第3話 裏公務員始めました その3


 現時刻 8:30。

 昨日の晩遅くまでDVDを見て、眠い目をこすりつつ出勤した所。颯人…電車でめちゃくちゃ目立ってたな…。


  

 

「ほー?『あずかり』が伏見?エリートか」

「エリート…ではないと思いますよ。俺、陰陽師の血筋じゃなさそうだし」

 

「何だ、苗字違いか」


 目の前のデスクでタバコを吹かしているのは俺の教育担当役である、鬼一きいちさん。平安時代の鬼一法眼という陰陽師の末裔らしい。昨日の伏見さんと同じ事言ってるぞ。

 ご先祖様は源義経に剣を教えた兵法家でもあったらしいが…。うーん。


 

「こやつ、みそぎをしておらぬな。ばっちい」

「禊…風呂か?」

「それでもよいが。我々はけがれを忌む。あまり近づくな。お前が穢れる」


 颯人が眉を顰めて俺の背後に収まる。

 確かにばっちいな。

 無精髭を生やして髪の毛がボサボサ、タバコの匂いが服に染み付いていて動くたびにちょっと臭い。

 高給取りなのに身だしなみを気遣えないほど忙しいのかな。

 周囲の人たちで真新しいスーツに身を包んでいるのは俺だけのようだ。


 


蘆屋道満あしやどうまんの子孫か、ってんで昨日は色めき立ってたんだぜ?モサイ面してるが霊力の色がいい」

「そうですか」

「真幸はその調子じゃ恋人もいないだろ」

「そうですね」


 事務的に答えていると、ふん、と鼻で笑われる。

 やはり先行き不安だなぁ…。昨日から自分の見た目を指摘されまくって嫌な気持ちになってしまう。

 国家公務員になった事だし、おしゃれでもするべきか?


  

 マニュアルのDVDで霊力とは精神力、命です!とか言ってた。俺の色がいいって言うのはどうなんだろうな。メンタルは確かに強いかもしれん。

 

 昨日感じた居心地の悪さはなくなった。蘆屋道満の孫じゃないと言ったら視線が途絶えた。俺みたいな一般人が安倍晴明あべのせいめいのライバルである人の子孫なわけないでしょっ!


 

 

「とりあえず一本吸っとけよ。今日は荒神相手だ。真幸の武器は?」

「はい、あー武器…」

「俺は刀。名もないなまくらだが霊力を流して切るんだ」


 胸ポケットからタバコを取り出して火をつけ、吐き出す。

 鬼一さんが刀を取り出して、手渡してくる。すごく…重たいな。でもかっこいい。日本刀かぁ…思っていたよりも長い刃に驚いてしまう。


「かっこいいですね、ご先祖様と同じで剣豪けんごうですか」

「おっ?勉強して来たのか。なかなかいい心構えだな。俺は刑事崩れなんだよ。剣道は強かったがな。…で、何を下された?」

「………」


 俺は微妙な気持ちになりながら、ショルダーバッグから武器を取り出す。


 


神楽鈴かぐらすず鈴矛すずほこ檜扇ひおうぎ?お前巫女か?神楽舞でもするのか?」

「できません。渡されたのがこれで」

「…マジか。お前の神さん見た目はいいが…大丈夫か?」

 

「わかりません」


 デスクの上に転がる巫女舞の道具たち。

 俺は男なんですけど。

 キラキラ光を弾くそれらは鬼一さんの武器と比べると武器と言っていいのかわからない。

 神楽鈴は颯人と出会った場所で神下ろしをした人たちが鳴らしてた鈴をたくさんつけた棒、鈴矛は短剣の柄に鈴がついたもの、檜扇は木で出来た大きめの扇だ。

 これらは神様に舞を奉納する巫女さんの道具で、見た目で武器らしいのは鈴矛くらい。

 渡してきた当の本人は着物の袖で鼻を押さえて顔を逸らしてる。あからさまだなぁ。


 


「まぁ…いいか。現場に行きゃ使い方がわかるだろう。結界は知ってるか?」

「昨日DVDで見た奴なら。九字切くじきりでしたっけ」

 

「それが出来りゃ大丈夫か…荒神とはいえ今日のは堕ちかけてる奴だからな。対峙前にやればいい。

 明日までに真言は無理でもひふみ祝詞くらいはうたえるようになっておけ。俺たちの身を守るのはそれしかないんだ」

祝詞のりとが結界になるんですか?」


 鬼一さんが太い眉を顰めて、怪訝な目つきになる。



「真幸…本当に陰陽師の何もかもを知らんのか」

「はい」

 

「わかった。祝詞はその場をきよめ払う効果があるから結界にもなる。術のブーストにもなるしな。他は見て学べ。質問してくれりゃ返事はできる」

「…はい」


 


 伏見さん!!!一から教えてくれるって教育係さんをつける話はどこに行きましたか!!!

