第4話 裏公務員始めました その4



「はっ!?これじゃないか!!?」

「違うな、それはヘビイチゴだ」

「くっ…あっ、これは?」

「これはヤマブキだ。季節が狂っているのを見ると、生えていてもおかしくはないが…クサノオウだけ見当たらぬようだ」 

「うぅ…何故なんだ…」


 むむむ…。現時刻…13:30…探し続けて大分経ったが、クサノオウが見つからん。

 


「神隠しの中では、現世とは少々勝手が違うかも知れぬ。隠り世と言うが、この中は神域にも近しいのだ。」

「ぐぬぬ…勝手が違うって何だよ…勝手…勝手??」


 陰陽師…摩訶不思議アドベンチャー…。

 はっ、そうだよ。ここはファンタジーみたいなもんだ。もしかしたら…。



 

 両手を地面について、目を閉じる。

 花びらの先に細かく切れ込みが入った4枚花。葉っぱはヨモギみたいに羽状にチクチク分かれてて、白い毛がふわふわ生えてて…とにかく皮膚の病気を治すクサノオウって名前の薬草だ。ゴーグル先生で見た写真のイメージを頭に思い浮かべる。

 

「ほう?なるほどな。良きあいでぃあだ」

「何してるの…?」

「娘よ、まじっくしょーの始まりだ。此奴は法術を使うのだよ」

「まじっく…?ほうじゅつ?」

 

 地面に手をついた俺に目線が集まる。

 摩訶不思議アドベンチャー!頼む!生やしてくれ!!!

 クサノオウ!クサノオウが必要なんだ!!!


 


「ふむ、其方の霊力だけでは足らぬな、よしよし」


 颯人がサク、と落ち葉を踏み分け、近づいて来る。おい、邪魔すんなし。俺は今集中してるんだ。


 

「邪魔立てするつもりはない。顔を上げて見よ」

「もうちょっと…な気がするんだよ!わからんけど!!気が散るから話しかけないでっ!」

「我が神力を分けてやろうと言うのに」

 

「うっせい!クサノオウ!はよ!はよ生えてくれ!ぐぬぬぬ…」


 ふぅ、と小さなため息が落ちる。

 

「そのように霊力を散じては命が縮む。」

 

 低い声で呟いた颯人がしゃがみ込み、大きな手のひらが俺の顎を掴む。そのまま持ち上げられて、指をズボッと突っ込まれた。


 


はひふんはよ何すんだよ!!」

「ほ、よい顔だ。それちゅーちゅーと吸ってみよ」

はひひっへんは何言ってんだ!」

「血で神力を分けるのだ。早よう吸え」


 困ったように微笑まれて、仕方なく突っ込まれた指をチューッと吸う。

 花の蜜のように甘いそれが口腔から喉を伝い、胃に流れ込む。

 下腹部まで到達して熱を放ち、血管を伝って両手にその熱が巡ってくる。


 

 

「よいぞ。いめーじしろ。クサノオウ。黄色く切れ込みの入った4枚の花弁。白い毛が生えた葉は、ヨモギのように先が羽状に分かれている。皮膚病に効く薬草だ。」


 

 颯人と俺の表現は一緒か、気が合うな。

 

 目をつぶって言われたままのイメージで想像する。自分一人で思い浮かべていたよりも綺麗にイメージできて、その薬草が生まれる過程が勝手に映像になって頭の中に流れ始めた。


 

 

 地面の上に落ちた種子が根を張り、芽を生やしてそれが大きくなって、ロゼット状にたくさんの葉が広がる。

 中空に長い茎を伸ばし、やがて蕾になって開花と共に蕾を支えていた萼片が落ち、レモンイエローの小さな花が咲いた。

 可憐な花だ。小さいのに色が鮮やかで綺麗だな…。

 

 花のイメージに女の子の笑顔が重なってくる。この子にぴったりなお花だ。

 おかっぱあたまも、もちもちほっぺも、はにかんだような微笑みもすごくかわいくて、思わず見惚れてしまう。


 

 

 この子は病気で苦しむお母さんを想って、自分が出来ることを一生懸命にやっていた。 

 『人の油を絞る』と言った時の彼女は笑顔じゃなかった。苦しそうな声をしていたんだ。

 

 母を想う優しい君が、人を害して何も思わなかったはずがない。

 もう、そんな思いさせたくないよ。

 君を大切にしてくれる、愛してくれるお母さんと一緒に暮らしていくんだ。

 ずっと、ずっと、幸せに……。

 

 体を巡っていく熱が、どんどんその温度を上げて体が沸騰しそうだ。

 この子のために、薬草が欲しい。

 頼む、生えて来てくれ。



 

「ん……咲くぞ」


 ポタリ、と額から汗が落ちて、地面に跳ね返る。次々に落ちる雫が土を濡らして…そこから葉っぱがわさわさーっと生えた。黄色い花が次々に咲き乱れ、見渡す限りに広がっていく。


 

 

「わああぁ!すごい!すごい!!」


 女の子がぴょんぴょん跳ねて、クサノオウを摘み出した。一面の花畑の中で、彼女の笑顔が輝いている。

 

 あぁ、よかった。あんなに喜んでくれてる。

 苦しんで来たことも、きっとこれで報われるよ。半堕ち妖怪でも何でもない。あの子はとっても綺麗な心の持ち主だ。

 優しく吹く風に揺られて、眦に滲んだ涙が冷たくなる。

 颯人が俺の肩に手を置いて、ふんわり微笑みをくれる。あんまり優しく笑うから、余計に泣けて来た。

 

 

 たくさん花を詰んで、俺に見せようと走り寄って来た子がにっこり笑ったその瞬間――


 


「…はっ!!」

 

 颯人が俺を横抱きに抱え、飛び退る。

 ドスッ!という場違いな鈍い音が響いた。

 一振の刀が地面から生えて、ブルブルと震えているのが見える。……何が起きた?


 女の子が笑顔のまま…不自然に時が止まり、真ん中にまっすぐ紅い亀裂が走る。

 ゆっくりそれが真っ二つに別れて…どう、と横倒しになり、くれないの血が広がっていく。

 黄色い花弁がちぎれて舞い散り、上空から降りてくる黒が光を遮り影を形作る。

 すとん、と音を立てて鬼一さんが現れた。タバコの匂いが漂って、黒い革靴にクサノオウの花が踏み躙られていく。




「無事か」

「…………」


「霊力が異常に膨らむのを感じてな。これで今月はもう仕事せずに済む。神隠しの妖怪、隠し神か。よく見つけたもんだ」



 血濡れた刀を地面から引き抜き、血振いをしてそれが鞘に収められる。

 タバコが女の子に向かって投げ捨てられた。煙が弧を描き、彼女の皮膚に着地して血溜まりに落ちたそれが「じゅう」と醜く鳴く。


 『熱い』と小さな声が耳に届いて、体が反射で動き出す。


 


「…離して。あ、熱いって言ってる」

「……………」

「颯人、あの子が火傷しちまうだろ?タバコの火はすごく熱いんだ。女の子なのに、痕が残っちゃうだろ?け、けさ…消さないと」

「…応」


 眉を顰めた颯人が応えて、足を下ろしてくれる。まろびながら這って女の子に近寄っていく。

 おかしいよな。手足が震えて、何故か立てないんだ。

 半分に割れた体…目だけが動いて、俺を見る。血濡れたタバコをひろってポケットに押し込み、そっと傷口を撫でた。

 ぬるりとした感触の真っ赤な液体が…目の前の光景が現実だと伝えてくる。


「おにい…ちゃ…」

「あぁ…ああ………」


 


 割れてしまった体を掻き抱き、腕の中に収めてあまりの小ささに、その体の冷たさに愕然とした。

 

 ……嘘だ。嘘だ。

 こんなの、おかしいだろ。

 たくさんの花を抱えてさっきまで笑ってたじゃないか。

 これから先、きっとずっとその笑顔でお母さんと一緒に暮らしていく筈だったじゃないか。


 


「妖に魅入られたのか」

 

 ぬらりと立った男がが納めた刀を抜き、こちらを振り向く。まるで、鬼のようなその容貌。


 女の子を抱いたまま動けない俺と、鬼一さんの間に颯人が音もなく割り込んでくる。


 


「魅入られてはおらぬ。荒ぶる魂をおさめただけだ。貴様にはできぬ仕事よな。隠し神は祟り神にならずに済むだろう」

「すまん、神様の言葉はわからん……」

 

「一流の陰陽師として名を馳せた鬼一が…落ちたものだ」



 鬼一さんが目を見開き、刀を颯人の頭上から思いっきり振り下ろす。それを指先で止められて、キィンと刃の震える音が響き渡った。

 振り抜いた右手の刀をそのままに左手に持った鞘を振って、横から薙いで打ち倒そうとして…それが颯人に触れる前に弾き返された。

 彼の体は鞘に引っ張られて吹き飛び、転がって土煙が上がる。



  

「化…物め…」

「我は神だ。そのなまくらは貴様の心の鏡。神が与えた武器は依代の心よ」

 

「…何となくわかるぞ。俺がナマクラだと?」

「そうだ。貴様の心こそ鈍だろう」

 

 ふ、と歪んだ微笑みを浮かべた颯人が鬼一さんに向かって指を刺し、ふい、と空に向かって振る。

 一瞬にして大きな体姿が消えた。まるで、最初から居なかったかのように。



 

 ひゅーひゅー、と呼吸音を出す女の子に柔らかい笑顔が浮かんでくる。

 自分の目から涙が溢れて来て、止まらない。視界が滲んで何も見えなくなって、それを無理やりスーツの袖で拭った。

 かわいい顔を、ちゃんと覚えておかなきゃ。もうきっと見れなくなってしまう。


「痛いな…ごめんな…」

 

 俺が、何もできなかったからだ。

 俺が颯人みたいに強ければ良かったのに。颯人が俺を守る必要がなければ、この子を守れたかも知れなかったのに。

 お母さんは、今も君の帰りを待ち続けているのに……。

 ごめん、本当に…ごめん…。

 

 


 

「妖怪は人に殺されれば祟り神になる。 だが、隠し神はそうならぬ。

 真幸が優しさで応えたからだ。其方は…何もできておらぬ訳ではない」

「颯人…」

 

「霊力の流れた刀で斬られては回復できぬ。静かに見送ってやろう。隠し神もそれを望んでいる。」

「……俺がもっと早く薬草を生やしてやればよかったんだ。俺のせいだ…」


 女の子が俺の腕の中で緩やかに首を振る。


 

 口が開くが、声が聞こえない。

 じっと小さなその唇を見つめ、俺の涙雨が降り注ぐ。

 


『ありがとう、おにいちゃん』


 そう唇を動かした隠し神は、最期に一息吐いて…瞳を閉じた。


 ━━━━━━


 


「あっ!帰って来たぞ!」

「血だらけじゃないか」

「妖怪の血を浴びたのか…」


 なんか聞こえたな。知らんけど。

 颯人の術でワープして、役所に帰って来た。俺の中にはドス黒い憎しみが渦巻いている。こう言うの、久しぶりだよ。


 俺のデスク向かいに座ったまま、タバコをふかしている鬼一さん。顔が傷だらけだな。

 自分のデスクに乱暴に座って、タバコに火をつけてライターとタバコをデスクに放り投げる。

 大袈裟な音がして、周りの人たちがびくりと肩を震わせた。

 

 最低の気分だ。俺は怒りの感情の海に頭から突っ込んで、その中に囚われそうな気がしてる。向かい側から視線を感じて、感情を隠すことなくそのまま目線をぶつけた。

 しばらく見つめ合った後、僅かに眉を寄せて鬼一さんが目を逸らす。



 

「さっきの顛末を報告した。魅入られたってのもついでにな。追って沙汰が下るぜ。お前、役に立つ前にお払い箱かもな」


 くだらない物言いにうすら笑いが浮かんでくる。何を言うかと思って、少しは期待していたのに。

 逸らされた目線は戻ってこない。そうか、あんたは逃げるんだな。


 

「今更自己紹介されなくてもよく分かってるよ、あんたが自分で言った通り役立たずのミソッカスだって事を。面白い事言ったつもりなのか?」


 

 押さえ切れない熱が口を突いて出る。

 驚いた顔の鬼一さんは、タバコの灰を膝の上に落として慌てはじめた。

 

 そうだよな、タバコ吸ってんならその熱さは知っている筈だ。

 自分の口から忌々しいタバコの煙を吐き出して、灰皿に擦り付けた。

 ずっと鬼一さんを見つめたままでいるのに返答が来ない。



 

 俺自身が感じてるんだから、周りの人だって分かってるだろ?これが殺気ってやつだよな。イライラして腹が立って、鬼一さんを殺してやりたいとさえ思う。それを目線に乗せてぶっ叩いているのに誰も彼もがそれを黙殺している。

 

 何が仲間だ、戦士だ。無駄に命を散らして、甘い汁啜って、ただ生きているだけの奴らは誰一人として明らかに危険因子の俺に手出ししてこない。諌めもしない。

 俺よりずっと前から武器を手に取り、神様をバディにして戦って来た戦士は何処に居る?



