134 沖縄現着、首里城へ

白石side



「めんそーれ!はいー、今ならお花差し上げてますよー!でーじとってもお得よー!いかがですかー?」

「えっ!お得と言われると気になります!!一つおいくらですか?」

 

「差し上げるーて言ってるのに、この子面白いさー。今の時期はお客さん少ないからサービスよ、何色にする?」

「ほあっ!?な、なんと言う事でしょう!!白石さん、あの、貰ってきていいですか?」


 

 タダでもらえるってのにチラッと振り返って俺の顔色を伺う清音。苦笑いで頷くと、花輪……フラワーレイを選びはじめた。



 

 現時刻 12:30 那覇空港到着。エントランスから出て、すぐに婆ちゃん集団が俺たちを取り囲んでいる。

 沖縄ではその昔神事をするのは王女、王妃の役割だった。霊能力者であるユタも、女性が多いと言われる。所作振る舞いを見ていると全員素人じゃねぇのがわかるな。本土の真神陰陽寮関係者達と比べても桁違いの霊力だ。


 

「失礼致します……オオヤマツミノカミ様からのお告げがあり、護衛に参りました。私達は沖縄県神社庁の者です。空港から出ましたら影がお側に」


 カラフルなワンピースを着た老年の女性が背後から近寄って来て囁く。

 神社庁には内緒で来たんだが、オオヤマツミノカミがチクったな。妙な手間をかけさせちまった。清音の記憶操作のことまで把握してるから花輪云々を用意してくれたんだろう。


 

「……すまん、手間をかけさせたな。杉風事務所の白石だ。連絡先が書いてある方の名刺渡しとく。遠くまでは出歩かないから、許してくれるか」

 

「は、恐縮です。ヒトガミ様の片腕となられた方をお迎えできて光栄です。……あの、お連れ様も僅かに神力を感じますがあの方は神様ではありませんよね?」


 俺たちは目を合わせないまま囁きを交わす。名刺を渡したらワンピースの襟元に刺したバッヂを見せてきた。この人は神社庁と真神陰陽寮の接続役だな。



 

「あれは神の末裔なんだ。厄介な血脈持ちでな……昨日能力開花して、これから先も厄介をかけてくれる予定だぜ」

「左様でございましたか。お邪魔にならぬように致します」

 

「ありがとな。あぁ、護衛は明日到着の主を優先に頼む。俺達は気にせんでいいぞ」

「いえ……あの、今回は伏見家の隠密がつきますので、神社庁からは一人だけつかせていただきます。ちなみに、伏見家はすでにいらっしゃるようですが」

 

「……マジ?」

「マジです」


 チラッと目線を巡らせると……空港の柱の影、確かにいる。伏見の顔そっくりな分かりやすい奴らが。何人かは手を振ってるんだが、人懐こいのやめろ。隠密してくれ。



 

 

「白石さん!見てください!」


 ハスハス興奮した鼻息と共に戻ってきた清音。頭の上に花輪が乗ってる。フラワーレイじゃねぇのかよ。



「紅白とはめでてぇな」

「頭がめでてぇ!に聞こえますけど。あかくてほわほわしてるのがオヒアレフア、白いのはなんだっけ?」

 

「プルメリアだろ?ハワイの花だ。オヒアレフアってのは……」


「さっき聞きましたよ!火山の神様が人間に惚れて略奪愛しようとして、失敗して、神様に殺されたカップルの怨念がこの花を咲かせたって!」


  

「いや、うん、怨念じゃねーだろ。愛だろ」

 

「フーン?まぁいいです。悲しい伝説らしいですが、魔除けとしての効果が高いそうなのでこれにしました。白石さんのも貰ってきましたよ!」

「………………そ、そうか」

 

「プルメリアを男性に、なるほどぉ」


 

 おい、神社庁の人も静かにしててくれっ!清音は無邪気な笑顔で、片手に持ったプルメリアをどこに差そうかウロウロしてる。

 

 プルメリアをだな、好きな人に渡すと恋が叶うとかそういうアレがあってだな……。

 フラワーレイを持った婆ちゃん達はニヤニヤしてるし。あーくそっ。



 

