109⭐︎追加新話 剣舞と神々の舞

 現時刻13:00 時間通りの進行だな。オオクニヌシが整った舞台を見渡してマイクを握った。

「では続きまして……三の座、剣舞けんまい。四の座神々の舞」


 

  

 月読が笛を構えて立ち上がる。

 灰色の髪が解き放たれて、風にそよぎ羽織の黒が飜る。


 バッチリ俺の方に目線を固定して、見つめ合いながら笛の音が響き渡る。……なんでだよ。色めき立ってる可愛い女の子たちを見なさいよ。

 

 秋風の運ぶ旋律が涼やかに舞い、鬼一さんとヒノカグツチは刀を両手で顔前に掲げ、剣舞の始まりを告げた。



 演者は静止して、微動だにしない。体の中心から隅々に至るまで力が均等に配されている。

 鬼一さん、舞には関係なく体を鍛えまくってるからなぁ。持ち上げた腕は着物の上からでも筋肉が見える。

 

 笛の音調がだんだんと複雑になっていき、それに伴って月読の目が閉じられていく。

 

 ――すごい集中力だ。まつ毛の先まで神経が通っているかのように見える。

 

唇や指の動きでどうとでも変わるのが龍笛だから、この音は月読だけの音だ。

音自体が柔らかくて、芯があって、キラキラしている。どんどんその世界観に引き込まれ、独り佇む姿を夢中で見つめてしまう。

 

 月読もすごくカッコいいな……。


 


 舞手が立ち上がる。互いに向き合って礼、蹲踞そんきょの姿勢になった。剣道試合の始まりと同じだな。

 

 笛の音が止まって、緊張感が漂う。


(アレ?舞台に上がってるみんな、耳栓してないか……?)

(暉人を見よ。気合いが入りすぎている。あれは祭りが好きなのだ)

(え?)



 颯人に耳を遮られた瞬間、舞台の上から【ドォン!!!!!!!!】と、どでかい大太鼓の音が響く。

あ、オオクニヌシノミコトがひっくり返った。観客のみんなもしかめ面で耳を押さえてるぞ。


 小太鼓・銅拍子が大太鼓に加わってトントコトコ、と同じリズムが繰り返される。

 

あー、暉人の顔が輝かしいな。でもあの太鼓はまともに聞いてたらやばかったな。観客の皆さんは涙目だ。


 耳を塞いでくれた颯人は俺の頬をひとなでして、そのまま手を握る。むむ……ありがとな、って言いづらい。


 


 舞手が立ち上がって刀が引き抜かれ、そのまま手首をひらひら返して舞が始まった。刃が陽光を弾いて鋭い光を放つ。日本刀が扇のように軽く見えるが、刀はすごく重たいんだぞ。

 

 そのまま二人がくるくる回って舞台を舞い続け、演奏が速さを増していく。


 ふぁ……ドキドキする。なんなんだこの高揚感は。


 

 樽前山神社でも聞いた祭囃子みたいに、独特の調子がどんどん早くなって……やがて刃がゆっくりと交わされた。

 自分でも知らずのうちに颯人の手をぎゅうぎゅう握りしめてしまって……かちり、とはめたばかりの指輪から音がする。


 大太鼓の音がようやく小さくなり、バランスが取れ出した頃、音の速さはそのままに曲が進行していく。


 


 剣舞はまごうことなき神楽なんだけど、これは細分化がものすごい。

 

 この舞に限っては男性舞手が多いし、曲も様々。剣を懐紙で包んで口に咥え、鈴を持って和やかに舞ったり、こんなふうに激し目の音で舞ったり、剣を持ってひたすらぐるぐる回り続けたり……『剣舞』と言う名前だけでは一括りにできないほど多種に及ぶ。

 

 全部の剣舞が『シャーマンっぽい!』と言う感じの雰囲気で、太古のロマンを感じてドキドキワクワクするものなんだ。



 


 鬼一さん達は刀と鞘を両手で掲げ、片足を前後に振り、飛び跳ね始めた。

   

 出雲の剣舞をするのかと思っていたが、これは違うな。どこかで聞いたような拍子の割に一定ではなく常に変調し、スピードが異様に速い。

 

 月読だけが涼しげな顔して、魚彦も暉人もククノチさんも額に汗を浮かばせて必死の様相だ。

 

 これ、もしや完全に月読オリジナルじゃないのか?笛手てきしゅが熟練してるから耳障りがよくて違和感なく聞けるのに、音符の数が異常に多い。よく指が攣らないな……。


 

 

(月の兄はいつでも好きに音を作り吹いている。あの笛に合わせるのは、本当に骨が折れるのだ。我は二度とやりたくない)


 颯人のこの渋い顔……そんなにかー。月読は、間違いなく笛の名手だし音楽にも精通してるって事だな。

俺たちが舞う新神楽も月読が編曲してたし、白石があの指になったのはこれが理由だ。難易度上げすぎなんだよ……。



 くるくる回ってる鬼一さん達は目が回らないのかな。飛び跳ねてるけど、よく滑らずぴょんぴょんできるな。俺ならもう転んでるぞ。

 

 必死の演奏者に対し、舞手の二人は笑顔を浮かべている。激しい動きに発汗して、汗の滴が舞い落ちる。


 観客からの声援がどんどん増えて、場が高揚していく。はあぁ……ドキドキするんじゃぁ……。


 


 甲高い笛の音の長い音に拍子が止まり、演者が再び向き合って一の構えを取った。シーンと静まり返り、打ち合いが始まる……えっ。ちょ、えっ??


