110⭐︎追加新話 新神楽・桜舞
真子side
「皆様お待たせいたしました。此度の神議最後の奉納舞となります。天津神、国津神の代表となられた二柱の名の下に新しき神楽が作られました。
これからの世の始まりにふさわしい舞となるでしょう。
――
オオヌクニヌシの案内が終わり、空白の舞台に観客たちが身を乗り出す。
虚空から金色の光が舞い落ち、舞台の奥に清元、白石さんが姿を現した。
弟は小太鼓を抱えて座し、白石さんは笛を構え、立ち上がる。
私の隣では舞台の欄干を掴み、月読殿が笛の師匠として弟子と目を合わせて頷いている。
彼もようやくまともな価値観を得られて、だいぶ成長されたとは思う。少なくとも芦屋さんが困る事態にはならなそうや。
新しいメンバーの白石さんは凄腕で名が通ったな。
奏者が目線を交わし、舞の始祖である、アメノウズメノミコトと月読殿が作り上げた新神楽が始まった。
新しく作られていても、厳かであり雅であり、神々に
完璧な作品やし、最近の音楽も聴く神さんやから上手く現代音楽とも融合しとる。
クリエイターでオタク気質の二柱は時を惜しげなく費やし、喧嘩をしながらも最高の曲を作り上げた。
月読殿の横に並んだウズメと天照殿はぶつぶつと祝詞を唱え出した……神さんが神に祈るんかい。
笛の音に合わせるように緩やかな風が吹き始める……ややもすれば冷たく感じる秋の薫風が、春風のように清くあたたかくなっていく。
笛を吹いている白石さんはもう、額に汗を滲ませていた。一音一音が長ーいから肺と腹筋をギリギリまで使ってるわ。よく息が続くもんやな。
鬼畜音符の羅列で目眩がしたんは私だけやなかったのに。
わずかな間の後、今度は虚空から七色の光が降り注いだ。颯人様と芦屋さんが舞台の中心に姿を現す。
二柱は互いの袖で互いを覆って、屈んで身を隠している。
長音の旋律が突然その色を変え、まるで琴のような音階を奏で出した。リハよりも格段に上手く感じるんやけど、芦屋さんと同じく本番に強いタイプなんやな。
白石さんが必死で紡ぐ音は澱みなく、指の動きも違和感がない。
清元もまだ20代やが、小さな頃からウズメに扱かれていたのだから絶対に太鼓の調子を乱すことはない。安定した音頭が笛をきちんとサポートしている。
呼吸や節の取り方までしっかりそろい、曲を奏でていて……よくここまで完成させたなぁ、と嬉しい気持ちになる。
舞手が同時に立ち上がり、両袖を振って天を差し……すうっとそれをおろす。
神力によって現れた黒の紗羽織が煌めき、颯人様の肩におさまる。金糸の刺繍が控えめに刺された、芭蕉紋がメインになった仕様や。
そして、同じように白紗羽織が輝きながら芦屋さんの肩におさまった。
互いの姿を見て嬉しそうな顔しとるわ……舞手が双方頬を朱に染めて、耳まで真っ赤になっている。
衣の煌びやかさになのか、それを纏った舞手の美しさにか……自分の口から勝手にため息が溢れる。同じように観客席からそこかしこで感嘆のため息が落ちた。
言葉にならぬ美しさってこう言うことや。心に溢れてくるものを吐き出さんと、破裂してしまいそうなんよな。
颯人様は今日、髪をしっかりセットして普段見えないトコまできっちりお顔を出している。