「私だけ頭に被ってるとアホの子に見えるので耳に差しますか。ちょっとかがんでもらえます?」

「おう」

 

 素直にかがむと、清音が近寄ってくる。オヒアレフアってのは甘い匂いがするんだな。清音の匂いの方が強いが。 


 

「左右どちらにするのか決まりはありますか?」

「……好きにしろ」


「左!左よ!」

「清音ちゃん、左にするよー」


「左?なんか意味あるんです?」

「「「………………むふふ」」」


 ばあちゃん達はちゃんと意味わかって言ってるだろ。その含み笑いやめろ。



「左に花を刺すってのは……」

 

「まぁいいや、はーい、白石さんも仲間ですよ!今日一日中外さないで下さい!私は初めての沖縄で浮かれポンチですので!」

 

「…………おう」


 


 くそっ。隠密の奴らまでニヤけやがって!!!まぁいい、清音の虫除けにはなるだろう。お互いスーツでも着物でもねーし、今日くらいいいだろ。キャラじゃねぇのはわかるが、清音が嬉しそうにしてるなら断る理由がない。

 本人は白いワンピースを着て、赤白の花が頭に乗っかって……まるで花嫁姿じゃねーか。俺は雑念だらけになってきた。




「これからどうします?」

「とりあえずモノレールに乗る。まずは首里城、飯食って国際通りでも覗いて、夕飯は焼肉だ」

 

「おぉ!?お任せコースですか?」 

「あぁ。行きたいとこあるなら……」

 

「いいですよ!沖縄は、白石さんコーデネートコースでデビューですね!!」

「コーデネートとかどういう発音なんだ……行くぞ」

 

「はーい!」


 

 冷静に考えたら、コレ完全にデートじゃねーか。浮かれポンチなのは俺の方だ。

 

 清音のハイテンション具合を眺めながら、俺たちは空港を後にした。



 ━━━━━━


  

「沖縄って電車ないんですか?」

「ない。唯一あるのがこの『ゆいレール』って奴だ」

 

「車社会ですかね。わー、ずいぶん高いところを通るんですね!意外にガタゴトするものなんだ……」

「車社会は間違いない。モノレールは羽田空港行く時にも乗るだろ?」

 

「フッ。弊社がおいそれと飛行機を使えるとでもお思いですか?」


「かもかもかんぱにぃ⭐️は無理か」

 

「ええ、はい。でも社長が今回のお仕事でガッポガッポのウッハウッハだと仰ってましたし、使えるようになるかもしれません。わざわざ私みたいな下っ端に電話してくるくらいですから、相当でしょうね」

 

「そりゃ良かったな」



  

 金曜日の真っ昼間だってのにモノレールの中は結構混んでる。那覇空港に直結したゆいレールに乗り、首里城までは30分程度だ。明日以降は車を借りる予定だが、俺が張った結界の効果も分かってねぇし今日は徒歩圏内で済ませたい。

 

 水族館も考えたが、魚を見て『美味しそう』とか言いそうなのでやめた。遠いしな。沖縄は縦に長い島で、ゆいレールも途中までしかない。

 新都心と言われるおもろまち付近、那覇市近郊は都会だが、地方に行くには車が必須の土地だ。


 

 モノレールから見える沖縄の街並みは意外に都会だと思う。人々がひしめき合い、建物が山ほど並んでるし川は汚れてる。

 海は綺麗だが、ここも人の業に塗れてはいる。街のそこかしこに黒いモヤ……瘴気があるな。以前沖縄に来た時は国護結界の補修目的だったが、沖縄は劣化が早いからまた補修しなきゃならん。


 劣化が早いってのは穢れが多いからだ。土地ゆえか、歴史ゆえか、人の在り方ゆえか、その辺りは何とも言えねぇな。



 

「おねぇさん、内地の人だねぇ?」

「はっ!?な、なぜわかるんですか!?」

「そんな浮かれポンチな服装だからだろ」

 

「白石さんだってそうですよね!?ちゃっかり半袖半ズボンですし!……アロハシャツにしてもいいんですよ?星野さんみたいに。」

「しねーよ、バカ」



 少し前に席を譲って座った老夫婦が、俺達を見てニコニコしてる。ばーちゃん達は認識阻害の術を通して見ているはずだが、物珍しげな顔して……やはり白の上下にしたのはやり過ぎだったか。

