176 聞こえぬ悲鳴
真幸side
――ポタポタ、水滴の落ちる音が聞こえる。真っ暗な闇の中に灯るのは青い光。
自分自身が座った地面の上は生暖かい液体が広がっていて、足を動かすとぬるりと滑る……びちょびちょなんだが。
現時刻、深夜0時 さっきまで颯人と一緒にいた隠り世からは違う場所に移されたみたいだ。
俺の事件の始まりは、こんな感じか。
独り、膝を抱えて丸くなる。颯人の姿はいつの間にか見えず、いつからこうなっているのかはわからない。なんとなくそばに居るような気はしてるけど。
今回の事件はみんながトラウマに向き合っている。俺にとってのトラウマは母で間違いない。予想通りの展開といえばそうだけどさ、途中までは回避できるかなー、なんて思ってた……甘い考えだったな。
重たい何かがロープに吊さされて、揺れている。ギィギィと耳障りな木のたわむ音がなぜ聞こえるのか、俺は知っている。
母は、自分でこうして現世を去った。今考えても納得できない部分が沢山ある死に方なんだ。
目の前にぶらぶらしている細い足を眺め、その違和感は強くなる。
蘆屋道満にナンパされてワンナイトでできた……いや、親父俺をが作り上げたとして。母はそれまでどうやって生きてきたんだ。
道満に絆されたとしても依存し切ってしまうようなものは、何だろう。長く一緒にいたわけじゃないだろうに……無責任に妊娠させられて、怒りが芽生えこそすれ、一晩でそんなに執着心が生まれるのだろうか?
そして、何故『男の子が欲しい』と思ってたんだろうな。母は神職の家系ではあった。だが専門の教育を受けていない。
倉橋くん夫婦みたいに陰陽師名家の因習で苦労したわけじゃないし、後継に対して何かのしがらみがあったわけじゃないんだよ。
それどころか、学校もろくに行ってなかったし……俺より社会に出られなさそうな様相だったんだが。
俺の体を切って、縫うなんて……いくら精神的に病んでいてもおかしいような気がする。もしかして俺自身に何かそうさせるような理由や原因があったんじゃないか。
颯人と二人でトラウマに向き合い、俺が持った疑問だった。
「おかあさん、どうしてあんなことをした?俺……なんかしたのか?」
「…………」
「前からずっと聞いてみたかったんだ。真子さんに教わって、口寄せができるようになった時にはもう黄泉の国にはいなかっただろ?
そして……陽向として生まれ変わり、俺と同じくその魂はまだ完璧に補完されていない」
「…………」
「分霊、しただろ。しかも松尾芭蕉さんみたいに名のある神様に侍っていたわけでもない。どうしてだ?」
「――――」
ぶら下がったそのままの姿で、おかあさんの姿を模したそれは口を開く。
声が音になっていないから、心に響く音を拾うしかないか。
歪んでもいない、堕ちてもいない……ただの人として……純粋な命の輝きを持ったままのその姿でおかあさんは、不思議な綺麗さを持っている。
俺はその姿から目を逸らさず、長い問答が始まったことを悟った。
今頃みんな驚いているだろうな。心配をかけたく無かったけど、仕方ない。
だから、こうしよう。
「颯人」
「応!!」
颯人を呼ぶと、間髪入れずに応えて俺の目の前に立ち塞がった。
「見るな!!」
「大丈夫……見慣れてるよ」
「慣れていても見せたくはない。目を瞑るのだ。我が、其方を守ってみせる」
「……うん」
いつもと違う展開、いつもと違う言葉達が紡がれる。俺はもう独りで何でも受け止めたりしない。
……俺は、仲間にも、颯人にもそう求めてきたから。
これがきっと最後のターニングポイントだ。今までと違うやり方で、より良い方へ導けるように……心の奥底から願い祈り、颯人の背中に寄り添った。
━━━━━━
(私は生まれた時から、いらない子だった。こわいおじいさんが神主をしてた。何も逆らえないお父さんとおかあさんは自分のことばっかり心配していた。……それでも、お兄ちゃんは生きていた)
おかあさんの懐かしい声。今、思えば俺の声はこの人にそっくりだった。
道満の声がしわがれる前どうだったかなんて知らんけど。
颯人の背中からちょこっとあかあさんを覗くと、目が合う。真っ黒なその瞳は、俺がよく言われる黒曜石の瞳だった。
(お兄ちゃんは私を守ってくれた。私は時々閉じ込められたけど、逃げ出した。
逃してくれたお兄ちゃんは、おじいちゃんの罰をうけて、苦しんで、自分で死んじゃった)
