星降る谷の悲田院

162 波立つ心

星野side


「三人とも共鳴の熱で間違いないよ。もうすぐ件の予言も下ると思うし、どうしたもんかな」

 

「そうでしたか。うーん……何と言うか、私の中で何か焦るような逸るような気持ちが燻っているんですよね。ただ、それだけですが」


「隠密の報告では、大きく事が動いた感じはねぇな。……どうする?」




 リビングに集まっているのは私と鬼一さん、芦屋さん、颯人様と白石さん。

清音さんの能力開花の際に起こる、共鳴の熱が出てしまって皆さんはお部屋にこもっています。


 次の事件解決を私の番にして欲しい、と言ったのは自分自身の中で『早く現場に行かなければ』と言う謎の焦りが突然生まれたから。

 通常ならば、皆さんの熱が下がるのを待って件の予言を受け取ってから動くべきだろう。



 私の指先に視線を感じて、ハッとする。無意識にトントンと机を叩いていたようだ。

 芦屋さんは顎を摘み、うーんと唸る。



「鬼一さん、申し訳ないんだが偵察に直接行ってくれるか?潜入まではしなくていい」

「了解。まぁ、どう考えてもこの状態で動く方が危ねぇよな……星野、我慢してくれ」

「は、はい。それは私もそう思います。偵察よろしくお願いします」


 おう、と応えた鬼一さんは真っ黒な上下の忍び装束に衣をかえて、玄関から颯爽と出ていった。

あぁ、そうか……跡を辿られないようにバイクで行くんですね。


 独特なエンジンの音がして、それが遠ざかっていく。


  

 しばらくその音を聞いていた芦屋さんが私の手を握り、じっと瞳を見つめてくる。



 

「ごめんな、星野さん。すぐにでも行きたいのはわかってる。でも、危険があるのは前例から見ても明らかだ。申し訳ないんだが、少人数で動くわけには行かない」

「わかってます、大丈夫ですよ。看病、手伝います」


「うん……」



 眉を下げた表情の彼……彼女に笑顔を送り、自分の胸を叩く。落ち着け、今は動くべきではない。

 焦って動いても迷惑をかけてしまうだけだ。今はやるべきことをやって、実家のことは考えないようにしなければ。


 

「そしたら星野さんは氷枕を作ってくれるか?俺はタオルを集めて、薬の調合してくるから。熱を出すにはエネルギーを使うから、滋養強壮の強いやつを煎じよう」

 

「かしこまりました。汗をかくでしょうし、飲み物もお持ちしましょうか?」

「あぁ、そうしてくれるか。手伝いに暉人を残すから、荷物持ちしてもらってね」

 

「はい」


 


 暉人殿を顕現し、颯人様と会話しながら芦屋さんがリビングから出て行く。

肩をポン、と叩かれて静けさの中で暉人殿と見つめ合う。


 

「やる事やってりゃ気がまぎれる。真幸も分霊を飛ばしてくれてるからそんなに心配すんな」

「はい、ありがとうございます……」


 言葉尻の細くなる私に暉人殿が溜息を落とし、もう一度ポンポンと肩を叩く。手のひらから伝わる体温が、波立つ心を穏やかにしてくれた。



「氷枕を作りましょう。皆さん熱にうなされてますからね」

「あぁ、そうだな。ついでに飯炊いておこうぜ。腹も減るだろ」

 

「そうしましょう!」



━━━━━━



「失礼しまーす、氷枕をお持ちしましたよー」

「あら、星野……ありがとう。暉人も来てくれたの?」

「おう。看病お疲れ」


 

 扉の向こうから優しい笑顔で飛鳥殿が出迎えてくれる。思えば、皆さんのお部屋にお邪魔するのは初めてかもしれません。少しドキドキしますね。

 


 スリッパを小上がりで脱ぎ、畳敷きの室内へお邪魔する。

ここは、飛鳥殿と鈴村さんのご夫婦ルームだ。渋い木目調の壁に畳が全面に敷かれ、窓には同じ木目のブラインドがかかっている。


 部屋を取り囲む壁は全て本棚になっており、隙間なく様々な書籍が詰まって……すごいですね。と言うか、ご夫婦共にレディなのでもっとファンシーなお部屋かと思っていました。


 部屋の奥には床の間があり、そこには軍杯扇と小刀が刀掛けに納められていた。



 

「随分男らしい部屋じゃねーか……」

「たしかに。もう少し可愛いのかと思ってました」


「ふふ、妃菜の趣味でこうなのよ。カッコいいでしょう」

「そうなんですか……」



 畳を踏み締めつつ、部屋の奥へと向かう。床に敷かれた大きな布団で鈴村さんとアリスさんが横になって……なぜアリスさんまで????


