135 ちむぬちゅらさん
白石side
流麗なカーブを描いた石垣たちは平に
漏刻門の
歴史が刻まれた石垣の隙間にはびっしり草が生えて、緑と灰色のコントラストが美しい。門を潜ってすぐに開けた景色が眼下に広がる。
首里の街並みと東シナ海が望める眺望のいい場所なんだが……。
「はー、結構キツイですね」
「坂だし、階段だしな」
「私夏が苦手なんですよね、ひー……」
病み上がりってのもおかしいが、熱が下がったばかりというのを考慮すべきだった。普段なら弱音を吐かない清音が、いつもより眉を下げている。ここはきつかったかな……俺は気遣いが足らん。芦屋以外には特にそうだと思う。反省しよう。
肩に提げたボディーバッグの中から経口補水液を取り出す。タオルと一緒に清音に渡すと笑顔が返ってきた。
「高級水ですか!お家から持ってきたんですか?ありがとうございます」
「高級?なんだそりゃ。買い出ししたのが余ってたから一応な。……俺が悪かった。熱で体力が下がってんのに、こんな坂道登らせて」
「ほ?なんで謝るんですか?大丈夫ですよ。こう言うのは動けば治ります。体調不良は気合いで治すんですよ!運動すれば良いんです!」
「いや、気合いで治すなよ。無駄に男らしいのはなんなんだ」
ふふん、とふんぞり返って水分をガバ飲みしてる清音に風が届く。
普段一つにまとめてる長い髪は、今日はそのまま解き放たれている。柔らかくそれがそよいで、ふわふわ漂う姿に目が奪われた。
……俺の心臓は落ちつかねぇな、今日も。
第四の門、
ここから西のアザナと呼ばれる物見台に行けるんだが……やめとこう。体力が心配だ。
「あっ!来た!キコエノオオカミ様、お客神……お客人ですよ!」
「
……これは翻訳術をかけたほうがいいか。さっき迎えに来たキジムナーと、真っ赤な琉装に身を包んだキコエノオオカミが笑顔で佇んでいる。
キコエノオオカミの元は
ノロはユタとはまた別物だ。ユタは神憑きで代弁者の仕事と、村の医者や相談役として働いていた人達だ。どちらも生き霊を飛ばして人を呪うのは同じだが。
『みーとぅの割には指輪してないね?』
「夫婦じゃねーっつの」
「白石さん!?沖縄言葉が分かるんですか?わたし、何言ってるのか全然わかんないです……」
「あぁ、俺が聞いとく」
「すみません」
ニコニコしながら握手を求められて握り返し、夫婦呼ばわりはやめろと呟いた。
キコエノオオカミはニヤリと笑って返事なし。なんだよ。
清音にも翻訳かけようとして、ふと気づく。言葉がわからんならその方が都合いいか……翻訳術を捻り直して、俺の言葉も一時的に沖縄言葉に変える。これで問題なしだ。
『この子は里見と言うのか?
『あぁ、里見清音ってんだ。安房国、里見氏の末裔だな』
『清音か、良い名だ。さて、白石。相談がある』
『……ユタ誘拐の事件とは別か?』
『別だよ。昼間では障りがある。申し訳ないけど、夜にヒトガミ様と来てくれるかい?この……』
キコエノオオカミが背後にある神廟を振り返り、ため息を吐く。
『
私はここに在する神だから許してやれれればいいのだが、ノロもユタも攫われてしまって祭事ができず段取りが組めぬ。申し訳ないのだけれど……』
『わかった。ちなみに狼藉って?やった奴はどこにいるんだ?』
『あいつ!