別にやましい気持ちはない。下心は否定できんが。


 

 

「あなた達ご夫婦かと思ったけど、ウムヤーでしょう?」

「……そんなもんだ」

「ウムヤー?なんですか?」

「ウルセェ、合わせとけ」


「ウムヤーだから、お兄さんはお花が左なんだねぇ。お揃いでかわいいさぁ」

「ほ?そう言えば左側にお花だとなんか意味あるんです?」

 

「左耳に刺すのはウムヤーがいるからナンパお断りって意味よー」

「懐かしいさー、若い頃はよくおジィにしてやったねぇ」

「ほっほっ、アナガチサンなつかしいねぇー」


「「…………」」


 俺は説明しようとした。まぁいいと言ったのは清音だ。知らんぞ。

頬を赤くした清音が口をもごもごしてる。……なんだか気分がいいな?


 


「ウムヤーってのは……」

 

「い、良いです!解説しないでください!!なんとなく察しました。

 認識阻害術をかけていても結構見えてるんですね」

 

「ぼんやりとは見えるが、沖縄に住んでるってのも影響してるかもな。地元の人間は必ず魔除けを身につけてるし、わずかながら霊力があるだろ。俺達の会話は聞こえてねぇよ」


「たしかに……そんな匂いがします」

「いい鼻だな。今日は仕事じゃねぇからお気楽にしておけ」



 隣の車両からガッツリ監視されてるしな。……護衛なのにあいつらこそアロハシャツなのはなんなんだ。狐柄とかどこに売ってんだ?俺より浮かれてんじゃねーか、マジで隠密しろ。



 


「あっ!雨が降ってきました!というかこれ、スコールでは?凄い勢いですね」

「………………雨男が来たな」

「雨男?どなたです?」

「ナイショ」



 はてなマークを浮かべた清音がゆいレールの窓から外を眺め、滝のように降り注ぐ雨を見ている。

 天気雨が降って、日差しの中で雨がだんだんと霧雨になり……薄い虹がかかる。

 

 どこ行ってもこれが起きるんだからあいつは雨男……本当は女だが。

ウチの主も早めに沖縄に来たらしい。こりゃ神々がやってる歓迎の雨と虹だ。


 ……まさかこっちを覗きに来ねぇよな?



  


「綺麗な虹ですねぇ。街並みも本州とは全然違います。赤い煉瓦の屋根、四角い建物、カラフルな花や色彩の濃い植物。

命がキラキラして見えます。虹の七色がよく似合ってますね……。

 碧海へきかいに抱かれた南国の沖縄はとっても綺麗です。雨が何もかもを流してくれるといいのに。悲しい思いをする人が、居なくなればいいのにな……」

「……そう、だな」



 琉球開闢の神にも明日は会う事になるだろうし、今の言葉は俺が直接伝えよう。清音の幸せを願う言霊が胸に響いて、あたたかいモノで満たされる。


 俺と同じ物を見ているはずが、違うものを見ているんだな。今更いい人になりたいなんて思わないが、せめて釣り合えるように……同じものを感じられるようになりたい。

 

 ひん曲がった考えを胸の中から放り出し、七色の虹を見つめなおした。


 ━━━━━━

 


「暑いです」

「暑いな」

「冬ですよね、今」

「冬だ。現時刻13:00 外気温26度。湿度がアホみたいにあるぞ」

「うぁ゙ー」



 灼熱の太陽に照らされながら、首里城を目指す。まずは守礼門からだ。門の手前では沖縄の民族衣装を着て写真を撮る商売人がいる。琉装りゅうそうって言ったか、着物と中国大陸の韓服の中間らしい。

 女性は……花嫁衣装も兼ねているとか聞いたことがある。



「わー、カラフル。赤が鮮やかですね!」

紅型びんがたってんだからそうだろな。着たいか?」

 

「え、いいです。お金かかりますよね?アレ」

「そりゃそうだろ」

「その分を焼肉に回してください。お洋服でお腹は膨れません」

 