 

「あっ、お疲れ様でーす」

「あ、アリスさん??なぜ鈴村さんと寝てるんですか?」


「いやぁ、ちょっとお見舞いに来ただけですよ!妃菜ちゃんがあったかいから、湯たんぽみたいで気持ちいいんですよねー。冷えるからそのー、あったまりに来ただけと言うか、なんと言うか」

 

「アリス、素直に心配で離れられないって言ってもいいのよ」

「ゔっ……ハイ、すみません。正直居ても立っても居られなくて、無理矢理居座っています」

 


 飛鳥さんに突っ込まれて、真っ赤な顔になったアリスさんは鈴村さんを抱き抱えている。

 

 仲良しですね、微笑ましい光景です。


 飛鳥さんに氷枕を手渡し、経口補水液とお茶、お水のセットを枕元に置く。




「妃菜、冷たい枕を入れるわよ」

「んぁ……あー。頭痛いわぁ」

「あら、そうなの?頭痛薬持ってきましょうか?」

「わ、私とってきます!!!!!!」


 お布団から飛び出たアリスさんは、大慌てて部屋を飛び出して行った。あぁ、本当に居ても立っても居られないんだなぁ。大切な鈴村さんを思っているのだ、とみんなの顔に笑みが浮かぶ。




「あいつ、大丈夫かよ。転けそうな勢いだな」

「アリスさんはあまり転ばない方ですよ」

「たしかにな」



「あれ、星野さんに暉人殿までおるやん。なんや、世話しにきてくれたんかー?」

「補給物資をお届けに参りました。氷が溶けたら交換しに来ますからね。お米が炊けたらおにぎりを握っておきますから、お腹が空いたら食べてください」


「あぁ、あんがとなぁ。星野さん、急いては事を仕損じるで。明日までには熱下げるから、じーっとしときや」

 

「わかってますよ、大丈夫です」


 


 熱の上がった鈴村さんはじーっと目線を合わせて、溜息を落とす。私の気持ちが、真実の眼で視えているのだろうか。



「あかん、熱のせいで何も視えんわ。飛鳥……星野さんによく言っておいてくれへん?心配やねん」

「えぇ、わかったわ。妃菜はしっかり休んでなさい」

 

「はーい。……待って、もしかして真幸も来たりするんやろか?」


「はい、タオルやお薬をお持ちになると思いますが」

「何やて……あかん!飛鳥!ヨレヨレパジャマやんか!一張羅のジェラピケ出してや!!」

 

「んもぉ、しょうがないわねぇ」


 


 大きなクローゼットから飛鳥殿がふわふわモコモコのパジャマを取り出し、苦笑いになる。



「星野、後でご飯を食べながら話しましょ。妃菜の乙女心に火がついちゃったわ」

「そ、そうですか。と言うか、飛鳥さんヤキモチ妬かないんです?」


「真幸には焼くわよ?妃菜の初恋だもの。でも、私にとっても初恋なの。だから気持ちはわかるわ」

 

「なるほど」


「私も着替えるから、真幸にはゆーっくり来るように言ってちょうだい」

 

「は、はい。かしこまりました」




 部屋の外にポイっと追い出され、暉人殿が笑い出す。


「何なんだありゃ、よくわかんねぇ夫婦だな。服なんざ真幸が気にするわけもねぇだろうに」

「まぁ、うーん。男にはちょっとわからないかもしれません。綺麗な自分でいたいんでしょうかね?

 想い合っているご夫婦に愛される芦屋さんは、複雑な気持ちになるでしょうけど」

 

「そらしょうがねぇな。さて、次いこうぜー」

「はい」



 お盆を抱え直し、次は伏見さんのお部屋だ。ふと気づいたが……伏見さんは誰か看病されているんだろうか?


 ドアを叩く前にかちゃり、と扉が開き中から颯人様が顔を出した。




「あれっ!?颯人様、ここにいたんですか?」

「あぁ。真幸に『伏見を任せる』と言われたのだ。仕方ない」

「僕もいるよー!」

「ワシもじゃ」

「ワイもやでー。赤黒と魚彦、暉人以外はみんなここや」



 月読殿、ククノチ殿、ふるり殿が中で手を振っている。あぁ、ヤトやラキ殿まで居ますよ……数が多いですね?


