151 妃菜と飛鳥のお説教

妃菜side


「ほなこれから向かいます」


『宜しゅうおたの申します。すまんなぁ、とんぼ返りさせてからに。急がんでええからしっかり防寒してな、結構寒いで』


 

「了解。いやぁ、真子さんの頼みは聞かなあかんと思ってますからぁ」


『あらっ。ずいぶん可愛らしいこと言うようになったやないの』


「タダほど怖いものはないんやで、真子さん」

『はぁ……そやな、妃菜ちゃんに言われてしもた。九州の魔法陣のデータ、早急に解析して一番に知らせるわ』


「さすが真子さん!よろしくなー!」


 


 真子さんとの通話を切り、スーツのジャケットに袖を通す。夜やからマフラーと、手袋もして……九州は気温が急に下がったみたいやからな。真冬の支度せな。


 自分の部屋からそうっと出て、みんなの部屋の前を通り過ぎ、階段を降りる。



現時刻 2:00 伏見さんの部屋、電気ついてたけどまだ起きとるんかな。

丑三つ時にかかってきた電話は、真子さんからやった。


 事件が解決したばかりの九州で、また問題勃発や。分かってはいたけど、ほんまにめんどくさい展開やで。




 ため息を落としつつ、リビングを通り過ぎてキッチンへ。飛鳥がおにぎりをラップに包み、ランチバッグに入れている。


「ハニー♡お弁当作ってくれたん?」

「ダーリン♡今日はあなたの大好きな明太子マヨのおにぎりよ♡」


「さすが飛鳥!ありがとうさん♡」




 飛鳥の大きな体に抱きついて持ち上げてもらい、むちゅっとキスを交わす。長年連れ添った夫婦の私らはずーっとラブラブや。


スタートが遅かった割に結局くっついたんは一番乗りやったし。一番わかりやすい恋愛やったな。



「今回は真子さんからの依頼になるの?」


「そやな、真神陰陽寮は通してしてへんよ。真幸にバレるやろ。

件の死が真幸の心にどんだけ影響するかわからんし、あんまり色々抱えさせたくないねん」


「そうね……あんな風に家に連れ帰るのは初めてだもの。大丈夫かしら」

「ほんまやなぁ……」




 二人してしんみりしながら、ランチバッグをカバンに詰める。

真幸は、沖縄に行くまではすごく元気がなかった。


親しい人がみんな死んでしもて……心の中にあったものが、全部こぼれ落ちてしまったような顔をしてたんや。



 でも、沖縄で神官長になんや言われたみたいで結構元気になった。

トラウマの克服するって言ってたけど、それが何を示すのかは、私たちには分かっている。


 幸せになってくれな、困る。はよう何もかも心配がなくなって、女の子として颯人様と結ばれて欲しい。


そうしたらきっと……きっと本当に元気になってくれるはずやから。




「妃菜、途中で元乃角神社に寄らない?少しだけ様子を見たいの」


「ええな、そうしよか。神継の次世代有力候補が復興を手伝ってるんやろ?

妃菜ちゃんがビシバシ教えたろかな」


「ふふ、そうね。神様たちも心配して見に行ってくれてるから、きっと早く立ち直れるはずよ。真幸の心配を少しでも減らしてあげましょう」


「せやな!」


 キッチンから出て、中庭に向かうと話し声が聞こえる。

伏見さんと白石、真幸と颯人様の気配や。こんな夜中に何してんの?




「白石、お尻を抱えてあげないと。手のひらで下から抑えるんだ」


「怖ぇ!なんでこんな柔らかいんだよ!?」 


「赤ちゃんは筋肉の発達がまだ不十分だからだよ。首は座ってるけど、一歳未満ってところだからまだ柔らかいだろうなぁ」

「赤子を怖がってどうするのだ、しっかりせよ」


「颯人様がそう仰ると、僕はすこーしだけピキっときますね」

「伏見……そろそろ忘れてくれぬか、すまなかったと言ったただろう」


「僕にはトラウマなんですよ。それこそ一生物のですよ」

「ぬぅ」




 赤ちゃん返りした月読殿を抱えて、白石が慌ててる。抱っこの仕方教えてるんか?……あ、夜泣きでもしたんやろか?


