県外遠征@九州

146 インチキ伝道師

真幸side


「それで?言いたいことはそれだけやんな?ちょ、アンタ近いて……離れてや」

 

「納得していただけましたか!?ここは胡散臭い神社なんですよ!!パワーが澱んでますし、圧迫感を感じて息苦しいんです!それからですね……」

 

「はあ?まだあるんか。だから近いっちゅーの」


「ハァ、ハァ。貴方のような美しい巫女さんが訪れるべきではない、と言ってるんです!僕と一緒に語らいませんか!?パフェが美味しいところを知ってますよ!!」


 

  

「あんたみたいな素人さんが何言うてはるんよ。

 陰陽師でもない、裏公務員でもない、神職でもない、悪いけど霊力もチンケなもんやで?何様なんよ?私、見た通り本職なんやけど」


「妃菜、落ち着きなさい。まごうことなきチンケだとしてもチンケって言っちゃダメよ。

 ど素人で、可愛いからって神職である巫女にわざわざ声をかけて、指輪も見えてるでしょうにナンパしてくるクソ野郎なんだから罵る価値もないの。

 〝ぼったくりスピ系〟の厄介配信者は私たちとは縁すら結べない。月とスッポン、雲泥の差、コレは本質的な違いを持つ下等生物なのよ!!!」

 

「飛鳥、アンタこそ落ち着きや……」



 


 現時刻 時を止めてから二時間経過。

 妃菜・飛鳥コンビと自称『宇宙のパワー伝道師ヨーチューバー』とやらが鳥居の前で言い争っている。


 祭祀をする可能性があるから、巫女服で来たのは間違いだったか……。妃菜は本当に巫女服が似合うからな。

 

 ハートを散らしながら妃菜に声をかけて来た怪しい男性は必死で口説こうと?してる。やたら距離が近いから飛鳥が割り込めず、妃菜が押し返してるけど……全然へこたれないぞ。


  

 時を止めてるから動いてる人なんかいないはずだが、微妙に霊力を持つ人だと月読の術作用が解けてしまうこともあるみたいだ。

 神社巡りをして動画配信しているなら、神の加護を受けている可能性があるし……その人への術のかけ直しは月読の負担が大きくなる。

 

 しかし、飛鳥は結構キてるな。キレそうな気配がしてる。自分でもそれがわかってて、相手にどんな影響を及ぼすかわからんから無理矢理止められないんだろう。……困ったな。


  

 九州地方へ来てから占卜で占ったところ、チェックすべき神社は二つと出た。

 そのうちの一つ『幣立へいたて神社』にお邪魔しようとしているところなんだが。

 

 妙な始まりになってしまった……。


 


「芦屋さん、あの人、お知り合いですか?」

 

「ううん、赤の他人。配信者って言ってたし、機材を持ってるから動画を作ってる人なんだと思うんだけど」

 

「あまり良くない気配だ。伏見を呼ぶか?」


  

「いや、月読のパワーセーブのためにみんなは結界を張らなきゃならんし、さっさと退けて仕事しよう。この後別の場所も調査しなきゃなんだから」


「……真幸」

 

「記憶操作すれば大丈夫。そろそろ飛鳥が限界なんだ」

「…………仕方ない」



 颯人の不満そうな顔を見て、なんとも言えない気持ちになる。俺も触りたくない人だけど、目的のためにはちょこっと工夫が必要だ。

 時を止めた術の中で放り出しても、あの人がどうなっちゃうのか予測できないしなぁ……。

 


 巫女衣装を纏って、二人の間に割り込み、掴まれていた妃菜の腕を取り返す。

 飛鳥はあからさまに安堵した様子で背後から俺たちを抱えた。


 


「先輩?大丈夫?」

「……っ」

「アレ……先輩?おーい?」

 

「あ、アカン、可愛い。そうやなくて!な、なんやー。後輩ちゃん♡心配して来てくれたん?」

 

「だって、先輩が困ってたから……あのー、どちら様ですかぁ?」

 

「わっ、か、可愛い……」


 

 妃菜と腕を組みつつ、目の前の男性に上目遣いを送る。

 おお、顔が真っ赤だな。妃菜が可愛いのはわかるけど、俺でもいいのか?

 

 びっくりしたのか、距離を取ってくれて俺もホッとした。


 


「き、君も巫女さんなの?」

 

「そーです。先輩になんのご用です?私たち、これから幣立社でお勤めがあるんですケド」


「や、それがですね!この神社は怪しいんですよ!15000年前が起源とか、宇宙の神だとか、それに境内を見てください!怪しげな看板や石碑があるんです。

 大体、ゼロ磁場って言ったって、なんの意味があるのか科学的根拠も……」


「――それって、何のために言ってるんですか?」




 必死に捲し立てる彼を見ていると、俺も腹が立ってしまった。最近……こう言う人が居るんだよ。


 神社の成り立ちに疑問を唱えて、この国の全てを知りもしないくせに……何もかもを知ったふりして、妙な悪口を吹聴するんだ。



 

「もう一度聞きます。あなたは何のために、そんなこと言うんです?

 誰かが信じて、祈りを捧げている場所を……大切に思う場所を貶めるって、そんなに逼迫した事情があるんですか?」

 

「せやな?なんや、親の仇みたいに言うてたなぁ」


「えっ、こわーい……先輩、この人そんな風に思うくらい酷いことがあったんですよね?

 そうじゃなきゃこんなこと言わないですもんね、普通は。何だかとっても可哀想です」

 

「ほんまになぁ……可哀想やなぁ。ほいで、どんな深ぁい事情でこんな事してるん?私らに教えてや」


 二人でじっと見つめると、頬を赤らめたまま彼が撮影機材を抱きしめて、叫ぶ。


 


「僕は!この国のためにやってるんです!!選ばらた人がこう言った怪しい神社を教えなければ、みんな勘違いしてしまう!

 騙されて、お金を取られて、人生がおかしくなってしまうんですから!!」


「「…………」」


 ふーむ、こりゃなんか訳アリだな。

 ここの社で、と言うよりはどこかで何かがあったんだろう。ここまで必死な様子だと……さっさと追い払うってわけにもいかないか。

 

 さて、どうしたものかな。


 

 

(芦屋さん!事務所のメンバーが動けないなら私が行きましょうか!?)

(倉橋君か……あ、そうしてくれる?)


(はいっ!!!!)



 妃菜が念通話のやりとりに「なんでやねん」と呟いて、倉橋君が転移術で姿を現す。

 青い色のキラキラを纏い、突然現れた人物にびっくりしてナントカの伝道師は腰を抜かしてしまった。



  

「倉橋さん!いいところに来てくださいましたねっ♡」

「は……ぇ?」


 隙を見て妃菜から手を離し、飛鳥に手渡す。 

 飛鳥が妃菜を抱きしめてしっかり距離を取った。……結構本当に危なかったな。顔がマジだし、気配がドス黒いぞ。


 俺は倉橋君の腕に絡みつく。伝道師は視線をそのまま俺たちに向けている。

よしよし、妃菜からは関心が逸れたな、良かった。

 

 

 

「えっと……この人、国のためにお仕事をしてるそうなんです。だから、真神陰陽寮の倉橋さんとお話したほうがいいんじゃないかなと思って!」


「……えっ!?真神陰陽寮?!」

 

「なるほど。そう言う事でしたか。真神陰陽寮、研修学校の候補生になるかもしれませんね!?」


「えっと、まぁ、うん??」

 

「やぁやぁ、君はおいくつですか?ご出身は?陰陽師の免状や裏公務員の資格証を見せていただけますか!?」



 

「い、いや、持ってない……です」

 

「えっ??どう言う事でしょう……〝国のために〟とおっしゃるならば、それ相応の資格を持っているのでは?」

「あ、ありません。僕は、その……スピリチュアルな仕事をしてるので」

 

「ほう。自らを国のために働く者だと嘯き、確固たる力も資格もなく、何も持たざる者がお勤めにいらした巫女に声をかけていたと。……何の目的ですか」




 あ、あれー?おかしいな、俺が思ってた会話じゃないぞ。倉橋君がどこかに連れてってくれて、お説教してくれるかなー、なんて思ってたんだけど。

 どう言う展開なんだこれは?倉橋君まで怒ってないか?



「こんな可愛い巫女さんに、こんな近距離で話しかけるなぞ万死に値します。

まさか、ナンパしようとしたんですか?そうですよね?」

「な、ナンパじゃなくて、その」

 

「え?パフェの話はまごう事なきナンパですよね??どこからどう聞いても貴方が私利私欲のために巫女を連れ去ろうとしてましたよね?」 

「何でパフェの話まで知って……」


「捕縛します」


「「えっ!?」」


 伝道師さんとハモってしまった。

 

 倉橋君がパチンと指を弾き、超常捕縛用の霊綱で伝道師はぐるぐる簀巻にされました。

 

 ……なんでだよ!!!



 ━━━━━━



 

 現時刻 時間を止めてから2時間45分経過。どうしてこうなった?な状態だ。


 幣立社の立派な木の鳥居をくぐり、150段の石段を登る。……妃菜は飛鳥に、俺は颯人に抱えられたまま。

 


 

「「うー、うー!」」

「暴れないでちょうだい」

「其方もだ」


「せやかて……何で抱っこのままなんよ?おかしいやろぉーー」

「俺まで抱っこされてるのこそおかしいだろ!?」


「あらー、これはまた……」

「こう言う感じなので私が護衛します。そこのインチキ野郎から離れてください。(清音さん、私以外の方の真名は口にしないでください。記憶操作術の誤作動を起こしますので)」

 

「は、はい……!よろしくお願いします、倉橋さん」

「お任せください」

  

「――く、くそっ、離せ!」


  

「暴れると食い込む一方ですよ?魂ごと捕縛していますから、傷がつけば命がどうなるかわかりません。

あなたが本当に一般人の枠ならば、ね」


「だから僕はただのヨーチューバーで、一般人だってば!」

 

「さぁ、どうでしょうか。われわれの術に潜り込んで、可愛い可愛い芦……巫女さんの顔を見て、ポーッとしてたんですから。信じられませんね。スピ系の厄介配信者なのは間違いありませんけど」

 

「くっ……!?だってあんな可愛い子がいたら……」

「それについては同意です」



 同意すんなし!?意味がわからん……うっかり名前呼びかけてるし。

もう、いいかな。いつもの調子に戻すぞ??


 


 ……ここは熊本県山都町にある『幣立へいたて神社(神宮)』(神宮)なのは、通称が神宮であるからだ。


 社格としては旧郷社。……その辺は余り突っ込まないでおこう。

創建時期は不詳とされ、別名を隠れ宮、日の宮とも言う。

 

 社伝によれば神武天皇のお孫さんが阿蘇に来た時に休憩した場所で、眺めがいいから幣帛へいはくを立てて神様を祀ったとされる。

 

 幣帛ってのは神饌しんせん……食べ物とかそう言う物以外を指すんだが『立てた』って言ってるからおそらく紙垂をお祓い棒に刺してある『御幣ごへい』を立てたんだろうな。



 

 現在の社殿は江戸時代の肥後国熊本藩の藩主だった、細川宣紀ほそかわのぶのりが改修したそうだ。

 日露戦争の頃に国の必勝祈願が行われ、ここがそのうちの一つに選ばれた……とか、高天原の乱の時に稀有な神様が隠れたから隠れ宮と呼ばれている……とかいろんな伝説がある。


 天孫降臨が起きた高千穂からも、霊山である阿蘇山からも近く、古代神話より前の神代時代の神を祀っている珍しい神社なんだ。



 