 

 煙と共に深いため息を吐き出し、頭痛がしてくる。自分でも色々調べよう。流石にこれは危険な状態だ。

 公務員ってみんなこうなの?裏公務員もそうなの?がっくし…。

 



 

「我が指南する。お前はこいつに近づくな」

「はぁ…(よろしく頼む)」


 

 心の中で手を合わせて颯人に頭を下げる。顰め面から笑顔になった眩しい顔の颯人がこくり、と頷いた。


 ━━━━━━


「雑魚ばかりだな。荒神の気配はないし…ハズレだなこりゃ」

「そうですか…」

「初心者にはいい練習になるだろ。良かったな」


 


 都内から電車に乗り、八幡の藪知らずまでやって来た。

 ここは千葉県市川市にある『禁足地』と呼ばれる場所だ。迷い込むと出られなくなるという伝説があるらしい。

 

 現時刻、10:00。

 白い鳥居を潜って竹藪の中をうろうろしているが黒いモヤしかいない。

 鬼一さんが刀で黒モヤをバサバサ切る傍ら、俺はお浄めスプレーをシュッシュっと振り撒く。


 

「それいいな。通販で買えるのか?」

「鬼一さんは必要ないですよ…俺は一般人なんで買って持ってるだけです。通販で買えますよ」

「視えるんだからそうなるよなぁ…武器を使ってみたらどうだ?」

 

「ど、どれをですか?」

「それ。一匹捕まえといてやるから」

 


 黒モヤを一匹掴み、ジャケットのポケットに突っ込んだ檜扇を指さされる。

 …どう使うんだよっ!



 

「檜扇は開いて扇げばよい。風になってお前の霊力がはらう」

「ほー、成程…」

 

 颯人が檜扇を持った手の上からふんわりと握って、手首を使ってふわふわと風を送る。木の香りが広がり、扇の先についた鈴がチリチリ音を響かせる。良いにおーい。


 ふわふわの風が黒モヤに届いた瞬間、それが弾け飛んだ。周りのモヤも一気に消えてる。

 …えっ、強っ。



 

「神が直接指南するとは初めて見たな…いい武器じゃないか」

「はぁ…そうみたいですね。神様は直接指南しないものなんですか?」

 

「あぁ。と言うかだ。真幸…お前霊力どうなってんだ?神を顕現けんげんさせたままだろ、いつからだ?」

「けん…え?昨日からずっと一緒にいますけど」


 鬼一さんがそばにある岩に腰掛け、タバコを吹かしだす。

 私有地でそれはどうなんだー。鳥居の中だよなここ。携帯灰皿を取り出して、彼に手渡した。



 

「お前…真面目だな。本来神が降りた時から顕現してないのが通常だ。常に出しっぱなしだと相手に手札がバレるしな。

 顕現ってのは神が姿を表すこと。

 常人には見えんが普通はしまいっぱなしにしなきゃ依代がくたばっちまう。

 神の顕現には陰陽師の霊力を使うんだ。そんな長時間できてる奴なんか見たことが無い」

 

「えぇ…どういう事ですか」

 

「お前の霊力が強いのか、もしくは規格外の神が降りたか。そのどちらもか、だ。伏見がつくわけだな」


 

「伏見さんがつくとエリートっていうのは?」

「伏見は代々神職の家系だ。それこそ平安時代よりもっと前から、ずっと神の近くに仕えていたからな。『あずかり』なんてやってるがあいつが出張ったら大体どうにかなる。担当はうちのエースだけだったんだ」

「エース?」


「安倍晴明の子孫がいる。サラブレッドって奴だ。俺達とはスタートラインが違う」

「それをいうなら鬼一さんもでしょう?」

 

「俺は…霊力が少ない。一族の中でもミソッカスだよ。降りた神も夜刀神やとのかみの末端だ。大した神じゃ無い」


 

 なんかすまんけど、鬼一さんの事あんまり好きじゃ無いかも。

 仮にも神様が神力を分けてくれる人として選ばれた陰陽師なのに。

 バディを大した神じゃ無い、っていうの…いやだ。


 

「この部署はな、いかに甘い蜜を吸って生き残るかなんだ。」

「甘い蜜?」


 タバコを地面に落とし、足で踏みつけ、鬼一さんの顔が歪む。


 