普段は髪を一括りにして頬までの前髪をそのままにしているんやけど、今はその前髪を全て左右に散らし、耳にかけた。簡易的なオールバックみたいなんよ。髪の毛がないと恐ろしいほど整った顔の作りがよう見える。
直前までいつもの髪型やったから、突然の変化なんやけど。芦屋さんはかなりお気に召してるみたいやな、これもサプライズの一環やで。
羽織を見て、顔を見て、芦屋さんがどこまでも赤く染まっていく。ほんまに颯人様のお顔がすきやねぇ。お顔だけじゃないやろうけど、この髪型は初めて見たやろ?フフフ……。
舞手の中心から風が起こり、羽織を靡かせて……時が止まる。
互いの手を取り、羽織をはためかせながら舞台の中央に眩しいほどの光が絶え間なく降り注いだ。
本当にわかりやすいわ……見ているこっちはたまらんのやけど。
太鼓の音が調子を変え、二柱がハッとして動き始めた。
手を離すのを惜しみながら離れ、白木を踏み締めつつ四方の清めが始まった。
芦屋さんは懐から神器の扇を取り出し、神楽鈴に変えて念入りにそれを鳴らしている。これは出雲式のやり方なんやで。
巫女舞の基本を教えたんは、確かに私や。鈴の振り方がそっくりやもん。
巫女舞の基本である足運びは必ず地に触れ続け、手首を絶対に見せずに袖を上げ、振り下ろす。
鈴を鳴らすんは手首を振るんやなくて、自分の方に引き寄せて握る。
完璧や。もう教えることなんか何もあらしませんわ。あっちゅう間に熟練してしもた。
千早よりも長い振袖を綺麗に捌き、長い長い打掛と下掛けの裾を蹴り上げて自由自在に舞っている芦屋さんは、どんな熟練した巫女でも敵わないと思わせる。
私の厳格な基本と、妃菜ちゃんが教えた柔らかさを持つ芦屋さんの舞方は無敵やな。
天照、月読殿とウズメの反対隣にいる妃菜ちゃん、飛鳥殿は……複雑な顔して見てんなぁ。今はちゃーんと恋人やけど、お互い芦屋さんが好きやったんやもんな。
場を清め終わり、中央に戻った芦屋さんの袖の中に再び颯人様が収まって、私たちに背を向けた。
ここからが、本番や。
――この神楽は、今後後世に伝えるべき物として作り上げられた。颯人様と芦屋さん二柱の伝説が舞になっている。
颯人様をその身に降ろして依代となり、人のみならず神を、妖怪たちを、あらゆるものを掬い上げてこの国を作り変えた……二柱の輝かしい記録を伝えるために作ったもの。
神楽を正しく伝える仕事を持つ私にとっては、ものすごく頭の痛い内容や。
けど、師弟を交代したらええやんな。私はまだ芦屋さんに絡んでいられる理由ができた。
一人でほくそ笑み、それを噛み締める。
金色の光を弾きながら現れた颯人様と共に、飛んだり跳ねたりくるくる回りながら芦屋さんは絶えず舞い続けている。
忙しかったもんなぁ、あんたらは。ずーっとずーっと……清元が言うように馬車馬やった。
仲間たちに出会い、様々な任務をこなしていろんな人と出逢いながら舞手の二人も成長して行く。
そして……やがて颯人様を失ったシーンが訪れた。
颯人様がヒュルン、と旋風と共に姿を消した後……力を失って膝をつく芦屋さんの様子にズキン、と胸が痛みを覚える。
白衣の合わせを握りしめても、その痛みがズキズキと脈打って、消えてくれない。
芦屋さんから放たれた一瞬の絶望が胸に突き刺さって、どこまでも引き摺り込まれてしまう。
……累が舞台奥で泣きそうな顔しとる。そうやな、あんたは刀になって颯人様の心臓止める役割やったんやから。