 颯人様が件を抱え、縁側に座ってミルクをあげている。伏見さんはそれを見守って……なんや、陽向の時と同じやな。

颯人様が落ち着いてるからまだマシやけど。




「ふぇ……ほあぁ!」


「うっ、あ、芦屋!ダメだ!!泣いちまった!!」

「ありゃーダメだったか、代わるよ」



 結局泣き出した月読殿を真幸が抱っこして、あっという間に泣き止ませた。

抱っこする人の見分けがつきすぎちゃうか?子供は小さい時、そんなよう見えん筈やけど。


 月読殿のサラサラの銀髪はお団子にまとめられて、まるで女の子みたいに見える。可愛らしい顔してるから美少女やんな。

高天原No.2でも、ああなればただの赤子か……。



 

「うーん、ミルク飲まないなぁ。おむつは必要ないから、何で泣いたんだろう」


「夜泣きってのは腹が減って泣くだけじゃねぇのか」


「理由なく泣くこともあるよ。言葉にできないから、主張するために泣くのが主だけど。この様子だと頭の中も赤ちゃんなんだろ」


「……ホントかよ……」



「飛鳥。神様の赤ちゃん返りって頭の中どうなるん?」

「なんとも言えないのよねぇ、こうなること自体が珍しいから。ちなみに真実の眼は使えないわよ」


「……せやかて、真幸の平らなおっぱいに一生懸命顔埋めてるで」


「おそらく明確な意識はないはずよ。脳みそも小さくなるから。

でも、本能で好きな人と嫌いな人くらいは判別してるでしょうね。本当に赤ちゃんになっているなら、邪な気持ちもない筈だけど」


「うーん……怪しいな」




 真幸の腕の中でおっぱいに顔を埋めて幸せそうなに目を閉じている月読殿。

ほんまに頭が退化してるようには見えへんけど。


 まぁええわ。ああなってしまっては時間操作の術を使えないし、休んでもらうしかない。

次の事件をどうするか考えなあかんし、あれは真幸に任せるのが得策やな。たまのご褒美もええやろ。



「玄関から行こか、飛鳥」

「そうしましょう。……ねぇ、妃菜。あんな幸せな光景を見てると、また赤ちゃんが欲しくなっちゃうわねぇ」



 真幸は、颯人様と寄り添って微笑みを交わしている。腕の中の小さな命を愛おしそうに見つめる目の色は二人とも同じ。


それを見て、伏見さんも白石も目尻が下がる。


 


 赤ちゃんは無条件で天使やからな。私も散々経験したけど、あの柔らかい泣き声を聞いていると当時の優しい記憶が蘇る。


好きな人との子なら、尚更幸せなんよ。陽向も間違いなく颯人様と真幸の子やけど、お腹を痛めて産むって言うのはまた別物やと思う。

私たちがもともと人間やったから尚更そう思うのかもしれんけど。



「なぁ、飛鳥。落ち着いたらまた子作りしよか」

 

「……えっ!?ホント??」


「なんや?欲しくないのん?」


「ほ、欲しいわよ!私はいくらでも妃菜との子が欲しいわ!」


 

「ふふ、ほな早う心配事終わらせなあかんね」

「そうね、頑張りましょう♪」


 飛鳥と手を繋ぎ、自宅前の夜の海を眺めながら転移術を展開して……私は目を閉じた。


━━━━━━


「――なっ!?これ瘴気ちゃうか!?」

「間違いないわ!行きましょう」



 元乃角神社に到着してすぐに、朱塗りの本殿から黒いモヤ……瘴気が立ち上がっているのが見えた。

新しい土地神が入ってまだ間もないはずや。何かあったんやろか?



「はっ!?杉風事務所の方ですよね?」

「お疲れさん。真守神シンジュノカミです。合言葉必要?」

「いえ!いいところに来てくださいました!中へ!」



 本殿の手前で見張りに立っていただろう神継に言われ、拝殿から社の中へ。濃いめの瘴気は荒神落ちを思わせる。




「何があったん?」

「新しい土地神様と、この神社の始祖である白狐との面会だったんですが……酒盛りを始めてしばらく経ってから、突然こんな有様でして」


「そう言う時は様子見せなあかんやろ。責任者は?」

「そこに……伸びてますね」


「あーあー。全く、どないなってるんや……」



 木の床の上に伸びてる神継はみんな黒いシャツ着てるんやけど。困ったもんやな。




「あんたは大丈夫なんか?」 

「結構ギリギリです……」

「ほんならそこで待っててええよ」


「すみません。あっ?あれ……?」



 社の中を満たしていた瘴気が薄れていく……鎮めもせずこんな事あるんか?


