149 『件』誕生
白石side
『状況把握した。時間逆行を常にしてるから虫を退治してもリセットされるって事だな……消耗戦にしてごめん。
宝玉にかけられた呪術は無効化できたが、少し問題が起きてる。とりあえずここはさっさと蝗害を解決したい』
「芦屋がさっさと解決しようって言ってるぜ、月読」
「ちょ、話しかけないで!僕ギリギリなんだからねっ!?」
「お、おう。すまん」
現時刻 時間を止めてから恐らく半日程度経過……と言うか、蝗害が発生してから月読は繰り返し時間逆行をかけ続けてるから腕時計が狂っちまった。
何時なんだかさっぱりわかんねぇ。
芦屋が『起きた問題』の内容を言わねぇってことは、まだ頭の中で事態を整理中って事だろう。
清音に何が起きてんだ?沖縄での嫌な予感を回収しちまったかな。
「芦屋、月読が限界ギリギリだ。時間逆行の術もアラが出始めた。
『あぁ、そうしよう。月読にも後で謝らなきゃだな。
蝗害自体は虫で間違いないが、虫送りの道具を使って魔法陣で作り出したみたいだ。
原因も分かったし、サクッと浄化して終わりにしようか』
『せやな、虫を食べてるのが妖怪たちなんやけど……やはり呪いだからか食べ続けるのは無理やねん。結局は真幸に頼むしかないと思う』
『うん、わかった』
鈴村のしおれた声が聞こえる。今回の蝗害がただの虫じゃねぇのはわかってるが、単純な呪いじゃねぇだろう。
そして、犬士の玉を穢して国護結界を緩めていたのは……結構マズい。
敵方に清音の存在や事情が知られたのか、偶々犬士の玉を拾ったのかはわからん。
さっさとここを浄化しちまって、魔法陣を作った奴の調査をしなければならないだろう。
今回時間操作の術を使い続けてる月読は牧場の一角、木の上で座禅を組んで冷や汗ダラダラの疲労困憊だ。大分無理させちまったな。
高千穂牛を育てている畜産農家のだだっ広い牧場には、牛の餌になる青々とした草が茂っている。
それを靡かせる風も、暖かな日差しも、今は時間操作で固まって……不自然な様相だ。
――あ、清音が目を醒ましたぞ。
アイツに張った結界から、わずかな振動が伝わってくる。
頭痛に眩暈、なんだか体調が悪いみてぇだが。
『清音さんが目を覚ましたよ。さて、一つ戦力の追加がある。清音さん、いいよ喋ってみて』
『あー、もしもーし、清音でーす。えーと……さっき
犬士の仁玉を飲んだんですが、龍王さんが
『と、言う感じなんだよ。後で説明するけど……難陀龍王は蒼い炎を吐くそうだ。虫の一掃を頼んでみてもいいかな、と思うんだけど』
『何やねんそれ!?宝玉飲んだん??
八つの事件解決する内に八つの玉、八つの龍も集めるんか??……あかん、背筋が寒うなったんやけど』
『僕もです。もう、情報過多すぎてオーバーヒートしそうですよ。
いつものパターンでいいのでは?早く帰って調べ物をしなければ』
『せやな……清音ちゃん、お試しに一発火ぃ吹いて貰ってええか?ショボかったらどうもならんし』
『はいっ!かしこまりましたぁ』
難陀龍王の蒼炎か……どんなもんだろう。俺達は三百年生きて来たのに一度も龍とは縁がなかったんだがな。
今更出て来たってのは、これもよくない傾向だ。
龍は龍神であり、さまざまな名前がついたり役割があったりするものの、大元は一つだ。
龍は霊獣、神、森羅万象の象徴で『神』とは言うが俺たちみたいな仙人上がりの神とも、月読や颯人さんみたいな古来の神々とも違う。もっと大きいものを支えている存在だ。
水脈、気脈を司り、自在に動き回って誰の言うことも聞かない自由な神。
それは、この星を支えているとさえ言われる。
それの依代になるってのは、どう言う事だか考えたくもねぇ。
『はい、じゃあ一発いきまーす!アチャ、あの雲をぱかっと割れるくらいで試し撃ちお願いします!』
清音の声の後、小さく『キュッ』と鳴き声が聞こえる。
直後に大気が震え、急速に霊力……神力じゃなく清音の気配が一帯に広がり、そして瞬く間に収束して山間から一筋の青い閃光が放たれた。
一直線に青空に消えていった炎――じゃねぇだろあれは!光線だ、ビームだ!