  

 髪の毛が上がってると何でも良く見える。

 何事も見極めるためにはちゃんと目を出していないとダメだ。俺みたいな奴は特に。

 

 俺は今まで、前髪で目を隠して都合の悪いものは見ないように避けてきた。

 

 人の目線が怖かった。

 誰も俺のことを見てなかったんじゃなくて、俺が誰も見てなかったんだ。

 だから誰にも何にも触れられず、オレ自身が存在していないかのように感じていた。そんな風に自分から逃げていたからこうなった。


 今後はそんな事…二度としない。見ないふりなんてしてやらない。

 それがカッコ悪いことだって痛いほど分かったからな。


 


「なぁ、陰陽師ってのは横槍入れるのダメだって聞いたんだけど。俺は俺のやり方であの子を元に戻そうとしていた。颯人がいたし、あの子に人を害そうという意思はもうなかった。助太刀じゃないよな、アンタがしたことは」

 

「し…初心者が何言ってんだ」

 

「初心者だろうが何だろうが知らねぇよ。

 あんたは俺のやり方を見てもいなかったのに何故隠し神を殺した?

 殺さなければいけない決まりはない。

 何が教育係だよ。新人より汚ねぇ仕事してる奴が一人前とは笑わせる」


「…………」

 


「あんたは俺のやり方に水を刺した。全部台無しにした。

 ただ殺すなら誰ににもできるからな。

 あぁ、強くならなきゃいけないのはよく分かった。お前みたいな弱い奴ばかりならこの国の行き先は真っ暗だ」

「……てめぇ」



 

 刀を抜いたその手に、俺は檜扇で風を送る。刀だけが吹き飛び、くるくる回って壁の時計に突き刺さった。

 鬼一さんは片手を押さえて項垂れ、沈黙する。

 

「あんたがやった事を、俺は一生忘れない。生きてる限りな」


 


「真幸…」


 肩に手を置いて、颯人がそこを撫でてくる。いつまでも消えなかった怒りは形を変えて、悔しさと寂しさが心の中に満ちていく。

 俺は、あんな奴に…負けたんだ。


 


「芦屋さん、事務所へおいでください」


 背後に居た伏見さんが、今更声をかけてくる。遅いよ。あんたは出会った時からずっとそうだ。

 

 俺が神降ろしをする前に何故止めなかった。

 

 俺が説明を受けてうんという前に止めたらこうならなかっただろ。

 気配すら読み取れなかった鬼一さんがあの子にたどり着く筈などなかったのに。


 颯人が肩に置いたままの手に力を入れて、もう一度俺を正気に引き戻そうとしてる。

 ……わかってる、分かってるよ。

 


 こんなのは嫌だ。何もかもすぐに人のせいにしてしまう。早く強くなりたい。心も、体も…。人のせいにする自分が一番カッコ悪いことなんか分かってるのに、いつまでも恨み言が止まってくれない。

 


 

「行こう。我も話がある」

「ん…」


 

 颯人と連れ立って伏見さんの後を追い、事務所に足を踏み入れて少しだけ振り返る。

 部屋中に重い沈黙が漂って、鬼一さんは項垂れたまま。

 

 それを振り払うようにして、ドアを閉めた。



 ━━━━━━



「歩合は芦屋さんに支給します。鬼一は降格処分とし、3ヶ月の減給。あなたにはもう、研修は要らないでしょう」


 伏見さんがソファーに座りながら、書類を手直しし、報告書にある鬼一討伐の文字に赤線を引き、俺の名前を書き記す。

 


 

「…あなたがやった事は、間違っていない。申し訳ありません。私が鬼一を配した故の出来事です」


「伏見さんが謝ってもあの子は戻らない」

「はい」

「鬼一さんは昔何かあったんだと思った。だからああいう怠惰な状態なんだろうってな。様子を見るつもりでいたが、間違ってたよ」

 

「芦屋さんが仰る通りです」


 顔を上げて、細い目を開いた伏見さんが真摯な眼差しで見つめてくる。

 …なんか思ってた反応と違うな。


 


「あなたの力を見誤っていました。仰った通り、殺す義務はありません。芦屋さんが行っていたのは正しく隠し神に救いの手を差し伸べた鎮魂でした。

 妖怪を殺せば土地神の怒りを買う。おそらく荒神になります。

 そして、荒神を殺せばその土地が死ぬ。土地神の代理は、居ません」


「おや、知っていたのか。」

「颯人…?」


 颯人が足を組んで、肘掛けに置いた手で頬杖をついて、横にいる俺の顔に顔を近づけてくる。さらさら流れた長い黒髪が俺の腕に触れて、それが心地いい。慰めるように優しい柔らかさが伝わってくる。


 

「真幸、能無しに訳してくれるか」

「うん…」


 颯人の言葉に被せて、そのまま伏見さんに対して口を開く。



 