「妃菜、真幸が居るわ」

「えっ!?」




 瘴気が薄れ、室内の様子がぼんやり見えてくる。

磨き抜かれた木の床、壁にかかってるのはしめ縄と四神結界のお札、それを辿った先の祭壇前に影が三つ。


 ……ほんまや、真幸がおる。また分霊しとったんか?もしかして、迷家事件のの解決後からずっと?




「愚痴言ってスッキリしたか?」

「はい。うちがまさか土地神になるなんて思うちょらんかったもんで……だいぶスッキリさしてもらいました。申し訳なかです」


「いいんだよ、大変な思いをさせてごめんな、白狐も付き合ってくれてありがとう」

「コン!」



 白い浄衣姿の真幸、新しくこの地域の土地神になった海の神、元乃隅神社を建てろと託宣を与えた白狐が酒を酌み交わしている。

これはもしかして、愚痴大会でも開いてたんかな。




「真幸ぃー……なんでここにおるんよ」

「あっ!?ひ、妃菜!?偶然だな!」


「あんまり分霊したらあかんて、天照に言われた筈なんやけど。いつからおるん?」

「ハイ。さ、さささ、さっき来たばっかりだぞ」


「分霊を長く続けるなら、精霊を置いて心から切り離しなさいって言われてたのにそうしてないやろ」


「……してないです、スイマセン」



 飛鳥と二人で大きなため息を落とし、宴会の席にお邪魔する。

新しく着任した土地神とはいえ、元々ここ一帯の海を守っていた海神はヒゲモジャのベテラン神様やんか。

陸地を守るのは慣れてへんかもしれんけど……何のために神継がおるんよ。




「あんたは真守神か?初めてお目にかかる」

「はい、はじめましてやね。土地神仕事お疲れさんどす。ヒトガミはいつからここにいるんかしら?」


「え、ええと。そのぉ」

「ヒトガミは気にせんといて。本神のために聞いてるんやから」



「迷家の事件直後からじゃ。ヒトガミ様が手ずから神力をお分けくださり、人々の鎮魂、土地の潔め、神力の分け方やら事細かに教わっちょりました」


「真幸ぃ……」


「うっ、ごめんて……。でも、今日で終わりにしようと思ってたんだ。

 ようやく土地が復活してきて海も綺麗になったし、魚が戻ってきたし。県が住民の移住を斡旋してくれてるから、人口も増えてきててさ」


 

「それは本当に良かったと思うけどな、あんた今いくつ分霊してんの。

分霊してるのはここだけやないやろ?」

「ハイ」


「あかんな、伏見さんお説教三時間コース確定や。覚悟しとき」

「う゛っ」




 普段からしょんぼりしてる眉毛をさらに下げて、真幸は口をへの字に曲げる。

かわいいなぁ……ほんまにこう言うところ、変わらんわ。

 顔に出やすくて、嘘が下手くそで。いざという時以外はおっちょこちょい。


どこまでも優しくて、自分のできる限界まで手を伸ばしてしまう。神様になってからの方が酷くなった気がするわ。

人間だった時は肉体の限界があったからまだマシやった。


 被害者の中でも一番無惨な殺され方をした愛華ちゃんを想って、毎晩祈りを捧げていたのも知ってる。

 


 今は際限なしにこうして人助けも神助けもしてしまうんや。困った神さんやな。




「うちが不甲斐ないばっかりにご迷惑をおかけしてしもうた……すまん」


「海の仕事してた神さんが陸の仕事もせなあかんのやから、大変なんはわかる。

もう大丈夫やろ?神継達を交代で残すから、ヒトガミは引き上げて大丈夫やな?」


「もちろんじゃ。これからはしっかりうちが務めるけぇ。もっと早う帰しちゃれりゃあ良かったそに、すまん。

ヒトガミ様、ありがとうござんした。心配されちょるけぇ早う帰りんさい」


「…………」


 

 