キジムナーが顔を真っ赤にして怒ってら。こいつは座敷童みたいなもんで、イタズラを好むが福をもたらすとされる。
ガジュマルの精霊で、ガジュマルの木自体が家の守り神なんて言われてるし……神を守ろうとしたができなかったと言ったところか。
キジムナーは屁が嫌いと聞いていたが、本当だったんだな。
『わかった。主が沖縄に来てるのは間違いないから出来ると思う。神社庁から人を寄越してもいいが、どうする?』
『ううん、それはやめよう。今回の誘拐事件についても話がある。
……お嬢さんには、神々との関わり話はしない方が良いだろう?それに、沖縄の祓いは夜の方がいい。今は観光客も多いから、巻き込んではかわいそうだ』
『確かにそうだな。わかった』
『ヒトガミ殿が勾玉を交わした、スサノオ殿はいらっしゃるのか?』
『あぁ、来るよ。俺も月読がずっと側にいるから、何があっても問題ねぇ』
『ヒトガミ様の騎士たちは皆、神の依代をお勤めであったな。現代では最も歴史の長い神継だ』
『神継は引退してるぜ、もう。今はしがない民間企業の裏公務員だ。もっとも、全ての始まりである『裏公務員』の名を残したのはヒトガミだがな。全ての始まりは俺の主人だ』
『そうだな……何もかもが懐かしい。その子には話さないのかい?』
キコエノオオカミが目線を移さないまま尋ねてくる。清音はキジムナーと一緒に手遊びしてる。アイツも子供が好きなのかな。
『そのうち話す事になる。危険な目には遭わせたくねぇが、そうも言っていられなくなっちまった。アイツの幸せのために、それが良い事なのか悪い事なのかまだ結論が出ねぇけど』
『そうか。……君の過去は知っているよ、幸せになる事を祈ろう』
『ありがとな。じゃ、また夜に』
『あぁ』
お互い頷き、手を振って別れる。キジムナーとキコエノオオカミは音もなくスウっと溶けて消えた。
「白石さん、お二方はなんと?」
『ぁ、あー、待て』
翻訳機能を解いて、不安そうな顔をしている清音に苦笑いで応じる。
「
「お祓いを?あぁ!ノロもユタさんも居ないから出来ないんですね?」
「うん、主と二人でやるよ。伏見たちも来てるだろうし、清音は宿で人質奪還作戦会議に加わってくれるか?」
「了解ですっ!鈴村さん達も来ます……よね?」
「……聞いとく」
珍しく不安げな顔だな。伏見が苦手ってわけじゃないだろうが、アイツは仲介業者をすでにいくつか潰してるから、あまり印象が良くないらしい。
鈴村には緩衝材としての役割を頼んでおこう。
「ここから先は首里城の内部だが、見てくだろ?」
「……見るんですか?お金を払って?」
「400円だぜ?」
「だって、修理中ですよ?何度目かの火事で現在工事中って書いてあります」
苦々しい顔で言ってるが、清音の財政状況がなんとなく把握できた。
能力開花が済んだら真神陰陽寮にスカウトするかな……芦屋に相談してみるか。
今までは霊力が不足していたが、共鳴の熱が下がった後にまぁまぁ増えてるし、多数の能力持ちはそれだけでも希少価値がある。保護目的でも一度話をしておかなきゃならんだろう。
「ホントにチケット買うんです?」
「ふ、そう言うなって。これは神社で言うなら御朱印とか、お守りと同じ意味がある。
神社仏閣も、ここも史跡だろ?そう言うものを保持していくための寄付なんだ」
「あっ、そう言う事か。それならケチケチするモノじゃありませんね。文化遺産ですもんね」
「そう言うこと。それに、今は逆にお得だぜ?史跡の修復は勉強になる。工事が進んで完成したら、見られないものが今だけ見られるんだ。俺たちは学んでおくべきだと思うが」
「たしかに……いや、でも私は社の建立なんかできませんよ?」
芦屋に「〜出来ないと思うけど、やった事ないし」と言われた時の事務所員の反応を思い出す。
あいつも最初は、ずっとそう言っていたんだよな。何もかも最初から出来ちまって『真幸の〝やった事ない〟ってのは
「いつかやる事になる。清音には必要な知識だ」
「……そ、そうですか?白石さんがそう仰るなら真面目に見学します」
「そうしてくれ」
券売機で二人分のチケットを買い求め、いよいよ首里城の正殿だ。
━━━━━━
首里城は、結構前から定期的に火事が起こっている。その度に建て直していたが、ここ300年余の間にも数回建て直し、修復や復元をしているんだ。
電気回路のトラブル、乾燥、様々な理由があるが――今回は侵略者のせいもあるのだろうか。若干気になるのが本音だ。
