銀座の神起こし

5⭐︎追加新話 銀座の神起こし 1

高天原たかまのはら……そのままの意味として、神様の居場所だろ?」


「そこは引っかかるところではない。そのままの意味で良いのだ」



「ふんふん、神留かむづます……これ、ただ座してるって意味なのか、それとも存在自体の意味なのかがわからん。どちらもと言うこともあり得るのか?」


「どちらもだ。坐して存在あられると言う意味で良い」


 

「なるほど。俺、神漏岐命カムロギノミコト神漏美命カムロミノミコトって神様自体を知らなかったんだけど、どう言う神様なんだ?」


「二柱とも数は少ないが、複数の社に祀られている。

国生みの父母神である伊邪那岐命イザナギノミコト伊邪那美命イザナミノミコトよりも前の神……人類の始祖とも言われ、天地開闢てんちかいびゃくよりも前のお方なのだ」

 

「そんな凄い神様に向かって話しかけるのか、想像がつかないなぁ」


「祝詞の始まりは『どこの誰宛か』だけで深読みせずとも良い。あらましを理解し、呼びかければ応えていただける。実際に唱えながら教えた方が良さそうだ。其方は考えすぎてしまう」


『ごめん、面倒な奴で。お願いします……もう知恵熱が出そう」




 現時刻、朝の4:30 俺と颯人は移動中の車内だ。


 伏見さんが裏公務員専用車を運転してくれて、車で都内移動中。

 そして俺自身は、依代の修練として『まずは祝詞から』と全ての基礎である『大祓祝詞おおはらいのりと』をら記した紙を貰い、頭を悩ませていたところだ。




 現代でも6.12月の月末に過ごした月日の罪や穢れを祓うため、大祓というイベントでこの祝詞が読まれるらしい。


半年区切りってこと?と思っていたら、昔の一年が6ヶ月であり、その〆に唱えられる文言だと言う事がわかった。

日本最古のお祓いの言葉である『大祓祝詞』は『延喜式えんぎしき』と言う神道の教科書に記されている。



 作者不明、全体の文章は大和言葉で構成されて、まるで俳句のような印象を受けた。

 雅な発音だが、現代でも割と選んで使われる言葉が沢山あるんだ。ちょっと前に話題になった『おもてなし』も大和言葉なんだって。


 神様に申し伝える言葉だから、宛先が神様なんだが、天地開闢よりも前の神様とは流石に知らなかった。

神様に関わるなら、そこから辿って学ばないといけないって事だろう。宛先の神様を知らないまま祝詞を口にしても、届く気がしない。




 大祓祝詞全文の意味としては『言葉の意味』がそのまま通用するけど、何か違うものが含まれているような気がしている。


 神道には、仏教と違って教祖・教え・救済がない。宗教として分類されてはいるものの……こう、言葉通りじゃない何かがモヤッと感じられるんだ。

 

 自分自身で悩み何かを掴め、学べ、という雰囲気を感じる。これは結構難しいぞ。




「まずは大和言葉から学ばねばならぬか。あれは現代でも使われている。『有難い』『恐れ入る』『心配り』などが例に挙げられよう」


「はーなるほど」


「祝詞というのは言霊として発さねば神に届かぬ。意味合いを含めて発するからこそ言葉に魂が宿るのだ」


「原理はわかるよ、原理は。そうじゃなくて、何かこう……言葉通りの意味じゃない気がしてさ。音として伝えるんだから、言葉通りの意味が含まれて当然だと思うけど、なんて言ったらいいのか……」




「芦屋さんはそこから入る人でしたか。普通は何も考えず、全文を覚えることから始めるんですよ。

私は、今の話で色々と納得できました」


「ん?そこから?どういう意味?」



 ハンドルを回しつつ、伏見さんは僅かに微笑む。

昨日キツめの言葉を吐いたにも関わらず、彼は嫌な顔ひとつせず迎えてくれた。


 今日は都内の任務に向かう、移動の足を買って出てくれている。

何となしに彼がいい人なのかな?と思わせるけど……俺はまだ心を許せずにいる。色々あったしな。




「神道は宗教の枠かと言われると若干の疑問視があります。

日本人の根本深くに根ざす心のあり方、生き方そのものを染めて『人とはかくありき、生きるとはこうあるべき』という物を教えながら……結局のところ『自分で学べ。苦労して結論を得ろ』と促している様だと私は思います」