「そんな顔せんと、土地神が言う通り早よ帰り。神継達がちゃーんと見てくれはるから。あんたは休める時に休まなあかんよ」


「だって、間に合わなかったじゃないか」

「……真幸」


「任せてたら、また同じことが起きちゃうだろ。愛華ちゃんはランドセルを背負うことすらできずに、無惨に殺されたんだ。

俺がちゃんと見てればこんな事にはしなかった」



 俯いて、顔に影を落とした真幸は低い声でつぶやいている。よく見たら浄衣は裾が汚れて、毎日身を粉にして働いていたのが伝わって来る。


……ほんまに、困った子や。



 唇を尖らせた真幸のそばに腰を下ろし、飛鳥と二人で手を差し出す。

何も言わなくてもやりたい事をわかってくれる飛鳥は、少し悲しげな顔をしていた。




「真幸、手ぇだして?」

「……」


 真幸が差し出した手を、そっと握って開く。神様になっても抱えている手のひらの花は、桃色に色づいていた。



「こんなに手先が荒れて。毎日働きすぎや。裏公務員の頃から、あんたはずっとずっとそうして来た。

……あんたの手には、お花が咲いてる。この花は五枚の花弁やけど、なんのお花なのか、わかる?」


「花じゃないよ、火傷の跡だろ」


 

「違う。あんたは人として抱えた業を生きてるうちに背負い切ったやろ。コレが残ったのは聖痕なんよ。あんたが尊い神たる証や」


「尊い神なんかじゃない。結局何も守れてないじゃないか。

みんな、死んじゃう……もういやだよ。悲しい思いをさせたくないのに、誰もなくしたくないのに」


「あんな、そう言うのがあかんて言うてるの。誰の生き死にも真幸のせいやない。

愛華ちゃんがなくなったのは犯人のせいやろ。それを根本から正せるのはウチらだけや。目先のことばっか見てたらあかん。先を見なさいって颯人様にも言われてるやろ?」


「…………」


「仕事をぜーんぶやってしもたらあかんて、白石にも言われてる筈や。

神継がいかに未熟でも、私たちが関与できる時代は終わったんやで。何もかも私らがやったらあかんの」


「……わかってる」




「あんたの手にある聖痕は、いろんな花が思い浮かぶ。クサノオウもそうやけど、私は桜やと思うんよ。せやから真神陰陽寮の隣にある、ヒトガミの社には桜を植えなかった。何でか、わかる?」


「……わかんない」



 飛鳥と私の手が、真幸の小さな手を握る。人の姿から変わって神さんになり、何もかもが小さくなったこの子は、相変わらずこの手で全部を抱えようとしている。


自分を見ずに、他の人ばかり見て。

そんなこと、許さんで。




「あんたの心にも、姿形にも、この手のひらにも桜があるからや。

颯人様が『我の花』て言うのはあんたが本当にお花だから。繊細で、優しい色した儚い桜なんよ。日本人のあるべき心がそのままここにある」


「真幸が全部背負ってしまったら、颯人はどうなるの?いつまでこんな事を続けるの?

今回は明確な犯人がわかってるけど、こんなこと二度と起きないなんて保証はないのよ」


「……うん」




「人の世を思って手を出すのは、今回の事件を最後にしなさい。この際だから言っちゃうわ。

あなたの仕事を引き継ぐために清音ちゃんが生まれたのよ。わかってるでしょう」


「うん、そんな気はしてる」


「あなたの優しい心をいつまでも誰かに捧げるのはやめて頂戴。

清音ちゃんが生まれたのは運命なのよ。いつまでも自分の事を顧みないで、結果的に颯人を蔑ろにしてるじゃない。

あの子が生まれてきたのは、この事態からあなたを解放するためよ」




 飛鳥の厳しい言葉を受け止め、真幸の目尻に雫がたまる。


 蔑ろにしてるなんて思ってへんけど、真幸の苦悩をちゃんとわかってるけど……飛鳥は真幸のために、わざと厳しい言葉を選んだ。

真幸なら、きっとわかってくれるって思ってるから。




「迷家の件も、九州の魔法陣の解析も、もう関わらせないわ。

あなたはちゃんと別の役割がある。

九州でニニギに言われたから、ここも終わらせようとしてたのよね?」


「うん」



「そうやって全部の荷物を引き継いで。颯人の気持ちにちゃんと向き合って……自分がどうしたいかの答えを出しなさい。

あなたが幸せになるのを、私たちだって心待ちにしてるのよ」


「せやな、白石のことなんか放っておかな。無駄に心配すんのはやめーや。

 あんな、真幸の子ができたらウチらの子を同級生にいかがですか」



「え……?妃菜、体は大丈夫なのか?子供たくさん産んだだろ?」


「妃菜ちゃんは頑丈なんよ。長い間バリバリ鍛えてるからな!