首里城の復元工事は仮建物が建てられ、3階構造となる。一階は機材倉庫、木材加工場。2階から復元工事場、3階も同じで屋根を間近で見られる。社を建てたり、修復する事もあるから、俺もきちんと見て学ばないと。
伊勢神宮の式年遷宮も毎回見ているが何回見ても勉強になる。あの技術を伝えていくのは大切な事だ。
「わぁ!すごい、プレハブかと思ったらちゃんとした建物ですね」
「一応プレハブみたいなもんだが、仮の建物をしっかり作らなきゃならん理由がある。木材が傷まないように屋根が要るし、沖縄は台風が来るからな。それも本州とは比べものにならん位の破壊力があるんだ」
「毎年すごいのが来ますもんね、街並みもみんなコンクリート造ですし」
「そうだな。琉球の家屋についてる沖縄赤瓦もコンクリートでガッチリ固めてるしな」
建物の内部に入ると、しっかりした床に壁に屋根がついてる。ガラス戸の向こう側で作業員が居て、首里城の復元に勤しんでいるのが見えた。
床に無垢材を貼っているから木の香りに満ちている。いい匂いだな、スッキリした香りが心地いい。
「木材がこんな間近においてありますよ!木の色そのままでも綺麗ですねぇ」
「無垢材の色そのままだと伊勢神宮位か?あの辺の神社はみんなそうだが」
「そうでしょうね、わたし……伊勢神宮大好きですよ。あそこに行くとテンション爆上げになるんです。あったかくて優しくて、気持ちいいですよね」
「……そうだな」
芦屋とおんなじ事言ってやがるな。感じる事も同じなのか。入る前までは文句を言っていたが、復元の工事をキラキラした目で見ている。
首里城における琉球建築様式の特徴は日本と中国のあいのこってトコだ。
正殿に飾られる「
アジアの宮殿という区分で唐破風がついてるのは、首里城のみらしい。
中国的な特徴ってのは正殿前にある御庭が建物で囲まれている事、床に
「琉球王国は宗教で民をまとめたんですよね?御嶽が神殿の扱いですか?」
「うーん、あれは神社仏閣とニアイコールだな。本州で言うアニミズム文化の最たるモノって感じだろ。
神が降りる場所であり先祖が亡くなって墓所から成仏して、神になる聖地だからな。
首里城内部の神殿は《おせんみこちゃ》って場所だよ。毎朝東に向かって火の神に祈り、王宮の儀式を行なってたらしい」
「へぇ……でもそう考えるとやはり本州も沖縄も根性は同じ気がしますね。
日本って必ず独自の文化に発展させるじゃないですか。
神道も仏教もそうですし、琉球王国は王国独自の文化を持っていますし。混ざり合っても芯が通ってるのはカッコいいです。大好きですよ、そう言うの」
「そうだな、俺もそう思うよ」
なんだかウチの主が恋しくなる言葉ばかり喋ってくるな。いいよな、こういう考え方。好きだな。
「おねぇさん、どこから
「はいっ!えーと、えーと」
「俺たちは東京からだよ、ばーちゃん」
清音が現地の人に話しかけられてる。地元の人間も首里城には来るのか。目的は俺たちと同じかな。
「まぁぁ、この子は女神様
「はっ!ちゅらさんはわかりますよ!綺麗って事ですか??お花はもらったんです。可愛いですよね」
「
「は!?は、はい……かしこまりました?旦那さん??」
「…………おほん」
気分がいい事この上ない。確かにばあちゃんの言う通りだ。夫婦では無いが。
清音に話しかけてきたばあちゃんは一人だったが……話してるうちに後ろに数人並び、さっきの話を聞いていた年寄りたちが次々に飴やらお菓子やらを清音にどっさり渡していなくなる。
地元贔屓の人なら喜んでくれるみたいだな、こう言う話は。
俺はエコバッグを取り出して、清音が抱えたお菓子をそれに詰め込んだ。
「……白石さん、エコバッグをお持ちなんですか?」
「あぁ、主と歩いてるといつもこうなるからな」
「な、なるほど?キャラ的にポッケに財布を突っ込んで、チェーンをじゃらつかせてるものだと思っていました。
その実、世話焼き女房というわけですか!」
「なんだそのイメージは。女房じゃねぇし。食い物ならまだいいが……」
「??」
勾玉貰うっての、まさか引き継いで無いよな??沖縄はほとんど勾玉断ったからな……まさかな?
妙なフラグを立てちまったような気がして、俺は無言で菓子の山を眺めた。
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