(颯人、これガチじゃないか?)

(ふむ、演舞も含むのだな)

(うおぉい……真剣だぞぉ……)


 


 鬼一さんの刀は、イケハヤワケノミコトが鍛刀した『薄緑』という実在する太刀の写し。『髭切』と揃いで作られたとされている名刀なんだ。

この太刀は平家物語に出てくる刀で、源家重代の刀として伝わっている。

 

 鬼一さんの起源からして選ばれたんだと思う代物だ。

 

 彼の先祖は鬼一法眼きいちほうげんという『義経記』の伝説上の人物だったけど……こうして子孫がいるってことは存在してたんだなぁ。


 

 鬼一法眼はかの有名な源義経の剣の師匠、兵法家で文武両道に秀でた陰陽師法師だった。

『霊力が低いミソッカス』って本人は言ってたけど、鬼一さんの場合秘めたる力が血液に溶けていて顕現しにくいだけだった。

 要するに術として使うのではなく、体を使わなきゃならないタイプってことだ。


  

 イケハヤワケノミコトもヒノカグツチも最近ではずっと顕現してるし、お仕事も難しくて手間のかかる任務ばかりやっている。

 数より質だから営業成績は順位が上がらないけど、神継としてなくてはならない存在だ。


 心身ともに満ち満ちて、不器用ながらも誰も彼もに優しく、一心に勤める姿にはみんなが尊敬の念を抱いている。


 観客席の後ろの方で真神陰陽寮の子達は憧れの眼差しで見てるし、神継のみんなも手に汗握って演舞を見守っていた。


 


 鬼一さんは元々すごい人なんだけど、こうしてみんなに認められるのはすごく嬉しい。真剣でガチの立ち合いなのに刀をぶつけず寸止めしてて、あんな事は技量がなければできない。

 

 東遊や浦安の舞とは違って煌びやかさはないけれど、男然として力強く……体を捌くたびに舞う鉢巻の長い尾が美しい。

 

 ……それでもまだヒノカグツチには敵わないんだなぁ……。歯噛みしている鬼一さんと同じく、俺も悔しい気持ちになった。


 

 

 ヒノカグツチが鬼一さんを下し、首元に刀を差し入れて動きが止まる。


 舞手の荒い息が聞こえて、再び笛の音が流れ出す。さっきとは違い、緩やかで優しい曲だ。

 

 二人とも刀を納め、正座で座る。

 深々と平伏して……舞台袖から累とトメさんが……。えっ?

累と!!トメさんが巫女服姿で出てきた!!!!!!!!!!!


 


 累の小さな姿を見て緊張感が解け、会場内が笑顔で溢れる。トメさんと手を繋いだ二人が俺たちの前に来て、ぺこりと頭を下げた。


 かわいい!!かわいい!!!累が世界一可愛い!!!!

頭を撫でると、にっこりした累が榊の冠を取り出す。あーなるほど、そう言う役割なのかぁ。

 

 ぱっと身を翻して、ヒノカグツチの元へ走り出した累。それを慌てて後を追っていくトメさんの様子が微笑ましい。



 

「ええと、ええと……勝者に、冠をさずけます!ひ……ひの、ヒノカグツチどの!おめでとう!!」

 

「ありがとう存じます」


「相手をつとめた、きいちも見事でした!おめでとう!!」

 

「累、そこは『ご苦労である』じゃ」

「あ、そうか……ごめんなさい。ごくろうである!!」


「ありがとうございます」



 二人に冠を授け、ふんっ!と満足げにしている累。

颯人の腕を引き寄せて、思わず抱きつく。愛しさが堪えきれません!!!うちの子が可愛いし賢いし可愛い!!!

かわいい累が再び走って戻って来た!!

 

 颯人の手をペイっと手放して、膝をつき両手を広げると小さな体が飛び込んで来る。

 



  

「真幸!累、上手くできたでしょ!?」

 

「とおおおおおっても上手だったよ。かわいいし、カワイイし、可愛かった!!」

「えへへぇ……」

 

「かわいいしか言うとらんじゃろ。ババも役に立てたかのう」



 のんびりやってきたトメさんがオオクニヌシノミコトに差し出された椅子に座り、くっついてくる。

 

 おばあちゃんの肩に頭を乗せて、累をぎゅうっと抱きしめた。


「トメさん、巫女服似合ってるよ。とっても綺麗だ。お手伝いしてくれてありがとう」

 

「ふん、ババも久しぶりにこんな綺麗なべべを着た。さて、まだまだ祭は終わらんぞ?」




 俺たちの様子をニコニコしてたオオクニヌシノミコトがハッとして、舞台袖に合図を送る。


 音楽がより一層リズミカルになり、様々な着物を着た神様達が姿を現した。


 

 

 天照、ふるり、ラキ、ヤトがお揃いの真っ白な浄衣を着ている。みんなが舞台に飛び出してきて、ウカノミタマノオオカミ、飛鳥……真っ黒スタイルなのはアリスに降りたマガツヒノカミか?初めてちゃんと見たな……。

 

 ハラエドノオオカミ、スセリビメとこれまた初めましての付喪神ツクモガミだ!小人さんみたいな小さい神様が大村さんの頭の上で飛び跳ねている。

 

 さっきまで演奏していた人と演者達が揃い、みんなで舞台に上がって飛び跳ね始めた。


 ああ、お祭りっぽい。みんながいい笑顔になって楽しそうにしている。演者達に手を引かれて、観客も次々に白木の舞台に上がり、舞い始めた。




「賑やかだな……とっても楽しそうだ。みんないい顔してる」

 

「そうだな。これはこの先もずっと続いていく大騒ぎだ。皆で成した出雲神議がこのように結ばれて、とても心地がよい」

 

「うん。しっちゃかめっちゃかで好き好きにしてるのがいいな……あっ!倉橋君が加茂さんを誘ってるぞ!!」

 

「ふむ……?」


 

 倉橋くんは真っ赤になって手を差し伸べてるけど、その脇からイデハノカミがしれっと加茂さんを攫っていく。

 

 アー……加茂さんの顔が今度は真っ赤になった……仕方ない、イデハノカミはイケメンレディだからな。

 


 

「フッ、未熟な坊やだ。こう言う時は男らしく手を取るのだよ」

「くぅ!?」

 

「ソダネ、女の子のロマンだし!はあぁ……イデハノカミ様、かっこイイ!」

 

「そうだろう?可愛い子。私と踊ろう」

「はい……♡」

 


 敗北者の倉橋くんは白石に手を取られ、くるくる回り出した。爆笑しながらその様子を写真に収めるイナンナ……やめてやれよ。


 サプライズはこれでおしまいだよな?本当に驚かされてばかりだったし、楽しかったな……。

 

 主犯だろう真子さんはちょいちょい親父の顔になりつつ、みんなと楽しそうにしている。



 

「ヒトガミ様、ご準備を。もうひと頑張りですぞ」

 

「ありがとう。オオクニヌシノミコトのおかげで万事うまくいったよ。俺も頑張るからな」

「はい、とても楽しみです!」



 俺たちは大騒ぎの舞台脇を抜け、控え室に向かった。



 ━━━━━━



「おし、準備オッケー」

「ではでは、いつものあれをやりましょう!」

 

「え?やるの??ここで???」

「はい!ぜひ!」

「伏見も大概そう言うの好きだよな。」


  

 現時刻14:00 お祭り騒ぎの間に、俺たちは最終リハーサルを控え室にて終える。うーん、時間割とかスケジュールすごいなぁ……準備大変だっただろうな……。

 

 肩をポン、と叩いていつものあれを提案してきた伏見さんは得意げな顔だな。白石は呆れ顔だけど、楽しそうにしてる。


 今日は伏見姉弟が大活躍してくれた。最後の締めは、俺と相棒達との舞台だ。



 

 舞台に行ってからお互い羽織物を被る演出があるから、まだ完全ではない舞衣装を確認して、緩みがないかチェック。……ん、大丈夫だな。


  

 俺は白い掛下を着てるんだけど、おはしょりを作らず裾が長く取られている。

 颯人は下に袴を履いているけど、全身真っ黒な着物。


 陰陽師っぽいカラーではある。納得のできる色味だし、白は好きだよ。

 

 ……でも、これは。


 


「それにしたって、どう見ても結婚式の服だよな」

「白石、みなまで言うな」

 

「相棒同士ですし、僕たちだって颯人様と同じ服ですよ?……さて、お婿さんはどなたでしょうね!」


「伏見さん!?みんな相棒だろ!結婚式じゃないっての!!んもぉ。いつものやるんだろ!はい!」


 四人で円陣を組み、手を重ねる。俺は全員の重なった手を上下から包み込み、目を瞑る。

 これから先は何度でもこれをやるんだろうな。いつか上手にできといいけど。


 


「出雲に居られる事がまだ、夢のようだな……。

 俺と、出会ってくれてありがとう。出会わせてくれて、ありがとう。

伏見さん、白石……颯人。今までも、これからも……よろしくお願いします」


「「「…………」」」


「あれ、また滑ったか?」


 瞼を開けると、俺の相棒達が天を仰いでいる。


 

「っカー……直撃はきつい」

「…………すんっ。生きててよかった」

「我が一番なのだぞ」

 

「「わかってますよ」」


 

「うーん。何かおかしいけどまぁいいや。さっ!やるぞーい!えいえいおー!」

「「「おー!!!」」」


 


 控え室に響き渡る俺たちの声は、穏やかで幸せに満ち溢れている。

 

この舞台は全ての集大成だ。心を込めて、俺もがんばろっと!


 



 

 


 

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