それが消えてすぐ、牧場まで強風が届く。ここから直線距離で約40km地点が発射場所だとして、余波がここまで届くって……どんだけの威力なんだよ。
『試し撃ちどーですかー?もう一発いきますかー?』
『やめやめ、絶対あかん!力加減間違えたら焼け野原では済まんわ!
清音ちゃん絶対ノーコンやろ?!虫以外も殲滅する未来しか見えん!難陀龍王には引っ込んでもらってください!!』
『あ、ハイ。その方がいいな、うん』
『ありゃー、残念ですね……力不足でしたか。私がもっと強くなればパワーアップしそうですし、頑張りますね!!』
『そうやないんやけど、もう突っ込む気力がないねん……怖い』
「頑張らんでいいだろ……恐ろしいモンの依代になっちまったな。アイツ」
「はー、目が覚めた。あのびーむ怖すぎじゃない?直人、清音ちゃんと喧嘩しない方がいいよ」
「……肝に銘じとく」
顔色の悪い月読と苦笑いしあう。
雲を割るどころか霧散させて、真っ青になった空を仰ぎ見た。
━━━━━━
『こらぁ!ぬりかべ!そこもう引っ込んでええから!!伏見さんは天狐で反対側から追い立ててや!
コカクチョウさんだけやな、言うこと聞くんは。みんな好き勝手に動くんやから、もう!』
『イッタンモメンの尻に火がついてる様に見えるんだが。アレはいいのか?』
『えっ!?ほんまや、燃えてるやんか!誰か水ー!』
相変わらず念通話のチャンネルは大騒ぎだが、粗方虫も片付いた。
ニニギノミコトに頼んでくれたらしく、九州の神々が揃い踏みで作られた霊壁の箱の中……虫はただひたすら虐殺され続けている。
もう、遠くからは目で追えない数になってんな。
『よし!そろそろ牧場に到着するぞ!』
『みなさんお疲れ』「さまですー!」
念通話とリアルの声が重なり、デケェ影が青空から落ちてくる。
……マジかよ。
バサバサと羽音がして、風圧に押さえつけられて地面に蹲る。
真っ青な空に浮かんだ濃い青が目の前に降り立ち、芦屋と清音がその背から降りてきた。
龍の宅配便か?やべーな……。
「すごーい、ふぁんたじーな景色だねー」
「ファンタジーだな、確かに。龍の背に乗って飛んでくるとは思わなかったぜ。しかもニニギノミコトやら、他の神々まで引き連れて来やがった」
「あっはは……はぁ……」
へたり込んだ月読の元へ芦屋がやってくる。神様を引き連れてるからやたらキラキラした気配を纏ってるな。
芦屋は気遣わしげな顔をして月読に触れ、術を使いっぱなしだった俺の相棒は幸せそうに笑った。
「ごめんな、月読。疲れちゃっただろ?後でちゃんと様子を見るからね。必要なら神力補充するから」
「ううん、大丈夫。真幸くんに怪我がなくてよかった」
「うん……ありがとう。さて清音さん、月読と一緒に見ててくれるか?広域浄化のやり方を説明しながらやるからさ」
「はい!」
芦屋がこっちに近づいてくる。……俺は木立の上に飛び乗り、送られてくる清音の視線を受け流した。
二柱目の依代になってもピンピンしてるな。さっき感じた不調も一発ブッ放してからなくなってる。
『飲んだ』と言っていた犬士の玉は、勾玉とおなじような回復効果があるってことか?
