136 月下美人

白石side


「わあぁぁぁ!!」

「お前の反応見てると飽きねぇな」

 

「だって、だって見てください!憧れの沖縄そばですよ!?おいしそう!」

「そこまでか?……よかったな食えて」


  

 首里城見学後に近くの沖縄そば屋へ入り、注文の品が一気にテーブルに出される。首里そばと言われる沖縄そばは三枚肉の煮付け、丸天と言うかまぼこ、ネギと生姜の千切り。普通は紅生姜だがここは生生姜なんだ。

 

 首里そばは沖縄そばの中でも麺がかなり硬めでワシワシ系、薄めの味付けだが豚骨と鰹の香り、出汁の味が素朴でしみじみ旨い系の食べ物だ。黄金スープがキラキラしてるぜ。


 

 食堂然とした店内にはテーブルや椅子が所狭しと並べられ、カウンターや小上がりがある。卓の上には沖縄独特の赤い箸が置いてあり、調味料もかなり独特だ。

 

 俺はじゅうしいと言われる炊き込みご飯もつけた。清音は首里そばの大。……結構量があるし、頼み方が男らしい。

女の人はいろんな者を少しずつ食べるんじゃないのか?



 

「そばだけでいいのか?」

「沖縄そば……ここは首里そばですかね。私はこれを楽しみにしていたんですから!目一杯食べたいです」

 

「じゅうしい一口やろうか」

「えっ!?ほ、ほしいです」


 清音に炊き込みご飯の茶碗を差し出すとニコニコしながら『いただきます』と手を合わせて大きめの一口をほうばる。ほっぺが膨れて幸せそうな顔してるな。こいつが飯食ってると腹が減るんだよな。



 

「はぁっ!おいし!!具材から滲み出る旨味!お米が硬めで噛み締めるたびに全部の美味しさが、香ばしさが広がります……」

「そばもうまいぞ」

「はっ!本命のおそばもいただきます!」


 戻ってきた飯の茶碗を受け取り、無言で食べ続ける清音を眺める。

 清音を真似して口いっぱいにほうばると、確かにうまい。米が硬めなのは珍しいが俺はこっちのが好きだな。人参やあぶらあげ、きのこも入って、醤油の香りもする。

 じゅうしいを食べ終わると、首里そばに夢中な清音がようやく顔を上げた。



「なんという地味溢れたお出汁なんでしょう!硬めの麺もたまりません!!太い麺と聞いてはいましたが、なんとなく平らな気がしますね?」

「店によって太さや種類が変わる。ここは平麺だな。つけ麺として冷やして食べる店もあるぜ」

 

「冷たいのも美味しそうですが、このほかほかお出汁が美味しいんですよ!和風で魚の味が濃くて……しかもですよ、なんでこんな安いんです?美味しい!安い!最高!」


 うん、確かに安いよな、沖縄そばの大は600円、じゅうしいは200円だ。

 原材料の物価はそんなに安くない筈だが、この辺のカラクリはよくわからん。件の怪談経験者は『もやしが60円もするんですけど!?は??』とキレていた事があった。沖縄は物価安じゃねえんだ。



 

「おねえさん食べっぷりがいいねぇ。こんなに細いのにどこに入るの?」

「はっ!店主さんですか!?」

「そうだよー。あんまり美味しそうに食べてるからさぁ、見に来てしまったさぁ」


 食堂のおばちゃんがニコニコしながらやってきた。さっきもこんなのあったよな……デジャブだ。


  

「本当に美味しいです!わたし、沖縄に初めてお邪魔したんですよ。お花も綺麗だし、優しい人がたくさんいるし、ご飯は美味しいし……最高ですね!沖縄はとっても素敵な所です!」

 

「やー、そんなに褒められると照れちゃうねぇ。……甘いもの、好き?」

 

「へ?好きですよ!おばあちゃんたちからさっきお菓子をいっぱい貰いました!宿でいただく予定なんです。すごく楽しみです」

「ふふ、可愛い子さねぇ。旦那さんと半分こなら食べれるでしょう。待っててねぇ」


「……はぇ?」

「なるほど。なるほど」

 

「白石さん?何がなるほどなんです?というかまた旦那さんって言われましたね……もう気にしないことにします」

「そこはほっとけ。俺はようやく理解した。取り敢えず食っちまおう」

「……???」



 

 二人して頼んだものを食べ切って、冷たいさんぴん茶を流し込む。熱い気候の中でウーロン茶×ジャスミンのさんぴん茶は爽やかな気分にさせてくれる。

 飯を食って何となく沖縄に来たんだな、と実感が湧いた。あまりにも都合が良すぎて現実感がなかったからな。


 

 こうしていると、清音が芦屋から引き継いでるものは沢山あると実感する。

こいつが熱で共鳴して得たのは能力じゃなくて形にならないもののような気がするんだ。

 

 息子の陽向にも同じような感想を持ったが、こいつのコミュ強と人懐っこさがさらに拍車をかけてそこいら中の人を惹きつけるようだ。

 芦屋は俺が嗜めてからは進んで他人に近寄らない、陽向はガードが固くて仲良くならないと話すらしない。

 

 先祖とは似て非なるもの、もしくはもっと酷いことになるかもしれん。

悠人の言った通りになるんじゃないか?背筋が寒くなるぜ。



 

「はーい、う待たしみー!」

「はぇ!?な、なんですかこの山盛りの……かき氷ですか?そういえばメニューにありましたね」

「そうだよぉ〜。お姉さんがあんまりにも可愛いから、おまけしちゃおうね。揚げたてのサーターアンダギーもあるさぁ」

 

「な、なんと!?ほああ!でっかいドーナツ!!」

「おばちゃんの奢りだから、たぁんとお食べ」

「ありがとうございます!!(感激)」

「かっこ感激って何だよ。おばちゃん、ご馳走さん」


 


 笑顔で去っていくおばちゃんの陰で、伏見の隠密たちが夢中で首里そばを食べているのが見えた。隠密する気がないな。あいつらももう放っておこう。

 沖縄に来る事なんざあまりないだろうし、満喫すればいい。あとで伏見にチクってやるけどな。


「こんなに貰ってしまって、どうお返ししたらいいんでしょうか」

「多めに支払っとく。清音は仕事で返せばいいんじゃねぇか?」

「かしこまりました。明日はバリバリ働きます!!」



  

 眉毛を下げたまま、山盛りのかき氷をじっくり大切に食べ出した清音。氷ぜんざいってのがメニューにあるからこれだろう。サーターアンダギーはメニューにねぇな。

 

 サーターアンダギーとは沖縄独自のドーナツで、ラードで揚げてるからカロリーも旨味も爆弾並みだ。

熱々のそれを齧って、ほんのりの甘さと卵と小麦の香り、サクサクした食感を楽しむ。

 

 冷めたサーターアンダギーは水分が持っていかれるが、熱々なのはそんな事ないみたいだ。ふわふわの生地がクセになる感じでスイスイ入ってしまう。危険な食い物だな。


 


「ぜんざいにでっかい小豆が入ってますよ、白石さん!」

「ぜんざいだからな」

「あ、そうか……へへ。サーターアンダギーは、熱いですか?」

「熱々だ」

「それならこうして……」



 サーターアンダギーを手に取り、半分に割ってその上にぜんざいの小豆をかけて齧り付く。それはうまそうだ。


「俺にもくれ」

「どうぞ!わたし猫舌なんですよ。ふー、ふー」

「そういやそうだったな。犬神憑きなのに猫舌……ぷっ」


はんへわわふんへふはなんで笑うんですか!」

「ぷくく……」

 

「むぐ。白石さんに白玉あげませんよ!?」

「お前が貰ったんだから食っていい。ダジャレじゃねぇよな?」

 

「わたしにそのようなセンスはございませんので。ほんとに食べちゃいますよ?」


 

 上目遣いをされて、太陽光を反射したネックレスから目線を逸らす。記憶操作してねぇが、結界は身に馴染んでるから突然付け出したアクセサリーでも違和感がないのかもしれんな。気にもしてねぇ。

 

 俺は……いつ話せばいいだろう、開花した能力の話や結界の話を。どうやって伝えたらいいのか悩んで、まだ伝えられていない。


 


「そんなに食べたいならあげますよ?」

「あ?別に白玉が食いたいわけじゃ…」


 スプーンを口に突っ込まれて、氷と白玉が滑り込んでくる。

してやったり、と微笑む顔についた小豆も摘んで食ってやった。



「あららぁーラブラブさぁ〜♡」

 

「なっ!?なっ……」

「ふん。」



 してやったり顔に復讐して満足した。頰を赤く染めた清音は小さく縮こまりながらモゴモゴしてる。



 

「白石さん、キャラが変ですよ?」

「そうだろうな、自分でもそう思う。自覚があっても勝手に動いちまうんだ」

「……むぅ、むうぅ」


 頬杖をつき、やけになって氷をかき込む可愛い清音を、俺は飽きることなく見つめ続けた。



 ━━━━━━


「芦屋、颯人さん、到着してすぐで悪いが首里森御嶽すいむいうたきまで同行頼むぜ」


「白石、お疲れ様。……なんとなく察してはいたけど、今回の事件は余波の方が大きいみたいだな。宿に来る途中でもお祓いを数件頼まれた」

「あー。ノロもユタも気配が一切ないからな。隠り世にでも隠されたか?」

 

「恐らくは。ただ、まぁ、あの……沖縄開闢神であるアマミキヨとシネリキヨ曰く、『神官たちに問題はない』って。外敵はまとめて捉えてあって、実は、もう既に犯人を引き渡して来たんだ」

 

「……はぁ!?どういう意味だ?」



 

 現時刻 22:30 清音と焼肉の約束を果たし、真神陰陽寮専用の旅館に到着。

 アイツ高級焼肉屋で腹がパンパンになるまで食いやがった。財布が軽いぜ。 

食ってるのを見てるだけで俺の腹はいっぱいになった。デザートは別腹とか言いながらフルーツまで食ってたからな……スゲーよ。

 

 それはさておき。俺は現在、旅館の一階にあるウェイティングスペースのソファーに座った芦屋と颯人さん、伏見に囲まれている。これから祭事の打ち合わせ、シャーマン奪還作戦を話す予定だったんだが。

 芦屋と颯人さんは苦笑い、伏見は眉間をもみながら溜息を落とした。

ちなみに全員浮かれたアロハシャツ姿だ。




「今回の事件では、華系の術師が神官を攫って、沖縄の守りを崩そうとしたのですが、返り討ちにあったようです。

 シャーマンたちは現在隠り世に残された術の後始末をしているそうで、沖縄の開闢神かいびゃくしんである二柱から『神官シャーマンが現世に出てくるまで待っていろ』と言われました。僕達の出番はありませんでしたね」


 

 伏見の言葉にぽかんとしてしまう。シャーマン誘拐事件は、もう解決したってことか?そんなのありか?

 前回の迷家事件は何だったんだ。意味がわからん。

 

「と言うかだ。その残党が首里森御嶽すいむいうたきに粗相したと聞いたが……沖縄の守りを崩そうとしたって事は、攻撃を防いだって事だろ?琉球の結界は何が『繋』で『要』なんだ?」


 


「うん、琉球大結界は無傷のままだ。国護結界に手出しされてないから、元々あった沖縄の大結界だけが狙われていたみたいだな」


「結界だけを狙う……シャーマンたちの実力を知ってたって事か」


「そうだな。遥かな昔からずっと、日本侵略の鍵とされていた琉球はシャーマン達によってきちんと守られていた。そんな簡単に揺らぐわけがない。

 琉球の大結界については、俺も守秘義務があるから口外出来ない。俺と颯人だけに許された情報だからね」

 

「琉球の神官は気高く力が強い。……そして、厄介なのだ。呪われては敵わぬ」



「颯人様がおっしゃる通り、我々が手出しをするべき方達ではないんですよ。

 僕も知らないですからね、沖縄大結界の内実は。それとなく今回の事件をなぞらえて察しましたが。白石、概要は見ましたか?」

 

「あぁ。何と言うか、力技を力技で抑えた感じだったな……」



 

 今回のシャーマン誘拐事件の概要はこうだ。



 まず、今回の外敵が目標としていたのはシャーマンたちが作った、沖縄県を護る『琉球大結界』を壊す事。そのためにノロ、ユタを誘拐した。

 元々魔物、妖怪、怨念の類がウヨウヨ存在する土地である沖縄。その護りを消すために能力者を捉え、抑えていた悪しきものを解き放ち沖縄県を混乱に陥れる。その後それを抑えにやって来たとうそぶいて、沖縄の人たちを騙そうとしていた。


 【沖縄を守ってくれない日本の本土に見切りをつけ、諸外国のホームベースとして沖縄を使わせろ。その代わり琉球王国を復興してやる】ってな文書が見つかっている。

 昔から日本を侵略するために必要不可避な拠点だからな、沖縄は。



 

 国護結界を成した芦屋の保護を断り、神となった俺達と〝対等な立場〟を望んだ琉球のシャーマン。

 

 彼女達が成した事を、沖縄県の省庁を統べる人たちが知らない訳が無い。省庁の保護を申し出た過去もあるが、『縛られたくない』と断った豪胆な人ばかりなんだぜ。海外の人達もうまく付き合って、穏やかな沖縄を維持しているのはスゲーよな。

 

 そもそもの話、他国の軍事基地を置いているのだって経済支援があるからだ。騒いでるのは外野ばかりで、昔から土地に根ざしていた人たちは『出ていけ』なんて言っていやしない。

 

 敵地が県内にあったとしても、上手く使ってプラスに転じているのは、地元民の強かさだった。



 面白おかしい返還問題の報道に踊らされていたのは誰なんだろうな?報道は真実を伝えていない。

 琉球王国の根本にあるのは、戦争侵略を実際に受けても屈しなかった芯の強さ。そんな稚拙な計略に乗るはずが無いよな……。



  

 結局今回の事件は、シャーマン達は誘拐ではなく『主犯に直で会えるなら都合がいい』とばかりにわざと攫われてやって、今回の主犯を叩き、侵略者達を……まとめてふん捕まえてしまったという結果だった。


 俺たちは完全に出遅れている。おそらく沖縄に来させたのは、後始末を手伝わせるつもりだろう。

 

 あくまでも事件を解決したのは『沖縄本島のシャーマン達』と言う体裁は守られている。

 俺たちは『沖縄のために戦った神官を手伝わせてもらった』と言う立場に転じたんだ。助けてやろうなんて考えは、捨てた方がいいって事だな。



  

 シャーマン達が隠り世に行った事で、現実世界では沖縄各地の守りが薄くはなっている。

 首里森御嶽すいむいうたきのように狼藉者がわざと聖域を汚している可能性も高いし、高天原にもいくつかヘルプ申請が届いているようだった。


 細かい事情については、御嶽で合流して神々に話を聞くことになっている。


 シャーマンの婆ちゃん達に俺たちは上手く使われてる。逞しいし頼り甲斐があるってのはいい事だ。



 

「本当にありがたい事だよ。上手く俺たちを使ってくれる……沖縄のシャーマンは本当に優秀な人たちだ。本土にも見習って欲しいくらいだな」

「真幸の言う通りだ。三百余年で本土の国護結界は土着できていないのだから」


「そうですねぇ、情けない事ですが。

 情けないと言えば、清音さんの結界の話は?どこまでお話しできましたか?」


「う、む……」




 三人とも苦笑いしてやがる。俺も情けない奴の一人ってワケだよ。



「一応……能力が開花し始めた事、俺が結界を張ったとは伝えた。結界の媒介である物実ものざねはネックレスにしたんだが、怒られちまったんだ」


「怒られた?何をです?」



 伏見に問われて、俺は口の中が苦くなる。国際通りで琉球ガラスの店に立ち寄り、ペンダントトップにダイヤモンドだけじゃ寂しいかと思って、名物のガラスでもつけるか?と聞いたところで清音はネックレスに初めて気づいた。

 

 俺が結界を成すために必要な物実で、勝手に石がぶら下がってるから好きなものに変えていいと伝えたんだが……。


 ━━━━━━



「なるほど。白石さんは私に対して秘密が多いようですね。何か隠してるのはなんとなく気づいていました。他にもあるでしょうね」

 

「……すまん」


「ネックレスは本気で気付きませんでしたが。……守って頂かなければならないと言うのが、気に食わないです。仮にも忙しくされている白石さんに、わざわざ力を借りてまで」

 

「…………」

 

「私、能力が開花し始めたって事はまだ発現しますよね?それで熱が出て自分の身を守れないから、白石さんがわたしに結界を張って下さった、と」

 

「あぁ。お前の血筋に連なる者達は、人の限りじゃねぇんだ。普通の結界じゃ守れない」 



 

 清音はガラス玉を眺めながら大仰にため息を落とす。……芦屋と似た怒りの気配が伝わってくる。


「私は貴方に依存して、守られなければならないような貧弱な女だと。そう思われているんですね。実際今の所はそうでしょうけど」

 

「な……何でそうなる?」


 

「私、伊達に里見家に生まれてないんですよ。当家にもきちんと家系図があります。

 おそらくご先祖様の途中で高天原の神様が混じったはずです。それも、かなり力の強い。

 そこだけが名前が空欄で、嫡子までが秘されている。小さな頃に家の歴史や心構えは叩き込まれますから、よく知ってます。

 実家の根性だけは武家のままですし、血族の中に実しやかに伝わる噂も知っています。秘されたその方が誰なのかも大体把握しています」

 

「……そう、か」


 深い青色の中に銀箔が沈み、雫の形になった蛍ガラスのペンダントトップを手に取り、清音は複雑そうな顔でそれを眺めている。


 


「私、二月生まれなんです。曽祖父が言っていました。ご先祖様に混じった神様も、水瓶座の人だったって。私によく似た姿で、背格好も同じだったって」

 

「…………」


「水瓶座生まれの方は沢山いますね。でも、私が真っ先に思いついたのは杉風事務所の主である方でした。見た目は……わかりません。認識阻害の術効果がある様な気がします」

 

「……否定はしない」


「やはりですか……。あの方は汁物を持つと転びますし、やたらめったら他を惹きつける。

 今日一日、私は今まで生きて来た中でも例に見ない程たくさんの好意を受け取りました。沖縄の土地柄、人柄だけじゃなくて何かしらの力があるんでしょう。

 鼻もいいけど勘もいいんですよ、私」

 

「確かに……そうだな」


 


 清音から渡されたホタルガラスを掌に乗せ、コロンと転がす。深い青と黒のガラスに閉じ込められた銀箔は、僅かに込められた神力の残滓がある。

 

 そこから清音の匂いがしている。梔子でも、浜茄子でもなく……最初から香っていた月下美人の花の香り。

 年に数回、夕方から朝までの短い時間しか開花しないその花は儚いイメージを持たれがちだが、もう一つ別の意味がある。


 ジャスミンに似たその香りは甘く、凛と鋭く広がって俺を包み込む。

勁い色を込めた瞳が、俺の目を見据えて澄んだ光を発した。



 

「私は強くなります。修行が必要でしょうし、杉風事務所の方と組ませて頂くならば自ら学んでみせます。

 守ってもらうだけの女に成り下がるつもりはありません。尊敬する人と横に並んで、私も肩を並べて同じものを見たいから。あなたにもお願いできますか?

 幸せの杉風事務所所長の、白石さん」



 ――月下美人の花言葉『強い意志』を感じる視線を受けて、蛍ガラスを握り締める。

 

 俺はただ頷くしかなかった。



 ━━━━━━


 

「それで、誕生日のプレゼントの名目で蛍ガラスはどうにか俺が買って手渡した。本人は普通に喜んでたし『強くなるまでは結界よろしくお願いします!』とは言われた」

 

「……殆どバレてますね、それは」

 

「恐らくはな。あいつの中にあったのは確かに芦屋の血だ。今までの血脈であそこまで似通った命はなかった。どこまで分かってるかは、推測しようがない」




「……なるほどなぁ。じゃあ、一つ忠告をしておこうかなぁ」


 芦屋がソファーの上で足を組み、悪い顔で笑む。



「清音さんの前で、迂闊なことは言わない方がいいよ。

 俺は記憶力が飛びぬけていい。昔はそう言う特技なのかと思っていたけど、あれは母に言われて開花した能力だ。

 『忘れるな』と言われただけだが、あれは命をかけた呪いだったんだろうな。

陽向にもそれは受け継がれている」


 芦屋の笑顔の中に黒いものが見えた。……俺は、冷や汗が滲む。



 

「今思えば異常だよ。幼少期からの記憶はとても鮮明だし、誰が何を言ったのかきっちり全て覚えてる。いつどこで何をされたか、誰が相手だったか、どんな気持ちでどんな痛みだったか。

 誓の時以外は三百年の記憶も全て明確だ……あぁ、もう手遅れっぽいな」

 

「……首里森御嶽すいむいうたきで神々と繋がっているような話をした。ヒトガミとも繋がりがあると。

 沖縄言葉を覚えているとしたら」


  

「間違い無く覚えてるよ。ほんで、恐らく彼女は何を話したか調べるだろう。

 俺ならそうする。彼女は犬神憑きだったな、耳もいいかも知れない」

 

「芦屋さん、白石をあまり追い込まないで下さい……」

 

「追い込んでるつもりはないけどさ。そろそろ本当に覚悟を決めて、はっきりした方がいいんじゃないか?

神降しが必要なら俺が斎主してもいい。考えておいてくれ」



 三柱揃って同情の視線をよこされ、俺は両手で顔を覆った。

 

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