あんなに小さいのに、正しく舞の内容を理解してしまっている。
トメさんがあやしてあげてるけど、あれは後で芦屋さんにフォローしてもらわなあかんな。失敗した。
颯人様が消えた途端に周囲が真っ暗になった。空には月が登って、星が瞬いている。……これができるんは天照殿くらいやな。
観客のみんなも、舞手も、奏者もだーれも驚いてへんけど。夢中で舞を見とるから。
次は……今、口寄せで私の中に居る、芦屋さんの親父さんである蘆屋道満を倒して、国護結界を成した場面や。
芦屋さんは振り上げた扇から神力を空に飛ばし……暗闇が割れて、眩しい陽の光が一筋彼を照らし出す。天照大神の降臨やな。
舞台の四方八方から芦屋さんの眷属たちが手を差し伸べ、それぞれに触れて芦屋さんが神力を集めて回る。これはお百度参りのシーン。
赤黒が姿を変えたピアスに触れると、小さくシャラン、と言う音が聞こえた。
あぁ、累ちゃんの異変に気づいたわ。
舞台の奥で芦屋さんがほっぺにチューしてあげたら、あの子はすっかり笑顔になっとる。
累ちゃんも、芦屋さんのことが大好きなんやもんね。可愛い子ぉやな。
扇を糸に変え、虚空に投げてそれを引っ張ると颯人様が姿を現し、今度は芦屋さんが消えた。
颯人様の一人舞は、哀しさとか、切なさとか、恋慕の情とか……全部を露わに出して目を瞑り、静かにただ揺らめいてその感情の波紋を広げていく。
颯人様は芦屋さんに『愛している』と言葉を残して世を去った。どんだけ好きなんかどこでも公言してるし、元奥さんらの証言からも今までにないほどの思いを抱えているとわかる。
颯人様は、芦屋さんが唯一の想い人だと決めている。この悲しみは自分を犠牲にして想い人を手放した後悔と、二度とこれを繰り返さないと言う強い想いが込められている。
「妃菜……」
「ひっく……ひっく……」
気づけば、颯人様の感情に心を揺さぶられた観客たちはみんな涙を浮かべていた。悲しみが波のように広がり、伝播していく。
演奏が止み、沈黙が場を支配する。
一拍の間の後日本人ならみんなが知っとる、あの曲が流れ出す。
暗黒から一筋の光が注ぐそこへ颯人様が両手を差し出した……。
闇夜が割れて、星空のカケラが降り注ぐと共に太陽の光が戻ってくる。あぁ、こんなやったなぁ。流石にスケスケ衣装はあかんけど、イナンナが作った羽衣を纏ってほんまの天女様みたいや。
夜空から解き放たれた星影は七色の光に変わり、あたり一面を輝かせる。
この光は芦屋さんの神力なんやけど、颯人様と揃わんと七色にならんの。
二人で一つになった二柱の稀有な神様。二柱は命を交換こしてしもたんや。どんな形だろうと、何があろうともう離れることなんかできない。
その事実を『幸せ』と感じているなら、相棒でもなんでもええか……。とっくの昔に結ばれてるんやもんね。
颯人様の手の中に現れた芦屋さんは、羽織の上に桜の立体花をたくさん、たくさんつけた羽衣をさらに重ねている。桜色のグラデーションに七色の糸が煌めいて、花びら達が誇らしげに揺れて……ほんまに綺麗やな。
今度は颯人様が固まったわ。
ただ見つめ合い、微笑みあって言葉なんかなくても……なーんでも通じてるんやろな。
さっきとは違う、喜びに満ち溢れた思いが広がって、胸が苦しい……こんなん奉納されても神さん達を泣かすだけちゃうん?