「「お前達が知らぬと思い、忠告をしてやろうと思っていた。

 如何に堕ちようとも神も妖怪も等しく尊き命。祓うは楽だが、祓えば神が消え、その土地は死ぬ。妖怪と人間は言うが、あれは神の御遣いだ。眷属とも言う。

 ただの低級な魑魅魍魎とは違い、人の言葉を話して心を理解するのだ。

 何故なら言葉も心も人と同じくその身に宿した命であるからな。

 隠し神は真幸の心に触れ、鎮まりかけたが其れを鬼一が殺した。

 眷属は神の家族。眷属が人を殺めたとて、神はその穢れを代わって身に背負う。そう言う性質だ」」


「はい…」


「「お前達が神殺しをして楽をするなら、我が父に代わって現世うつしよを滅ぼしても良い。我が守って来た人間を滅ぼすのもまた使命かもしれぬ。」」

 

「…………」



 

「「真幸は初心者だ。だがな、虫が湧き出でる子の頭を撫で、血膿が噴き出す瞳から流れるそれを…まるで涙を拭うかのように拭いてやった。

 神域に鬼一が捨てたタバコを拾い、隠し神のために薬草を探した。瘴気を吸うのも厭わず、恐れを抱いたまま愛情を持って接したのだ。

 この尊さがわかるか?我は真幸に降りてしあわせだ。あの小娘に降りずに済んで本当に良かったと思う。愛あるが故に暴れ回った我に似ている」」


「まさか…あなたは…」

 

「「そうさな。神名は明かさぬ。未熟な陰陽師の集団には過ぎた神だ。我も降りるつもりはなかった。

 我が依代の正しき行いを邪魔立てするのはやめよ。我にとっては人の世を壊すなど造作もない。高天原たかまがはらを壊した我をみくびるな」」



「は、ははぁーっ!!!」


 伏見さんが平伏して、カタカタと体を震わせている。颯人の言葉の中に怒りや悲しみ、俺への優しさがあって面映くて情けない気持ちになる。

 伏見さんが悪いわけじゃないけど、あのままなら嫌な言葉を吐いていたかもしれない。俺は未熟すぎるんだ。


 居た堪れない気持ちをため息で吐き出して、颯人の顔を覗き込む。目線に気付いた颯人が瞬き、優しい色の瞳で目線を返してくれる。



  

「颯人、高天原…神様の住処を壊したのか?」

「我も若かったのだ、真幸のようにな。其方の青さが良い。人間らしき優しさと憎しみを抱くその愚かさが愛おしいのだ」

「…そう……」

 

「我は最高のばでぃを得た。真幸が生き抜く様を見たい。研修とやらは我がする」

「うん、よろしくお願いします」

「応」

 

 手を差し出すと、颯人が迷いなくそれを握ってくれる。

 颯人はあたたかい。心も、体もあったかくてすごくいい奴だ。

 俺も最高のバディを得たと心から思う。



 

 二人してふ、と笑って、繋いだ手に力を込める。

 俺さ、知ってるよ。古事記好きなんだ。

 高天原で暴れた神様なんて一柱しかいない。

 かっこいいよな。神様のくせに人間臭くて、抜けてるところもあってさ。でも、すごく強くて優しくて。

 人を愛し、赦し、慈しんでくれる。

 大好きだよ。そう言うの。


 


「伏見さん…研修終わりって事は俺独立でいいの?」

「は、はい」

 

「明日からどーすんの?メッセージが来るのを待てばいいのか?」

「はい。任務ノルマのアプリをお送りしますので、そちらを参考にして動いて下さい。任務内容を精査の上お届けします」


「マンセル組まされたりする?」

「……今のところ、芦屋様と同程度の神を戴いた者はおりません」

 

「んじゃソロか。そりゃいい。俺と組むならそれ相応の覚悟で来いって言ってね。あと様付はやめてくれ。俺はまだ初心者だから」

 

「は…かしこまりました」



はーあ、疲れた。もうやだ。おうち帰ってお風呂に入って颯人と寝たい。

 あ、酒買って…つまみはお惣菜でいいかな。あの子を偲びながら清め酒でも呑むか。


 


「颯人、帰ろ。着替えて酒買いに行こう」

「あぁ。わーぷでよいか?」

「この格好で電車乗ったら皆んなびっくりしちまうだろ?頼む」

「応」


 手を繋いだ颯人がぱちん、と指を弾き、暗転した闇の中で俺は目を閉じた。



 クサノオウの花言葉が胸に浮かんでくる。

 

「私を忘れないで」


 うん、絶対忘れないからな。

 ずっと、ずっと覚えてるよ。


 俺の初めての、失敗を。

 



 



 

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