147 巻き込まれていく運命

真幸side


 鬱蒼と立ち並ぶ巨木の杉、檜……緑の枝葉が揺れて、木漏れ日を大地に落としている。

 優しい陽の光を輝かせながら揺蕩う空気は澄み渡り、幻想的な杜を息づかせていた。


 そんな中、ボソボソとつぶやく一つの声がながーーーい話を終わらせてくれない。

 


「うちん時はほんなこつ天災が多くて、中でも蝗害がいちばんの難関やった。

あれで借金ば沢山作って、そん返済で人生の殆どば消費したようなもんや」


「そりゃそうだよなぁ……前の代からの浪費もあったもんね」


「そうたい!三代目の息子しゃんが早生したけん甥のうちが養子になりまして。

 ろくにお金んなかまま引き継いで、さらに旱魃かんばつ、飢饉、洪水、疫病と苦難続きでな……はぁ」


 

 現時刻、時を止めてから四時間経過。

俺たちは今、歴史の人物だった『細川宣紀のぶのり』さんとお話ししている。

 ……熊本言葉って、愚痴を言っててもかわいいな。


 宣紀さんはしょんぼり眉毛に垂れ目、お口もへの字で全体的にへんにょりした顔つき。俺は大変親近感の湧く面構えだ。



 

 細川宣紀さんは江戸時代中期、肥後国・今の熊本県を治めた四代目の藩主。

 

 彼が愚痴っている一つは災害についての苦労話だが、もう一つは前代の三代目藩主の『細川綱利つなとし』さんについてだ。



 綱利さんは10歳という年齢で若くして藩主となったんだけどさ。彼はかの有名な赤穂浪士あこうろうしにも関与している。


 赤穂浪士と言えば今も語り継がれている忠義の美談に出てくる人たちだな。

卑怯な手を使って切腹させられた主人の仇討ちが『忠臣蔵』として歌舞伎などで演じられたり、テレビドラマにもなっている。

 お正月なんかによく放送されてるアレだ。


 

 仇討ちをした後、赤穂浪士達は全員逮捕された。沙汰が降るまで大名達がその身柄を軟禁していたんだ。

 そのうちの主犯格とされる『大石内蔵助おおいしくらのすけ』を預かったのが三代目藩主の綱利さんだった。

 

 彼は義士として戦った赤穂浪士に心酔して、愛宕山に日参。「義士が無罪放免されますように」と祈りを捧げ、自身は願掛けのために精進料理を食していた。

 

 その一方で義士たちにはゴージャスなご馳走を毎日毎日振る舞って「飯が豪華すぎる、普通のにしてくれ!」とまで言われたとか。

  


 

 三代目はこんな風で、藩主として政治をしている間にたくさん武芸者を抱えていた。要するに武芸に優れた人を雇いすぎて、その給料で浪費が多い施政だったんだ。

 

 その跡を継ぐ事になった宣紀さんは、最初から財政難に見舞われ、災害に悩まされまくり、お金に困ってた人のイメージが強い。

 


 

 細川氏全体の成り立ちは、南北朝時代に足利尊氏あしかがたかうじの元で働いていたのが始まり。足利尊氏は北条氏を滅ぼして鎌倉幕府を終わらせて、室町幕府を開いた人だ。


 そんなすごーい足利家を傀儡にするまで細川氏は強くなったけど、戦国時代に内紛で没落して最終的には熊本の藩主となった。


 貧乏ながらも人々を助けて、最後には華族として名を残している。


 本当に立派な一族なんだけど、宣紀さんのしょんぼり顔と猫背は若干気弱な感じもする。

 俺たち近代に生きる者には親しみやすい人柄だな。武家〜!って威圧感がないからさ。




「そろそろ先に進めてええか?

 真神陰陽寮に依頼を出したんはあんたやろ?災害が増えたー、てどう言うことなん?」

 

「はい!九州一帯に謎ん魔法陣がありまして、それば神々で壊したらこぎゃん物がそこから散ってしまいました。

 国護結界と反作用しとるのか、結び目がゆるまって天災が増えとんのです」


 

 宣紀さんが手のひらに乗せて差し出したのはガラスの破片?キラキラした透明の……玉の欠片だな、これ。


 玉かぁ、そうかぁ……。



「あっ!これ!犬士の宝玉だっ!?」

「八房の突然の発言に驚きを隠せませんが。確かに私も嗅いだことのある匂いを感じてます……アレは本当に宝玉ですか?」


「うん!間違いないぞ!!」

 

 八房は清音さんに抱っこされたまま、キラキラした目でその玉を見つめている。匂いがするのか?俺にはわからん……。


 

 

 南総里見八犬伝は人が持つべき徳を現した、八つの玉を持つ犬士を集める物語。

 その玉がここにある……そして、嫌な事に気づいてしまった。


 俺を含め、今回動いているメンバーは伏見さん、鬼一さん、妃菜、アリス、星野さん、清音さん、白石。 

 八人いるなぁ、さらにこれから解決しようとしてる事件は八件だしなぁ。


 


「宣紀さん、申し訳ないんだけどちょっと待ってもらえるか」

「へ?大丈夫ばい!ばってん……」


「ばってん、何?早く言ってくれ!」

「もうすぐ『くだん』が生るるとの託宣があるんじゃ」


 

「アー……?『件』て!?予言の妖怪やんな??もう、イベント目白押しやん!!

 えっ?どれからやったらええねん!?件は生まれたら4日くらいしか生きられへんやろ?

 でも国護結界をはよう修復せな、そしたら玉も集め……ムキィー!!」

 

「妃菜、落ち着いて。こう言う時はなるようにしかならないわ」

「なんか前よりもこう、ごちゃついてる気ぃがしてならんのやけど!?」


 

「それにつきましては、俺も大変申し訳なく……颯人、どう思う?」

 

「其方が謝る必要はない、と言いたいところだがあまりにも事象が揃ってしまっている。

 まずは八房に玉の詳細を聞き、宣紀には災害の様子を聴取。そして予言の妖怪『件』に会うとしよう。

最終的には玉集め、国護結界の補修が必要だ」


「そうだな……途中で事件が起きないといいけど」


 

 

「真幸ぃ!あんた、迂闊な発言やめてや。神様なんやから託宣になるやろ!!」

「アッー」


「やっぱりあんたヒトガミ様やなあ!?うちん勾玉も受け取ってくれ!細川宣言、ヒトガミ様に魂を捧げ奉りまする!」

 

「ヴァーーー」



 頭の中がこんがらがりつつ、俺は無抵抗で宣紀さんの勾玉を受け取るのであった。


 ━━━━━━


 

「まずは八房の事情聴取から始めるぞ。君は今、八犬士をまとめて一つになってるって言ったよな?

 象徴する宝玉はどうなってる?」


  

「それがさぁ、犬士の魂は統合されたものの一柱じゃ抱えきれなくて。玉が壊れて全部どっかに落っこちちゃったんだ!」

「……な、なるほど。で、その宝玉がないとどうなるんだ?」


「えーと、オレは受肉する前にその欠片を持ってたんだけど。清音の霊力が足りなくて、それもどっか行った!

 多分集めないとオレは完全体にはなれないんじゃないか?わかんないけど、今は力の半分も出せてないな!」


 

  

「……わぁ」


「だいーぶ雑な情報やな。受肉前は口調がしっかりしとったけど、犬になったら退行したんはその辺りが理由やったんか」


「なんか、すいません……」

 

「清音は悪くないぞ!そもそもの話、八犬士の魂を一つにしたのは何代か前の里見家当主だ!

 薄れゆく存在を一つにして確立してくれたのはいいんだけどさ、うっかり何かを間違えたんだろうなぁ」


 


「うっ、胸が痛い……俺はうっかり二代目だからなっ!!俺のせいじゃないと思いたい!……ごめん」

 

「うっかりの二代目さんは落ち着きや。

 八犬士がまとまった時に宝玉転がして割ったんが真実の眼で視えたし、八房の話は間違いないで。

 話をまとめると、宝玉の欠片を持った八犬士は八房という一柱になって、神降しでうっかりその欠片をなくして。

今の八房も清音ちゃんも、完全な力を顕せてないと」


 

 

「そうだな!宝玉が戻れば清音は神様になれるんじゃないか?!レベルアップがすごーくできる!」


「そんなら宝玉を集めつつ事件解決して神様になってもろたらええんや!そういう事やんな??」

 

「そう!そしたら、きっと主もハッピーだ!オレもすごく嬉しい!」



 うん、わかった、なるほど。

 もうこうなったらどうせ抵抗しても無駄なんだから流れに任せるしかない。来たら打つの方針でいこう、そうしよう。

 

 俺たちはどうやら、清音さんの運命の流れに巻き込まれているようだ。

周りの人を巻き込む強さって、大成する人の特徴なんだよなぁ……。ううむ。




「という事で宣紀さん!その玉を清音さんに渡してくれ。あと『件』はどこに生まれるって?」

 

「は、えぇと、はい。ここからすぐんところに有名な畜産農家があります。『高千穂牛ブランド牛』ば育ててまして、多分そこです」


「高千穂ブランドの件か。とりあえずそこに向かって……」



 

(――緊急伝令!天安河原あまのやすがわら神社上空に大きな黒い影が発生しました!)

 

(すんげぇ呪いの塊だぞ!内容物は虫に見える!!)

 

(私、偵察に出ますねー) 

(アリスさん、私も行きます!)

 


 念通話で補助結界を張っていた四柱からいやーなお知らせが届いた。俺たちも幣立杜の高台に登り、天安河原神社の方角を眺める。


 わー、いるー、本当にいるー。黒いのがいっぱいいるー。

ここからは虫に見えないけど、鬼一さんが言うならそうだろう。


 

  

「ヴァー。早速フラグ回収してしまった」


「急展開待ったなしやんか。いや、あの伝道師に捕まらんかったら時間あったやんな?」

「アイツ、処しましょう。私がヤるわ」

 

「飛鳥、顔怖いで?後にしてな。さぁて、ボス……どうしますか」



「ヴァーとかいってる場合じゃないな。虫ってんなら蝗害だろう。宣紀さん、蝗害の対策で有効なものって……鳥で合ってます?」

 

「鳥ばはじめとした、虫を食う動物が有効ばい!とにかく食べて仕舞えばよかけん!」


 

「おし、じゃあ……アリス、星野さんストップ!代わりに妃菜と飛鳥が真実の眼で偵察を頼む。

 現時点をもって時間停止術の補助結界を解除。

 星野さんは守護結界で虫の拡散を阻止!

 その間アリスは鳥たちに、伏見さん、鬼一さんは近辺の神々と妖怪に協力を要請して、蝗害発生地で虫を駆逐してくれ!」

 

「はいなー」

「オッケー♡」


 ((((応!))))



  

「月の兄は並行して時間逆行の術を施して頂くとしよう。これは時間がかかる」

 

「そうだな。俺たちは国護結界を歪めている宝玉を探して、結界を張り直す。

 玉の匂いを嗅ぎ分けられるみたいだし、清音さんも一緒に来てくれ」

 


「ま、待ってください。あの、残りの二柱は……」

「マガツヒノカミのうちの一柱と月読は件の牛舎に先行してもらおう。もし月読の術が破れても、予言が聞ければ問題ない」


「は、はい。あの……私、わたし……」

「……清音さん」




 清音さんはわちゃわちゃについては来れてるけど、不安を隠しきれていない。

手を握り、甲をそっと撫でる。

 

 俺の神力に刺激されて白石の結界が熱を帯び、アヒル草文字を浮かび上がらせた。


 真っ白な文字が清音さんの体に沿って、ほんのり光を発している。

その光は彼女を護りぬく意志を見せつけていた。



 

「俺の一族はみんなうっかりだけど、ある日突然レベルアップして強くなる。

 大丈夫。俺と颯人がいるし、君はこうして強固な結界に守られているよ」

 

「…………はい」



 

 んー?なんか納得してないぞ。怖がっているのは……そこじゃない?