 他にも立地的に『九州のへそ』と言われていたり、御神木が命脈15000年、樹齢2000年のものがあったり。

 日本の『中央構造線』という断層、所謂地層のズレがある部分で、一部区間が活断層、ゼロ磁場が発生する場所とも言われる。


 この中央構造線上付近には鹿島神宮、武蔵一宮 氷川神社、香取神宮、成田山新勝寺、長野の有名な大社、二見興玉神社、伊勢神宮、高千穂、他にもたくさんあるけどそれらが連なっている。最終地点としてこの幣立社がある感じだな。


  

 名だだる社が名を連ねていて、ゼロ磁場にあるからパワースポット的な役割かと思うけど、これはちゃんとした理由がある。

 地層のずれによってできた山や谷が目印となって、昔は歩いて神社に詣でた人たちを導いていたんだ。


 ゼロ磁場については諸説あるから触れないでおこう。

 



「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ……」

「たった150段の階段で情けないですねぇ。伝道師パワーはどうしましたか?」


「……い、いや、別に伝道師だからって体力があるわけじゃ……」

 

「伝道師というものは物事を後世に正しく残し、伝える役割ですよ?各地で真実を見定め、それを知らねばなりません。

 体力勝負でしょう。神職も同じですからね。だから私はあなたをインチキだと言いました」

 

「…………」


 あっ、わかった。倉橋君が怒ってるのはアレだ。『伝道師』を名乗っているからだ。

 倉橋君は物事を正しく伝えることや知ることに関してはかなり厳格で、『嘘』や『適当』が大っ嫌いだからな。


 研修学校で散々いじられた白石が見てたら、吹き出してるかもしれん。なるほど理解した。



 

「さて、サクッと参拝を済ませましょうか?それとも……」

 

「み、見てください!この看板!文言が胡散臭いでしょう!」

「ハイハイ、わかりましたよ。(芦屋さん、少々宜しいですか?)」


「いいけど……うん」


 鼻息が荒い伝道師さんは足を縛ってないからひょこひょこ歩き回り、アレコレ指摘して回ってる。……智慧の神としてはちょっと発言せざるを得ないぞ。


 



「高天原発祥の神社って誰が言ったんですか?こんな明言してるなんておかしいでしょう??最高神って、大宇宙大和神オオトノチオオカミって何なんです??」

 

「高天原発祥云々は分からんけど、そうじゃないとも言い切れない。オオトチノオオカミはこの社での名称で、古事記では意富斗能地神オオトノヂノカミ・日本書紀では大戸之道尊オオトノジノミコトだよ」


 

「ならばその正式名称を掲げるべきでは!?」

 

「そうかな?別名なんて後世の世でいくらでも付けられることがあるし、地方の訛りで名称が変わるのは普通だぞ。

 大元を調べればちゃんと出て来る。普通にウェキペディアにも載ってて関連づいてるしなぁ」



 

「……なるほど。その名前はいいとして、万世一系の天神木だなんておかしいですよ!15000年前に創建とか言ってますけど、命脈の霊木の話ですよ?」

 

「なんでだ?何代も代替わりして新しい芽吹きを紡いでいる、命脈年数って言うならそうであってもおかしくはない。

 今現在の技術では5000年前後しか正確に測れないからなぁ」


「創建にこじつけているのは?」

 

「ここの宮司さんが『創建』じゃなくて霊木の『命脈』の事だって取材でそれこそ明言してるけど、知らんのか?

 アニミズム的には岩・山・木は信仰対象だし、伝承があるなら逆に創建って言ってもいいんじゃないかと思うよ」

 


「ぐぬ……」

 

「もっと言えば一万五千年の命脈じゃないって証明もできないし、創建がいつだからってここが神を祀る社として認められていることに変わりはない。

 それを否定してしまうのは危険だと思うよ。確たる証拠もなく負の感情を押し付けて、自己解釈を吹聴しても何の得にもならないと思うけど」


「…………」


 


 颯人がようやく地面に下ろしてくれた。俺は座り込んでしまった伝道師に向かってしゃがみ込む。いつものヤンキースタイルで。


 

