174 いつもと違う展開
「何事なん、これ」
「死屍累々再びですねー。鬼一さんしっかりしてくださーい!」
「颯人様にニニギ殿、オオヤマツミノカミ……えっ、伏見さんもやられてますよ!?」
「アッ!女の子が来た……助けて!!」
現時刻 13:30 朝からずっと大社にお邪魔して、お昼までいただいてしまった。
本殿の中に倒れているのは先に大社に来ていた男達だ。何故か車でお留守番していた倉橋くんまで呼び出され、サクヤのお説教の餌食になった。
妃菜とアリス、清音さんが本殿に上がって来て、膝を抱えたり丸まっているみんなを突いては眺めている。白石と星野さんは入り口で『うわぁ』って顔して上がってこない。
気持ちはわかるよ、気持ちは。うん。
「真幸?助けてとはなんですの。私と仲良くすると言ったでしょう。それを実行しているだけなのに失敬ですわね」
「だ、だって……何でずっと抱きついてるんだよぉ。もう何時間もしてるし……うぅ」
腕を組んでくっついていたサクヤはいつものキラキラ着物から着替え、普段着てるだろうコットンの柔らかい漢服を身に纏っている。
生成りのナチュラルな生地が触れるから肌触りはいいし、本神が嬉しそうにしてるから離れられないんだよ。俺はその間動けず、足が痺れてしまっている。
「今までずうっとこうしたかったんですのよ。もっと早くしていればよかった。真幸はとってもあたたかくて柔らかくて、とっても気持ちいいんですもの……癖になりそうですわ」
「もしかして甘えん坊さんなの?サクヤってそう言うキャラなのか?」
「わがままサディスト辛口お局で悪かったわね。もう、そう言うのはやめるの。真幸には優しくしたい。こうして触っていれば落ち着くんだもの」
「ん、む……そこまで言ってないじゃん。なんか、かわいいな」
「うふふ、そう?じゃあずうっとこうしていましょうね」
うーーーーんむ。ツンデレがデレるとこうなるのか。それにしたってくっつきすぎじゃないのか。
妃菜達は俺とサクヤを取り囲んで座り、苦笑いで俺達の様子を眺めた。
「やー、驚いたわぁ。サクヤもついに落としたんやな」
「落としてないだろ!?変なこと言わないの。……ていうか、来なくてもいいよって言ったのに来ちゃったのか」
「そらそやで。今日何も起こらんなら話しておくべきやろ、時間を無駄にしたらあかんよ。真実の眼がようやく本来の力に戻ったしな」
「そーですね、魚彦殿に彼の国についてもう一度お聞きしましょう」
「常世の国にわたった神様が、仲間内だと魚彦だけやもん。考えてるだけで視れるしモノは試しや」
「そうだな、お話ししておこうか。魚彦」
「応」
女子の輪の中に魚彦を顕現すると、白石達も漸く本殿に上がってきた。まぁ、うん。サクヤは表情がとろーんと蕩けてるから大丈夫だろう。
「一回既に聞いてるけど、みんなにも同じこと聞かせてやってくれるか」
「あぁ、そうしよう。まぁほとんど役には立たぬと思うが」
「………………そういえば魚彦殿って『常世の国』に渡ってましたよね!?」
「清音?もしや、今頃気づいたのか。
そうじゃの、スクナビコナ・
「けどミケイリノノミコトは古事記も日本書紀にも殆ど記述がないし、タジマモリさんは
「今の橘というお花の祖先を持ち帰ったらしいですよね?トキジクなんとかは今の橘だと白石さんに聞きました。タジマモリさんはお菓子の神様とか柑橘の神様とか言われてますが……」
「彼奴は時の帝のために常世の国に派遣され、不老不死の果実を探して持ち帰った。
しかし、求めた本人が亡くなってから現世に戻ったからのぅ。落ち込んでしもうて、陵墓で泣き続けて亡くなってしまった故に神としての姿は成せぬのじゃ」
「常世の国は沖縄で亡くなったら逝くとされる『死後の楽園』の〝ニライカナイ〟とも同じだから……綾子さんや沖縄の神々にも聞いてみたけど。結局何もわからんかったもんねぇ」
「そうじゃのう。ワシはワシで当時の記憶が一切ない。常世の国については誰もわからぬままじゃ」
魚彦と頷き合い、眉根を寄せたみんなに苦笑いを送る。結局のところ常世の国についての情報はないんだよな。
一応知り合いみんなに聞いてみても、難しい顔をして首を振るばかりだった。
「あの、ミケイリノノミコトはどういう神様なのでしょうか?」
「「わからん」」
「芦屋さんと魚彦さんがわからないなんて事、あるんですか!?ひ、妃菜さんは?」
「真実を見定める妃菜ちゃんも飛鳥もわからんし視えへんな。魚彦の話を聞いてても何も浮かんでこないってのは本当に憶えてないんやなぁ」
「そうなんですね……」
「清音ちゃん、常世の国については天照にもわからんやで。大日如来から仏界の仏達に連絡してもろたけど同じ答えしか返ってこんかったし。もうこれは調べること自体諦めるべきかもしれへん」
「な、何なんですかそれ。どういう事なんです?」
妃菜の言葉に清音さんが呆然としてる。
ミケイリノノミコトについては出自や記録はわずかに残っているのみだ。見知った神はみんな、顔を合わせたこともない。
常世の国に行ったのならそれで当たり前なのかもしれないな。誰にも関われないんだろうとは思う。記録に残しようがないのだろう。
常世の国の記録は、おそらく彼の歴史と同じようなモノなのかもしれない。
「出自としては
「せやな、本人?本神は特に逸話もなくよくわからんままや」
「従軍してましたし、軍船を動かしていたなら武人ですカー?」
「アリスの憶測は間違うてないかもしれんけど、どやろな?初代の天皇である神武天皇が兄……いや、他の書籍は次男やっけ?」
「古事記では三男じゃが、次男、三男、四男と本によって様々書かれておる。気にしないほうがよかろう。
依代の巫女として名高い
「……真実の眼はつかえなかったのか」
「あ、白石おかえり。正気に戻ったか?」
「最初っから俺は正気だ。ただサクヤの説教が胸に刺さってただけだ」
「白石さん、大丈夫ですか?何か悪い事したんです?」
「してねぇ。……いや、して……ないと思いたい」
「怪しいですねぇ?白石さんは顔が悪いですもんねぇ?」
「悪人ヅラとか言うな!お前随分いい度胸じゃねーか?覚悟はできてんだろうな??」
「ヒェッ!?」
白石と清音さんが立ち上がり、畳の上でジリジリ間合いを取り出した。
仲良しだなぁ、もう前よりもっと仲良しなんじゃないのかな……ふふふ。
颯人もようやく起き上がり、しょんぼりしながら隣に座る。伸ばされた手を握って勝手にニヤけていると、審議が始まってしまった。
「星野さんが言うてたのホンマなんや!」
「妃菜ちゃん!しっ。声が大きいですよ!」
「ウフフ……最高。もうほとんど見えてる結末を待つのは気持ちええな!」
「それはわからなくもないですけどー。カー……」
星野さんには言ってもいいよって伝えたし、みんな空気を読んで俺が自分の気持ちに気付いたと確信したようだ。女の子達は一塊になってこしょこしょ話をしている。
「何なんですの?真幸の事なの?私にも聞かせてくださいませんこと?」
「みなさん、お茶でも飲みながらわたくしにも教えて下さいまし」
……そこに加わるサクヤと、お茶を持ってきてくれたイワナガヒメ。
復活し出した男達も加わっていく。
なんか、うん。今日は荒事が起きないって分かってるからかもしれないけどさ。皆が仲良くしていると、ホワホワした気分になる。
前まではあんな情景を見たら『俺がいなくても大丈夫だな』なんて思っていたかもしれないけれど……今は、もう違うんだ。
「星野は仲間達に真幸との相談事を伝えていたのに、なぜ我にだけ話してくれぬのか。こんな事ははじめてだ」
「…………ごめんね。まだ言えないよ」
「むぅ……」