「清音は身の安全など端から考えておらぬ。其方ならわかるだろう?」



 颯人の言葉に清音さんが握った手に力を入れて、小さく震えた。これは、ただの恐怖か?


 

「わ、わた……私、役に立ちたいです!ただ黙って見ているだけなんて嫌なんです。足手纏いなのはわかりますが、なんでもやります、やらせて下さい!!」

 

「うん……」


「早く成長しなきゃって、ずっとずっと思っています。ここに暮らす人たちのためには、失敗なんかできない。

 自分勝手だとわかってますけど……」



 

 清音さんの真摯な目線を受け取り、頷く。

 颯人の言った通りだ、この子が怖いのは自分自身がやり通せるかどうかだけなんだな。諦めるつもりは、最初からないんだ。

 


 清音さんと手を握り合ったまま、おでこをくっつける。清音さんのそう言うところ、すごくカッコいいと思う。

 

 突然こんな風に第一線に立たされて、本当は怖いだろうに……ちゃんと事態を理解して、自分の中の焦りと闘いながら立ちあがろうとしている。

 

 

 

「大丈夫……大丈夫。こわくない。きっと出来る、大丈夫」

「……」

 

「俺も、ずっと怖かった。ずっと自分が信じられなかった。毎回これを言って、震えながら立ち上がってきた。

でも、俺たちは独りじゃないんだよ」



 

 キラキラと神力を纏いながら現れた伏見さん、鬼一さん、星野さん。そしてマガツヒノカミの格好を真似てまっ黒くろすけな白石と月読。

 

 颯人が俺と清音さんを抱きしめて、つぶやく。


 

「我らは三百余年を過ごしてきた。それは、楽しいばかりではなかったが……仲間がいて、輔けあって来たからこそ何もかもを乗り越えられたのだ。

 この先、清音もその仲間になる。恐れることなど何もない」



 颯人が俺と清音さんの結んだ手の上に手を重ね、みんながそれに倣う。


 ……いつものあれ、誰がやるの?



 

「ここは見本として真幸がやればええやろ?」

「ゔっ」

 

「期待大よねー♡プロだもの!」

「うぅ……」


「「(突っ込み待機)」」

「伏見も星野もやめてやれよ。真幸が可哀想だろ」


「鬼一さんだけだよ!優しいのは!!

 よ、よし、やるぞ……」


 みんなの注目をもらって、ぺろんと唇を舐めて湿らせる。先輩として、カッコいいやつで行きたい!



 

「とりあえず目前の虫退治からだ!ブンブンしてるヤツをぶっ倒して、九州の作物を守るゾッ!」

 

「……其方、調子が悪いのか」

「ま、真幸くん……?大丈夫?」

「…………ぷっ」

 

「今までで一番酷いやんか」

「今回のはダメよ……」

 

「酷すぎてツッコミできないです」

「芦屋さん、いいんですよ、次がありますからね」


「頑張れ……真幸」


「くっ!?と、とにかくやるぞ!えいえいおー!」


 みんなのしょぼくれた『おー』をもらい、堪えきれずに清音さんが笑い出す。


 


「すみませ……んふっ。くふふ、面白すぎて……」

「むーむー。とにかくやるぞぉ……どうにかするしかないんだからぁ……」

 

「其方が一番やる気をなくしてどうするのだ。さっさとゆくぞ」

 

「はぁい……」


 


 白石が苦笑いを浮かべながら目線を合わせてくる。力を込めて手を握り締め、お互いの拳をぶつけた。

 

(月読のサポート、頼むぞ)

(まかせろ。……清音を頼む)

(応!)



 

 みんなが手を振りながら、各地に散らばっていく。


 青空の彼方に渦巻く黒い影。


 それは晴れ渡る青空に場違いな禍々しさを孕んで、蠢き、のたうち回る蛇のように見えた。

 


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