「主祭神が何だろうが、どんなモニュメントや看板があろうが、ここを大切な場所だと思っている人たちがいる。

 祭詞を行い、平和を祈り、日々を暮らす土地の人たちが参拝にやって来る。

沢山の人が大切に思っている場所を、悪様に言う人の方が俺は好きじゃないなぁ」


「それは、騙されてるからで……」


「何に?」

「じ、神社の権威とか、権力とかそう言う……」

 

「社ってのは権威も権力も関係ない。史跡であり、人々の願いを受け止め、神々が座して土地を守ってくれている神聖な場所だよ。

 誰のためにある場所だと思う?神様たちが、土地に住まう人たちを護るための場所なんだよ」


 

「お賽銭や、御朱印でお金を取りますよね」


「神社は土地や人を護っても、国からお金をもらえるわけじゃない。人々のための社であり、その建物や土地を守るために御朱印やお守りを売ったり、祈祷をしてお金をもらうのは何もおかしくはないと思うけど?建物を直したりするのはタダじゃないんだからさ。

 自分で選んでその神社仏閣を訪れなければ、支払は発生しないだろ?お金を出すのは参拝者の意思で、強制じゃない」


「……か、神様の与える罰が怖くて、お金を払って解決したいと思えば、強制に近いんじゃないんですか?」



  

「うーん、わかりやすい例え話しでもしようか。神様っていうのは、気まぐれで、優しいけど厳しくて、人が何かで推しはかれる存在じゃないって逸話がある」

 

「そう、なんですか?」



 

 お、目の色が変わったぞ。なんとなくだけど……彼は何かを願い、それが叶わなかった人だろう。

 伝道師さんを見る妃菜の目は悲しみをたたえている。だから武力で伸さなかったんだな。


 妃菜のご実家周辺で起きた天災、その被害にあった人たち……それと、おそらく同じ色の目をしている。真実の眼を持つ妃菜なら正しく理解しているだろう。




「あるお寺のお地蔵さんに、お参りに来た子が抱きついて、傘や前掛けにイタズラした。大人から見たら無礼なことをしたって話なんだけどさ」


「バチが当たりますよ、そんなことしたら」

 

「そうだね、普通ならそう思う。神仏は敬って然るべきというモラルは持って欲しいけど。

 でも、その子供にはバチが当たらず、無礼な行いをした子を厳しく叱った大人に対してお地蔵さんは罰を下した」


 

 どうしてそんな……と小さくつぶやいて伝道師さんは口をつぐむ。

  

 そうだなぁ、大人としては失礼な事をしたらその子にバチが当たる!と言うので大袈裟に叱ったのかもしれない。


 でも、神様からしたらちょっと違う尺度なんだ、そう言うの。




「お地蔵さんに理由を聞いたら『自分は子供と触れ合って楽しかったのに、なんでそれを咎めたんだ!』って言われたんだって。何故だと思う?」

 

「……わかりません」


「お地蔵さんの本来の意味を考えてみて。大地が命を育む力を蔵するように、苦悩を無限の大慈悲で包み救うため、地蔵が生まれたんだ。

 日本では道祖神の役割もあり、子供の守り神なんだよ。お地蔵さんは守るべき存在の子供を愛し、子どもゆえの無邪気ないたずらなんて気にもしてなかったんだ」


 沈黙してしまったままの彼は、握りしめていた手を開き、古びたお守りを見つめている。……病気平癒か。大切な人を亡くしたのかな。




「日本の神様は本来、人間に対しては直接救い上げる事はしない。手を添えて、頑張っている人の背中を押してくれる役割だ。人の命運を操作したりしないんだよ。

 でも、たとえ自分の身を穢しても……人知の及ばない場所で俺たちを護ってくれている。天災とかで大きな被害があったとして、神々がいなければ守れなかった命も本当はあったんだよ」

 

「神は万能ではない、と言う事ですか?」

 

「うーん、神様は万能じゃなきゃおかしいのか?誰がそんなこと決めたの?

