152 護る為の刃

白石side



「ん?なんか妙な匂いがしねぇか?」

「何かが近づいています。これは呪い……いや」



 伏見と二人、中庭でタバコをふかしていると、妙な気配が近づいて来ていることに気づいた。


今日は変に目が冴えちまって、清音の結界を更新した後、赤ん坊返りした月読の夜泣きをあやすのにつきあって。

結局伏見と朝まで事務仕事をこなし、一服しているところだ。


……これは虫の知らせだったのか?


 朝焼けを眺めていると、おかしな気配が空の向こうに見える。

何か、来る。よくないモノが……。




 タバコを消し、縁側に足をかけたところで階段から駆け降りてくる二つの足音が聞こえた。芦屋と颯人さんだ。


「……おはようさん、って言うには早い時間だぞ」


「白石も気づいただろ?胸騒ぎがするんだ。魚彦」

「応」




 慌てた様子で魚彦を呼び、芦屋がでかい鍋に湯を沸かし出した。颯人さんは苦い顔をして縁側のガラス戸を閉め、結界を張る。



「おそらく怪我人が出た。血の匂いがするのだ」


「何ですって!?いま現場に出ているのは……」 


「鈴村と飛鳥さんが数時間前に玄関から出てる。その後、アリスと星野が見回りに出て……あぁ、そこにいるぞ。浜辺から沖を見てるな」


「件と月読は累に預け、清音の部屋には出入りできぬよう結界を張った。

棲家に妙なモノを招き入れるわけにはいかぬ故、其方らも建物の扉をやたらと開けるでないぞ」


「そ、そんなに?……鬼一まで起きてきたぞ」


「おう。お前ら、勾玉を見てみろ」

「はっ、そう言うことですか?!」

「あ?どう言うことだよ?」



「白石は勾玉を飲む側でしたから知らないでしょうね、芦屋さんの神器であるこれを飲む=命に関わる緊急事態です。

誰かがこれを飲めば、勾玉に色が浮かぶんですよ」


「そんな機能があんのか?……藍色になってるな……」


「妃菜の色だ」



 真っ青な顔をした芦屋が上衣を羽織り、玄関から飛び出す。それを追って、俺たちも外に出た。


 刹那――目の前でどさりと音がして、ぬうっと黒い影が立ち上がった。




「飛鳥!!血だらけじゃないか!……嘘だろ、妃菜……?」

「あぁ、真幸……ケホッ。ごめんやなぁ……」


「魚彦ッ!!!」


「応!眷属たちは皆結界を張るのじゃ!赤黒とヤトは湯が沸いたら診療所へ!」


 低い声の『応』が複数聴こえて、顕現された芦屋の眷属たちは家の四方に散っていく。




 全身血まみれの飛鳥が朝日を背にして立ち尽くしている。その腕には腹に大穴を開けた鈴村が抱かれていた。


二柱の衣は真っ赤に染まり、袖から血が滴っている。


 魚彦と共に大量の薬やら消毒液やら、包帯やらを抱えて芦屋と伏見が診療所へ消えていく。


颯人さんが飛鳥さんを支え、ゆっくり歩き出した。




「颯人……妃菜、妃菜が」


「あぁ、すぐに魚彦が治してくれる。鈴村の傷に響く故、ゆっくり歩こう。痛みを与えてはならぬ」


「えぇ、そうね……そうよね」




「真子さん、何があった?」


 飛鳥の背後に俯いて突っ立っていたのは真子さんだ。彼女も何かの攻撃を受けたらしく、長い髪が肩の上でザンバラに切られて、頬に一筋の傷が残っていた。



「……魔法陣の後始末が、神継では上手くいかなくて。

何が原因かわからずに困っとったんよ。妃菜ちゃんからおやすみメールが来て、ちょうどええから手伝ってもらおうと……」


「後始末ってのはなんだ?芦屋が浄化しきれなかったのか?」


「ちゃうねん、魔法陣が無効化した後から、新しいモノが一つ浮かび上がった。その魔法陣自体には力がないはずやった」


「そうなると、災害の鎮火自体が罠だったってことか」