「実家の神社は……?」
(わからない。私は、何にも知らないの。お金を借りてばっかりだったから、きっと大変だったろうと思う。
お金がないのに、やらなきゃならないことばっかりだったし、みんないつも働いてた)
最近の小さな神社が抱える悩みの一つに、母の実家もぶち当たったみたいだな。収入源としてはお寺さんよりも狭い枠の中で得なければならないから、苦労してる方が多いんだ。
人の善意を受け取り、経営していく神社。小さい社を持つ宮司さんは一家で経営でされている事が多く、サラリーマンとの兼業が多いと聞く。
(神さまは、助けてくれなかった。お兄ちゃんは真面目にしていたのに。
私自身も男の人の家を渡り歩いた。でも……うまく行かなくてね。
最後に美味しいお酒を飲んで死のうとした……そうして、あの人に出会ったの)
「親父は、優しくしてくれたのか?」
(優しい……と言うのがどう言ったものかはわからない。そうされた事がなかったから。
でも、お布団の上では私だけを見ていた。誰にも見られたことなんかなかったのに、彼の熱が私だけにもらえるのが嬉しかった。一晩であなたをもらって……生まれてきた時の真幸は、兄に似ていると思った。戻って来たんだと思った)
「…………」
(お兄ちゃんが帰ってきたのに……両方持っているのに何もなかったあなたは、私の思った通りの子ではなかった)
「そうだな、俺は何も持ってなかったしな」
(役場でお金をもらえる分では足りなくて、夜の仕事をして。
小さい子が好きと言う男に出会った。真幸を見せたら気に入って……そこから次々とお金を出す人が現れた。
痛みに泣き叫ぶあなたを見て、私は期待通りに生まれなかった罰だと思った)
俺の前に立った颯人の体が震える。顔が紅潮して、手先がぎゅうっと握り込まれた。
「お前は……真幸の母だ。だが、道満殿のようにはできぬ。
産み落としたのは間違いなく母であるが、真幸には何も与えられはしなかった。愛も、学びも、幸せも。与えねばらぬ義務を持っていて、苦しみばかりを覚えさせた」
「颯人」
「我は、その時からそばにいたかった。自身の全てをくれてやっても過去の出来事は覆らぬ。お前の苦難があったとして、真幸を害する正当な理由はない。
……もう、やめてくれ」
唇を噛み締めた颯人は、自分の事のように俺の過去を受け止めてくれている。
全部を知っているからこそ俺にたくさんのものをくれた。
優しい気持ちが伝わってきて、目頭に熱が灯る。胸の内にも、颯人の勾玉があるお腹にも同じように熱が発せられて……たまらない気持ちになった。
握り込まれた手のひらからポタポタと血が滴る。その手をとってできるだけそうっと撫でて、背中にくっつく。
颯人がそんな風にしなくていい。俺はもう本当に大丈夫だよ。颯人がいたから、全部過去のことになった。仲間がたくさんできて、大切なものに囲まれて幸せに生きている。
「……颯人、血が出てる」
「…………」
「治そう、痛いだろ?」
「……其方の痛みに比べればこんなもの」
「そうじゃないでしょ。颯人が痛いと、俺も痛いんだ」
ハッとした颯人が力を抜いて振り向き、俺の手を握り返す。頭の中の魚彦は呼びかけずとも癒しの術をかけてくれて、あっという間に傷が塞がって行く。
俺のかみさまは眉根を寄せたまま額をくっつけて、いつものように綺麗な涙の雫をくれた。
幸せだな……颯人はいつだって俺のために泣いてくれる。俺を独りにしないでいてくれる。
二人で手を繋ぎ、向き合った母はいつの間にか少女の姿になっている。
俺と似たような背丈の彼女は無表情のままだが、眉じりが下がってる。
巫女服を着た姿は、いつも着ていた胸がこぼれ落ちちゃいそうなワンピースよりも似合っていた。
「俺は、もうおかあさんを憎くは思ってない。過去があったから今があって、未来がある。
そりゃ痛くて苦しかったし、悲しかったけどさ。でも……そうしなければ颯人や、大切な人たちに出会う事はなかったかもしれない」
(…………それは、綺麗事って言うの)
「うん、世の中に綺麗事は必要だ。現実が荒んでいても、その中を生きて行く自分まで染まる必要はない。
綺麗でいることを恥ずかしがって、汚い言葉を吐くなんてしないよ。大人だからね」
(私はあなたが稼いだお金をお酒に変えて、ご飯もまともに食べさせなかった。風邪をひいても放っておいた私に何を言うの?)
「……俺が生まれなければ、颯人に出会えなかった。産んだのは颯人が言う通りおかあさんだ」
(産んだだけよ。それも、真幸のためではなかった)
「それでも、俺は言うよ。『産んでくれてありがとう』って。俺は今、幸せだから。みんなに愛してもらえたから」
頭を両手で抱え、おかあさんはうずくまる。俺はいつものヤンキースタイルでしゃがんで顔を覗き込んだ。
うん、やはり胸のうちに陽向になるべきだった魂がある。
……あぁ、そうか。悪いことした分はこうやって切り離して、生まれ変わったのかな。自分の意思で分霊できたってのは、曲がりなりにも神職の血筋のなせる技かも知れない。
おかあさんが輪廻転生をしたと言うなら過酷な運命が待っているはずだった。業を背負う魂として、波瀾万丈な人生の波に揺られて苦しむ筈だったんだ。
陽向が今まで幸せに暮らしてきたのはこれをしたからなのか。
でも……そのせいで生まれた時から神力を抑えきれずに死にかけたんだ。俺と同じ経験を、幼少期に経験させてしまった。
「魂が分霊したままだと、陽向が困ることになる。本神の運命が変わってしまうとしても、完全な魂でなければいつかのアリスのように暴走するだろう。
天照が抑えてくれてるけど……もうそろそろ限界だよね」
「そうだ。神力の炎に包まれ、自身の身を焦がしてしまうだろう。まさか……探していた魂の欠片にこのようにして出会うとは思わなんだな」
「うん……」
おかあさんの肩に手を置き、ポンポンと叩く。昔々は悪夢でうなされていた俺だけど、こうして体に触れてもびっくりするほどなんの揺らぎもない。……トラウマ、ってもしかしてもう克服してるのかも知れないぞ。
とりあえず今は目的を果たそう。
「あのさ、陽向に還ってくれって言ったら聞いてくれるか?申し訳ないけど陽向が害されるなら無理やり
(…………)
「綺麗事は言うけど、俺はおかあさんの気持ちを整理してあげたり、そう言うことは必要ないんじゃないかと思うんだ。
生まれ変わったなら陽向の姿で、陽向の魂で全てに向き合うべきだろ?」
ゆらり、と立ち上がった母は俺の首を両手でがっしり掴み……首を絞めてくる。
険しい顔じゃなく縋り付くような哀しみを浮かべて。
(――颯人、少し待って)
「…………」
俺の横で完全に臨戦体制になってしまった颯人の手を握る。こんなに怒ってるのは初めて見たかもしれん。
俺自身が冷静にならないと、颯人は荒神堕ちしてしまいそうだ。僅かに瘴気を発して、奥歯を噛み締める『ギリ』と言う音が聞こえた。
俺は俺で気道が塞がれて息ができないし、声も出ないから母の目をじっと見つめた。
何かなぁ、気づいてしまったな……俺は、母がこんな風にした理由がわかった。
(何で真幸は人に好かれるの?私はみんなに嫌われたのに!)
(大人になってからなら、自分がそう思わなきゃ愛される事もなかったなって思ったよ。人の想いって鏡写しなんだ)
(小さな頃もそうだったでしょう!)