「数が多いと言ったが、真幸が聞かぬのだ」

「むーう」

 

「あらー……件もここにいるんですね、伏見さんは高待遇のようです」

「伏見はボッチだから仕方ねぇよ」


「……ふふ、寂しくないように神様たちを残されたんでしょうね」



 暉人殿と再びスリッパを脱いで、お部屋に上がる。ご実家の大社と同じお香の香りが漂い、シンプルでホテルのように何もないお部屋……。木のソファーとベッド、床には毛足の短いカーペットが敷いてある。

 白と茶色の明るいお部屋なのはいいですが、こんなに物が少ないんですか??



 


「氷枕を交換しましょう。颯人様、溶けたものは持っていきますよ」

「あぁ、すまぬな。伏見……枕を変えるぞ」

「むーう」


「……はい。あぁ、星野。ありがとうございます」

「伏見さん、痛みはいかがですか?」



 颯人様に抱え起こされる伏見さんは、目が開いていない。細くてもいつもはわずかに開いていたのですが……ピッタリ閉じたままだ。

 顔色も悪いし、動くたびに眉を顰めている。




「とんでもなく痛いです。星野も目の怪我は避けた方がいいですよ」

「珍しいですね……そんな風に仰るなんて」

 

「伏見はそんな頻繁に怪我してなかっただろ。隠せる程度しかしてねぇもんな?」


「暉人殿が手伝ってるんですか、なるほど。えぇ、僕は芦屋さんのおかげで大きな怪我をせずに仕事をこなしてきましたからね……いてて」

 

「目の怪我はそんなに痛いものなんですね」

「痛みで目が開きませんし、体に力が入らないんです。何かあっても戦力になるか怪しいくらいですから、星野は自宅から出ないでください」

 

「はい。……みなさんにお小言を頂いてしまいますねぇ」



  

「仕方ないだろう、其方の心には火が燻っている。皆の言うとおり、我慢して朝を待つのだ」

「むーう」

 

「わかってますよ。……件は颯人様が何か言うと鳴きますね」

「大将のうなりとハモるんだぜ。あれは傑作だった」


「むう……」

「むーう」


「ほらな!あはは!!」

「……くっ」

「星野、我慢しなくていいよ。僕も毎回おかしくて仕方ないんだから。風の弟は件と鳴き声が同じなんだ」


「兄上……茶化さないでください」



 颯人様を真似ているのか、件はむーむー鳴きながら後をついてまわっている。

芦屋さんと清音さんが可愛いと仰るので、見た目が奇妙でもいつの間にか愛らしいと思うようになってしまった。

 

 黒毛の頭を撫でると、目を細めた件は手のひらにすりすりと擦り寄ってくる。


 ……うん、可愛いです。


 


「はっ!と言うか月読殿は元に戻られたんですか!?」

「えっ、今更……うん、明日には見た目も戻ると思うよ。星野の実家には時間逆行の術をかけてあげるから」


「あぁ……ありがとうございます」


 

「星野の安心材料が増えましたね。ついでに引き留める仕事を渡しておきます。颯人様、そこの箪笥からUSBメモリを。彼に渡してもらえますか」

 

「ぬ……わ、わかった」


 箪笥???箪笥なんかどこにあるんでしょう?颯人様が伏見さんに言われるがまま壁を押すと……くるっと回転して箪笥が飛び出してくる。




「忍者屋敷かよ!?」

「驚きましたね、だから何もないように見えたんですね」


「颯人様、そこじゃなく右の」

「くっ、わからぬ!これか?」

「あぁ、もう少し上です」

 

「ぐぬ……」

「むーう」



 颯人様は結局壁中を押す羽目になり、箪笥やらクローゼットやらパソコンデスクやらが全部丸出しになり、神様たちはみんな腹を抱えて笑っている。


 

「ぬぅ……厄介な部屋だ」

「むーう」


「勘弁してくれよ……面白すぎる」

「ん゙っふ……は、颯人様、そこの引き出しではありませんか?」

 

「これか!全く面倒な作りにしおって」


 

 しかめ面の颯人様からUSBを受け取り『我慢するのだぞ』と一言いただいて伏見さんの部屋を後にした。




 