「よし、じゃあやるか。すまんけど俺自身が九州の地形を把握しきれてないから、例の魔法陣がどこまで影響してるかわからなくてさ。
ニニギ達にも手伝って欲しいんだ」
「構わぬ。其方の詠うに任せてそれぞれの社に繋ぎ、そこから広げればよい」
ニニギノミコトと神々は手助けの提案を当たり前の様に了承し、一人立つ芦屋の周りにあぐらをかいて座り込む。
福岡の社からは菅原道真、霧島の社からニニギノミコト。全国四万四千社の八幡宮総本山、八幡大神は一族ごと来たんだな。
さっき幣立社で会った細川宣紀氏と握手を交わしている御仁は阿蘇神社の
九州は一族で祀られてる神社が多いから、そこから集めるとなるとあっという間にすげえ数になる。
毎回集まる奴らの数がおかしいと思う。なんでこんな毎回騒がしいんだろうな。
「月読、時間逆行術解除」
「応」
「颯人」
「応」
颯人さんが姿を顕し、時の流れが戻って……大地に風が吹き渡る。
緑の草が海の様に波立ち、空の雲が流れ行く影を緑の海に落とした。
冬の風が冷たい空気を運んでいる。牧草が茂るような気温の割に、風は凍えるように冷たい。
寒そうにしてる清音に龍が寄り添い、風を遮ってやっている。龍って、あったけぇのかな。
神々が一斉に柏手を叩き、広域浄化が始まった。
――高天原に
天と地に
大宇宙の根元の
一切を産み一切を育て
己がすがたと変じ
自在自由に
祓詞から始まった浄化の祝詞は龍神祝詞になり、虫たちの大群の上に雨雲が集まってくる。
九州に居るからか、
雷が轟き、恵の雨とは言い難い勢いの豪雨が降り注ぐ。水柱に見える程の恐ろしい雨量だ。
やがて雨が上がり、そこからあたたかく清浄な空気が広がる。
虫の性が残った命は、待機していてくれた妖怪たちが残さず食ってるな。龍神祝詞の雨を浴びれば、呪いを喰った奴らも同時に浄化されるだろう。
芦屋が天空から何かを手繰り寄せ、手で掴むと赤い糸が見えた。幾重にも絡まって重なったり、切れたそれを指先で丁寧に解いて一本ずつ結び直す。
……あれが国語結界の綻びか。修復ってよりもこんがらがっちまったものを綺麗にしてやってる感じだな。
最初から広域浄化をやって仕舞えば魔法陣も浄化されちまう。何が原因でこれが起きたのか、調査が終わるまでは手出し出来なかったんだ。
犬士の玉が絡んだせいで、鈴村の言う通りに普段よりも数倍面倒な事になっている。
芦屋に別段落ち込んだ様子はないが、やけに凛々しい顔つきだな。何かを知って、これからやる事が定まった様な面をしてるぜ。
南総里見八犬伝、八大龍王、八つの事件。俺たちが抱えるハメになったモノは
、全て共通して清音を示すキーワードがふんだんに盛り込まれている。
清音は、俺達が過ごした三百余年の集大成とも言える血脈を相伝した。これが一体何を示すのか。
清音自身を俺が支えてやりたいと思っていても、手が届くのかすらわからん。
現状の寒さすら防いでやれない俺が、役に立てるのか?……不安が増していく。
金色に輝く芦屋と颯人さんは寄り添い、手を繋いで微笑みあっている。
二人を見つめて頬を染め、微笑む清音。その隣に居られない俺は……独りぼっちになったような心持ちでそれを眺めた。
━━━━━━
「まぁまぁ、なんだか賑やかな出産になりましたねぇー」
「すみません、大変な時にお邪魔して……」
「よかたい。
祝福まで頂いてしもうたんやけん、ゆたーっとしとってくれんね」
「ありがとうございます」
現時刻 14:30 俺たちは延べ十時間くらい動いてるが、現世の動き出した時は1日の半分を過ぎた所だ。
思っていたよりも時間逆行の効果が強く、多めに巻き戻っている。
俺はもう二十四時間働きっぱなしな気がしてる。
出産小屋に仲間たちが集まり、牛の妖怪『件』の誕生を待っている。
件はにんべんに牛とある通り半人半牛の妖怪で、牛の体に人間の顔がついていると言う。
汚れのない存在で、豊作や凶作、疫病の始まりなんかを予言して人々を助けてきたらしい。
件が神聖化して見られているのは『災難』の予言とセットで〝こう言うふうに対策しろ〟と『招福』の助言も齎すからだ。
件は生まれてから4日以内に予言を残し、その後死んでしまう。
今までは件が生まれる時、必ず芦屋が誕生に立ち会っている。
すべての預言をアイツが聞くようにしていたから、俺達が件を目にするのは初めての経験だ。
件を腹に宿した母牛はすでに産気付き、約一時間半経過している。……そろそろ生まれるはずなんだが。
「あれ、先に破水しちゃった!」
「ありゃ!こりゃいかん!!」
ワタワタし出した牛舎のオーナーと奥さんは、ちょろっと出てきた子牛の足先にロープを巻き出した。
な、なぜだ?何が起きた?