舞台に横並びになり、扇を持って二人が息を吸う。
白石さんが最後の超絶技巧演奏が
人としての相棒である奏者たちは、ようやく本来の伴奏に徹する事ができる。ホッとしとるわ。気持ちはわかるで。
二人の手に握られた扇がひらひらと動き出した。花びらが舞っているような仕草……それに沿って、空からほんまに花びらが降って来た。
ふわふわと踊りながら舞い降りて来た花びらは、間違いなく桜の花弁。
神様みんなが驚いてるっちゅうことは舞手のどちらかがやった事やな。
サプライズ、やり返されてしもた。
意識してるかどうかは怪しいもんやけどなぁ、お互いしか見てへんし。
私らがダバダバ流す涙も、誤魔化せるやろ。
――さくら さくら
やよいの空は 見渡す限り
かすみか雲か 匂いぞいずる
さくら さくら──
低い声と、高い声が重なって伸びやかに歌を紡ぐ。颯人様も、芦屋さんも、目の色がとろけて優しい光を宿して……どんなに動いても目が合ったままになった。
二柱の黒髪が動くたびに揺れて、風に踊る。
指先が綺麗に揃って扇が桜を泳ぐ。長い打掛の裾を捌くたびに、地上の力を空に持ち上げるたびに、長い振袖が揺れるたびに……天上からも、地上からも桜達が慶に舞い上がる。
――さくら さくら
さくら、さくら…――
二人の声は桜の花が醸し出す、優しい薄桃色に溶けていく。
全てがその色に包まれて、今までの何もかもが胸に去来して、立っていられずにへたり込んだ。
舞台の上の二柱がじっとみつめあっている様子を……全部の音がなくなってもただただ、私たちは見つめ続けた。
━━━━━━
真幸side
「……あのー、なんでこんな空気なの?お祝いの席だよな?」
「芦屋、ちっと待ってやれって。みんな感無量すぎるんだよ」
「新神楽は本当に素晴らしかったです……芦屋さんが動くたびに衣が輝いて、僕も演奏に必死でよく見れなくて悔しかったです。早く飛鳥殿の記録を見たいですね!!」
「俺こそ必死だったわ!無事に終わってくれてマジでよかったぜ……」
「死ぬほど苦労してたもんなぁ、二人とも本当にお疲れ様でした」
「おう」
「はい……」
現時刻 16:30 奉納舞を全て終えて、俺たちは舞衣装のままで宴会の席に着いた。
今は出雲神議の際、神々が逗留する社として用意された西十九社の中に居る。東側にも同じ社があるんだけど、疲れちゃった神様が寝てるからこっちが宴会場になったらしい。
外から見たら細長い社だったのに、中に入ったら何百畳あるんだろうって広さの畳の間になっていた。
不思議だな……空間を広げる術があるのかな。どんなやり方なのか見てみたいんだが。誰がやったんだろう?
宴会に参加しているのは神々と、いつメンだけだけどさ。神様の数が多いから大広間はみっちり詰まっている。
神継のみんなともお話ししたかったな……後で真神陰陽寮と学校に行こう。
それにしても、みんなどうしちゃったんだってくらい静かだ。美味しそうなおつまみ達が乗った御膳を前に項垂れている。
舞が終わって舞台を降りたら、号泣しながらかわるがわる抱きつかれたし、なんとなく察してはいるけどさ。
俺は俺でサプライズの余韻にホワホワしている。頭が動いてない。
「しかし、美しいな……。其方は桜の色が本当に似合う」
「そう、かな?イナンナと天照が一生懸命作ってくれたんだ。」
「衣装自体も美しいが、我が言っているのは其方のことだ。
そう言えば……イナンナには後で
「写真のデータなら俺も欲しい。こういう記念になるものが欲しかったんだー。最後の集合写真なんか仲間たちがみんな写ってるし……手帳に入れて持ち歩きたい。」
「ふ、そうか。『かめら』とやらを買うか?」
「ん、気が向いたらな。…………あ、あのさ、颯人の髪の毛も良いよね。……かっこいいと思う」
「ほう?なるほど、真子が言うように変化も必要なのだな。其方の胸に何かをもたらせたのなら、目的は達した」
くっ、わかられている。最後のサプライズで颯人は俺のひらひらふわふわ姿に驚いて、俺は颯人のいつもと違う髪型に驚いて……。完全に彼女にしてやられたんだ。
横にいられるとソワソワして落ち着かないんだよ!!
こうなったらお酒を飲む。それしかない!
「とりあえず他の奴らが持ち直すまで待ってらんねぇ。先に乾杯しようぜ、腹減って仕方ない」
「確かにぺこぺこですね。では、芦屋さん!」
「えっ?ここは伏見さんじゃ?」
「そうだな、我らは役目を終えた。様々に準備をし、全てを滞りなく終えたのは伏見達のおかげだろう。其方が音頭を取るが良い」
伏見さんははにかんだような笑顔を浮かべ、ビールのジョッキを持ち上げる。……そこは盃じゃないんかい!と突っ込みたいけど、白石はショットグラス持ってるし、颯人は日本酒の盃だし、俺は梅酒のソーダ割りだ。
コレ、絶対伏見さんが手配したんだと思う。お酒類はなんでも揃ってる、すごいラインナップだ。
「では。向こう千年以上残る伝説の出雲神議の完遂を祝いまして!!カンパーイ!!」
「ウェーイ!!カンパーイ!!」
「イナンナー、そこは乾杯終わるまで待つんやで……みなさんお疲れさんでした」
うん、流石に乱入にはもう慣れて来たぞ。イナンナと真子さん、泣きすぎて放心状態のウズメが伏見さんよりも大きなビールジョッキを掲げている。……総監督は、漢らしい。
疲労感が漂う白石はご飯をもそもそ食べ出して、伏見さんはビールのおかわりを給仕の狐さんに頼んでいる。
今日はみんな泥酔しそうだな。
「いつメンの皆様、本当にお疲れ様でした!真子さんのサプライズにやられたから俺はもう何が来ても問題ないデス」
「ふっ、最後のサプライズは芦屋さんやろ?あの桜はびっくりしたわー。どんでん返しされた気分やで」
「ホントだよ!一面ピンクだったしww物量凄すぎてワロタwww」
「イナンナのせいだよ。あれはほとんど俺がやったんじゃなくて、颯人が興奮しすぎたの」
「えっ!?そうなんか??」
真子さんとイナンナ、女の子二人に目線を受けて颯人が頬を赤らめる。桜の海に埋もれさせたのは颯人だからな。
「その……あまりにも我の花が美しいので隠したくなった。愛を囁くにも二人きりでなければ受け取ってはもらえぬのだ」
「えっ!?う、受け取ったんか!?」
「エンダーーー??」
「違うわっ!……褒められまくってただけだよ。いつもの事だろ?相棒なのは変わんないぞ」
「「…………チッ」」
舌打ちすんなし。颯人は颯人でお漬物を摘もうとする箸がうまく使えてないし。珍しいこともあったもんだ。
「ま、良いですけどー!今の話を聞いて神様たちが色めき立ってますよー」
「お疲れさん。はよう立ち直れてよかったわ」
「危ないから私たちで周りを固めましょう。みんなお疲れ様ぁ♡」
アリス、妃菜と飛鳥がやってくる。
慌てた様子で星野さんと倉橋くん、加茂さんも集まった。眷属の神様たちまで俺たちの輪に加わって、取り囲んでくれる。
うん、ギラギラしてる女神様たちは颯人をじっとみてるし、勾玉を手に持った神様から目線を感じる。確かにちょっと危ない。
「じゃあ仲間内でもう一回乾杯だな!伏見さーん!」
「はいっ!!」
伏見さんの音頭でお疲れ様でした!と声が揃い、みんなで盃を交わす。仲良しみんなの顔が揃って……俺は幸せな気持ちでグラスを傾けた。
━━━━━━
「クシナダヒメは離縁されたのでしょう?他の方と結婚なさいましたし。
そして、ヒトガミ様とも婚姻されてはいませんね」
「そうそう。もしそうなったとして、正妻がいらっしゃっても私はかまいません。元々は側室がおられましたでしょう?」
「スサノオ様ほどの方が奥方が一人、と言うのも妙なお話ですわ。どうぞ側女をお迎えくださいまし」
現時刻……0:00 取り巻きとしてガードしてくれていた仲間たちは残らず全員潰れました。俺の横で颯人が女神に取り囲まれている。
俺は俺で天照と月詠がガードしてるから無傷だけど。……相棒が真横で口説かれてて、なんとも言えない気持ちです。はい。
「真幸、よいのだぞ。其方が『散れ』と一言言えば女神たちも手は出せまい」
「そうだよ。あんなに素晴らしいオンステージを見て颯人に絡む方が非常識だろ。……消す?」