「はー、そう言うもんか……」


「神社の参拝も『お願い事』がメインではなく『自身が頑張るのを見守っていてください』とお伝えするのが礼儀ですから」


「なるほど……教義がないっていうのはそういうことか。自分で学べってのは間違い無いんだな」




「そうですね。祝詞の内容についてや言葉一つ一つの源の意味、〝最終的に何を言わんとしているのか〟を考え至るまでには時間を要します。

芦屋さんのやり方はそこから入ってるんですよ。本能的に学びを得て、意味を見出してから型にハマりたいのでしょう」


「……よく、わかってますね。俺が面倒臭い理屈っぽい奴だってこと」


「悪様に言えばそうかもしれませんが、物事の本質を得るためには大切な事です。

 面倒な情報収集を経て知識を得る、理屈を学んで意味を見出す事は、深く理解するには必要不可欠ですから」


「伏見は学び、既に何かの結果を得ているのだな。ひとまずはお前を信じよう」


「恐縮です」



 

「伏見さんは正しく先輩なんだな。やっぱり敬語の方がいいか……」


 俺の呟きにピクリと耳を立てた伏見さんは、かぶりを振る。


「あの……芦屋さんも、颯人様と同じく私に敬語は使わないで欲しいです。

素のままでお喋りしてください」


「…………むぅ」




 颯人は微妙な顔してるが、説教をした時よりは穏やかな表情だ。


 伏見さんはずっと緊張した面持ちだけど、仕事を手伝ってくれるなら文句の言いようがないし、ありがたいのは間違いないし、アドバイスまでくれている。


 素のままでいいって言うならそうさせてもらおう。タメ語でも嫌じゃないって、それだけでもちょっと仲良しな気がするし。


 ……あれ、そう言えば颯人の話に普通に返事してるぞ?!




「伏見さん、颯人の言ってる事がわかるのか?」

「大和言葉を使った俳句や古語辞典をひっくり返して粗方叩き込みました。

流石に会話もできないのでは、サポートになりませんから」


「まさかの一夜漬け?すごいな!

あっ、大和言葉の辞典ってどこかに売ってたりする?ネットで調べるのも何だかおかしい気がして……教科書の様なものって無いよね?」


「ありますよ、いくつか分かりやすいものを今日中に用意しましょう。

 私が大学で使用した、役に立ちそうな教科書もお渡しします。古語は翻訳アプリをメッセージで送りますよ」


「あ、ありがとう……」




(颯人、何だか急な高待遇に戸惑いを隠せないんだが)


(真幸の怒りに恐れをなしたのでは無いか)


(うっ。いや、だってあれは仕方ないだろ?流石に鬼一さんは今後も許せる気がしないんですけど)


(しばらくは難しいだろうな。ただ……いや、何でも無い。)


(なんだよ!?何で言いかけてやめるんだ?気になっちゃうだろ)




 コソコソ話していると、颯人が「ふ」っと微笑む。何だか嫌味じゃなくなったな、その笑い方。

お惣菜の宴会が功をなしたのだろうか。伏見さんだけじゃなく、颯人もやたら当たりが柔らかくなった。


(そのうちに理解できよう。其方の心にはその力がある)


(何だかよくわからんけど、颯人がそう言うならいいか。アレ?もしかして褒められた?)