「牛のお産は一時破水の後二次破水があるんだけど、羊膜を破らないようにしないと上手く出てこないんだよ。
それが破れて二次破水が起きちゃったから、難産に切り替わったんだ」
「はぁ、なるほど。……芦屋?なんで腕まくりしてんだ?」
「手伝うからに決まってるだろ?何回もやってるから大丈夫」
「マジかよ……」
「牛さんごめんなー、失礼しまーす」
オーナーたちが牛の足をロープで引っ張る傍ら、芦屋は躊躇いなく牛の産道に手を突っ込む。……両手とも一気に行ったな、一気に。
「おお、ありがたい!よくご存知ですな!」
「何回も手伝ってるから少しはお役に立てます。手は浄化して、バイキンも入らない様にしてありますからね。マッサージして広げますよ」
「お願いします!!」
ウトウトしてた清音が騒ぎに気付いて目を覚まし、牛の尻側から手を突っ込んだ芦屋にビビり、ロープで引っ張られる子牛の足にビビり、目をまん丸に広げた。
……正直俺もびっくりしてるんだが。
颯人さんは手慣れた様子で産道を揉む芦屋の体を支えて、血と羊水に塗れる芦屋の顔を拭いてやってる。
すげぇ。すげえしか出てこねえ。
「これは……だ、大丈夫なんですか?」
「私も流石に初めて見たからわからへん。凄いな、こんな風にするんや……」
「人間とはちょっと違うわねぇ」
「飛鳥さんは出産に立ち会われたんですか?」
「ええそうよ。妃菜は安産だったから、毎回あっという間だったけど」
「ふふん、私は鍛えてるから腹筋すごいやで?……どんだけ頑張っても、牛さんみたいに一ヶ月でまた産めるようにはならんけど」
「へえぇ、そうなんですね……私も鍛えたほうがいいのかな。
あ!お子さんといえば芦屋さんもいらっしゃいましたよね、どんなだったんですか?」
「あー、飛鳥殿はいいですけど、颯人様は本当にもう、育児の際の奇行が筆舌に尽くしがたかったですよ。
寝不足の芦屋さんにハラハラして、颯人様の過保護にはイライラしました」
「そうですねぇ、伏見さん。一番苦労してましたもんねぇ」
「産んでねぇのにアレなら、本当に出産する時ぁどうなるんだ。俺は怖い」
「……な、なるほど」
鬼一と同じく俺も怖い。芦屋と颯人さんの誓で生まれた陽向は、芦屋から生まれたわけじゃねぇ。
出産してないから妊娠中の苦労や産後のダメージはなかったんだ。
だが、乳はやらなきゃならないし、生まれたばかりの子供は朝昼晩とひたすら泣くからな。
体のダメージがないから、と仕事をしながら育児して。相棒の颯人さんが甲斐甲斐しすぎる世話を焼いた結果……伏見が最終的には陽向を取り上げた。
だから、陽向があんな性格になったんだが。
「でも、とっても素敵ですね。仲間の皆さんでお祝いして、お子さんを面倒見て、可愛がってもらえるなんて幸せだったでしょう」
「清音さんが産む時も同じですよ。旦那様になる方へは、僕が予め教育させていただきます」
「せやな。多分過保護勢が増えるしな」
「ゾッとするからやめてちょうだい、妃菜」
穏やかな笑い声と、チラッと飛んでくる視線に耐えきれずに俺はパーカーのフードを引っ張り、顔を隠す。
そう言うのやめろ。くそぉ……。
「お、生まれるぞ!」
「どっこいしょ〜!よっこいしょ〜!」
どさり、と音がして真っ黒な体毛の子牛が生まれ落ちる。
細い四肢を振るわせ、立ち上がった子牛はかなり小さい。清音や芦屋が抱き上げられるくらいのサイズだ。
黒毛に覆われた体、首までは間違いなく牛だが、その先には人間の顔がくっついている。すげぇ……言葉にならない見た目だ。伏見も鬼一も星野も件を見て固まっている。
……あぁ、オチが見えるぞ。うん……嫌な予感もするな。
「「かわいいっ!!」」
清音と芦屋のハモった声に、牧場のオーナーたちにまで『マジか?』と目線を送られ、俺は苦笑いを返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます