170 風立が教える散り際

真幸side


「わあぁ!わああぁ……浄衣姿も凛々しいですね、画像や写真や絵姿よりもたおやかで、清々しく、透き通るような美しさを感じます。

 あぁ、いい匂い……スンスン」


「ソウデスカ」

「少昊、あまり寄るな。我の相棒なのだぞ」

 

「すみません、調子に乗りました。

 ええと、ヒトガミ様は食べ物を食べられると聞いてお土産をたくさん持参いたしました。

 私のおすすめはこちらのヌガークラッカーです。しょっぱいクラッカーの間に甘い牛乳味のヌガーが挟まっていて、もちっ、さくっ、ねとーっとしてます」


「ほう……ねとーってのが気になるけど、ヌガーは好きだな」


「ヌガーが好きなら『ねとーっ』は大丈夫です。ネギの香味がなんとも言えぬハーモニーなのですよ。

 あとは、今すぐ食べれるものではありませんが熱湯を加えるだけで出来る餃子の皮用の粉もあります」

 

「皮の粉?もしかしてもちもちするタイプの?」

 

「えぇ、中にラードやいろんな粉が混じっていて、焼けばもちもちパリッとした食感に、茹でればかなり強めの歯応えになります。それから、きくらげの薬膳スープに火鍋の素、お馴染みの月餅は油分控えめのものです。ココナツロールという日本のシガールのようなものもあります。ココナツの風味とサクサクした食感がクセになるんですよね」

 

「へぇ!あ、これピータンか?実は食べたことがないんだ……美味しいの?」


「えぇ、ピータンは周りのコーティングを洗い流し、櫛形かみじん切りにして豆腐に乗せ、ネギを散らして塩胡椒、熱した胡麻油をかけると匂いも控えめに、まったりとした旨みがたまらぬ逸品になります」

「ピータン豆腐ってやつか!わー、食べてみたいな……」

 

「私の秘伝のレシピをを教えますから、颯人様のお好きなきゅうりを敷いて召し上がってください」

「おお……胡瓜も合うのか。それは良い」


 

 

 現時刻 10:00 悲田院から帰宅したあと、翌日まで寝こけてしまった。とりあえず大陸国の窓口だと言う少昊にコンタクトしたら『すぐいける』と返事が来たので、高天原で待ち合わせで合流したところ。

 クシナダヒメ、カムイと何故かイナンナがお茶を持ってきてくれたんだけど……帰らないで端っこに座ってるな。あれ、天照と陽向もやってきたぞ。なんだか大人数だけど……どうしたんだろう?


 

 いつもの神楽舞台で接待模様なんだが、付き添いの伏見さんと鬼一さんはイナンナたちと一緒に舞台脇に立って苦笑いしてる。颯人は相変わらず俺を抱え、お土産を差し出されて……俺と二人で身を乗り出している。

 

 海外のお菓子なんて、旅行に行った事ないから初めて見た。パッケージの言葉は外国語だが、食べ物の写真があったり装飾文字でカラフルなのは日本と同じなんだな。ポップで可愛い。


 


 少昊が会うなり風呂敷を広げ出したのはびっくりだけど、俺の好みにビシビシくるお土産ばかりだ。

 ……なんか、人懐こい神様だな?黄帝のお孫さんらしいから不思議はないけどさ。


 そして、俺は彼の膝の上に丸まっているニャンコが気になって仕方ない。真っ黒ニャンコがじーっと俺たちの動きを見ている。

 目の色は金で、体が全部真っ黒だから件に似てる……きゃわいい。


 


「気になりますか?」

「うん……ニャンコじゃないとは思うけど。もしかしてこの前聞いた饕餮か?」


「ニャーン!」

「わ……かわいい声だな!女の子なのか?」

「ニャーン!!ニャーーン!!」



 返事をした饕餮にゃんこは俺の膝の上に乗って、ころんとお腹を出した。

さ、触っていいのか?もふもふだな……。


「撫でてやってください。初対面でお腹を出すことは稀ですよ」

「そ、そうなの?わあぁ……黒毛が柔らかくてふわふわしてる。ゴロゴロの音がたまらん!」


 饕餮は両手両足を投げ出し、頭までとろーんと膝上から垂らしてゴロゴロ喉を鳴らしている。

 うう、かわいい!にゃんこ可愛い!!


