シャーマン誘拐事件
133 沖縄の怪談
清音side
「今回の誘拐事件で攫われたのはユタ、ノロがメインで霊媒師さんは攫われてないんですね」
「そうだ。明らかに能力者だけ区別されてる。本物にしか手出しされていない」
「しかし、沖縄の神様とか
「ヤベーだろ?俺は沖縄に主を連れていくのは反対した。あいつも攫われそうだ」
「それは、否定できませんねぇ」
現時刻 10:30 飛行機の中でリラックスしながらパソコンで沖縄の勉強中。
前乗りで私と白石さんが沖縄に行き、1日ゆっくりしてから杉風事務所の皆さんと合流する事となった。
土曜日に仕事をぶち込んだため、わたしの有給は土日と振替になり、焼肉の予定が前倒しされたのだ。
本日は焼肉である。ヒャッホウ!!
……とは言えない状況。だって、沖縄って色々と凄いんですよ。
沖縄の歴史は戦争がメインとして捉えられがちだが、同じ日本人としてはかなり独特な文化を持っているように感じた。
お墓もそうだし、神様もそうだし、呪われた過去の行いもそう。
県内各所で日本の神様を祀っているものの、日本全土を覆う守護結界の庇護を受ける部分は少ない。何故ならば、沖縄文化に根付くシャーマン達が『今まで通り自分で自分の身を守る』と言ったからだそうで。
本土と仲が悪いとかそういう事ではなく、歴史の長いシャーマン達の意見を尊重して沖縄にある神社を点で繋いだ状態らしい。
沖縄のシャーマンとして有名なのは「ユタ」と呼ばれる人たちでそれと同一視されがちなのが「ノロ」。元々はどちらも個人を占うシャーマンではなく、ノロに至っては国家公務員だった。陰陽師と同じ扱いで、こちらは琉球王国直轄の部署だ。
現代の本州では真神陰陽寮の神継が国家公務員として成り立ち、誰もが知る存在だが沖縄ではユタやノロが表立って働いてはいない。国家公務員としての登録はご本人たちが拒否したと聞いている。
何故ならば、シャーマンとは言えユタもノロも大元が『呪い』による出自だから。同じくシャーマンに由来する巫覡や巫女、イタコとは全く違う位置取りである。
現代ではユタが動画サイトに《スピ系》として宣伝したりしているけど、本物のユタ・ノロはそう言ったことはしないのだという。
生まれた時にシャーマンとなる宿命を持ち、その宿命には抗えない人たちは喜んで仕事をしているわけじゃないし、お金儲けをほとんどする必要がない。
本物であれば、依頼がなくなるわけないですもんね。
今世でユタにならないなら、来世に先送りするとかの方法があるらしいけど『なりたくない』と言っても神様がそれを許さず、仕事として別のものを確立している人でも、晩年には必ずユタにならなければいけないらしい。
その宿命に抗った人たちは大切な人や物を失ったり、不可解な災難を背負うと言われている。
まさしくこれは呪いの一種で。なりたくないけどならざるを得ない……そんな話を聞いた。
「しかし、琉球王国を盤石にするためとは言え……本当に生き霊で時の人を呪い殺してるんですか?」
「県史に載ってんだからそうなんだろ。呪い殺した理由が『霊木を勝手に切り倒した』ってのが怖いが、アニミズムも強い土地だからそうなる。沖縄では死んだもの全てが神になるからな。
有名な観光地の島は先祖が蛇だってんだから、色々と濃い文化なんだろう」
「うーむ、業が深い……」
誰の業が深いのか。琉球王国なのか、生き霊を飛ばすことを生業としたノロなのか、シャーマン産出の原因を作った神様なのか……謎が多いところです。
「沖縄は本当にすげぇぞ。車道、歩道、普通の生活圏にしつこいくらい魔除けがある。省庁が認可して作られてるモノが山ほど設置されてて、日常に溶け込んでるのが当たり前なんだ。
浮かれた気分で移住した奴が、近隣住民にそう言った話を聞いて青ざめたのはよく知ってるぜ」
「そ、そうなんですか?」
うむ、と頷いた白石さんはニヤッと嗤ってスマホを膝に置く。
「一つ、怪談でもしてやろう。俺の知り合いが一年限定の仕事で沖縄に来た。そいつの住まいは職場から徒歩10分位のウィークリーマンション。朝11時に出勤、夜は23時に退勤。通勤路はふた通りあり、どちらも車を使う必要のない道だ」
「職場が近いのはいいですけど、勤務時間長くないですか」
「それはそれで怖い話だが、俺たちも似たようなもんだろ。
