175 事件はいつも突然に
伏見side
「それでは明日、手分けして水源地を復活させましょう。とりあえず掘り返せばいいんですよね」
「うん。水脈は枯れてるわけじゃない。大社の湧玉池から辿ったら、伏流水が滞ってるように感じた。栓でもされてるんじゃないか」
「なるほど……水が湧き出てから保持するために、龍神の加護を施すと言う形でよろしいですか?」
「…………」
「芦屋さん?」
「……ん。うん、それで行こう」
「どう、されました?」
現時刻 18:00 富士山周辺の水源地調査を済ませ、明日の予定まできっちり決めて手順を確認をしている最中だ。しかし、どうも芦屋さんの様子がおかしい。
昼食を食べてから結構経っているのに、まぶたが緩く垂れて時々眠そうに目を擦っている。
作戦会議中に気が散漫になるなど、彼ならあり得ないのに。
「其方、もしや眠いのか?」
「ん……わかんない……ん――……」
「危ねぇ!」
「真幸!?……一体どうしたのだ……」
……畳の上とはいえ、肝が冷えた。芦屋さんが気絶してしまった。鬼一と颯人様が彼を抱えて青い顔を見合わせてますね。
二人に抱えられたままの芦屋さんは瞼を閉じ、眠っているように見える。何かが起きていることはわかるが、術の匂いはしていない。
白石と二人で彼の顔を覗き込むが、眠っている以外の変化はないように見える。
「あーびびった。眠りの術というよりも、これは意識だけ隠り世に引っ張られたな。脈は正常、身体に異変はない」
「それは……不味いですよ。サクヤさん、大社の結界はどうなってますか?」
「破られていないわ。何かの侵入跡もないのに、どうして……」
「――何か、来る」
颯人様は芦屋さんを抱え上げ、袖で隠して包み込む。僕たちも背後に気配を感じた。足の裏からゾクゾクとした怖気が走り、全身の肌が粟立つ。
アリスと鈴村は咄嗟に柏手を打ち、結界を張るが何も防げず。立ちはだかった星野、鬼一をすり抜け、姿形も気配もない『何か恐ろしいもの』がやってくる。
足音もせず、生き物なのか死んでいるのかもわからないそれは……風と共に訪れて芦屋さんの前髪を撫で、すうっと掻き消えた。
冷や汗がどっと溢れ出し、手先が勝手に震え出す。
僕たちは今、出会ったことのない何かに相対した恐怖にすくみ上がり、体が硬直している。
口が動かない……何が起きているのか把握できない。
いち早く立ち直った颯人様は自分の髪を留めたかんざしを抜き取り、芦屋さんと額を重ねる。彼の神力が溢れて広間中に満ち、芦屋さんからもまた揃いのかんざしを抜いた。
「真幸、何か忘れていないか?」
「…………」
黒髪の帷の間から見えたのは、僅かに瞳を開いた芦屋さんが微笑み、両手を伸ばした姿。
颯人様の首に腕を回して……そして、お二人はそのまま気を絶してしまった。
お二方の髪が畳に広がり、ゆっくり体が横倒しになる。
スローモーションのようにそれを目に映し、体が勝手に動いて手を伸ばす。
鬼一と二人で体を支えてそうっと床に横たえた。
「……何が起きたんだ。星野の霊壁にも、俺の体にも何も触れなかったぞ」
「わかりません。今日は何も起こらないはずですが、芦屋さんの託宣が外れたのでしょうか」
「何も起こらないじゃなく、『今日は事件の何某かが動く気がしない』って言ってただろ。
事件に関与したものではなく真幸に対しての何かが起きてんだろう」
「鬼一さん、私の事件の時は芦屋さんが動いたことで託宣が覆されました。引き金となる何かが起きたのでは?」
「うーむ……いや、もう起きたことを考えても仕方ねぇ。星野が言うのと同じことが起きたと仮定しても、どうしたもんかな」
「……あかんて。結界の意味のない相手に連れて行かれてしもたんか?私の結界にも星野さんの霊壁に触れんって、何なんや」
「妃菜ちゃん、これってもしかして……常世の国のお迎えじゃないですよね?」
僕たちは顔を見合わせて、血の気が引く。柏手を打ち、芦屋さんの魂を閉じ込めるために結界を張って重ねて行く。
誰も彼もが押し黙り、泣きそうな顔をして……ただただこれをやるしかない事実を少しずつ受け止めた。