(あ……そうか。俺、親父が脳みそにインプットした術を使っていた可能性がある。
訳もなくおじさん達から好かれてただろ?いくら可愛いからって、あんなにたくさんの人に性的対象に見られるのはおかしいもんな)
(…………そう、なの?そんな術が……?何よ、私が何もしなくても良かったの?私がしたことは全部無駄だったの?どうやっても男にも女にもならなかったのに、
涙をこぼした母は呆然とした顔になった。あー、確信した。俺も人の親をやった甲斐があったな……やっぱ経験しないとこう言うのはちゃんとわからないものなのかもしれん。
母は子供のままなんだ。狂っているとしても、成長できないまま世の中に出てしまった。最初から、ずっと喋るたびに感じていた違和感は……これだ。
少女の姿になった方が違和感がない。
(……ねぇ、おかあさん。俺をお兄さんの代わりにしたかったんじゃなくて、俺自身に対して呵責の念があったりする?)
(かしゃくってなによ!)
(やっぱりそうかー……なんだよ、こんな事が原因だったのか。俺も陽向を授かってから同じような気持ちになったからわかるよ。
お腹を痛めて産んではないけどさ、陽向は間違いなく俺の子で、愛おしい存在だ。
それこそ、何か嫌なことがあれば代わってあげたい。自分の何もかもをあげてもいいと思うくらいにはね)
(だって!!どうしたらいいかわからなかったの!優しくするって、愛するって、どうやるのよ!!私のをあげようとしたのに……上手く、いかなかった……)
泣き崩れた母の下腹部から大量の血が流れ出す。そこは、妃菜が九州で傷つけられた場所と同じだ。
俺がずっと見ていたあのシーンの違和感はこれだな。あの状況では確かに大量の水分が排出されるはずだが……あんなに血が出るわけがない。
そして、俺自身の出血は母によって縫い止められ、人間の体に残っていた傷は素人目にもそこまでひどいものではなかった。
母は、なかったものをくれようとしていた。やり方は完全におかしいけど、普通の人にしたいって考え自体もそりゃおかしいけど……俺になかったものをくれようとしたんだ。彼女の生きてきた人生の中で得た全てがそう思考させた。
おかあさんは、子供のまま俺を産んだんだ。だから、何もかもうまく行かなかった。
「けほっ……ん゙、んんっ」
「真幸……我は、言葉にならぬ」
「颯人も気づいたか。もう少し、話してみる」
「……応」
颯人が背中をさすってくれて、不足していた酸素が脳に行き渡る。さて、本番はここからだ。
「おかあさんが男の子がよかった、なんて言ったから俺は人間のうちは男でいたんだぞ。体はほとんど女の子だったけどさ。
無理やり内臓をくれなくたって俺はちゃんと生きてきたよ。男女の区別なんて些細なことだ」
涙に濡れた彼女の顔をそうっと両手で挟み、額をくっつける。これを幼馴染が初めてしてくれた時、とっても驚いたんだ。
何を言わなくても、相手に気持ちが伝わる事なんかあるんだなって。
初めてこうして優しさをくれたシゲみたいに、ただ……抱きしめて欲しかった。そんな風に自分の体を傷つけなくたって、二人で生きていけばよかったのにさ。
胸がすごく苦しい。あの時の小さい自分が恨めしい……今の俺なら、きっと生かしてあげられた。ちゃんと話して、ちゃんと幸せな気持ちにしてあげれた。
おかあさんの幼くて歪な愛に気づけたはずだった。
(真幸……泣いてるの?お腹痛いの?)
