏡の侍従長が、真っ青な顔をしてへたり込んでいる。見てわかるほどに脚が震えていた。
「そんなに?」
「それはそうでしょう、だって相手は魔王と勇者のコンビですよ? 城門を叩き割るような存在が二人も現れたら、いくら話し合いでも恐ろしくて……」
インシオ侍従長はカタカタ震えながら逆に問い返してくる。
「陛下は怖くなかったんですか?」
「やり合う気がないのは途中でわかったし、別にビビるほどのことでもないっしょ。言っとくけど、王様だって『お前死刑な』で誰でも処刑できるんすよ?」
気分ひとつで他者の命を奪えるのは、別に魔王や勇者の専売特許ではない。
チアラはインシオに手を差し伸べ、サッと引っ張り上げて軽々と抱き上げた。
「床は冷えるし、とりまこうしとくか」
「ひゃっ!? い、いけません陛下!? このような姿、皆が見ていますよ!?」
お姫様抱っこされた侍従長が顔を真っ赤にしているが、チアラは笑顔で応じる。
「王様が家臣を大事にしてる姿なら、いくらでも見せつけてよくない?」
「よくありません! 私はっ……その、こういうのは……」
「もしかして抱っこされるのイヤ系の人?」
「い、いえ……そうではなくて、むしろ……いえいえいえ……」
ごにょごにょと歯切れの悪い口調でうつむいてしまったインシオの頭を撫でながら、チアラは兵士たちにも声をかけた。
「みんな、ビビらず踏みとどまってくれてマジ感謝っす! みんなが逃げてたら、王様としてカッコつかなかったっすよ。シュナンセン戦士はやっぱサイコーっしょ!」
ほっとしたような顔で立っている兵士たちが、王の言葉に嬉しそうな表情を見せた。
「怯えて見ているだけだった我らに、なんと温かいお言葉を……」
「つ、次こそはお役に立ってみせますので、どうか何なりとお命じください!」
「鋼のごとき魂を持つ我らが王よ! チアラ陛下万歳!」
「チアラ鋼魂王!」
彼らの言葉に深くうなずくチアラ。
「うんうん、これマジ美談っしょ。委員長、公文書に残しといて」
「わ、わかりましたから下ろしてください……」
「ダメ」
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