 最後は清音さんのお部屋ですね。

 

 伏見さんのお部屋の向かい側のドアを叩く。真っ黒な塊がのそっ……と姿を現した。

 


「おう、おつかれ」

「白石さん……相変わらず真っ黒ですね」

「しゃーねーだろ、アリスの眷属装ってんだから。入れよ」

 

「お邪魔します」

「邪魔するぜ。……ここはみんなで作ったからもう知ってるが、相変わらず白い部屋だな」

「そうですねぇ。霊力が白いから、でしたっけ?」



 白石さんの後について、清音さんのお部屋にお邪魔した。彼女のお部屋は今までで一番可愛らしい様相だ。

清音さんが神継候補生になっても学校には置けないため引っ越しが決まり、住人みんなでお部屋を作ったんですから。ここだけはよく知っています。

 

 毛足の長いカーペット、モコモコした可愛らしいソファーに、デスクもローテーブルも部屋にあるものは全て真っ白だ。

 まだ使い始めてさほど経っていないから、木の匂いがしている。


 


「具合はいかがですか?飲み物と氷枕です」

「サンキュ。二人分の共鳴が一気に来てるから、前回よりも眠りが深いみてぇだ。寝返りすら打たねぇ。息してるか心配になるくらいだぜ」


「そうですか……」

 

「ソファーに座ってろよ。清音、枕変えるぞ」

「…………」



 清音さんは白石さんの声を聞いて、わずかに瞼を上げる。虚ろな目の色が光をともして、目線が彼を追っていた。


「はぁ……たまりませんねぇ」

「ほんとだな、ありゃ本能で白石を見てるんだ」

「そうなんですか。記憶を封じてもあんな風に見つめられたら……」


 


「あんまこっち見るな。清音の寝顔は俺のもんだ」

「はあぁ……たまりませんねぇ!!」

「ったく、彼氏ヅラしてんなぁ」


「ウルセェ。暉人まで来るとは思ってなかったな。星野の見張りか」

 

「……おい、白石」




 白石さんはベッドの天蓋から垂れたカーテンを閉めて、清音さんをすっかり隠してしまう。可愛らしいですね、お二人とも。暉人殿は私の隣で気まずそうにしている。


 わかってますよ、暉人殿が私の見張りでついて下さった事くらい。純粋に手伝いだと言うならククノチ殿か、赤黒さんを残したでしょう。

 白石さんは芦屋さんの左腕ですからね……察しているようです。

 


「暉人が心配することなんか何もねぇよ。星野はちゃんとわかってる」

「ふふ、そうですね。わかってはいます」


「不穏な言い方すんな。俺は、星野が動いたら無理やりにでも止めるぜ」

「暉人殿は鋭いですね、わかってますよ。本当に……わかってはいるんですが嘘はつけません」



 ソファーの上で精一杯の笑顔をおくるが、逸る気持ちは抑えきれず、ソワソワしっぱなしの私を見て白石さんが眉を顰めている。


 


「気持ちはわかるぜ、星野だって神だ。何かしらの予言や予見は可能だろう。だが、芦屋ほどの精度はない。……そうだろ?」

 

「はい」


「ま、俺はアウトローな部類だからなぁ……星野の味方をしてやりてぇとは思ってる。

 だが、さっきも言ったとおり芦屋の託宣の精度は高い。お前さんがどうしたいか、どう動くかなんてお見通しだぜ」

 

「…………はぁ。そうでしょうね。どうしたらいいのか正直わかりませんよ。どちらに転ぶかわからないのは僕自身だけのようですから。

 皆さんにもやんわり止められただけです」



  

「白石、焚き付けるのはやめろ。お前どっちの味方なんだ」


「俺は芦屋の味方だよ、色んな意味でな。星野が苦しい気持ちを抱えたままじっとできずに飛び出して、どうせ苦労するなら懸念を少し減らしておきたいだけだ」

 

「い、行きませんよ?私は」


 

「……そう言うことにしておいてやろう。ここから先は独り言だ。

 そうさな、今日は0時を過ぎた頃から雪が降る。雪ってのは世の中の不浄をすべて吸い取って地面に落ちてくる……おそらく、芦屋は自宅の結界を維持するのに集中せざるを得ない。穢れが降ってくるようなモノなんだから。

 虫の一匹や二匹の出入りは見逃すかもな」

 

「…………」


 

  