子供は何人いてもええやん。そろそろ神様産めそうな気ぃもするんやで?」


「ふふ、そうね。今までは人の子ばかりだったけど、真幸と同じ理由で我慢してたのよ。親が子を失くすのは……寿命だとしても結構辛いのよね」


「せやけど、真幸の子が生まれるなら私らもほしいなぁ、て思うよ。一緒に子育てしたいもん。なー、飛鳥」


「そうね、妃菜の言う通り」



 ポカンとした真幸が私と飛鳥の顔を交互に見てる。あんたの痛みは、私らも知ってる。

自分の子を何人も見送って、抱えきれない切ない気持ちがあったんよ。




「人から仙人になって、神様になっても悲しいことや辛いことはあるやろ?でも、次世代の子達に任せて私らはそろそろ引退せなあかんよ。

干渉しすぎてしもたら、子供らが自分で立てなくなる。寂しいヒーロー気取ろうとしてたあんたならわかるやろ?」


「むぅ……」


「最近よう思い出すわ、伏見さんちで置いてきぼりにされたのを。あん時のことは一生忘れんで。

頑張った人が、その後幸せになってくれるのを……周りの人はみんな望んどる。それこそ亡くなった仲間達はみぃんなそう思ってた」


「そうね、大村さんも、伏見のお父さん、お母さんも、弓削くんも、各地で関わった人たちはみんなそうだわ。

あなたの子に生まれ変わる事を待ち望んでいる人がいる。それを忘れちゃダメよ」



「そう、そうだな……」


「私も咲陽ちゃんに会いたいわ。あんたのお父ちゃんかてそうやろ?晴明さんもそやし。

ガンとして生まれ変わって来んのはあんたのとこに来たいからや」


「…………うん」




 疲れて限界を迎えていただろう分霊の真幸は、顔を赤くしてポロポロ泣きはじめた。

あんたがトラウマを抱えていて、ずっと颯人様に応えられないでいるのはわかっとる。


 真っ直ぐな気性で誰よりも人の心の正しさにこだわる真幸が、一番傍に居て思い続けてくれる颯人様に『好き』って言えないのは……ほんまに辛い。

こんな風にトラウマを植え付けた、あんたのお母さんを一番恨んでるのは私や。


 真幸はちゃーんと颯人様が好きで、颯人様も真幸のことをずっと愛してる。

それなのに向き合えないなんて、ほんまにとんでもない呪いを残した女や。

腹立つわ……顔を見たら一髪入れるだけじゃ済まさんで。


 


「……おうち、帰る」


「うん、私らも朝には帰るから、朝ごはん作っといてや。

とびきりあまーい卵焼きが食べたいな」


「わかった。二人ともこれから仕事に行くんだろ、気をつけてくれよ?

……帰ってきたら、いろいろお話ししよ」


「うん!任しとき。ほな、また後でな」



 真幸を見送り神力の黄金色が消えた瞬間、私は神継に向かって睨みを効かせる。




「お説教の時間やで。責任者の神継の子を起こして」


「は、はい」


「新しい土地神さんと、白狐も話に加わって欲しいねん。今後の連携についてちょっと提案があるんや」


「はい!」

「コン!」




 本殿の中で私と飛鳥で紙に色々書いて、今後ここの人達だけでもやっていけるように提案していかな。

ちょいちょい見には来るけど、システムを構築してへんから真幸がマンツーマンで教えなあかんかったんや。


 サクサク書いて、寝ぼけ眼の神継に檄を飛ばす。



 今夜中に九州のゴタゴタも片付けなあかんのやからな。はー忙し忙し!



━━━━━━

━━━━



――私は、この時慢心していたのだと思う。そうでなければ……九州であんな風になる事はなかった。


真幸を追い詰める最後の事件は、間違いなく私――鈴村妃菜が始まりとなったのだ。


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