 確かに得意不得意はあるけど、何もかもを受け取って、何もかもを良くしてしまったら……その人自身はどうやって生きていくんだ?

 何かあるたびに神様に助けて!って言い続けるのか?自分の人生なのに『他の何か』に頼りっぱなしは、おかしいよ。何のために生きてるのかわからん」


「……」


「神様の意思ってのは人の親と同じじゃないか?挫折や試練を乗り越える力は、経験しなければ身につかないんだ。

その人のために手出ししないのも優しさだと思う。

 都合よく人の寿命を変えたり出来ないのと同じく、降りかかる苦難を消すことなんか誰にも出来ないんだよ。

 自分の命の行き先は、自分自身でしか決められないんだ」



 沈黙のまま俯いた彼は全身の力が抜けて、しょんぼりしている。……これは、もう何か言うべきじゃないな。



 


「倉橋君、縄を解いてあげてくれ。もう大丈夫だろう」

 

「はい」



 倉橋君が力の抜けた伝道師さんの縄を解く。呆然としたままの彼は俺と、妃菜を代わりばんこに見ている。理解が追いついてても、感情が追いついてないみたいだ。

 妃菜が俺の横に同じようにしゃがみ、彼に向かって優しく微笑んだ。




「あんたには、本当に可哀想な事があったんや。ごめんな……いけずな事言って。

 でもな、人のためにやるべき事は自分のやりたい事とはいつも同じやない。それは神さんも、人間も同じやで。

 自分のためにする事を、人のためと志すなら……その結果を人のせいにしたらあかんよ」


「……はい」


 

「なーあ、そのお守り綺麗にしたげる。触ってもええ?」

 

「は?はい。あ、でも!!」

「大丈夫、汚れを落とすだけ。これじゃあ、あの人の色が見えないやろ?それじゃ、寂しいもんな……」



  

 妃菜が浄化の術をかけると、真っ黒だったお守りが真っ白に変わり、絹の光沢を甦らせる。

 

白い色が黒くなるまでずっとずっと持ち歩き、握りしめていたのか。

 

 正絹の白、そこに点々と散らばる紅。

 ……これは、血の痕だ。



「あ、あぁ……あぁぁ………!!」




 彼はお守りをかき抱き、小さく丸まって大粒の涙を溢している。かける言葉も見つからないまま、俺たちはその姿を見つめ続けた。



 ━━━━━━


 現時刻 時間を止めてから3時間が経過。参道の脇にある五百枝いおえ杉、その奥にある沼の先の鳥居の下で佇み、眼下の景色を眺める。


 この鳥居は潜り抜ける事はできない。崖の淵に立っているからだ。



 谷底を辿って遥か遠くに雄壮な山が見えた。

 これは阿蘇の内輪山だ。人間の目では見えないが、その先に阿蘇神社がある。

内輪山の火口が阿蘇神社の上宮、阿蘇神社本体は外宮にあたる。


 この場所は、それらを全て遥拝できる場所なんだ。今は緑に埋もれた谷底に、昔々は川や池、沼があったことが察せられる。これだけ険しい谷ならば、川も激しい流れだっただろう。それを鎮める役割が必要だ。



  

 ここ、幣立社を創建した由来の神武天皇のお孫さんは『健磐龍命タケイワタツノミコト』。

 彼は火の神として阿蘇の山を鎮め、大きなカルデラ湖を陸地に拓いた。

 

 その伝説は外輪山の一部を蹴破り水を引き、クニツクリを行ったとされ……その時に邪魔をした大鯰は切り裂かれたと言う武勇伝も含んでいる。


 ――『大鯰』については地震の化身だったのか、それとも他の何かだったのかは、資料が残っていない。



  

 九州は火山もあるし、雨も多いし、天災に見舞われることが多い。その地を鎮め、ここに結界を結んで土地の守りを作ったんだろう。いい方に捉えれば、そう考えられる。

 