「そう、新しく出て来た魔法陣が本体やと思う。新たに発現した魔法陣は、力が感じられへんのに神継を飲み込もうとした。

 ひ、妃菜ちゃんは、神継を……結婚したばかりの神継を庇って、そしたら、そしたら……」




「真子さん、風呂を沸かしてきたぜ。着替えもあるから入って来い。九州の様子は俺が見てくる」


「鬼一さんが行かはるん?ほ、ほなら私も!」


「ダメダメ。真子さんの神力はエンプティーですよ。

気づいてない怪我があるかもしれませんから、一緒にお風呂に入りましょー。

少し落ち着きましょうねー」


「……はい」




 鬼一に肩を叩かれ、アリスに手を握られてようやく顔を上げた真子さん。

涙に濡れて赤い目をし、絶望に支配された表情だ。


 普段、真子さんなら必要なことだけ喋るはずだ。今は動揺しているのか、らしくない話し方をしてる。


 彼女の手を引いて、アリスが棲家へと導く。真子さんに怪我はなさそうだが、確かに神力を使い果たすギリギリのラインだ。




「白石さん、私は沖の祓いをしてきます。臨海線で監視の目がうろついてますから」


「わかった。星野も気いつけろよ」

「はいっ!」


「鬼一、私も九州へ行きます。白石は残ってください」


「あぁ、頼むぜ……伏見」

「お任せください。ここを頼みますよ!」


「おうよ!」




 鬼一と伏見が転移術を展開して、明け始めた空に消えていく。


俺は柏手を打ち、暉人、ふるり、ククノチ、ラキが張った四神結界に力を足して、神器の笛を取り出す。




 俺も動揺してるな……笛の音が震えてしまう。練り上げる霊力もたわみ、結界の結びが歪になっちまう。

砂利を踏みながら足から神力を流しつつ歩き、血の匂いを嗅ぎつけて集まった低級霊を祓った。


 突然ふわふわと空から光が差して、二柱の人影が姿を現した。……天照と陽向まで来たのか。



「白石、そのまま中へ。中から結界を繋げば怪我の清めになる」

「癒術の助けにもなりますから、気張ってください。足元に気をつけて」


「(こくり)」




 二柱は俺に声をかけて、早足に魚彦の診療所へ消えていく。


 入り口のドアを出たり入ったりしてる赤黒は沸かした湯を診療所へ運んでいた。出てくる時に持ってるタライは、真っ赤だ。



――クソッタレな展開じゃねぇか。何故こうなった。何が起きてるんだ……。


俺は胸の中で呟き、舌打ちしたい気分で診療所の玄関を潜った。



━━━━━━



「ダメじゃ、どう探しても内臓が一つ足りぬ」


「だ、ダメって?魚彦、妃菜のケガを治せないの!?」


「飛鳥、落ち着いて。怪我は治せる。

妃菜の内臓が一つとられてるんだ。気配を辿っても見つからないって事は、持ち去られている」


「何が足りないの?命に別状のある臓器なの?私のを使えばいいんじゃない?」


「飛鳥からは、もらえない。……子宮が、見つからないんだ」




 現時刻 7:00 俺は笛を吹きつつ四神結界を繋いで診察室の入り口に立っている。


 中で頭を突き合わせて話しているのは魚彦、芦屋、天照、陽向。


真ん中のベッドに横たわって、弱々しい呼吸を繰り返す鈴村は土気色の顔。額に大量の冷や汗を浮かばせて苦痛に耐えているが、かろうじて意識は保っているようだ。


 意識を失っちまった方が楽だろうが、癒術は気絶していたら使えないからな。




 飛鳥さんは椅子に括られて、颯人さんに抑えられてる。

完全に取り乱してるから仕方ないとはいえ、なんともいえない光景だ。


 話題も最悪なんだが。空気がピリピリして仕方ねぇ。




「吾とて失った臓器を復活することはできぬ、すまぬな」