サクヤビメ、イワナガヒメは何度も芦屋さんを呼び、頬に触れているが反応がない。姫達はやがて顔を覆って泣き出してしまった。
「姫君……落ち着いてください。今はやるべきことをしましょう。身近にいる神様にお声をかけていただけませんか」
「ふ、伏見!どうしたらいいの!?真幸が……真幸が連れて行かれてしまうの!?」
「まだ何もわかっていません。常世の国の使者が来たというのなら……僕達はこの世で最善を尽くすしかないのです」
「――っ!お父様!」
サクヤビメノミコトが慌てた様子で本殿から出て行く。イワナガヒメはしっかり抱き合った颯人様と芦屋さんに自分の上着をかけ、涙を拭った。
「伏見、私は高天原に行きます。大勢連れてこなければなりませんね」
「ありがとうございます、よろしくお願い申し上げます」
「えぇ、あとはお願いしますわ。サクヤの事も、みてあげてちょうだい。あの子はこれを一番恐れていたのよ」
イワナガヒメの言葉に返答せず、僕は霊力と神力を練り上げる。得体の知れないものを相手に僕は……芦屋さんをここに閉じ込めなければいけない。
そんな余裕があるとは思えませんからね……。
こくりと生唾を飲み込んだイワナガヒメが消え、鬼一がお二人に触れる。
彼は目を閉じ、心の扉を閉じる術を念入りに施した。
「……消耗戦になるかもしれん。だが、真幸はきっと戻ってくる。颯人様が追いかけたんだから、信じて待とう」
「はい」
鬼一の辛そうな横顔は、自らの死の予見を聞いた時よりも眉間の皺が深く、唇を噛み締めて……耐えがたい苦痛を見るような目で芦屋さんを見つめていた。
━━━━━━
真幸side
「芦屋さん!!」
「……あれ?伏見さん?俺、どうしたんだ?話してたら気が遠くなってたんだけど……って、何その服?」
瞼を開けて、目の前に現れた伏見さんはなぜかアロハシャツを着ている。半袖半ズボン、首にフラワーレイをかけて……何してんの??というか、ここはどこだ?
慌てて辺りを見渡すと、白い砂浜に青い海が広がっていた。空には太陽が登って……夏みたいに暑い。
もしかしてここ、沖縄????あれ??俺……今までどこにいたんだっけ。
首を傾げつつ記憶を辿るも、何も出てこない。おかしいな、こんなところに居たはずがないのに。だって、自分が着てる服はいつもの……いつもの、なんだっけ??
はてなマークに埋め尽くされたまま、とりあえず見ればわかると視線を自分の体に向ける。
フリフリ。ヒラヒラ……えっ?
「な、何これ?!ワンピースじゃん!」
「とってもかわいいですよ、芦屋さん。僕が選んだお洋服を着てくださって嬉しいです」
「肩が丸出しなんですけど!?て言うか、いつ着替えたんだ?こんな服持ってないぞ」
いつも通り目を細めながら微笑み、近づいてくる伏見さん。頬を朱に染めて俺の両手を取り、瞼を開く。
……なんだか、違和感がある。彼の瞳の色は
「朝、一緒にお着替えしたじゃありませんか。僕はオフショルダーのワンピースが好きですから。あなたの綺麗な肩が見えるのがいいんです」
「な、なに??どうして??」
「色っぽいじゃないですか。どうしたんです?ここでは二人きり……僕達のハネムーンですよ」
「は……!?はね……え??」
「僕の奥様は少し寝ぼけてるのかも知れませんね。昨日、遅くまで寝かせてあげられませんでしたから……すみません」
絡めた手のひらを引っ張り、伏見さんに抱きしめられる。
チュッと音を立てて首に唇が触れて、自分の顔が熱くなって行く。
キスされた。伏見さんに。
「とてもお似合いです。でも、誰にも見せたくありません。僕だけの可愛いお姿を」
「…………」
呆然としていると、膝を抱えられてあっという間にお姫様抱っこされた。
砂浜の上をそのままサクサクと歩き、ピクニックシートが敷かれてパラソルで囲まれた日陰に降ろされる。
「今日は一日砂浜でゆっくりしましょう。海に入りたいならお連れします。食べ物も飲み物もたくさん用意していますし、日焼け止めはきっちり時間管理して塗って差し上げますから」
「…………」
「水着もありますよ。あなたは海で泳ぐのは苦手でしょうし、浮き輪も用意してます。
昼過ぎにはかき氷が届きますし、フルーツも持ってきてもらいますから。しばらく体を休めましょうね」
シートの上に座った伏見さんは、腕枕に俺の頭を乗せて……たくさんのキスを顔に降らせる。
アー、伏見さんならやりそう。この人、恋人とか身内にはとことん甘くなりそうだもん。
休暇をとった時に旅行してもこんな感じだった。初めて京都に行った時と同じく、何もかもを用意して、何もかもを計画してくれてたんだ。
好きな人ができたら散々甘やかして、何の苦労も苦痛も与えないように大切にしてくれるんだろうな。
伏見さんはニコニコしながら俺の唇に触れようとして、直前でガチっと固まり、眉を下げた。
そうか、伏見さんの感情も持ってるんだな。
「伏見さんは、俺の口にキスなんかしないよ。普段は他のところにもしないけど。
彼は俺の大切な友人であり、命を預けるお仕事の相棒だ。今は家族同然だし、こう言う一線は絶対に超えない」
「…………」
「君は、誰?ここはどこだ?」
「…………」
沈黙した伏見さんを模した誰かは悲しげにため息をつき、顔を近づけてくる。ドアップになった榛色の目に視界を奪われた。
綺麗だな……少し緑がかって、真ん中が焦茶色で、虹彩が恐ろしいほど均一に揃っている。繊細な心遣いができる伏見さんらしい瞳だ。
頭の中がボヤけていてしていてほとんどのことが思い出せない。おそらく、これは誰かが術中に嵌めたってことだろう。
俺を害する目的ではないようだし、体が自由にならないわけでもないけど。困ったな……どうしてこんな風にするんだろう。
瞬きを繰り返すうちに景色が変わり、伏見さんが姿を消した。今度は星野さんが現れる。
彼はあったかそうな真っ白セーターを着て、俺もお揃いのものを身につけている。いちいち真っ白なのは何なんだよ。
丸太を組んだ小さな山小屋のような建物の室内、窓の外には雪が積もって……月光が輝いている。
強い風が吹き、雪が舞い上がってキラキラ光って……ダイヤモンドダストだな。
「あなたに救われたあの日もこんな風に寒くて、雪と氷が風に舞っていましたね」
「北海道の事か。記憶も手に入れてるんだな」
「私はあの日、あの時……自身の闇をやさしく溶かしていただきました。芦屋さんが好きですよ」
「俺も星野さんが好きだよ」
「そうですか。嬉しいです……」
窓から視線を戻すと、肩を寄せて星野さんの頭がこつんとくっつく。目の前にある暖炉は、薪から火が上がり赤々と燃えていた。
部屋の中が暗いから赤い光に包まれて、じんわりと染み込んでくる独特の暖かさが身を包む。
お尻の下にある毛足の長いカーペットがふかふかして気持ちいい。冬の山小屋ってこんな感じなのかな。結構いいかも……冷たさと暖かさがあって、好きな人と一緒なら体をくっつける理由ができるし。
「背中が寒いでしょう。どうぞ」
「……」
大きなブランケットで背中から覆われて、二人でそれにくるまり、身を寄せ合う。
暖炉よりも星野さんの優しさがあったかい。彼は、こんな風に自然に寄り添ってくれる人だから。いつも安らぎをくれるんだ。
俺の手を握った星野さんは、伏見さんと同じようにキスしようとして……またもや体が固まる。
なんか、おかしくなって来ちゃったぞ。そんなにキスしたいのか。
「星野さんもそんな事しないよ。彼は亡くした奥さんのことを愛していて、今でも生まれ変わってくるのをずっと待っている。一途な人なんだ」
「…………」
「大好き、って言うのは色んな種類がある。君は……星野さんの耳から情報を手に入れたんだな。
星野さんはきっと、奥さんとこうして仲良くしてたんだろうなぁ。何となくそういうの聞いてなかったから……知れて嬉しい」
沈黙の中で薪の火が消え、暗闇に支配される。次は……妃菜か。
仕方ない、気が済むまで付き合ってあげるしかなさそうだ。
「真幸!子供達はお母ちゃんに預けて来たで!久しぶりにデートしよ!」
「……うん」
差し伸べられた小さな手は、俺と大して変わらない大きさだ。俺は最初から何も持たない人間だったけど……妃菜はそれを知っても好きでいてくれた。
眩しすぎる笑顔が目に染みて、視線を逸らす。
いつか、アリスが至れり尽くせり高級マンションに初めてやって来た時のあのワンピースを着ている。
ハイネックにぽわんと膨らんだ袖の白いシャツ、Vネックの清楚なワンピースは足首まで長いお嬢様スタイルだ。
いつからこう言う服を着なくなったんだろう。いつも、スーツか巫女服、杉風事務所の制服である白黒の和服姿しか最近は見ていない。
実家から持って来たお洋服達は大切に劣化防止の術をかけていたはずだった。
ふわふわひらひらの服を着ていたのは、飛鳥との結婚式が最後だったな。
「どしたん?ぼーっとして。あんな、アイスクリームの美味しいお店が新しくできたんよ!それから、クレープと、なんやもちもちしたパンみたいなやつがあんねん!韓国のや!」
「そういえば一時期韓国料理にハマってたな?ドラマ見てたんだっけ」
「そやで!女官からお医者さんになるやつ!シンデレラストーリー……いや、立身出世をするドラマやで。死ぬほど苦労しても自分の意思を貫くかっこいい人が主人公やった」
「妃菜なら好きそうだ。こう言う時間を飛鳥とも過ごしたんだろ。
俺はそう言うのしたことなかったな。これから出来るんだろうか、あの人と……あの、人と……」
「…………」
あの人、って誰だっけ?胸の内に浮かんできた男の人が、ぼんやりとした姿を浮かばせるものの、名前が出てこない。
「思い出せんのに、焦らんのやな」
「ふ、もういいのか?デートのフリはおしまいか」
「最初からあんたは引っかかってないやんか。大切な人を忘れてしもたのに、どうしてそんな平気でいられるんや」
「忘れてないよ。思い出せないだけで、その人の匂いも、声も、存在もここにある。絶対に無くならない」
とんとん、と胸を叩くと妃菜の姿を模した誰かは眉を下げる。
今は思い出せなくても、俺の中の存在は消えるわけがないから何も心配してない。
俺が唯一無二だと最初から口にして……心も命も預けたその人の代わりなんかいない。
今、生きている世界では大切なものだらけで、無くしたくないものや仲間に囲まれていて……。それでもその人は特別で、ずうっと俺の中の奥底で変わらない熱をくれる。
「そぉんなに好きなん?伏見も、星野も、鈴村も好きなんに。何が違うんよ」
「難しい質問だな……好きの形が違うんだと思う。俺はみんなが大切で愛おしい。
でも、あの人は俺の人生を変えてくれたんだ。最初にした約束を果たしたいんだけど、中々きっかけがなくてさ」
「恋して、ちゅうするん?」
「うん。もう、殆どしてるようなものだったけど……ちゃんと告白して喜ぶ顔が見たい」
「もう好きやないかもしれんで」
「それでもいい。俺たちはたとえお互いが離れても嫌いになることはない。
手を握れなくても、くっつけなくても、思い出せなくても……心の中にお互いが存在している」
「ふぅん……ほな、最後はその人や」
妃菜が目を閉じ、あたりに帷が降りたように暗闇に染まる。
……あ、なるほど。俺の心を揺さぶってどうにかしようって考えなのかな。
鼻に香るのは大好きな白檀に似た涼やかで甘い香りだ。
初めて出会ったあの日からずっと変わらない――『颯人』の匂い。
普通に思い出せて、自分でもびっくりしてる。いつの間にか……いや、きっと最初から颯人の存在は俺の中で存在を主張してたな。
瞼を開くと、仁王立ちになった颯人が険しい顔で俺を見下ろしてくる。
あー、これは……確かに堪える。
こんな風に蔑まれるような顔、されたことないから。
「其方は何も持たず、何も成さず、何もできぬままだ。これから先もずっとそうだろう」
「そうだな。そうかもしれん。……でも、颯人はそんなこと言わないよ」
「なぜそう言い切れる?」
低くて艶やかな声を発したその人は、立ち上がる俺と目線を合わせて怪訝な目つきをよこす。
偽物の颯人だと分かっていても胸の中がチクリと痛んだ。