 ニコニコ微笑む颯人の顔を見てると、釣られて笑顔になっちゃうぞ。


 こんな風に人……いや、颯人は神様だけど。普段の暮らしから仕事までずっと一緒に誰かがいるって言うのは初めての事だ。自分の言葉に返事がいつも来るって、何となくこそばゆい。




「現着しました。本日の任務はこの地域一帯のお社を回っていただき、『神起こし』をお願いします」


 伏見さんが運転席から振り返り、地図を渡してくる。現在地は銀座。都会のど真ん中って感じなんだが、地図には無数の丸が書いてある。すごい数だ……。



「銀座1.7.8丁目が中心だね」


「そのあたりは古来の社が多いのだ。天変地異のせいで復興されておらぬ場所もあるだろう」


「なるほど、起こすって事は、寝てるって事?」


 うむ、と頷いた颯人が車のドアを開けて車外に出る。冬なのに気温が高くて、もわっとした空気が伝わってくる。

……相変わらず気温がおかしいな。


 銀座は戦争で焼けたところもあるはずだが、社が残っているなら戦火を免れた場所が多いのかもしれない。

都会の中に社がたくさんあるって不思議だな。




「眠っている、もしくは起きられぬ状態というありさまなのだろう。

祝詞を学ぶには良い機会だ。ひとつ、ひとつと巡り、対話を成して行けば良い」


「わかった。伏見さん、送ってくれてありがとう」


「はい。あの……」


 伏見さんにお礼を言ったら、なんとも言えない顔でモニョモニョしてる。

……どした?


 

「街中の神起こしは手間も時間もかかります。芦屋さん程の方には相応しくないお仕事では、と思いましたが」


「何だそりゃ?仕事に相応しいも何もあるわけないだろ。変なこと気にしないでいいの。

さ、時間が惜しい。行こうぜ颯人」


「応」




 伏見さんに苦笑いで返事して、地図を二人で覗き込む。ここから一番近いところから始めよう。


「……芦屋さん!」


「ん?」


「帰りはお迎えに参ります。水分補給、しっかりされてください」


「はいよー!気をつけて帰ってね」




 謎にニヤけた伏見さんの車を見送って、一連の神社をゴーグルマップに登録していく。



「途中に秘された社もある。神たちは各々繋がっているだろうから、神起こしが終わった神から次の社へ案内(あない)を頼もう。人が知らぬ社も存るのだ」


「あ、そうか。じゃあしっかり神様とお話しして取り残さないように行こう。ちょっと楽しみだな」


「そうか」



 颯人の笑顔を受けて、地図をしまい込んでスマホ片手に歩き出す。


俺はワクワクしながら銀座の街中を歩き始めた。


━━━━━━



「あっちぃー」

「これ、そのようにだらしなく歩くものではない」


「すみません」


「神の目はどこにでもある。人の目よりも多いのだ。背筋を伸ばせ」

「はいっ」




 しばらく街中を歩き、暑さにへばって『でろーん』としてたら背中とお尻をペシッとやられた。

そうだった……颯人が来た日から『其方は所作振る舞いがなっておらぬ。これも修行のうちに入れるとしよう』って言われたんだ。



 俺は多分、生まれてこの方そう言った教育に触れていない。

猫背になりがちで、スマホをダラダラ見る癖があったからスマホ首っぽくなってるし、普段から姿勢が悪いとは自覚してる。


 箸の持ち方から指摘され、歩き方ももちろんだけど注意されるのは姿勢の悪さがダントツだ。

何をしていてもついてくるのは姿勢だから、筋肉が育ってない俺はすぐへにょっとなってしまう。


 普段使わない筋肉を使い始めて、習慣だったスマホを見ながら寝落ちすることはなくなりそうだ。

布団に入ると秒で寝てるからなぁ。



 でも、うん。こう言うのって……なんだかすごく楽しい。

だってさ、颯人が指摘してくれるのは俺の為だ。


 俺が仕事をきちんとした形でやりたい、強くなりたいと言う願いのためにそうしてくれている。

腰に力を入れて背筋を伸ばすと、颯人が立ち止まった。




「ではこの稲荷からはじめよう」

「んなっ!?こんなところに神社があるのか!?」


 ビルとビルの間、奥には民家が立ち並ぶ都会の狭ーい路地裏。

建物の壁に鳥居、社、お賽銭箱が設置されている。


地図がなければ通り過ぎてしまいそうな小さいそれは、間違いなく神社だ。近づいてみれば、とても綺麗に掃除されていた。



「凄い……人の生活の中に神社があるのか。誰が掃除してるんだ?神主さんがいるの?」


「これらはほとんどがこの地に由来する神達だ。神主がいる社もあれば、土地に住まう人々が管理をしている社もある」


「そうか……大切にされてるんだな。じゃあここいらの人のためにも、真剣にやらないと。

伏見さんは変なこと言うよな?これって、すごく大切な仕事じゃないか」


「あぁ、そうとも。この仕事に貴賤などありはしない」


 


 颯人が目を細め、ただただ微笑みを浮かべる。

俺の考え方も間違ってなさそうだし、気合い入れて神様を起こして回ろう!よっしゃー!