「天照じゃなくても無理ですよ、人体錬成になってしまいますから。

母上も、禁呪に手を出してはいけません」


「……うん」


「飛鳥……ごめんなぁ……、赤ちゃんは無理そうや」


「妃菜!!!」



 弱々しい声が聞こえて、飛鳥さんが括られたロープを引きちぎる。颯人さんが抑えていた手を離し、駆け寄った彼は血に染められた鈴村の手を握った。


二柱は見つめあい、飛鳥さんの大きな手が頬を撫でて……大粒の涙を溢した彼は、くしゃりと顔を歪ませた。

笑顔のつもりなんだ、あれは。励まそうとしてる飛鳥さんの心の痛みが伝わってくる。




「こないなって……しもたけど、まだ、旦那さんでいてくれるか?」


「あなた以外に奥さんは要らないわ。

妃菜が私の奥さんじゃなきゃ嫌よ」


「ほーか?ほならよかった。

でも……真幸の赤ちゃんと、おんなじ歳の子が欲しかったなぁ。

一緒にお洋服選んで、離乳食作って。一緒に育つ子達を見られたら、楽しかったやろなぁ」


「…………うん」


「しゃーないわな、こんな事言うても。魚彦……ありがとう、一生懸命……探してくれて。お腹、閉じてください」


「……あぁ。真幸、メスとメッツェンじゃ」 


「はい」




「妃菜……妃菜……」


「鈴村は回復する。これから腹を閉じ、癒術をかけてやるのだ。我らは邪魔してはならぬ。

……飛鳥の気持ちはわかる。そのように自分を責めるでない」


「颯人……う、く……」


 飛鳥さんは顔を真っ赤にして、ガタガタ震えている。それを抱きしめ、壁際に背を預けて颯人さんが目を瞑った。


芦屋も魚彦も今は手術に集中してるからいいが、終わったらヤバいな……目が死んでる。



「白石、結界はもう足さずとも良い。そろそろ伏見と鬼一から報告が飛んでくるだろう」


「念通話を僕達にも聴かせてくれますか?伏見さんなら他の人に聞こえないようにしているでしょうから。外へ出ましょう」


「あ、あぁ。わかった」




 飛鳥さんを抱きしめたまま、颯人さんは天を仰ぎ涙を頬に伝わせている。


魚彦と芦屋が鈴村の腹を閉じ、血に染まったガーゼやコットンが山になっていく。

赤く染まった湯を運び出し、また新しい湯を運び込む赤黒とヤト。


 何もかもが赤く染まった室内を脱し、診療所前の浜辺を海に向かって歩く。

そこには四神結界を張っていた芦屋の眷属たちが、浜辺で肩を落として座っていた。




「あっ!出てきたぞ!?」

「真幸は大丈夫なのかァ?」

「大丈夫なわけないやろ、ラキ」

「我が主はどうしているじゃろか」


「結界お疲れさん。……大丈夫じゃねぇだろうが、魚彦の手伝いをしてるうちはしゃっきりしてるだろ。

赤黒とヤトが湯を運んでるんだが、手伝ってやってくんねぇか」


「ああ、じゃあオイラも手伝うよォ」

「ワイも行くで!」




 湯を運ぶ手伝いに向かったラキとふるりを見送り、暉人とククノチが顔を顰めた。


「でかいのは邪魔になるから行けねぇな」

「そうじゃの、大勢詰めても無駄じゃよ。……真幸が心配じゃのう」


「お前らの気持ちはわかるが、鈴村の心配もしてやれよ」


「心配してねぇわけじゃねえよ。

あの怪我は問題ない。腹に傷を負ったのは咄嗟の判断だろうが、男らしいというか、何というか……潔くて褒めてやりてえよ、あれなら命に関わらん」


「無くした内臓は、可哀想じゃったの……月読と件を見てもう一度赤子が欲しいと、真幸の子が生まれるなら同じ歳の子が良いと言っていたんじゃ」



「さっきの話はそれか……」


「それを真幸も知っているから心配しとるんじゃ。

 鈴村の心を思うと、ジジイとて胸が張り裂けそうじゃよ。だが、心配するのは失礼に当たるじゃろ?覚悟を持って勇ましい判断を下した真守神を、貶めてはならぬ」