 



「真幸、そろそろ本来の目的に戻らぬか。少昊もそれまでにしてくれ、真幸は食べ物と毛玉に目がないのだ。話が進まぬ」

「ハイ、スイマセン」

 

「は、しからば。まずは、此度の数々の難を人神様、並びに周囲の方々……ひいては一国に対してのご迷惑をお掛けし、申し訳ございません」


「へ……」

 

「あ、謝ったぞ……!?あいつら謝罪するのか!?」

「鬼一、そう言うのは口に出すんじゃありません。正直私も驚いてますが」



 伏見さんも鬼一さんも驚いてる。そりゃそうだな、謝罪するって言うことは『うちがやりました』って認める事になってしまう。そもそも、文化の違いで大陸国は『謝罪』と言うものをあまりしない。


 それがいいか悪いかは受け取る人それぞれだし、真実として悪意のある時もない時もある。

 

 ただ、少昊は今日文官朝服を身につけて最初から姿勢を崩していない。背筋をピンと伸ばし、正座したまま。

 両脇に親指と握りしめた手をついて、頭をしっかり下げている。山ほどお土産を持ってきたのもそうだけど……正式な礼だな、これは。


 


「報告の内容次第でその話はすればいいだろ。まだその段階じゃないよ」

 

「いえ、今の段階で私は謝罪すべきと判断しております。イナンナ殿の手配はお見事でした。各国の女神に突かれて私はきちんと調査を行いました。

 も、もちろん突かれなくてもしましたが!」

「え、はい。女神?」


 背後を振り返ると、クシナダヒメ、カムイとイナンナがニヤリ……と暗黒微笑を浮かべた。ありゃ、なんか圧力かけたのか?




「その結果がこちらです、お納めください」

「はい、ありがとう……ふむふむ」


 手渡された巻物は全て背面に台紙と絹が貼り付けられて、丁寧に装丁されている。紙ペラ一枚じゃなくて……ずっしり重たいからわざわざつけてくれたんだろう。

 中に書かれているのは日本語だ。俺が読むと知っていて、最初から読みやすいようにしてくれている。



「内容の概略ですが、此度の事件に全て使用された魔法陣はわが国由来である事。また、一部の国と協定を結んだ証拠を掴み、犯人一派の人員を捕縛しました。

 日本で捉えた実行犯につきましては、日本国の法律に準じていただくようお願い致します」

 

「そうか……政府にもかけあってくれたんだな」


「はい。今回の事件は、人間界の者たちは預かり知らぬ事。一部の神、蘆屋道満との繋がりがあった人間によるものです。

 国はヒトガミ様の意思を尊重し、捜査に協力致します。事実の隠蔽は私がさせません。ただ、目的につきましては未だ判明せず調査を続行しています」

 

「そうか。……どうして……そんなに良くしてくれる?俺は少昊と関わりがあったわけじゃないだろ。こちらから一方的に情報提供を呼びかけ『容疑者の国は自己捜査をするべき』と義務を押し付けただけだ」


「失礼ながら私共大陸の神は、調印式であなたとお会いしております」




 アレ……そうだっけ???他の国の神様は宴会の時にちょこっとお酒飲んで、みんな帰って行った記憶なんだが。


「颯人……覚えてる?挨拶したっけ?」

 

「否だ。他の国の神は長く国中にはとどまれぬ。其方の作った国護結界が強く、下手をすれば浄化されて別のものになってしまう」

「そう、だよな。海外の神様は悪性を持つ柱も居るはずだ。高天原にも現世にもとどまれないから、みんなさっさと帰ったと思うんだが」



「すみません!!!遠くから見て、綺麗だなと思って、私が目の呪いを残しました!!!!!!!!!!!」

 

「えっ?な、なにそれ」

 

「宴会で声をかけられず、舞を拝見して皆がファンになっていたのに握手さえお願いできず……ファンレターを送ろうにも、目の呪いはあなたがご自宅に向かわれると無効化されてしまうので……」


「ストーカーじゃん」

「はぅっ!?そ、そう……そうです!すみません!!!」




 少昊は体を丸め、平伏して縮こまる。……えーと、熱烈ファンがストーキングしてたって事?しかも自白したぞ。


「でも、不思議だな……呪術を使われれば誰かが感知しそうなものなんだが。うちの事務員は誰も気にして無かったけど」

 

「……呪術所以ではないからです。純粋な心持ちであれば危険物と認識はできません。私共……いえ、私の心が勝手に生み出してしまった精霊がおそばに居て、調印式から三百年、あなたの行いを拝見しておりました!」