「胸が痛いんだよ。もう何もかも手遅れだし、あなたがくれようとしたものを受け止めてあげられない。それが悔しいんだ」
(お腹が痛い時はお薬を飲むの。お母さんがもらったお薬があるから、それを飲めば治る)
「……それは向精神薬だ。子供に飲ませちゃダメだろ。処方箋ってのはその人専用なの」
(お腹が空いたの?でも、お料理なんかしたことがなくて、どうしたらいいのかわからない……冷蔵庫に入れておけば食べてくれるかな。お仕事に行かないと)
「おかあさんはどうして生野菜ばっかり買うんだ。俺だって小さい時になんか料理できないぞ。電気が止まってるのに、腐っちゃうだろ。
仕事になんか行かなくていいのにさ。一緒にいたかった」
(あの人がくれたお菓子をあげたら喜んでたわ。今度からあれを買えばいい。
あの人は何でも知ってる、きっと何か他においしいものを持ってる。だから、探さないといけないの)
「柿の種チョコの起源は親父かよ。食べ物をくれたから親父に執着したのか?そんな、事で……」
母の体を抱きしめて、止まらない涙が頬を伝っていく。どんだけ不器用なんだ?何も知らなすぎだろ。どうしてこんな風になっちゃったんだ。
(ごめんね、まさき……ごめんね)
「……うん」
(こうしてると、あったかいね。大人じゃなくてもしていいのね)
「そう、だよ。小さくても大きくても、人は愛を伝えるために抱きしめ合うんだ。『大好きだよ』って言葉じゃなくても伝わるんだ」
(知らなかった……なにもかも。私、ダメなお母さんだ。私のおかあさんと、同じ。お兄ちゃんのように死ねばやりなおせるでしょう?だから、忘れないでって言ったの。また会った時に困るもの)
力を抜いて、抱きしめあった俺たちの間には暖かさが行き交うことはない。おかあさんがあたたかいと思うのは、心がそう感じているからだ。
母は、もう死んだ。そして生まれ変わっている。目の前にある魂は欠片で、本体を持った陽向にはその記憶がない。
だから、おかあさんはこれで消えてしまう。いなくなってしまう。
俺が言おうとしていることを聞けば、きっと満足して魂が陽向へと戻るだろう……でも、だから……言わなきゃだ。
おかあさん、俺がこれからも沢山抱きしめて、愛してあげる。陽向はもうそれを知っているけど、もっと、もっと……沢山のものをあげたい。
だから、さよならをしよう。
「おかあさんはダメじゃない。何も知らなくても自分のものをくれようとしただろ。そして、死んで……生まれ変わって……陽向になった。
陽向は、俺が死にかけてるのを救ってくれたんだ。生まれ変わった瞬間におかあさんは、命を助けてくれたんだよ」
(えっ……本当?わたし、私……真幸に何かできたの?)
「あぁ、そうだよ。おかあさんが生まれ変わってくれなきゃ、死んでた。……本当に、ありがとう」
――結界が、割れていく。幾重にも重なったそれは颯人の重ねた結界だけではなく、伏見さん達が現世で重ねた物が混じってくる。
魂の解放は、周りの全ての術を無効化する。正しいものも、そうでないものも、全て。
目の前の母が微笑み、青い光となってふわりと舞い上がる。いつの間にか現世に戻ってきていた俺達に向かって走ってくるみんなは、顔が真っ青だ。
母の姿の残像はヒュルリと吹いた風にかき消え、魂は陽向へと戻る。
あぁ……びっくりしちゃってる。見えてるんだ……後でちゃんとフォローしてあげなきゃだな。
そして、本来の姿を表した木偶は再び俺の首を掴んであっという間に声を奪った。
姿が消える一瞬前に香ったのは、太陽の匂い……咲陽の匂いだ。
ころん、と地面に転がったのは……ヒタガタの真っ黒な形代。真ん中に書いてある文字は『散』……嘘だろ?
「真幸ッ、!!!」
「――――……っ?!」
声が出ずに驚いていると、颯人に抱きしめられてそのまま地面に倒れ伏す。
スローモーションのようになって、駆け寄ってくる仲間達の動きが正常へと戻る。揃って柏手を打った瞬間……黒く光る閃光が空間を切り裂き、俺を抱きしめて隠した颯人が衝撃を受け……それが伝わってきた。
「くっ、颯人様!しっかりしてください!!出血が多い……鈴村!」
「はいな!アリス、治癒の術や!!伏見さんもサボらんといて!」
「言われなくとも!」
「はいっ!!」
「くそっ、止血だ!星野、そっちから布を巻け!」
「はい!白石さん、ロープを……」
「何なんだよ!!クソッタレが!!!おい!芦屋!生きてるだろうな!?」
「…………怪我は、ないな」
「――」
「あぁ、声を盗られた故術が使えぬのだ。問題ない、我は死なぬ。元々神なのだから」
「――――――」
「其方の声は、音にならずとも美しい。ずっとこうしたかった。やっと……守れた」
目を瞑った颯人は真っ赤に染まり、俺を抱きしめたまま気を絶した。
震える手で頬に触れて、紅く濡れるそれが血液だと気づく。
音にならない自分の悲鳴を聞き、俺は意識を暗転させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます