137 沖縄広域浄化

真幸side



「それでは、今回祭事を見せていただけるって事ですか?」

「うん。俺の仕事を見て何かプラスになるといいなと思って。今回は安全だしね」


「わぁ!!ぜひお願いします!ありがとうございます!」



 ニコッと笑顔を浮かべる清音さんの目尻は、わずかに赤い。

 胸が痛いな……彼女はどこまで理解したんだろうか。首里城に来た時に、白石がキジムナーとキコエノオオカミと話した内容は敢えて聞いていない。


 あまり情報を与えてしまっても彼女自身が狙われる事になるから、こちらからは無闇矢鱈と話せないのもある。


 それこそ、一連の事件を起こした主犯に彼女が狙われでもしたら……大変な事になるだろう。



 

 情報は徐々に与えていき、最終的には白石が考えた通り真神陰陽寮に入ってもらうか、うちの事務所に来てもらうのが最善だと思う。

 

 彼女が働いてる会社は加茂家の末裔が経営する会社だし、転職は容易だ。

『かもかもかんぱにぃ⭐︎』は真神陰陽寮のチェックを受けて有料仲介業者の筆頭になった。

 爽さんは複雑な顔をしていたけど、最終的には真神陰陽寮サイドに引き込む予定でいる。


 あそこが経営難してたのも、真面目に仕事をしていたから。仕事を疎かにしたわけじゃなく、むしろ尻拭いをしてくれてたんだ。

 あの会社の存在は、清音さんの貧困具合は……俺たちがそう言うところをきちんと見られていなかった証拠でもある。



  

 眞子さんが調べた結果、仲介業者は上澄だけを食って腐った会社が多く、ほとんど潰す事になった。

人材となりうる能力者は一人残らずスカウトして、また新しく組織を確立しなきゃならん状態だな。


 そう考えると清音さんに仲介業者を任せるのも手か?……いや、これは全部解決してからの話だよなぁ。焦っても仕方ない。

 とりあえず暫く俺の仕事に同行してもらって、彼女の成長に合わせて色んな意味で教えていくしかない。

 




 現時刻0:00ちょうど。首里城正殿前にある首里森御嶽すいむいうたきにやってきた。


 沖縄県の伝説で、『罰当たり』な粗相をしてしまった学校の先生がいたんだけど……伝説そのままの行為を今回のシャーマン誘拐事件の残党が真似て、呪いを受けた。それを祓うために祭事をこれから行う。

 

 キコエノオオカミが害されてしまって、結果勝手に呪われただけの事だ。

 でも、このまま呪いを人に持たせてしまうとキコエノオオカミが荒神になってしまう。粗相をした華系の侵略者は、お祓いした後真神陰陽寮に直行便で送られる事になった。



  

 今回の隠り世に攫われた……いや、自ら戦地に向かったと言うべきか。シャーマン達が事件解決して後始末まで済ませた。隠り世からの出口を作ってくれと言うので、祭事ついでにここに新しく社を作ることにしたんだ。

 ついでに復興中の首里城へも祝福を与え、県内全域に広域浄化をかける。


 海沿いでは旭日旗の鉢巻をした大量の妖怪が浜辺に押し寄せたり、各地のガマにも怨霊が現れて住民に悪さをしている。

 ガマというのは洞窟という意味だけれど、戦時中は防空壕として使われてその中で沢山人が亡くなっている。だから呪いが篭りやすく、怨霊も集まりやすい。

 悪いことを企むやつには都合のいい場所だ。

 

 各地のガマには沖縄神社庁からの人たち、伏見家の隠密、真神陰陽寮の子達を配置して国護結界では無く琉球のシャーマンが紡いだ『琉球大結界』の張り直しをするんだ。




 懐かしいな……沖縄に国護結界を張ろうとして、神官シャーマン達と話し合いを徹夜でしたっけ。

 あの時のおばあちゃん達はもう亡くなってしまったけれど、彼女たちの信念は現代に受け継がれている。

 

 打ち解けた後のおばあちゃん達は人懐っこくて、可愛い人たちばかりだった。もう彼女達には会えないのかと思うと、寂しい気持ちになる。……あれだけ酒豪な人もなかなかいないと思うけど、それも引き継がれているのだろうか。


  

 たとえ神官という立場が不条理に課された使命だとしても、沖縄のノロ・ユタさん達はそれを受け止めてきちんと仕事をしている。本当に尊敬するしかない人たちだ。

 若干腹黒いことは否定できないけどね。彼女たちはとても強かだから。


 


 久々の広域浄化でちょっとテンションが上がっているんだが、白石がお葬式状態なのであんまりはしゃげずにいる。

 

 清音さんに対しては今まで通り〝ぼかして隠す〟って言うよりは、俺たちのやることを見て学んでもらう。

 現場を見るからこそ理解できる物もあるし、その辺りは清音さんのストレスがないようにやって行くという形になった。


 

 本人にも了承を得て『めんどくさいですね』と感想をもらってしまったが、俺も同じ意見だ。


 清音さんは顔を作るのが上手い。俺の子孫なのに。

 白石に『強くなって見せる、舐めんなし』と啖呵を切ったのも大変素晴らしい。俺はこの子が好きだ。


 


「ヒト……あ、芦屋様!颯人様!」

「やぁ、キジムナーの親分と、キコエノオオカミ。元気だった?」

「はい!お久しゅうございます。そちら様こそ、お元気で在らせられましたか?」

「息災だ、其方らも変わらぬな」


「「えっ」」


 ん?白石と清音さんがびっくりしてるけど……どした?まぁいいか。


  

 

「うん。キコエノオオカミは相変わらずお肌がもちもちしてるな。この前もらった保湿液がすごく良くて、また後で買わせて欲しいんだけど、いいか?」

「えぇ、構いませんよ。お役に立てて何よりです」


 

「……沖縄言葉じゃなくてもいけるのかよ」

「フツーにしゃべってますね。やはり芦屋さんともお知り合いでしたかぁ」

「芦屋は神や妖怪に知り合いが多い。キコエノオオカミとも旧知だ」

 

「ほー、なるほどー。白石さんは聞けば答えるスタンスに変わりましたかー。へー」

「悪かったよ」

 

「別に謝らなくていいです。私が弱いのが原因ですから」

「……くっ」



 

 あの二人は……あまり突っ込まないほうが良さそうだな。うん。触らんとこ。

 

「ほいでさ、調べてみたんだけど……本当に沖縄の神事ってどうなってるの?

 ウムイ、ティルル、呪言、神歌、ミセセル、ティルクグ、クェーナ、フサ、タービにピャーシ……祝詞に代わるものの種類が多過ぎないか?どれにしたらいいのか本気でわからんのだけど。

 沖縄言葉でも現代語でもいい、内容は自由でいい、定型文じゃなくて昔は神様が喋らせたから決まりはないとか、もう、もう……」


「我も正直理解が及ばぬ。一体どれを謳えばよいのだ。島々によっても細分化しておるし、このように数が多いとは思わなんだ」



 

 颯人が困った顔してるけど、俺も困ってます。本土でいうところの『祝詞』に当たるものが、まぁーーー多いこと多いこと。しかもネットで探しても全部言ってることが違ったり、情報自体が少なくて本で調べるしかないし、神社庁の管轄人が少ないから資料もほとんどなくて……本当に苦労した。

 

 小さな魔除けから大きな祓いまで用途が用意されてるって事は、超常が多いって事だけどさ。

 

 マジでどうなってんだ。有名な沖縄民謡の『てぃんぐさぬ花』を歌ってお祓いしてるのまであるんだぞ。



  

 今現在うちの事務所員各位は県内各地に散ってもらって、メッセージアプリで状況報告しあってるんだけど。

 

 妖怪も、怨霊も多、魔物まじむんと呼ばれる悪しき物も全部多種多様。数より種類の多さに驚かされている。

 本当に凄いんだが。本土の祝詞でも対応できてるらしくて、アリスからは『めんどくさいから私達は祝詞でいいですよねー』と言われた。俺もそうしたいところだが、広域浄化は現地の言葉が必要だからそんな簡単じゃないんだ……くそぅ。




 古い歌ならいけるかと思って調べたが、沖縄古謡に至っては1000種類を超えている。しかも口伝で伝えられているから記録がほとんどない。

 ……無理だ。知らない歌が多過ぎてどうにもならない。シャーマン達を戻してからの方がいいんじゃないのか?



「芦屋様、シャーマン達は皆あなたの歌を期待しています。広域浄化につきましては皆不得手なのです」

「キコエノオオカミ……嘘でしょ?嘘だって言って?」

 

「嘘ではありませんよ。シャーマンは個に対する術は持ち得ておりますが、全に対するものは難しい。申し訳ないのですが……」



「歌でいいって言うなら、スーパーの歌歌うぞ」

 

「ちょっ、芦屋さん!?気に入ったからとは言え、流石にやめてください」

 

「伏見さん、俺のおすすめはと、のやつだな。どっちも癖があって好きだよ」

 

「おいやめろ、流石にそれはダメだろ。俺はサンエーのが好きだ」

「あれはほのぼの系ですよね、私も好きです。ユニオンはかっこいいですし」




 みんながボケて伏見さんが呟く。「ツッコミ役がいない」と。


 しかし、どうしたらいいのかなー。俺は何をどうやってやればいいのかなー困ったなー。


 

「芦屋さんは何の歌を覚えて来ましたか?」

「伏見さんはなんでニヤけてるんだ。飛行機で聴いてたのは沖縄民謡の方だよ。音階が多いけど、他のよりはまだいける」


「では不肖キコエノオオカミ、流し名を三線が伴奏を持ちましょう。キジムナーと共に舞えば目印になりましょうや」

「……てぃんぐさぬ花とあしびションガネーしか覚えてないぞ」



  

「よく覚えられましたね。節が多くて難しいでしょうに、流石ですね!」

 

「伏見、お前おだてて歌わせる気だな」

「白石はちょっと黙っててください!」

 

 くそぅ、逃げ道がない。これしか手段がないとも言える。本当に歌でいいのか?いや、浄化を最初に受ける大本のキコエノオオカミがいいならいいのか?



