ターニングポイント

169 予感と覚悟

白石side

 

「ただいまぁー……」


「芦屋さん!おかえりなさい!」

「おー、伏見さん。ごめんだけど一回寝かせてくれぇ」


「大丈夫ですか?あぁ、本当に星野の耳が……」

「うん……星野さんも寝かせてやってくれるか。後で痛み止めを持っていく」

「かしこまりました。暉人殿、代わりますよ」

 

「いや、伏見は病み上がりだろ?せっかく気持ちよく寝てるんだし……起こすのも忍びねぇ。このまま運ぶから、白石と一緒に清音を見に行ってやってくれ」

「はい。みなさん、お疲れ様です。お茶を飲みたい方は用意してますからどうぞ。浄真殿が作ってくださったお菓子付きですよ」



 伏見の出迎えとともに悲田院、真神陰陽寮を経て帰宅した一員がテーブルにつく。

 浄真は山寺の子供に呼ばれて泣く泣く帰ったらしいが、挨拶できなかったな。


 俺も一服したいところだが、清音がどうしてるか気になる。


 そそくさと階段を上がると芦屋と伏見がついてきた。背後では星野の部屋に暉人が入って行くのが見える。

あいつは面倒見がいいな……。


  


「あれっ、芦屋も来るのか?」

「うん。みんな熱が下がってそれぞれお部屋に戻ってるから、清音さんに預かってもらって……」


「むーう!!」


 清音の部屋の前のドアに佇み、ノックしようとした瞬間中から黒い塊が飛び出してくる。

 俺の顔面に頭突きを食らわせて、そのままスタッと床に着地し、芦屋の胸元へ飛び掛かった。




「わー!ごめんなさい!芦屋さんが帰ってきたのがわかったみたいで……あっ!皆さんおかえりなさーい」

 

「ただいま……くっそ痛ぇ」

「わぁ、お鼻が赤くなってますよ白石さん!大丈夫です?」

「大丈夫じゃねぇ。なんなんだ一体……」

 

 顔を手のひらで抑えつつ、ジンジンした痛みに眉を顰める。

謎の黒い塊は……な、何だ?件だと!?



「お、おい。もう四日目過ぎただろ?なんで件が生きてるんだ!?」

「あー、うーん、俺の神力を九州で吸っちゃただろ?それで、予言は成したが元気なんだよ。何て言っていいのかわからなくて、言いそびれてた」

 

「……マジかよ」



 件は牛の姿じゃなく少年の姿に変化している。芦屋に抱きついて、顔をぺろぺろ舐めて……甘えてんのか?子供の格好でも動作は変わらんのか。

 相変わらず珍妙なやつだな……予言を与えた件は亡くなるはずだが、こんな事もあるんだな。


 


「とりあえず廊下じゃ何ですから、清音さんのお部屋に入れてください」

 

「伏見が言うな。芦屋は寝ろ」

 

「はーい。お邪魔虫は大人しく布団に入りますよー、おやすみ」

「お邪魔虫?芦屋さんおやすみなさいー。とりあえずどうぞお入りください」



 パジャマ姿にカーディガンを羽織った清音に招かれ、部屋に入る。ドアを閉める一瞬前に「ごふっ」と声が聞こえた。……ありゃ累が飛び出してきたんだな。相変わらずタックルされてるみてぇだ。




「いやー、女の子のお部屋って感じですねぇ。いい匂いがします」

「やだ伏見さんたら!照れますね!ソファーにどうぞ!」

「はい、お邪魔します」

 

「…………いい匂いとかいうな。こんにゃろめ」


「白石さん?どうぞ、寒かったでしょうからあったかいお茶淹れましたよ」

「おう……さんきゅ」



 清音は自分の部屋に置いたティーカップに紅茶を注ぎ、ローテーブルに二つおく。床にぺたんと座って……ゆらゆらしてるじゃねーか。


「おい、具合悪いんだろ、寝てろよ」

「えーと、えーと……でも、お客様をお招きしたのにそんな事はできませんよ」

 

「俺といる時は寝てたじゃねーか」


「白石さんは、その……お客様じゃないって言うか、えーと」

「なるほど……本当に空気を読んだほうがいいですね、すみません」



 立ちあがろうとする伏見の袖を引っ張り、清音が何か言おうとしてる。

なんだ?熱が出てるうちは一緒の部屋に寝てたから仲良くなったか?




「あの、伝えておかないと行けないことがあります。浄真さんにも言われているので……。先にお話聞いていただけますか?」


 上目遣いの清音に目線を送られ、伏見と二人目線を合わせる。……珍しいな、こんなの。浄真にも相談したのか。




 座り直した伏見を見て清音はため息をつき『うん』と頷いた。


「あの、多分ですけど八犬士の玉と事件の担当メンバーさんは、八房が体内に玉を宿していた時の部位をそのまま奪われてます。

 妃菜さんは子宮、伏見さんは右目、星野さんは耳でしたが、それぞれ仁、忠、礼の玉がその位置に宿ってました」


「そうか。三回当たりゃその説で確定だろうな」

「なるほど……では先に教えてください。清音さん、智の玉はどこですか?」

 

「……?あ、次が芦屋さんですもんね、確かに芦屋さんは智の玉っぽいです。部位は喉でした」


「声か、首か……どちらでしょうかね」

「おそらくは声だ。相手は木偶を作ってることを考えたら人間の機能を奪ってる。そうすると首じゃなく声だろ」


「確かに……と言う事は木偶は女性ですね」

「あぁ、清音に残りの部位を聞いて情報をまとめて……芦屋の寝ている間にちっと打ち合わせするか」

 

「そうしましょう。鬼一と鈴村、アリスさんにメッセージしておきます。星野は回復次第共有、もしくはあの疲労具合だと次回は休みにするかもしれません」

 

「それはねぇだろ、次は芦屋の番だ。何がなんでもついてくって言うに決まってる」

「そうですね……」



 

 伏見と頷き合ったところで左側から『ごん』と鈍い音がする。眠気に負けた清音はテーブルに額を打ちつけてしまっている。

 慌てて額を抑えて顔を覗き込むと、苦笑いがうかぶ。


「あいたた……すいません、一瞬寝てました」

「先に部位だけ聞いて部屋から出るから。寝かせてやりゃよかったな……すまん」

「えっ、白石さんも行っちゃうんですか?」



 清音の言葉に思わず破顔しそうになり、伏見がいることを思い出しておほん、と咳き込んで誤魔化す。……俺がいねーと寂しいんだな、そうなんだな、そうか……。


「打ち合わせにキリがついたら戻る。氷枕も替え時になるだろうしな。お前はまだ熱があるだろ?」

「!!はいっ!じゃあ、残りの部位ですが……」




 清音の説明を聞きつつ伏見にジトーっと見つめられ、抑えきれない喜びの感情に戸惑いつつ……メモをとった。


 ━━━━━━


「芦屋さんは智の玉、アリスさんは信の玉、鬼一は義の玉、清音さんは孝の玉、白石は悌の玉……八房の体に宿っていた時の部位はそれぞれ喉、鼻、心臓、手のひら、足となります」



 リビングに集まったメンツで伏見の話を聞いて、みんな微妙な顔になる。……それぞれが致命傷になりえない部位だったのに、一人だけやべー部位が対象になっちまってるからだ。


「俺が心臓か。なるほどな」

「……あの、どうしてこの玉だとわかりましたかー?真幸さんの託宣で?」


「いや……これは清音の勘だ。正しく言えば里見八犬伝の暦書を学んできた人間の推測と言ってもいい。

 実家に伝わる八犬伝と、曲亭馬琴の小説はわずかに異なる。小説の人物像でも俺達に当てはまる部分はあるが、作者の馬琴は実在の人物に配慮して書いたんだろう」

 

「そうですね、僕も直接話をお聞きして今回の推測には納得がいきました。我々が生きるこの世はファンタジーとされてきた都市伝説や怪談、神話の話などは全てが事実で、里見家に伝わる暦書も本物です」


 


 沈黙が降り、鬼一が胸元から白い封筒を取り出す。真新しいそれには『遺書』と書いてあった。



「鬼一、流石にこれは……」

 

「いや、受け取ってくれ。必要になるだろう。俺の卜占にも同じ結果が出ている。依代になってくれた二柱にはもう話をつけた」

「しかし、これを芦屋さんに話せば……」


「言わんでくれ、伏見。頼む」

 

「…………どうしてですか?これを話せば芦屋さんだけじゃなく、僕らも命をかけてあなたを守ります」

「だからだよ。真幸の卜占には、この結果は出ていない」


 


 さっきよりも数段重い空気になったリビングに、優しい風が吹く。

鬼一は何もかもを悟ったような微笑みを浮かべ、ため息を落とす。

 そこにはなんの気負いもなく、ただ泰然として……悲しみや絶望は浮かんでいなかった。



「俺はもともと仙人、神になるつもりはなかった。長くこの世にとどまっていたが……もう、十分生きた。

 それにな、真幸やお前たち仲間の命を盾にして生き残るよりは、死んでお前たちを……この世で一等大切な真幸を生かしたい」


「でも、真幸さんは鬼一さんがいなくなったらきっと悲しみます。颯人様を亡くされたときもそうでしたが、鬼一さんのことを大切に思っています。私も、そーですよ」

 

「ありがとな、アリス。正直な話途中退場で申し訳ないとは思うが、俺自身はずっと長生きすることに疑念があった。

 俺が真幸の初任務で犯した大罪は、ずっと俺の中に燻っている。

あいつが許しても、俺は自分を許せなかった」



 

「鬼一……もしや、ずっとそれを抱えていたんですか?」

 

「そうだな、隠し神を殺したのは俺だ。いかにその時の俺がダメなやつだったからって許されていい訳がねぇ。伏見は詳細を知ってるだろ?分かってくれるはずだな」

 

「…………」

 

「それから、道満との戦い前に真幸を守れなかったことがずうっと喉に引っかかってる。

 いつも、いつも……あいつに傷を負わせてばかりで。伏見の次に関わったのは俺だろ?仲間内では古参だが、目的を果たせずにここまで来ちまった。

 だが、これが『俺の役目だからだ』と腑に落ちたんだ」




「……それがあなたの望みなんですね。そして、あなたの担当の事件の時には芦屋さんに危機が迫る何かが起きると」

 

「そうだ。託宣なんて言ってるが……こりゃ、自分の命運が関わったり縁深いものしか結果が出ねえだろ?

 そう言う仕組みなんだろうさ。俺がした卜占以外でこの結果は出ねぇはずだ」


 沈黙を守っていた鈴村が頷き、口を開く。




「真実の眼にも、その話は一切見えへん。真幸にも、おそらく知られる事はない。……ほんまにええんやな、鬼一さん」

「あぁ。後の始末を任せてすまんが、真幸の事を頼む。せめて泣かせたくはないが、無理だろうしな」


「そら無理や。鬼一さんのこと、大好きやもん。私らも好かれてる自覚はあるけど、伏見さんと、白石と、鬼一さんは特別なんよ」

 

「そう言ってもらえると嬉しいもんだ。身の回りの整理もしたいが、そんなことすりゃ真幸が勘付く。……このままでいこうと思う」


「うん、それがええ。……ただ、一つだけ言うておきたい。

 私は最後まで諦めへん。あんたは長年共に戦って来た仲間や。最後まで抗ってくれへん?私かて鬼一さんを亡くしたくないんよ」

「わ、私もです!!鬼一さんが生き残れるように全力を尽くしますからね!!」


 鈴村もアリスも目尻に雫を溜め、鬼一の手を取る。女子二人に詰められたら、頷くしかねぇよな……。




 自分の心の中に冷たいものが湧き出てくる。伏見もきっと、同じだろう。

……申し訳ないが、芦屋の命がかかっているならこれは黙認すべきだ。


 でも、それでも。鬼一の存在は長年過ごして来た仲間にはかけがえのないものだ。不器用ながらもいつも誰かを気遣い、言葉少なに寄り添ってくれたのは……一度だけではない。

 俺も、そうしたい。鈴村の意見には賛成だ。ただ仲間の死を迎えるだけなんて死んでもごめんだぜ。



 

「ほんじゃ、ここで口外しないよう誓いを立てよう。芦屋だけじゃなく星野さんもやめといたほうが良さそうだ。あの人は、優しいからな」

「そうですね。白石の言う通り、きっと隠し通せません。皆で何か方法がないか……最後まで抗いましょう。

 鬼一、いいですね?」


「あぁ。なんだかこそばゆいな」


 全員で手に手を重ね、神力をそこに注ぎ込む。悲しみを織り交ぜた笑みを浮かべ、お互いの瞳を交わし合う。


 


「ここにいる者は、今話した会話の内容、示唆する仕草を示す事を禁ずる……命をかけて、これを誓え」

 