 わ、わーお……そんなにか。精霊が目の呪いになるって事?と言うか、待て。根本的なところを聞いてない。


「なんでそんな俺に執着してるんだ?悪意がないなら、目的は……?」

「…………」




 黙り込んでしまった少昊の傍で、饕餮がため息を落とした。白い犬歯を覗かせて微笑み、口を開く。


「ただ、美しかったからだ、ヒトガミ様。あなたの姿を見ているだけで心が癒された。あなたの数々の行いは悪気を浄化してくれた。

 我らは欲望の気が強い神でな、饕餮の由来をご存知か」

 

「饕餮のキャラそんななの?うん、知ってるよ。いいものも悪いものも食べる神様で、災いを食べる神として今は名を残している」



 

「あぁ……そうだ。ヒトガミ様は何でも知っていらっしゃる。四狂の饕餮は黄帝の孫である少昊が産んだわざわいだ。出自を知ってなお、相対する時はその場にいる本神を見て全てを判断してくれる。

 過去に悪事をしていようが、いまいが関係ない。ただ、今の目の前にある命を見てくださるのだ」


「そ、そんなの当然じゃん。過去を見たって今がいい人なら改心したって事だし。歴史を見れば神様は讃えられて然るべき勲をもっている。少昊も、饕餮もそうだと思うけど」

 

「そうだな、だが……例えば私なら、荼枳尼天を殺しただろう。自分の意にそぐわずとも事実として人を大量に殺し、国を転覆させるような事態に加担したのだから。

 今後もその危険性がある。禍根は断つべき、と判断する」




「荼枳尼天は迷家を作って、人を救おうとしてたよ。ただ……その後穢されてしまったんだ。

 それなら綺麗にしてあげればいい。俺の知っている子に、コトリバコの怨霊がいる。彼はもうとっくに罪を赦されているけど天上に登らず、俺の仲間が作った『怨霊昇仙プログラム』に参加して神になった。同じことができると思うんだ」


「それもお聞きした。怨霊を祓うのではなく、その怨念を昇華させていると」


  

「うん、悪いことをしたから『はいおしまい』って言うのは意味がないと思ってさ。

 生まれ変わって記憶を持つ人もいれば、持たない人もいる。俺だって前世はわからんけど、その前にでも何か悪いことをしていたんだとは思う。だからこんな生まれだったんだろう」

 

「……業の持ち越しですな」


「うん。悪いことをすれば業は必ずその人の命に背負わされる。でもさ、死んだ後にそう言われても『何をしたのか』わからなければ反省しようがない。

 荼枳尼天は日本に来て善性を顕していた。きっと、大丈夫だよ」


 


 颯人がそうっと肩を撫でて、顔を寄せてくる。む、むむ……なんだよ。


「其方の裁は、相手を信ずるのが基本なのだ。罪を犯したとして、その者は必ず立ち直る、罪を悔いるとそう信じている」

 

「……まぁ、うん、はい」

 


「――っそう言うところが好きなんです!!!荼枳尼天は今どうなっているのか聞きました!幽閉されてはいるものの、人の肉の味を思い出してしまって……度々悪性が顕れると!」



 少昊が起き上がって突然叫び出したんだが。びびった……。

涙をポロポロこぼして、顔が真っ赤だぞ。大丈夫なのかな。



 

「そして、あなたが自らそれを癒しているとも聞きました。血を与え、会話を交わし、善性を思い出させて……道を説いているのでしょう」

 

「えと……うん。だって俺がとっ捕まえたから責任は取らなきゃ。大日如来と一緒だから、別にそんな大変なことじゃないけど」



 トテトテ歩いてやってきた饕餮は顔を擦り寄せてくる。もふもふの黒毛を撫でてやると、金色の目が細くなりゴロゴロ音を出した。


「あなたが愛おしいのだよ、ヒトガミ様の優しい気持ちが。迷家でも、他の事件でも嫌な思いをしただろう?悲しい思いをしただろう?

 その原因にどうして優しくできる。私たちに事件を調べさせたのだって、神々が是正できるようにチャンスをくれたのだとわかっている」

 

「……ま、まぁそうなればいいな、とは思ってたけど?調べ物をしようにも俺は事件の対処で忙しいし。好きって言われても、俺は打算でそうしただけで、腹黒いからだし、あの……その……」




 なんだよ、このホワホワした空気は。みんなにやけてるし。俺は少昊に話を聞いてちょっと怒ろうと思って来たのに。

 何が起きた?どうしてこんななんだ??