「颯人は絶対に諦めない。そして、俺と共に立ち上がって同じものを見てくれる。そんな目つき、されたことないよ」
「……では、堪えるだろう?我はずっと其方を疎ましく思っていた。
我の心と命を受け取りながらも応えず、永きに渡り縛りつけ、苦しめている」
「そう言われるとぐうの音も出ないな。確かに俺は自分のトラウマを盾に、望まれた立場を与えなかった」
「そうだろう。苦しく、悲しく、寂しい思いをした。我は生きて来た年月の中で何度も恋をして、それを叶えてきた。伴侶を得て子を作り……その幸せをすでに知っている」
「それもそうだな。俺は、我慢ばっかりさせて来たよ」
「…………其方は残酷だ」
ズキリ、と痛みが生まれた。手先も足先も痛い。颯人の顔で言われるとこんなに動揺しちゃうのか、俺は。
好きって、こう言うことなのかな。最後の一言はずいぶん重い響きだ。
沈黙が支配する暗闇の中、顔に触れた黒髪の感触。思わずそこに指を延ばすけど、何もない。
ほっぺをムニムニしながら思い悩んでいると頭の中に声が聞こえた。
『真幸、何か忘れていないか?』
颯人の声だ。本物の、俺が大好きで大切な相棒の声だ。
「……ごめん。忘れてたけどちゃんと思い出してるぞ。この世で一番大切で、唯一無二の相棒を」
今は相棒で、これから先は俺の告白で関係性が変わる……俺のかみさま。
自分の髪が突然解かれて、ふわりと広がる。何もない虚空に両手を伸ばすと……綺麗な顔が眉を寄せ、しょんぼりしているのが見えた。
首に手を回してしっかり抱きしめると、長い腕と大きな手のひらが体に巻き付いてくる。
颯人は俺がこうすれば必ず応えてくれる。いつも、ずっと、変わらない。
「颯人」
「……喚ぶのが遅い。応」
久しぶりに長い髪を解き放ち、初めて会った姿のままの颯人が現れて……痛みが支配した体に体温が染みてくる。
シュッとした見た目とは予想もつかない、意外にムキムキした腕にしっかりと抱えられて、頭の中の霧が晴れた。
……愛おしい神様の腕の中で、彼の顔をじっくり眺める。うん、本物のイケメン颯人だ。
「どうした?見惚れたか」
「そうだよ。颯人はかっこいい。出会った時からずっとそうだった……本物はやっぱり違うなぁ」
「………っ、そ、そうか。それは良い事だ」
頬を染めた颯人は、びっくりしてる。じっと見つめ合ううちに笑顔を浮かべて、俺の額に唇で触れた。
その瞬間に闇の空間にヒビが入り、ビシビシと音を立てて黒が崩れ落ちていく。
偽物の伏見さん、星野さん、妃菜、颯人を
これが木偶か……完全に出来上がってはいないようだ。心臓、鼻、手足がない。
俺の大切な人たちの臓器を奪って、その記憶を辿ってみんなの姿を手に入れたんだな。こんな事が起きてるんだな。嫌な感じだ。
「まだ、終わらぬぞ。今少しで1日の終わりと始まりが来る。そこからが本番だ」
木偶は颯人の声のままでそう告げて、割れて崩れる闇と同じくその姿を消した。
「我の偽物が居るのか。内臓を奪って作られた木偶だな」
「うん……0時ちょうどに始まるとか、俺は終わりと始まり、生と死に全部を関わらせる感じらしい。いちいちなんか理由がつくのやだなー、やーだなー」
「ふ、そう言うものなのだろう。其方が立ち向かう事象には必ず意味があり、立ち向かったその先で必ず全てを成し遂げる。
今まで通りにそうすれば良い。我が傍に居る」
「うん……」
手を握りあって、俺たちは同じ方を向いて……足に力を入れる。
さっき言われたちくちく言葉は本物の颯人が全部かき消してくれた。
こう言うとこ、凄いよなぁ……いつも俺が欲しい言葉をくれるんだけど、どうしてわかるんだろう?
一人でほくそ笑み、痛みのかわりに体の隅々まで沁みていくあたたかいものの心地よさにうっとりしてしまう。
今回の事件たちは始まりも終わりも突然で、びっくりするほど呆気ない。
俺から声を奪おうってんなら、それなりの対価をもらわなきゃならんな。
目に力を入れ、颯人の手を強く握って何もなくなった空間を睨みつけた。
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