「俺みたいなミソッカスは、すぐに死ぬ。小さい案件を毎月決まった数だけやってりゃ金はもらえる。

 命をかけるなんて馬鹿な事しないんだよ。頭使って生き残れ、真幸」

 

「…………」


「一通り下級霊を祓ったらスマホでメッセージくれや。俺ぁパチンコでもやって時間潰してくるからよ」

 

「…………はい」


 じゃあな、と片手をあげて去っていってしまう、俺の教育役である彼。

 国家公務員で高い給料を貰ってるのに、こういう人も存在するんだな。


 地面に落ちたタバコを拾い、使われなかった携帯灰皿に押し込む。

 颯人と同じように『死ぬな』と言ってくれているのに心の中に残っているのはもやもやしたものだけだ。





「気分が悪い。お前とは志が違うようだ」

 

「そう、だな。でもまだわからんぞ。さっき出会ったばかりだし、そう振る舞う何かあったのかもしれない。

 悪様に言うのはやめよう。俺は同じところに堕ちたくない」

「うむ…其方の心がけは大変よろしい」

 


 颯人の浮かべた優しい笑顔があったかい。

 俺の冷えた心を温めて、励ましてくれているような気がした。


 ━━━━━━



「ふー。こんなもんかなー」

「下級霊は全て消えたな。さて、本番といこう」 

「はい?」


 

 現時刻、11:30。藪の中にいる黒モヤ…下級霊っていうんだな。それらを祓いまくって1時間半。朝なのに薄暗かった竹林は日の光が満ちて、爽やかな風が吹き渡る。

 明るい光が地面までしっかり木漏れ日を落として、来た時とは別の場所みたいになった。

 空気も清浄、素晴らしい。お祓いってお掃除みたいだな。ハハっ。

 

 


「現実逃避は終わったか?」

「うー…本番って、何?」

「荒神がいる筈だろう?何か隠れている」


 わぁ、そうなんだ!スゴイ!

 もっと早く言えよ!鬼一さんがいる時に!!!鬼一さんは何で気配がないとか言ってたの!!


  


「いやー、それはそのー、俺初心者だし。鬼一さん呼んだほうがいいんじゃないのかなー」

 

「あれは嫌いだ。ばっちい。我らで手柄を立てて歩合とやらを頂こうではないか」

「あー、成程ねー」

 

「昨晩閨でそう言っておったろう」

「閨とか言うなよ。いかがわしい響きだろ」

 

「ふん、いかがわしくはない。ばでぃの同衾だからな。神力の補充にも役立つのだ」

「うーーーん」


 

「成功報酬の歩合で酒を飲ませるというのは嘘か」

「嘘はつきたくないけどさ。先々の話じゃないのか?先輩の仕事を取ったらまずい気がするんだが」

 

「何故だ。どちらにしても彼奴には無理だぞ。小さき者でも神は神だ。妖怪だとしてもこの気配…使役の神では刃が立たぬ」

「そんな強いのがいるの?」

 

「らんく的にはまぁまぁだ。名のある神や妖怪はそうなりえる。半堕ちだから説得ができるかもしれぬな」

「説得か…わかった」


 


 ため息をつきつつ、鈴矛を持って手首を返す。

 シャン!と音を立てたそれを刀に見立て、鞘から引き抜く仕草と共に五芒星を描く。DVDで見た通りやっただけだけど、効果があるのかな。

 

 しん、と静まった竹林の中。風の音ひとつしなくなってしまう。なーんで無音になるの…怖い。


 

「見事な結界だ。其方は才能があるぞ」

「そうか?そりゃ良かったよ。さて、神様どこですかー」

「あちらだ。奥のやしろにいる」

 

「マジで何でそれ早く言わないの?最初から知ってたのか?」

「入った時には分かっていたが、我は歩合が欲しい。酒を飲まねばならん」

「そんなにか…酒好きなんだな」


 


 サクサクと落ち葉を踏みながら歩き、奥にある社を目指す。

 おっほー。こりゃスゴイなーーー!!さっきまでの明るい日差しが一気に暗転して、真っ暗闇になった。

 時計を見ても朝なんだけど、何故ですか。風音も途絶えたままだし!

 しとしと、冷たい雨が降り出した。

 ていうか初体験の任務がなんでソロ攻略なの?おかしくない???

 



「なぁ、やっぱ鬼一さん呼んだほうが」


 真っ暗闇に不安になって颯人に振り返ると、指先で唇を摘まれる。

  

(口を開くな。瘴気しょうきを吸うぞ)

(えぇ…先に言ってよ。吸うとどうなる?)