「まずは参拝からだ。祝詞の奏上を間違えればやり直す。今日は長くなるぞ」


「はいっ!」



 颯人に元気な返事を返し、俺は小さな神社を拝した。


━━━━━━


『ふあぁー。ニンゲンに起こされるなんて何年振りのことやら、おはよう』


「おはようございます……」

『どうした、疲れている様だが』


「ごめんなさい。正直疲れてます」


『ふむ、大丈夫か?ウチを起こしたなら裏の奴も起こして欲しいんだが』




 現時刻13:30 本日のノルマは三分の一程度しか消化できてない。

大祓祝詞は全然形になってないから、ひふみ祝詞をメインにして、やり直しが少なくなって来たところ。


 銀座中を歩き回って足が棒の様になり、全身に隠せない疲労が滲んでいる。

こんなに歩いたのは本当に久々の事だ。



「ふむ、そろそろ昼にするか。次々に引っ張られて社を巡ってしまったからな」


「そういえばお昼ご飯忘れてた……」




 目の前の小さな社で、茶色い耳ともこもこのしっぽを生やした稲荷神がぽん、と手を打つ。


『腹が減っては戦はできぬ。ウチのおすすめはすぐそこの蕎麦屋だ。歴史が古く、値段も安く、丁寧な仕事をする店だよ。食してくるがいい』


「えっ、待っててくれるのか?」


『うむ、今日は暑いからな。ちゃーんと飯を食い、水を飲むのだぞ』



「あ、ありがとう!颯人、お昼お蕎麦でいいか?自覚したら本気でお腹空いて来た」


「うむ、我も腹が減った。冷たい蕎麦を食して一休みと行こう」


「わー!やった!稲荷神、すまないけどちょっと待っててくれ!おすすめのお店で食べてくる!」


「あぁ、ゆっくりしておいで」


 


 よっし!颯人からお昼の許可が出たっ!

 

 ヘロヘロになりつつも、稲荷神の勧めてくれた小さな老舗のお蕎麦屋さんをすぐに見つけてお邪魔する。

 

 お店の端っこの席に着くと、勝手にほっとため息が出た。

古い家屋のひんやりした空気が漂い、お蕎麦屋さん独特の出汁の香りや蕎麦の香りに満ちて……めちゃくちゃ癒されるお店だな。



「いらっしゃい、暑かったでしょう。麦茶、沢山飲みなさいね」


「あぁー!ありがとうございます!いただきます」

「暑い盛りには有難いな」


「えぇ、ええ、お仕事お疲れ様です。じゃあ冷たいお蕎麦を二つね?」

「お願いします」


 ニコニコしたおばあちゃんは割烹着と着物姿で、ピッチャーごと麦茶を置いてってくれる。

キンキンに冷えた麦茶を一気に煽って、プハァー!っと息を吐いた。


この前役所の裏で飲んだビールよりも美味しい。颯人もすぐに飲み干して、おかわりを注いでくれた。


 


「ありがとう、颯人」


「うむ……真幸、先ほどから笑顔があふれんばかりだが、どうした?機嫌が良いのか」


「えっ!?そ、そうか?完全に無意識だった。……うん、機嫌は良いと思う」


「ふぅん?」


 麦茶のグラスを傾けながら、颯人が扇風機の風を受けて目を細める。着物を着てるのに平気そうな顔してるが、暑くないのかな。




「着物は風を通すのだ。この様に汗をかいた後、風を受ければ心地良い」


「あっ、そうか。スーツと違って密閉性がないもんな。……って俺の考えてる事筒抜けなの?」


「依代の心の声はいつでも聞こうと思えば聞けるし、真幸の中を自由に覗ける」


「えー、そうなのか?ちょっと恥ずかしいんだが」


「恥ずかしがる事などなかろう。我とそなたは運命共同体なのだから」


「なんだか大仰な言い方ですね」

「ふっ」




 二人して思わず笑ってしまい、穏やかな店内の空気に視線を漂わせる。


 テーブルは年月の流れを受け止め角が丸くなり、椅子もちょっとだけギシギシしてる。

稲荷神が言った通り、長く続いて来たお店の様だ。


部屋の隅々まで綺麗に掃除されて、座布団はふかふか。お茶のグラスもピカピカしてる。

卓上にある山椒や醤油を入れた器も綺麗に掃除されていて、本当に丁寧な仕事を重ねて来たお店なのだと察せられた。




「あー、いい匂いだなぁ。お蕎麦屋さんって、落ち着くな」


「蕎麦が好きか」


「好きだけど、そうじゃなくてさ。人がご飯作ってくれるって場所が好きだ。

お仕事だ、って言うけどさ。その中身を真摯にやり遂げるのはその人の心持ちだろ?」


「そうだな」


「そう言うのが見えると、なんだか自分が大切にされてるみたいで嬉しいよ。

きっとお蕎麦も美味しいだろう」


「うむ。我らの仕事も同じ事だ。心を尽くして当たれば、自ずと結果は出よう」




 颯人の言葉に、素直な気持ちで頷ける。まだ半分も終わってないけど、俺の未熟な祝詞を成功するまで待ってくれた神様達はみんなみんな優しかった。


 神社を掃除していたら近所の人がお菓子をくれたり、飲み物をくれたり、手伝ってくれたり……。

都会に根ざして生活している人たちも、優しい人たちばかりだ。颯人に言われた『ご機嫌』はそのせいだと思う。




 テーブルに頬杖をついて、腰の曲がったお爺さんの動きをじーっと見つめる。

店主であろう彼の背は高い。昔の作りのままのキッチンで作業台が低いから、ああやって背中を丸めて仕事をして来たんだろう。


歩きづらいだろうし、ご本人も大変なことが多いだろうけど……楽しそうにお蕎麦を茹でている。


きっと、毎日毎日お店の掃除をして、お蕎麦を打って、茹でて、たくさんの人にご飯を作ってくれてるんだ。

寒い日も、暑い日も、彼自身がヘトヘトに疲れた日も、ずっと。




 目を閉じると、自分の瞼にジワリと涙が滲む。


俺は今まで、何を見て来たんだろう。


世界でひとりぼっちな気分になって、やさぐれて、何もかも手放して来てしまった。



 裏公務員になってまだ三日目なのに。俺はたくさんの優しさや、切なさや、悲しさ、そして喜びも感じている。

幸せって、こんなに目の前に溢れている物なんだなって気付いた。


 幸せは、幸せと感じられなければ気づかない物だったんだ。

それに気づいてる人には当たり前のことかもしれないけど、こんなに世界が変わるとは思わなかった。


 俺と同じくお爺ちゃんを見つめて、優しく微笑む颯人が目の前にいる。

ああ、そうか……颯人が笑ってるから俺も笑っちゃうんだ。

同じものを見て、同じように感じてるバディが目の前でわかりやすく反応してくれる。


それを見て、俺も幸せがそこにあると気づける。颯人の素直さも、感情がそのまま顔に出るところも……全部が俺に何かを教えてくれる。




「どうした?我をその様に見て。見惚れたか」


「そうかもしれん。俺は本当に人生が変わりそうだよ。びっくりするほどものすごいスピードで」


「……ほう。せいぜい振り落とされぬ様に足掻くといい。」


「颯人は待っててくれるだろ?バディだもんな?」

「仕方ない。ばでぃがそう望むのなら応えてしんぜよう」



 二人で麦茶を傾けて、笑い合う。



 機敏な動作で湯切りしているお爺ちゃんと、付け合わせを丁寧に盛り付けるおばあちゃんを見ながら……俺は胸の中から湧き出てくるあたたかいものに満たされていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る