「尊い。一生推せる」

「ニャーン!激しく同意」

 

「なんだそりゃ……ウズメみたいな事言い出してるんだけど」

「似たようなものだろうな、我はそう感じた」

「ええぇ……?颯人はなにを感じてそうなった????」



「というわけで、私は今後も全面協力致します。あなたが好きです、ファンです。サインください」

 

「……マジで意味がわからん!!」



 俺の叫びは舞台の端まで響き渡り、みんなのニヤけ顔は苦笑いに変わった。


 ━━━━━━


「では、目の呪いはこれで解除完了ですね!」

「……ぐすっ、ひっく。ひどぉい……」

「私の癒し……にゃぁ……」


「少昊殿、ストーカー行為は今後許しません。私を差し置いて、ヒトガミ様の24時間365日を眺めるなどあり得ませんからね!」

「伏見……お前も立派なストーカーだぞ」

 

「鬼一はお黙りなさい。では……今後もご協力いただけるという事でよろしいですね?」



 伏見さんの言葉に頷いた少昊が手を差し出してくる。真っ直ぐな瞳の色、気配の色にも嘘は現れていない。

 なんだかなー、どうしてこうなった?


 とりあえず握手を交わしてにっこり微笑むと、少昊はプルプル震えている。……ちょっと面白くなってきたぞ。

 


 

「かならずホシをあげましょう!」

 

「……なんかテレビドラマに影響されてるぞ。じゃあ、よろしくお願いします。

 目的がはっきりしないのがモヤモヤするけど、時間をかけるしかないか」


「真幸……目的について、話したい」

「ひゃっ!?」



 

 間近でひっくい声が聞こえて、颯人に抱きつく。誰!?俺はこう言うの苦手だってば!!びっくりさせるなし!!

 


「ふ、ニニギ……褒めて遣わす」

「ギリィ……アリガトウゴザイマス。ヒトガミは連絡を密にすると言うたに、なぜ私にめえるも電話もせぬのか」


「ニニギ!?なんでここに……えっ、何の用?」

「酷い!九州で連絡すると約束したではないか!それなのに、それなのに……」


「ごめん、忘れてた」



 

 ニニギの肩をぽむ、と叩いた伏見さんは諦観の笑みを浮かべる。なんだよ、その顔。


「ヒトガミ様は、うっかりさんなんです。……仲間のさまざまを失い、心が乱れていらっしゃいます。お許しください」

「伏見も目を奪われたか。……懐かしい眼帯だな、よく似合っている」

 

「ありがとうございます」


 

「ニニギ……して、話とは?」


 


 いつのまにか身の回りに集まった神々たちがニニギに目線を送る。頷いた彼は耳に挟んだ筆と胸元から紙を取り出して……ぺらっとめくった。おじさんっぽい仕草だな。


「ヒトガミよ、拗ねるぞ」

 

「あっ、ご、ごめんなー、ニニギのお話とやらを聞きたいなー!俺は手詰まりだからさ!!」

 

「うむ、聞かせてやろう。推測ではあるがな。

 まずは相手側の目的だが……此度の少昊の態度を見て思うことがある。木偶を作り上げているのはもう間違いないだろう?狢の証言からも確証を得ている」


「うん、そうだね」


「なぜ木偶を作るのか。内臓を奪うのは術者が対象、と広い目的があったように思えたが、事件の概要は完全にヒトガミの周囲の者たちを目的としている。

 まるで……ヒトガミがこの世から去った後、代わりに据えるものを作っているかのようだ」



 ニニギの言葉に颯人と二人で手を握りしめる。そうだな、ニニギの勘は鋭いと言っておこう。件の予言を聞いた俺と颯人は思い当たる事がある。

 

 でも、それはまだ口にできない。予言の言葉はそのままの意味ではなく抽象的な表現だった。解明しきれていないし、それを聞いた俺たちは直感的に『そんな感じか?』って思っただけだから。




「しかし、そのような事が起こりうるのでしょうか?ヒトガミ様が……」

 

「伏見、口にするな。言葉にすれば念がこもる。何か確証を得ていたとしても言の葉に乗せてはならぬぞ」


「……かしこまりました」


 伏見さん、なんか様子がおかしいな。否定しようとしていた割に、顔色が悪い。唇が真っ青だぞ。

 鬼一さんが背中を撫でて、宥めてくれてるけど……大丈夫かな。




「ともかくだ。木偶を作る目的、それは私の推測によるとヒトガミの代わりを作成、もしくは近衛の体を寄せ集めてその代わりにしようとしているのではないかとは思うが……どちらかはわからぬ。