「天照も月読も物騒なこと言わないの。……俺が相棒っていう立場である以上、こういうのは口出ししないんだよ」
「「…………」」
颯人が困っている様子を見て、天照も月読も完全に不満な顔をしている。颯人自身は女の人に強引に迫られるとちょっと弱いみたいだ。
可愛い女神たちが一生懸命お酒のお世話をして、どうにか気に入られようと頑張ってるし……俺は、相棒の立場を強要してる身ですし。
俺が何かいうのは、お門違いというものだ。
「其方たちには申し訳ないが、側女も、側室も要らぬ。必要がないのだ」
「なぜですの?相棒とおっしゃるならば解消したい欲求がおありでしょう?」
「そうですわ、その関係を保つならば余計に他の女が必要ではありませんか?」
「いや、その……あけすけだな其方たちは」
「チッ……真幸くん、外に行こう。夜風に当たって、月の光で穢れを払おう」
「そうだな。これは颯人が収める場面だ。相棒という名の関係を認めるならば」
「え?で、でも……」
天照に手を引っ張られて、死屍累々の宴会場から連れ出される。月読が颯人にお外に行くって伝えてくれるみたいだ。
一瞬送られる目線を受け止めきれずに目を逸らす。……ごめん、颯人。
宴会場から外に出ると、月が明るく空を照らしている。和風庭園が広がって、その先で真さんとククノチさん、魚彦がお酒を嗜んでいた。
笑顔の三柱が迎えてくれて、魚彦の横に腰を下ろす。
「おや?颯人はどうした?」
「女神たちに口説かれている。気分が悪いので真幸を連れ出した」
「そうじゃったか。ならば、ワシらと飲めばよい」
「そうじゃな、颯人は今少しあしらいをうまくできねばならん。昔から引く手数多なのに、免疫がないのは困るじゃろ」
「……元人間としては微妙な話題ですね。芦屋さん、大丈夫ですか?」
真さんが盃をくれて、ククノチさんがお酒を注いでくれる。杯の中に月が映り込み、それをクイっと飲み干した。
「辛いお酒だね」
「……そうじゃな。こういう時は辛口で流そう」
「うん」
全部の言葉や気持ちを飲み込んで、みんなでお酒を口にする。
颯人は元からモテるだろうとは思ってた。顔もいい、立ち居振る舞いも綺麗だし、神格だってかなり上の偉い神様だ。
天照や月読、クシナダヒメが言うように柔らかい人当たりになったのなら昔よりもモテモテになるかもしれない。
颯人はまっすぐな気持ちをくれるのに、それを受け取りながらも正しい気持ちを返せない俺は、こう言う現実とも向き合っていかなきゃならない。
例え、颯人が新しい奥さんを迎えたとしても俺は颯人の相棒なんだから。
かけがえのない人との明らかな結びつきを受け入れられない俺は、それから逃げてはいけないんだ。
「お?魚彦殿ここにいたんだねー。あぁ、わかった。老人会か」
「月読!こら!魚彦は若々しいし、ククノチさんもシャキシャキしてるだろ!真さんも神様になったばかりなんだからピチピチなの!」
「くっふふ。まぁ、歳だけで言えば僕達のほうが上だしね。とっても素敵な舞を見られて幸せだったよ。ありがとう、真幸くん」
「ど、どういたしまして?」
「吾からも礼を言いたい。今まで見て来た神楽のどの舞手よりも素晴らしかった」
「そうじゃのう。奉納舞としては難しすぎるじゃろうが」
「簡易化して伝えるしかありませんね。真子さんは頭を抱えていました」
「真子ならうまく伝えられるようにしてくれるじゃろうて。歴史を刻む出来事なのじゃから。今後も神楽として伝えていかねばならぬ」
「今までの神楽も、史実が元の物が多いんだよね。いろんな舞があって、いろんな舞手がいて、いろんな演奏があって」
「そうじゃな、地盤の神楽から派生した亜種も様々存在する」
「正しい一筋の道があったとして、そこから枝分かれした物が間違いではないしの。根本の大切な想いを間違えなければ、それでよい」
魚彦の言葉がストンと腑に落ちる。そうだ、俺はそう言うスタンスでいこう。もう、菅原道真さんや崇徳天皇にしたみたいなことはやりたくない。