 

 沖縄民謡は、独特な音階でいかにも沖縄〜な曲が多いが、民謡なだけあって節がバリバリ入り、長い息が必要になる。

 

 音階の区切りで独特の節回しが必要になるものの難しくはない。

歌詞についても曲についても誰が作ったのか不明なものが多くて、即興で作られたものばかりだ。


 琉球の民は音楽が好きなんだから、歌のほうがいいか。


 


「おし、じゃあとりあえず本土のやり方と沖縄のやり方を混ぜようかな。まずは祝詞でここいらの浄化をして、土地神たちに広域に広げられるように媒介をしてもらう。

 俺は沖縄の民じゃないから難しい気がするんだ。どう思う?颯人」


「それがよい。真幸の消耗も防げよう。真幸の歌が聞けるのは大変よい。衣装を変えよう」

 

「……ソウデスネ」



 

 上機嫌でルンルンになった颯人に突かれて、いつもの女神姿に変えられた。

 俺が女神に姿を変える時は、調印式で着た桜の刺繍が入った打掛を羽織るんだ。浄衣は戦闘装束だからこの場にはふさわしくないし。


 元の人間姿を模した偽装を解いて背が縮み、髪の毛がお尻まで伸びて全体的に体が丸くなる。

 

 颯人はもう清音さんには何も隠す気がない。言わなくてもわかるよ、長年連れ添った相棒なもので。


 


「芦屋さん、ですよね??女の子なんですか?なんて綺麗なんでしょう!神様みたい!!」

 

「………………その服マジかよ」

 

「そうでしょう、清音さん。結婚……いえ、大切な式で芦屋さんがちょっと本気を出す時に切るんです」

 

「えっ!?け、結婚??あっ!?指輪してる!待って……トップセコムの颯人さんが旦那さんってことですか!?」


「あぁ、まぁ、うん。トップセコムは間違いないな。結婚はしてない」

 

「ええぇ……どう言うことですか?

 いやはや、こりゃ驚きましたね。あらっ?なんだか白石さんと伏見さんからも似たような気配が。なんでしょうかこれは?」


  

「清音さん、認識阻害効かなくなってますね。数日のうちにメキメキモリモリ成長してます。こういうの、懐かしいですねぇ」

「俺はあんま知らねーけどな」

 

「ほー?結局よくわかりませんけど。しかし、これはなんの気配なんだろう?スンスン、ふんふん……」



 

 伏見さんと白石の周りで匂いを嗅ぎつつちょこまか動き回る清音さんと、渋い顔してる白石。伏見さんは懐かしいと何度も呟きながらこっちを見てる。

 

 清音さんが察知しているのは、俺が渡した神器の勾玉かな。


 まぁね、俺たちは水瓶座だし。運命の女神に愛されて1日でレベルがガッツリ上がるんだ。そういう星のめぐりだからな。清音さんもそうなるのかな。


 


「其方の裏公務員時代を見ているようだ。懐かしいな。あの頃がなれば我はこの世に姿を成していない」

 

「颯人……」


「清音は察している。あれには隠さずともよいだろう?我はようやく人目を憚らずに其方に愛を囁ける。」

 

「さ、囁くなし。……二人の時にしてください」

  

「ま、真幸……」



  

 小さな声で颯人に伝えると、飛び上がって抱きついてくる。満面の笑顔でほっぺにすりすりされて、俺はなんとも言えない気持ちになった。わざと言ったことに気づいてるだろうに、そんなに喜ばれると胸が痛いんですけど。


 清音さん、やはり俺の声が確実に聞こえてるな。顔が真っ赤だ。 

 俺たちとの距離は遠くないけど、普通の人間なら聞こえるはずのない音量にしたんだ。耳がいいのは、元々持ったものだろう。

 

 里見家の血脈によるものか、彼女の守護としてずっと傍にいる『犬神』のせいなのかはわからないけど。これでなんとなく現状の能力は把握できた。


 


「はー、さてさて。では久しぶりに颯人の指示をお願いしようかな」

 

「ふ、そうしよう。まずは祝詞からだ。清音に見せるならば大祓、六根清浄を経て歌で良いだろう」

 

「どっちがいい?」

「恋歌と言いたいところだが、其方らしい歌がよい」


「わかった」


 

 背筋を伸ばし、御嶽を拝する。頭を上げるとキコエノオオカミが慌てて真正面に走ってきた。

 

 僅かに手を開き、鼻から息を吸って口から吐く。柏手を打ち、自らの身を祓う。


 

 パァン!と大きな音を立てて首里城の広場に音が響き、静かに目を閉じた。

 

 


 

 

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