 だが、目的は其方で間違いない。少昊は大陸の神にヒトガミを見せている。調べてもはっきりしない目的、訳のわからない行動……それは、我々よりも前の神が動いているのではないか」



「……!は……ぁ……ま、まさか、ニニギ殿、まさか……」

 

「少昊、日本の国で例えれば開闢の神々と同じ方達の話だ。人間とは一切の接触を避けて神ともあまり触れ合わぬ。

 始祖の神々は……皆隠居され、神の国へと歩をすすめているから気軽に接触ができぬ」


「神の国?高天原みたいな?」


 


 ニニギは俺の質問に首を振り、目を瞑る。手にした紙を握り締め、それを震わせて。


「大陸国では『華胥かしょの夢の国』と言う。輪廻転生がないのは同じだが……一度行けば、二度と戻れぬ。

 高天原にも姿を現せず、この世の全てに関わることはできない」


「……え?なにそれ?天国とか?高天原の上があるって事か?」


 


「生きる事が修行なのは、人も神も変わらぬ。苦痛、悲しみ、そのようなものを有する。

 そして……神はいつしかそのようなものを一切感じぬ場所へ召される。

 永久不変、不老不死、全ての苦しみから解き放たれると言う……この国では『華胥の夢の国』と同じく『常世とこよの国』と言うものが存在する」

 

「……へぇ、そうなのかぁ……」




 颯人まで呆然としてるけど、どう反応したらいいんだろう。何でみんな顔が青いんだ??常世の国の神様は干渉できないんなら、犯人と関係ないんじゃないのか?


「芦……ひ、人神様。いいですか。この話は、冗談ではなく核心をついています。

 ニニギ殿は、常世の国から使者が降り、あなたを召そうとしているのではないか、と言っています」

 

「え?……何でだ?干渉できないんじゃないのか?」


「干渉できない、と言うのは召された方々の話です。例えて言うならかぐや姫が月に帰ったでしょう、あれと同じ事ですよ。

 あなたの善行を知り、全ての苦しみから解放しようとして常世の国の神たちが準備を始めたのではないか。

 国護結界をこの国に残し、人神様を召して連れて行っても問題のないように……事態を進めているのではないか、と言う事です」


 

「天照……どう言う事ですか?母上は、母上は……常世の国のお偉いさんに好かれてしまったのですか?」

 

「常世の国の住人は、上下の区別がない。そこにいる者は全てが共通した意思を持ち、現代では宇宙の法則とも言われる。

 星の回り、命の流転、何もかもがその法則に則っている。我々神が差配できるのは、その決まりに準じたものだけだ」


「そんな……では?」


イザナギも、イザナミも、今に召されるだろうと言われて隠居した。これは、逆らえぬ物だ。

 ヒトガミを常世の国に知られてしまった……そして、その法則が動かされているとニニギは推測したのだ」



 


 あぁ……。そうか……。

 件が言っていた、この国の終わりって……そう言う事か。


 俺、なんか知らんとこに連れていかれちゃうのか?いい事したからって事?

 でも、俺よりも前からずっと善行してきた……それこそ天照は?月読は?

イザナギもイザナミもまだ、この世に居るのに。



 

「其方は、我々よりもただひたすらにその身をやつし、神として善行をなした。全ての宗教、哲学で語られる命の行き先……それは生きて修行をし、善行を積んだ命がいつしか常世の国へ行くことを示している」

 

「颯人……だって、俺よりもずっといいことをしてきた神様がたくさんいるだろ?何で……」


 颯人の指先が頬に触れて、額に唇が触れる。柔らかなそれは、微かに震えていた。



 

「神は裏公務員ができるまで、現世に長々と姿を顕してはいない。其方が行なった数々の善行は……我々古代の神よりも多いと判断されたのだろう」

 

「…………」

 

「この世に生まれ落ちた時から、いや……そうだ。其方は原初の人として生まれた過去がある。葦から生まれ落ちたその時から命の色が変わっておらぬのだ。

 人の一生で成しきれぬ事を、我々神が何億年とかかって行う物を……成し遂げてしまったのやも知れぬ」


「…………」



 高天原に、優しい風が吹く。俺が知っている限り、長く咲き続けている桜の花が散り始めた。


 風立の、花の散り際か。

 

 どうして……今、そんなふうになったんだろうな。もう、分からないことばっかりだ。


 

 俺はみんなの顔が翳っていくのを見ていられず目を逸らす。まだ、何も受け止められないなぁ……。


 風に舞う薄桃色の花びらは、俺の命の終わり方を教えているかのように見えた。

 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る