誰も傷つけたくないから、心を広く持ってやって行きたいな。
「颯人がいいなら、真幸くんだって側室がいてもいいんじゃなーい?」
「……確かにそうだ」
「二柱は諦めが悪いのう?」
「前よりはマシになったようじゃがな。日の本一の神らに『情操教育』しているのじゃから。白石も真幸も大したものよ」
「ククノチさん?白石はそうだけど、俺は天照に何にもしてあげられてないだろ。……蔑ろにしてるつもりもないけど、月読に対するみたいに天照に向き合えてない。ごめんな」
月読の苦笑いと対照的に天照が眩しい笑顔を浮かべる。本当に素直で明るくて、可愛い神様だよ。
天照が黒い部分の一つも持たないのは、日本に生まれた命として誇らしい。一つ一つのこと全部に喜んで、傷ついて。どうしてこんなに純粋でいられるんだろう。俺もそうなりたい。
「構ってくれるのか?真幸」
「あはは。そんなに喜ぶんだな。天照みたいになりたいなぁ、って思ってた。どうしたらそんな陽キャになれるんだろ?」
「いやいや、突っ込ませていただきますよ。天照大神はその昔、大暴れした颯人様にうんざりして天岩戸に引き篭もりましたよね?」
「そうじゃの。どちらかと言えば純真な陰キャじゃ」
「魚彦殿の返し刀が鋭い……吾は結局陰陽どちらなのだ」
「人は隠の質が強いのですから、天照殿もそうでしょう」
「さもありなん」
「言いたい放題ではないか」
神様同士のツッコミいとおかし。天照は今まで頂点から降りたことがないから、仲間内と気兼ねなく話ができて本当に嬉しそう。
……ある意味これも情操教育か?うーん。
天岩戸か……原因となった颯人の大暴れは確かに嫌だったろうな。失われた大切なものを想うとき、颯人は心を乱してしまうんだ。
喜怒哀楽を感じる心がとても鋭いから『素戔嗚尊』なんだよ。舞台で哀しい気持ちを演じていた時は、思わずもらい泣きをしてしまった。
……颯人、大丈夫かな。
累が胸元でモゾモゾして、毛玉から桜の花びらを差し出してくる。
手のひらの上にそれを載せて、じーっと眺めた。……本当に俺はこんなに可愛い色が似合っているのだろうか。柔らかいそのピンク色は僅かに紫がかっている。俺じゃなくて、颯人にこそ似合う色だと思う。
桜はさ、散り際が一等美しい。青空の下で咲き誇る満開の桜も、それはそれは綺麗だけど。
夕暮れ時の、寂しさを纏った儚い色が俺は一番好きだ。本当の色味が光に負けずほんのり薫るようにして顕れて。
俺が本当の自分を見つけたように、颯人も俺に出会って本当の自分を見つけられたとしたら……どんなにいい事だろう。もしそうなら、すごく……幸せだ。
…………クサっ。俺の心の中が夕暮れだからって、ものすごい事を思いついてしまった。クサイ。クサすぎる。
しんみりしながら盃に桜を浮かべ、それを飲み下す。お腹の中の颯人の勾玉にも見せてあげたくて。
お酒の熱と、颯人の勾玉が生む熱が呼応して左手の薬指にはまった指輪がとくん、と時を刻む。
あんな風に会場を後にしたから戻り辛い。静かに飲むお酒も好きだけど……颯人がいないとやっぱり寂しい。
累のふわふわに触れて、ピアスの形を保ったままの赤黒に触れて、謎の焦燥感に苛まれる。うーんうーん、どうしたらいいんだ……。
――真幸……――
「あ……」
――真幸、依代が呼んでいるのだぞ。早く来てくれ。姫達は断って帰した――
颯人に呼ばれて、思わず立ち上がってしまった。その様子に合点がいったみんなから「早くいけ」と目線を送られる。
ま、まぁ、うん。俺は颯人が降ろした唯一の神ですし。
依代が困れば行かなきゃだしな?別に寂しいからとか、呼ばれてうれしいとか、そう言うんじゃないからな??相棒だしな???
――真幸……
「……応」
颯人の喚びに応え、俺は瞼を閉じた。
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