「……あぁ、すまん。確かにそうだな」




 皆んな揃って浜辺に腰を下ろし、朝日を浴びる。

尻の下にあるのは、海の流れに削られて丸くなった不思議な砂利の浜。七色の小石たちは沖で祓いを続ける星野の言霊を拾ってキラキラ輝いていた。



「しかし、子宮なんぞ取って何のつもりなんだ?マジで意味がわからねぇ」


「白石、先ほど僕が口にした事を覚えてますか?」


「陽向が口にした事?………嘘だろ……マジで言ってんのか?」



 颯人さんと芦屋によく似た陽向は、膝を抱えて朝日を睨み、低い声でつぶやく。




「誰かが、神の血肉で何かを作ろうとしています。

力がある者の臓器を狙い、人体錬成をしようとしているのか……もしくは」


「我らのように神を降ろし、顕現させようとしている可能性もある。日本の神なら作られた器には降りぬがな。

……さて、どの程度のわざわいが受肉しようとしているかが気になるところだ」



「天照、高天原から外の神にも圧力をかけ、日本として外交圧力も加えなければなりません。……母上の指示を仰ぎたいところですが、難しいかな」


「少し様子を見たい。仲間がこのように大怪我を負うのは初めての事だ。

真幸とて厳しい事態だろう」


「そうですね。母は大切な人が傷つけられたらきっと、自分を責めるでしょう。僕もしばらくは逗留して様子を見ます」


「そうした方が良い。吾も心配だ」




 天照と陽向の会話が頭の中に入って来ねえ。


 海外の術師が人体錬成……神・もしくは禍の基を呼び出して、それを収める器を作ろうとしてる、だって?


そんなの、とてもじゃないが受け止めきれねぇぞ。





(白石、こちら伏見。秘匿回線として通信します。結界を承認してください)


【「これでいいか?副回線で天照と陽向に回すぜ」】


【(お二方がいらっしゃってるんですね。了解です。

九州の魔法陣を全て鎮圧しました。最初に見た魔法陣は災害を引き寄せるだけではなく、災害そのもののエネルギーを蓄える役割でした」】


【(それから、新しく出て来た魔法陣は完全にフェイクだぜ。

壊したと思った最初の魔法陣は姿を隠し、近付くものを片っ端から吸い込もうとしててな。

あれは地中の奥底まで何百もの魔法陣が刻まれていた。真幸の広域浄化は地上へのものだから、届かなかったんだ)】




【(現存する物的証拠は鈴村と真子が残した写真、それから陣を描いていた粉を僅かに採取できただけです。

役割を終えた魔法陣は脆く、結界を張っただけで全て壊れてしまいました)】


【「証拠隠滅までご丁寧にやりやがったってことか。伏見、その粉ってのは何だ?」】


【(おそらく、ハーブ?漢方薬の一種と龍の血です)】

【「とりあえずはそれの分析からだな、戻れそうか?」】


【(ええ、そうしましょう。九州の後片付けには鬼一を残します。また作戦会議が必要ですね)】


 うん、と頷いたところで陽向に肩を叩かれる。




「白石さん、粉の匂いを嗅ぐように伝えてください」


【「陽向が『粉の匂いをかいでくれ』って言ってるぜ」】

【(かしこまりました。お待ちください)】



 ざざん……と波の音が聞こえる。風が強く渡り来て、星野が虚空から舞い降りた。

念通話が聞こえているから口を閉じたまま、暉人殿とふるりの間に入って二柱と同じく肩を落とす。


 目の呪いを祓ってきてくれて疲れてんだな……二柱から神力を分けてもらってるみたいだ。




【(どこかで嗅いだ匂いですね。結構強くて、ややもすれば薬臭いと感じます。甘さ、辛さもあり……スパイシーと表すべきでしょう。シナモンとは違いますが近しい匂いのような)】