 一方で、大鯰の表現は少し引っかかる。例えば……カルデラの周囲に住み、古来からの姿を守る先住民や神々を退けて、この地を開拓したのだとしたら。

 その魂たちを鎮めるため意味もあったかもしれない。

 

 神代の神を密かに祀っていた先住民は確かに存在していたはずで、その人たちは天地開闢の神を祀っていたとも言われている。

 大衆にはあまり馴染みのない神々を祀っていること、それは何某かの黒い所以があるのではないかと思わせた。

 


 熊本は、火ノ国とも言われる。火山の噴火が激しい事もあるし、そこに住まう人々の心に宿る強さとも言える表現だ。戦争もたくさんあった苛烈な歴史を持つ場所だと言う意味もある。


 出雲とも、伊勢とも違う『強い何か』がここにあったんだ。今もそれが受け継がれているんだと……そう、思う。


 真実は、緑の彼方に消失して時の中に埋もれてしまった。誰にも行方はわからない。



  

 それでも……時の流れがいろんな雑念や思惑を孕んでも、始まりの祈りはきっと変わらないだろう。

 

 いい方向でも、悪い方向でも、ここは誰かのために建てられた社なんだ。


 現代まで大切に守られた社が、そこに座する神々が土地を護っている。それは、間違いのない事実だ。


 


「きれいな景色ですね、こんな場所があったなんて僕は知りませんでした。草木の香りがして、心地いいです」

 

「せやなぁ、緑の海や。昔々の人たちはどんな暮らしをしてたんやろな?

 今は渡ってくる風が阿蘇神社の神力を運んでくれてるから、とっても綺麗なんや。こうして結界も張られてるんやから、この地はちゃーんと護られとる」


「……そうですか……」



 みんなでぼーっと景色を眺めてると、その谷底から声が聞こえた。

 

 あれ?……誰かいるぞ。


 

 

「あんなとこに誰がおるん?あ、細川宣言さんや!」

「あー、それでここに来いって事だったのか。英霊になってるのかな?

あの人の治世は天災の数がすごかったもんなぁ……」 


「そういう事やな、話聞いてくるわ。飛鳥!」

「応!」



 

 飛鳥に抱っこされた妃菜が崖下に向かってヒューンと飛び降りていく。

びっくりした伝道師さんは肩を震わせた。


 

「こ、こんな高いとこから……」

「大丈夫、俺たちは人間じゃないからな。落っこちても怪我なんかしない」


「や、やはり!?そうですよね、こんなにお綺麗な人が居るわけないですよね……」


  

「二柱は長年連れ添った夫婦なんだ。可愛いからって無闇にああいう事しちゃダメだぞ?」


「はぃ?あ、あなたの事なんですけど……は……あ……」



 バターン!と大きな音を立てて、伝道師が倒れ込む。……そうだよなぁー、ここは本来なら禁足地でもおかしくない場所なんだ。


 阿蘇霊山のぱわーがビンビンに伝わってくるここに、誰でも入れてしまうのはちょっと怖いものがある。

 彼が言っていた『圧力を感じる』ってのは間違いではなかったんだよ。


 


「大丈夫かな。完全に当てられてるよね、これ」

 

「都合がいいですよ、今のうちに記憶を消しておきましょう。社の入り口にでも転がしておきます」

「……痛くなさそうな所にしてあげてね」


「ハイ」



 倉橋君が伝道師を担ぎ上げ、さっさと参道を下っていく。

その後ろ姿を眺めて、清音さんがくいっと俺の袖を引っ張った。



「大丈夫なんですか?記憶を消したら、彼はまた同じ事をするのでは?」

 

「ううん、きっとしないよ。……記憶が消えても、心に刻まれたものは消えない。頭が忘れていても、命が忘れないんだ」


「命が……忘れない」

「うん、そうだよ。だから大丈夫」




 胸の前で手を組み、遥か遠くの空を写した清音さんの瞳は……命に刻まれた、姿の見えない誰かをいつまでも探していた。 


 


 

 



 


 

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