「……そ、そうか」



 色気のない返答を受けながら坂道をひたすら歩く。コンクリートで舗装され、木々が生い茂って木影があるにはあるが、完全に夏の気温だ。

 天変地異が由来ではないこの気温は、結構きついものがある。さっきまで寒い本州にいたから尚のことだな。



 

 ここ首里城は「琉球王国のぐすく及び関連遺産群」として世界遺産に認定されている。

 神社を思わせる朱色で、施設のほとんどがこの色に塗られていた。

警備員も琉装でカラフルだから、目がチカチカするほどの色彩が映る。



 守礼門を潜ると園比屋武御嶽石門そのひゃんうたきいしもんがある。御嶽うたきってのは神社と同じく『鎮守、神が降りる場所』と言う扱いで、この石門は琉球王が外出のたび安全を祈願していたらしい。

 その門の手前……精霊の気配を持った子供がじーっと視線を送って来ていた。


 


「……なんか居ませんか?人外の匂いがします」

「現世だと危険がなくても匂いがするんだったな。人外って区分か、あれは」

「ハイ。悪いものじゃないですけど、あの子は誰でしょうねぇ」



 最近小さい子供に縁があるのはなんなんだ。小学生低学年くらいの少年、真っ赤な髪がおかっぱ型でとんがった目、鋭い犬歯が口からのぞいている。コイツは特徴だけ見たら……。



「アレェ?違うな?黒曜石の瞳、星空色の髪、迦陵頻伽かりょうびんがの声に、団地妻顔……見た目は似てるけど」

「おい、団地妻顔はやめろ。……お前、キジムナーだろ」

「そうだよ!兄ちゃんは白石大か……むぐ!」


 


 清音の姿を見て駆け寄ってきたキジムナーの口を押さえて、道の端に避ける。

本人はポカンとした顔してるな、よし、聞いてねぇ。今のうちに内緒話だ。


(おい、神名呼びはやめろ)

(え?なんで?にいちゃんヒトガミ様の右腕……間違えた。左腕の白石大神シライシオオカミだろ?オレ、案内しにきたんだ!ヒトガミ様が一緒かと思ったけど、あの子は違うよな?よく見たら神力がほとんどない)

 

(あー、そ、そうだな。あいつは違う。血が繋がってるから間違えたんだろ)

 

(あ、そうなの?匂いも同じだし、血族ならそうか。聞得大神キコエノオオカミ様がお待ちだよ)

 

(そりゃマズイな……清音には俺が神だってバレたくねぇんだ。悪いが人間扱いしてくれ。初対面のフリで頼みたい)

 

(なんか複雑なんだね?じゃあキコエノオオカミ様に伝えてくる。)

(たのむ。あんがとな)


 うん、と笑顔でうなづき、キジムナーが姿を消した。……セーフだ。



「白石さん、今のは?どなたですか?」

「ビクッ?!き、キジムナーだ。知ってるだろ?ガジュマルの精霊だぜ」


 目を細めた清音に肩を叩かれて、ビク付いてしまう。こいつ、鼻がいいから勘もいいんだよ。なんで微妙に睨んでるんだ。怖え。


 

 

「何故キジムナーが、わざわざ私たちを待ち構えてたんです?白石さんのお知り合いですか?」

「あ、あー、いや、うん。一応はな。ほら、主は妖怪とも仲良しだし」

 

「あぁ、なるほど……そういえば神様とも仲良しって噂がありますけど?」

 

「はっはっ。多少は知り合いがいる程度だ。真神陰陽寮の免状を持ってるから間違えて迎えにきたんだろう」

 

「ふーん、そうですかぁ」

 



 あごに手をやって、清音が思案顔になっちまった。うーむ、色んな意味で油断大敵だな。開花したことでコイツの気配を神に勘付かれるようになっちまったらしい。

 ……待て。俺の結界仕事してねぇな?



「とりあえず中に行きましょっ。その後にお昼食べますよね?わたし沖縄そばが食べたいです!」

 

「おう。近くに美味いとこがあるぞ。手頃な値段で評判がいいんだ」

「それは楽しみですねっ!さっさと行きましょう!!!」



 うん、食い物で釣れば誤魔化されてくれるようだ。キジムナーがうまくキコエノオオカミに伝えてくれるよう祈りながら守礼門をくぐった。 

 

  

 

 

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