「八角ですね、スターアニスです」


「うーわ……マジかよ」


「魔法陣の出所も確定したな。呪術に八角、龍の血を使うなど一つの国しかない。のちほど該当の国の神を呼び出そう。吾は高天原に戻る」


「お願いしますね、天照」

「あぁ、ではな」



 天照が姿を消し、陽向が手を振っている。ぼーっとした星野たちまで真似してら……。





【「はぁ……今のでどの国が作ったかわかっちまったよ。伏見、帰ってきてくれ」】


【(何となく察しました。神継に指示を通してから戻ります)】


 念通話を切って、ため息を落とす。

さてなぁ、どう言う風に進めたらいいんだよこの先は。




「白石、伏見さんはなんだって?」

「うぉっ!?びっくりした……大丈夫か?芦屋」


「ん、へーき」



 いつの間にか無表情の芦屋が背後に立ってた。慌てて陽向が支えたが、結構フラフラしてるな。


「大丈夫か?」

「妃菜は……もう大丈夫。伏見さんはいつ帰る?次は、伏見さんの番だ」


「いや、お前の心配してんだよ。フラフラしてんじゃねーか。……次は貴船神社ってことか?」


「うん……伏見さん……に、早く帰れって言って……お願い」


「……芦屋?もう伝えたよ。今帰ってきてるところだ」


「うん……うん」




 ぼーっとした顔の芦屋を見てると胸が痛い。おそらくこれは託宣になるだろう……次は伏見の番か。


診療所から続々と神様たちが出てくる。

支えられた芦屋を見て、颯人さんが走って来た。




「陽向、我が代わる。真幸は閨に行こう。しばし休むのだ」


「いやだ。伏見さんが帰ってくるまでここで待ってる」

「伏見はすぐにも帰る。もう気配がしているだろう」


「待って……鬼一さんも九州に行ってるじゃないか。鬼一さんが帰ったら休む」


「真幸……」




 芦屋を抱き上げた颯人さんは眉を下げて、俯いた顔を覗き込む。

ただただ首を振り続けて痛々しい姿の芦屋の様子に、皆んな一様にしょぼくれた顔になった。



「みんな、家から出ないで。俺の傍にいて」


「鬼一が帰るまで俺がここで待っててやるから、お前は寝てくれよ」


「私も一緒にいたら安心でしょう。芦屋さん、お休みになってください」



「白石も、星野さんもお家に入って、どこも行かない……う、ぐ」 

「真幸?……あぁ、よい。そのまま吐き出せ」


「う、んぅ……」

「心配せずともすぐに清めてやる」


 芦屋が颯人さんの腕の中で吐いてる……そこまで追い詰められてんのか。




「ごめ……」

「良いと言っている。この役目は我のものだ、他には任せぬ」


「…………」


「気絶しちまった」

「芦屋さん……」




 吐瀉物に塗れた衣を浄化の術で綺麗にして、颯人さんが苦笑いをよこした。


「最近の真幸は限界を超えるとこのように絶するのだ。今回は、癒術で久方ぶりに神力を使い果たしてしまった。

伏見が戻ったら皆、家の中に篭るように。鬼一にも早く戻れと伝えよ」


 星野と2人で頷きを返し、呆然としてしまう。


あいつ、神力が感じられないほど消耗してるぞ。そんなそぶりちっとも見せてなかったのに……。




「母上はあの様子だと分霊を増やしましたね。ニニギの忠告で戻した魂もまた元に戻ってます」


「陽向、分霊しすぎるとやべーって天照が言ってたよな?そんなになのか?」


「分霊が問題なのではなく、分霊した先で魂の繋がりを切って精霊に任せればいいんですが。母上はそれをしないので大元の体から神力を消耗し続けてしまうんです」 


「えっ、マジかよ。それじゃ式神じゃねぇか」


「自分の魂を使役しているんですよ、母上は。こうなったら無理矢理にでも精霊を手配しましょう。母上は分霊との接続を切るつもりがありませんから。

何かあったら直ぐに助けたいのです……気持ちは、わかりますが」


 

「伏見が戻ったら、鈴村も家に戻したほうがいいな。別棟だと芦屋の負担になる」

「そうしましょう。困った母上ですよ……はぁ」



「あぁ……見てください。堅牢な芦屋さんの結界が、また増えていきます」




 星野の声に、全員が暮らしている大きな建物が……結界に覆われていくのに気づく。


トゲトゲした歪な結界は、誰が触れても大怪我をしてしまいそうだ。


芦屋の心の形が見えたような気がして、俺は着物の合わせをギュッと握りしめた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る