「星野は認識阻害の術が下手くそだ。嘘をつける性分じゃねぇってのが影響してる。

 だから、こう言うのはどうだ。耳なし芳一のやり方で姿を消すんだ。あれは時代遅れではあるが、原初に近いやり方でアナログな術式だ。

面倒な分完成精度が高い。何某かの害を及ぼす奴にも有効だろうぜ」


「ったく……お前本当に食えねぇ奴だな」


  

「あのなぁ、暉人。俺がじゃねぇよ、芦屋が食えねぇんだ。お前をつけたのは、星野を守るためだ。

 荒事が得意分野のお前がいれば、こっそり動いて何かが起きた時……確実に時間稼ぎができるだろ」


「………………はぁーーークソッタレ」



 白石さんの言葉に、胸がキュウっと音を立てて痛みを訴えてくる。

芦屋さん……私の事を考えてくださっていたんですね。



「そんで、やり方だけどさ。水は中庭の湧き水を使って、炭は風呂釜で使った薪の灰を混ぜろ。そんで、経文は……」



 

 ――私は、わかってはいる。芦屋さんをはじめとして皆さんがあんなにしつこく忠告をして下さったのは……大変な思いをするからではなく、私自身を心配してくれて『我慢しろ』と言ってくださったのだと。


 

 仲間に迷惑をかけたくない。だから、我慢するつもりでいる。

しかし、我慢し切れる自信などない事を芦屋さんは理解して、逃げ道を作ってくれているんだ。


 私が苦しまないように、もし飛び出して何かがあっても危険が及ばぬようにと手を尽くしてくれている。

 

 目頭が熱くなり、目を見開いて雫を零さないように歯を食いしばる。



 熱心に白石さんからの入れ知恵を聞く私を見て、暉人殿の深いため息が真っ白な部屋に何度も落とされた。


 ━━━━━━


 


「…………雪が積もってきたな」

「はい」

「行くのか?止めてぇんだがな」

 

「…………すみません」

 


 現時刻 1:30 真っ暗闇の中にヒラヒラと白い氷の花弁が降ってくる。

 

 伏見さんからのお仕事を難なく終えて、パソコンを閉じた。伏見さんもわかっているのだろう、USBメモリには数時間で終わる簡単なお仕事しか入っていなかった。

 

 リビングのテーブルの上に山ほど作ったおにぎり、お漬物を眺めて……静かに立ち上がる。


 暉人殿は眉根を寄せているが、私の羽織の上からコートをかけて下さった。




「……いいんですか?」

 

「良くねーよ。白石の教えた術には限界がある。それに、炭で書いた経文は水に濡れたらパァになるぞ。……俺も行くからな」


「どうしても、自分の足が止められないんです。皆さんが心配して下さっているのに、何故か何も納得できていません」

 

「何があるのかわからんままだからなぁ。お前さんも頑固な野郎だ。

 あぁ、鬼一にはちゃんと伝えておけよ?どうせなら人数が多い方がいい」


「はい。そうします」




 肩掛けカバンに自分と、暉人殿、鬼一さんの分のおにぎりを入れて玄関のドアを開けた。


 目の前に広がる揺蕩う黒い海に、白い波濤が見える。月明かりはなく、曇天に覆われた空から降る雪が大きな粒となっていた。牡丹雪だ。

 

 これは、積もりそうですね。



 

「あぁ、合羽でも着たらどうだ?その方が濡れねぇよ。

 さて、経文の効果時間は星野の霊力じゃ三時間が限度だ。鬼一とお互い書き合って、最後の文言を書き終えてから制限時間の始まりだ。

 制限時間以上は俺が無理やり連れて帰る」


「すみません、ありがとうございます。暉人殿」



 

「まったく、参っちまうぜ。いくつになっても釜の飯を分け合う仲間は熱くて仕方ねぇ。……俺は、そう言うのは嫌いじゃねぇけどな」


「ふふ、芦屋さんの思惑通りと言うわけですね」

 

「そうに違いねぇだろうな。全ては主人の思うがままだ、俺たちは」

 

「はい」

 




 白い息を吐き出しながら、自分の胸元に下がったペンダントトップ……芦屋さんの神器である勾玉を握りしめた。


 

「芦屋さん、すみません。三時間で戻ります」



 頭の中に思い浮かぶ彼のしょんぼり顔に頭を下げ、私は転移術を展開した。


 

 

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