颯人が背中から腕を回して、俺の体を抱きしめてくる。俺はその暖かさに目を瞑り、心が満たされて……体が溶けてしまいそうな気持ちになった。
常世の国の話は、結局のところ何も前進してはいない。後退こそしていないけれど……何もわからないままだ。でも、何もかもが違うように感じる。
サクヤが言った通り、色ボケ状態だと言っていいのかもしれない。
後ろ向きな気持ちがどこかに飛んでって、ずっと前向きな気持ちでいられるんだ。……恋って、凄いな。
早く颯人に『好きだ』と伝えてしまいたいけど、ちゃんと……三百余年を待たせた対価として特別な言葉で伝えたい。
だからもうちょっとだけ、待ってもらおうと思っている。
大きな手のひらを握り、勝手にほくそ笑む。
「ご機嫌が続いているのか?珍しいな……」
「んふ、うん。颯人もきっと、そのうちご機嫌になるよ……多分」
「ふむ?其方がそう言うのなら、信じて待とう」
二人でじっと見つめあっていたら、鬼一さんがいつの間にかすぐそばに座っていた。なんか最近ずっとそばに居てくれるなぁ……?何でだろう?
「鬼一さん最近ずっと一緒に居てくれるけど、どしたの?」
「ん……あぁ、俺は真幸が何処にも行かねぇように見張ってんだ。最近ご機嫌だし、ヒョイっと隠れられちまったら大変だからな」
「隠れたりしないよ、それに鬼一さんはいつでも何にも言わなくても『おかえり』って言ってくれるだろ?」
「あぁ、そうだな。それが俺の役目だからな」
「んふふ……」
含み笑いをしていると、白石と伏見さんも皆んなの輪の中を抜けて身を寄せてくる。
星野さんは女の子達に離しもらえないみたいだ……ごめん、俺のせいだな。
……本当に、幸せだよ。こうしてみんなと一緒にいられることが嬉しい。
たとえ明日波乱が起きるとしたって構わない。仲良しのみんなと一緒に、ずっとこのままでいたい。
そのためにこれから一生懸命頑張るんだ。何が起きても諦めないし、やめたりしないぞ。
目の前に掲げられた不幸に怯えていたって、何にもならない。だから……ただ、起きたことに対して真剣に対応していけばきっと、きっとどうにかなるしどうにかする。そうしなければならないから。
……そう、思っていよう。
「芦屋さん、僕はたとえ常世の国でもついて行きますからね」
「……伏見、それを言われると俺が困るだろ」
「白石は仕方ないですよ。常世には行けません」
「…………」
「そうだよな、白石は清音さんがいるから現世に止まらなきゃならんだろ。星野がそうしたように、何が起きても好きな人と最後まで添い遂げろ。死んだらダメだぞ」
「言われなくてもそうする。……なぁ、鬼一は想い人とか、いねぇのか?その……」
白石の言葉に微笑む鬼一さんは、首を振っ瞼を閉じる。
「俺はもうこれ以上の幸せはいらねぇよ。真幸が寂しい気持ちにならんのが一番いい」
「なーんでだよ、鬼一さん自身の幸せの話だろ?」
「だからだよ。俺は事件の順番が来るまではでかい仕事もない。しばらく真幸につきっきりにさせてもらうぜ?
俺の幸せはお前の幸せだからな」
「ぬぅ……まさか、鬼一に邪魔される時が来ようとは」
「颯人?邪魔じゃないだろ。鬼一さんは大切な大切な仲間で友達で、伏見さんの次に出会った古参メンバーなんだから」
「……まぁ、そうだな。我と刃を交わしたのは元人間では鬼一だけだった」
そうですね、と応えた鬼一さんはニヤけている俺と颯人を眺め、釣られて笑う。
本当に色ボケ状態でいた俺は……彼の脇で顔色を変えた、伏見さんと白石に気づかなかった。
その時気づいていたら……未来は変わっていたのだろうか。
それは、誰にも答えが出せないだろうことだけは明確な事実だった。
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