 伏見の言霊の後に名乗りをあげて、お互いが誓い合う。


 

「残り短い時間だが、精一杯生きる。罷り間違って生き残っても、笑い飛ばしてくれよな。

 俺は分かり合える仲間ができて、命を惜しんでくれる仲間がいて幸せだ。……ありがとう」

 

 鬼一の幸せそうな顔と言葉が胸の奥に突き刺さり、皆が一様に唇をかみしめて深く頷いた。



 ━━━━━━

 

「こうなったら先に該当部位を差し出したらいいんじゃねーかと思ったが、鬼一のことを思えばそんなこと言えなくなっちまったな。まさか心臓とは思わなかった」

「鈴村が言うように諦めてはいませんよ。僕だって耐え難い苦痛です。

 ただ、虚を突かれると言うより、決まりきった定めのままに動かされていると感じます。

 ……あなたと、清音さんの運命に」

 

「やっぱ、そうか?清音は一体なんなんだろうな。芦屋みてぇに重たいモンを背負わなきゃならんのか……」

 

「そう、なりそうですね」


 


 現時刻14:00 仲間内の会議を終え、鈴村は飛鳥と周囲の警戒にでかけ、アリスは鬼一と共に実家に出かけてる。

 安倍晴明の残した資料を見に行ったんだ。……実家も、もうすでに縁を切って長いからな、アリスはあの家では客人扱いだ。


 星野と芦屋は眠ったまま。颯人さんも起きてこねぇから相当疲れてるんだろう。

 特に芦屋は数日間ほとんど眠ってねぇはずだ。神になってわかったが、人間として生きて執着があった習慣は消せねぇ決まりがあるようだ。

 

 睡眠、食事。主にその二つは永遠の命を持つ神でも仙でも必要なものらしい。

 もともと神生まれだった天照や月読は食わなくても生きていけるらしいが、普通に生きてりゃ食い物に執着が出る。毎日毎日眠るのも普通だしな。……その辺りの因縁はよくわからねぇが、煩悩は登仙してもなくならないんだろう。

 

 人として無くしちゃならないものなんだか……あまり意味のない決まりなんだか、その辺もわかんねぇ。

意味のわからんことばっかりだ、とこんな瑣末なことで気分が落ち込む。……正直俺も疲労が溜まっているんだ。


 中庭で伏見と煙を吐き出し、いつの間にか自分で作るようになった煙草をまじまじと見つめた。




「なんだかなぁ、何でこう波瀾万丈なんだ?平凡な人生ってモンはどうやったら手に入るんだ?」

「白石にわからないものが僕にわかるわけないでしょう。

 もともと、神と関わる僕たちも始まりから普通ではなかったんですよ。今更憧れますか?」


「はっ、そうだな。人の業は輪廻天生ではなくならねぇ。どんだけ重い罪を犯したんだか知らねぇが、山あり谷あり忙しいこった。……今世でなくしたくない物に出会っちまったからな。もう、諦められねぇよ」

 

「はい。僕もです。感傷的になるなど珍しいですね……あなたもきちんと休んでください。疲れているでしょう」

 

「そうみてぇだ。……すまんな」



 お互い煙を飲み、ため息と共に煙を吐く。ヤレヤレ、伏見に気遣われちまった。反省だな。

 

 


「なぁ、鬼一が独身のままだったのはこれの予感があったからだと思うか?」

 

「そうかもしれませんが。彼もまた、芦屋さんをまっすぐに見つめていましたし、本人の言う通り必死だったのは本当なのでしょう。

 鬼一を目覚めさせたのも、立ち直らせたのも、救ったのも芦屋さんです。彼の運命の歯車は、芦屋さんに出会ってから回り始めたんですよ」

 

「そうだな……」



「件の予言、聞いたんだろ?」

「……はい。寝たふりをしていましたから。白石にだけは伝えておきましょう」

 

「あぁ。相棒同士の秘密だな」


「最近こんなことばかりですね」

「ふ……めんどくせぇが仕方ない。防音結界を張るぞ」

「お願いします」


  

 吸い終わった煙草を灰皿に放り、柏手を叩く。伏見の顔が予言の内容を物語ってるな。

 

 芦屋がいつか吸っていた葉と同じものなのに、今日の煙ははひどく苦い味がした。

 

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