(肺が侵されて死ぬ。先ほど結界を張っただろう?浅く呼吸するのだ。

 鼻から吸って口から吐けばよい。陰陽師の基本だ。死気が生気に転ずる。ばふ効果という物だな)

 

(マジでそういうの先に言って)

(もう覚えただろう?荒神ではないな、妖怪のようだ)


 妖怪????マジ?ちょっと見てみたかったんだ。お友達になれないかな。

 そろりそろりと歩を進めると急にひらけた場所に出た。


 

 

「くすん、くすん」

 

 幼児特有の甘い声が聞こえる。小さな女の子が膝を抱えて、丸まっているのが見えた。…さっきまで居なかった子が突然現れたんですけどー。



(あまり近づくな。あれが本体だ。我らも隠されたな)

(えっ!?どうみても子供なんだが…隠された??)

 

 颯人が背後を振り返り、その視線を追う。もと来た道がなくなり、竹藪に四方を囲まれていた。

 真っ暗闇の雨中で、女の子に青い光が点る。

 

「お兄ちゃん、だあれ?」

 

 ハッとして振り向き、女の子をじっと見つめてしまう。

 お兄ちゃん!!!!俺、まだ二十代だからね!!!モサイとかしょっぱいとか初見で言わないとはいい子だな!!

 

(お前、心の声がうるさいぞ)

(やかましい!ほっとけ!)


 


「お兄ちゃん…お耳が聞こえないの?」

 

 不思議そうな顔をして、少女がとてとてと近づいてくる。

 足元をがっしり両手で掴まれて、そこから怖気おぞけが走る。鳥肌が立ち、頭のてっぺんまで不快感がゾクゾク突き抜けた。

 


 「聞こえてるでしょ、お話ししてよ!私迷子なの。怖かったの。お名前教えて?」

 

(話すな。扇を)

「…………」


「お兄ちゃん…どうして何も言ってくれないの?わたし…わたし…」

 

(おい、早う扇を使え)

(でも、泣いてる。こんなに小さい子が)

 

(それが此奴こやつのやり方だ。神隠しで逃げ道を断ち、人を攫うのに真名を聞くか喋らせて声を聞けば命が縛られる。そして人の油を搾り取るのだ。隠し神だな)

(妖怪じゃないのか?)

 

「妖怪の名が隠し神というのだ!」

「ややこしい名前だな…しまった」



「お゛…に゛ぃ…ぢゃああぁん…」


 足元に縋りついた女の子の顔色が真っ白に変わり、目の周りが窪んで暗くなる。

 白い目の中に真っ黒な瞳孔がどこまでも広がり、黒眼に変わった。

 ホラー映画のCMで見たことあるな。

 俺の体が石のようになって動かない。

 



隔世かくりよの術だ。魂の縛りが生まれるぞ…我も動かぬ…」

「えー。神様なのに…そんな事あるのか?しかも俺のせいじゃないじゃん」

「お前!そんな呑気にしてる場合ではない!扇を!」

 

「うーん、動かん。しゃーなし」

「くっ…我が術を使えばここが四散する!社を残さねば護りの要がなくなるのだ!」


 颯人が俺の横で固まって動けないまま、眉を顰めて若干焦りの気配が見える。

 こりゃ仕方ないな。鼻から息を吸い、口を開く。


 


「ねぇ、君何歳?可愛いね」

「…あ゛?」

「見た感じ4歳…5歳くらいか?こんな夜中に女の子一人じゃ危ないだろ?お家まで一緒に送って行こうか?

 レディなんだからダメだよ、こんな所に一人でいたら。」

 

「…………カエラナイ」

「どうして?なんか嫌な事あったのか?」

「……」



 

 呆然とした表情で、少女が目を合わせて来る。

 真っ黒な瞳の周りの皮膚は赤く腫れている。流れる涙が赤黒い。なんか痛そうだな…。

 

「アタシノコト、コワクナイノ?」

「ちょっと怖いけど、泣いてる女の子をほっとけないだろ?帰りたくないなら、俺とお話ししよっか」

 

「オハ、ナシ…」

「そうそう。ガールズトーク?」

「オニイチャン、オトコデショ」

「いいだろ、しょっぱい男で悪いけど我慢してくれよ」



 ふと、体にかかっていた重力が途切れた。手をグーパーしてみると、ビリビリした痺れが手先から広がって来る。瘴気を吸うとこうなるのか…ちょっとだけなのにこれなら確かに危険なものだろう。

 

 雨で濡れた髪が目に入って邪魔くさい。

 片手でかきあげて撫で付けると雫がポタポタ落ちて来た。前髪がなくなっただけでもこんなに良く見えるんだな、もっと早くこうしていればよかった。目の前の子の視線に合わせてしゃがみ、ふくふくのお顔に触れる。もちもちほっぺは雨に濡れて冷たくなっていた。



 

「オ話し、スる」

「ありがと。一人で寂しかっただろ。何があったんだ?」

 

 胡座をかいて座り、女の子の頭を撫でる。

 黒髪の間からうぞうぞと白い虫が湧いて、溢れて来る。

 それを払ってやって、もう一度撫出ると可愛い声が「ふふっ」と小さく聞こえた。

ハンカチで赤黒い涙を拭うと、女の子の目がギュルっと音を立てて最初の見た目に戻る。

 ぱっつん前髪、おかっぱで目がくりくりしてる。冷たかったほっぺがピンク色に染まり、笑顔が浮かぶ。

 

  


「あのね、お母ちゃんが病気なの」

「そうなのか…今どうしてる?」

「おうちで寝てる。人から油をとって売ればお金になる。それで薬を買う」

「あぁ、だから神隠ししてたのか?」

「うん…」


 颯人からも縛りが解けたのか、背中に温もりを感じた。

 

(吸った瘴気は我が引き受けよう。お前には害がある。あまり吸わぬようにな)

(ありがとな)


 思わず口が緩んでしまう。俺がやる事に何も言わず、見守ってくれる颯人の優しさが体温と一緒に染み込んできて心地いい。

 

 小さな手が俺の両手を引っ張り、もちもちほっぺに導かれる。親指でそれを撫でるとくすぐったそうに身を捩り、目をつぶった女の子がため息を落とした。

 甘えん坊さんだな、ほっぺ触られるのが好きなのか。お母さんがこうして女の子を可愛がっていたことがわかる仕草だ。


 


「油っていくらになるんだ?どのくらいの人間がいれば薬が買える?」

「足りないの。まだ…あと百人くらい」

 

「そんなにかぁ…俺も今手持ちがないんだ。油以外で何か金になるものはないのか?薬は何が効くんだ?」

「本当は、この藪の中に生えてるお花が一番いいって聞いた。黄色くて小さいお花」

「薬草かな。ちょっと待ってな」


 

 

 スマホをタップして、ゴーグル先生を呼び出す。黄色い花、薬草…と。


 ふんふん。


「なぁ、これ見えるか?この草かな?」

 

 ゴーグル先生の検索に引っかかった『クサノオウ』と言う植物の画像を見せるとクリクリした目が見開かれ、輝き出した。


 

「これ!!」

「そうか。お母さんは皮膚に何かできたのか?イボとか?湿疹…てわかるかな」

「赤い点々で皮が剥けてカサカサしてる」


疥癬かいせんかな…お母さん、お仕事何してるんだ?」

「男の人と寝る仕事」

「ふむふむ…赤い点々の中にぷっくりふくれたのはあったか?じゅくじゅくしてないか?」


 スマホで赤い湿疹を調べると梅毒が出て来る。見分けられるのは湿性かどうかだ。


 

 

「ううん、ない」

「よし!それなら効くな。探そう!!」

「ホント!?母ちゃん治る??」

「あぁ、きっとな。」


 

(お前の言うとおり、梅毒ではないな。ヒゼンダニによる疥癬だ。クサノオウの汁で治るだろう)

(それは良かった。さてな、真冬だけど薬草が生えてるかな)

(生えているだろう。日本は今気候がおかしいからな)

(不幸中の幸いってか?良かった)

 


「お嬢さん、そこに座って待っててくれるかな?薬草を探さないと」

「…どこも行かない?」

「あぁ。ちゃんと探して来るから。約束するよ」

「わかった!」


 社の前に、ストンと座った子を笑顔で見つめてその辺の草むらをかき分ける。

 クサノオウ…クサノオウ…うーん。

 


「クサノオウさん、どこですかー」

「…呼んで出れば苦労はなかろう」

「あれ?瘴気は無くなったのか?」

「あぁ、引っ込めたようだ」

「そりゃいい事だ。さてさて、クサノオウ〜クサノオウ〜♪」



 

 呟きながら探していると、真っ暗だった空が明るくなって雨が止む。

 座ったままの女の子がくすくす笑い声を立てて喜んでる。

 


「んふ、笑われちまった」

「齢28の男が草の名を呼びながら這いつくばっているからな。おかしかろう」

 

「うっせ。歳バラすなし。ちゃんと探してくれよな」

「わかっている」


 ガサガサ地面を這いながら、クサノオウを呼び続けて探した。

   


 

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