それで、接客商売だから近隣の怖い話をお客さんから毎日のように聞く。
その内容は『この場所は観光地だが地元民は絶対行かない』『お前の通勤路、こっち側は夜通るな』『雨の日に窓を開けるな』『夜中に外に出るな』とやたら具体的な話だ」
「……既に怖いデス」
「しかも、半年以上沖縄に滞在すると言った途端アドバイスが増えた。観光客にはそう言う類の話はしないらしいぜ」
「話す人を選ぶのがさらに怖いデス」
「ふ……だがそいつもなかなか肝が座ってる奴でな。聞いた話を散々確かめてみた。夜中に外に出たら特定の場所がハッテン場だったとか、雨の日に窓を開けてると強風でやられるとかそんなもんだ」
「あれ?怖い話じゃない……?」
「ここからが本題だ。通勤路の話だが、職場までの道順とされるのは二本。一本は綺麗な煉瓦道で閑静な住宅街を巡り、道途中の真ん中にでっかいハイビスカスの木が生えてて、少々時間を食うつくりだ。
もう一本はハイビスカスの木の脇から別れる。自宅までは自販機のあるアパート以外が空き地で直線なんだ。どっちを通りたいか、誰が聞いてもわかるだろ?」
「そりゃ、直線を通りたいですよ。そっちの方が近道ですよね?」
「そうだな。だが、その自販機側の直線道は近隣の住民がこぞって『絶対に通るな』と言う。実際そちらを通った時はマイナス6分だったらしいが」
「通るなって言われてるのに、よく通りましたね!?」
「昼間なら問題ないんだとさ。住民は頑なに通らないらしいが。そんで、ある日残業になり、そいつは楽しみにしていたアニメの放送時間が迫って焦っていた」
「…………」
「一刻も早く帰宅したい。できれば冷えたビールと枝豆を用意する時間が欲しい。となりゃ、例え6分でも時間短縮するしかねぇ。問題の場所を通るのはちょうど夜中の0時。陰陽師にとっては常識だが、その時間帯はマズい」
「ええ、はい、そうですね」
「しかし、そいつは迷わず『通るな』と言われた道へ足を踏み出す。さっさとそこを通り抜ければばいいと思って、アパートの手前までやってきた。
だが、どうも様子がおかしい。気温が二十四度あり、蒸しているのに空気が冷たい。
暗闇だからというだけの恐怖ではない何かを感じて、自販機の手前で立ち止まった」
「………………そ、そ、それで?」
「自販機ってのは災害に向けて非常用電源ってのがある。停電したとしてもすぐに灯りがつくそうだ。その自販機の明かりがバツッと急に落ちた。
突然闇に支配されてストレートな道路の先まで黒く染まり、足元から寒気が立ち上る。
意味のわからん恐怖に押されて、そいつは後退った」
「…………」
「結局そいつは無駄に時間を過ごして、元のクネクネ道に戻り、深夜アニメには遅刻した。録画もしてなかったから当時泣きつかれてな。大変だったぜ」
「そそそそ、そんな事よりですね!?自販機はなんで電気が消えたんですか?その人はその後無事だったんですか!?」
「無事だよ。自宅に帰って普通に飯食って中途半端にアニメを見て寝た。ただ、そいつの借りてたアパートと同じ通りに例の自販機があるんだが、振り返ってみてみたら自販機には普通に電気がついていたそうだ。街灯がないと思っていたが、数本あったらしい。そこにも灯りは付いていた、と。何もなかったかのようにな」
「……ほ、ほう?」
「その後そいつは悪夢にうなされたり、『通るな』と言ってくれた住民から魔除けの札、家に置くためのシーサーとかそう言ったもんを山ほどもらい、しまいにはユタを紹介された」
「なんか、憑きました?」
「そうみてぇだな。3階に住んでるのに毎晩窓を叩かれたり、帰宅したら家のドアが凹んでたり、お客さんにもらった魔除けの札が真っ黒に染まったり、車に轢かれかけたり散々な目に遭ったらしい。
排水溝に長髪の黒髪が詰まってたなんてのも言ってたな、そいつはショートヘアだが」
な、何ということでしょう。そんな気軽に何かに取り憑かれるんですか!?
電気が遮断されたなら怨念系だろうか。まっすぐな道路、空き地、真っ暗闇……振り返ったら〝そんな事なかった〟とか想像するだけで怖い!
「ちなみにその地域は新都心で閑静な住宅街、人気の場所だ。煉瓦道の方にはびっちり住居が並んでる。
にもかかわらず該当場所のアパート周辺には建物ひとつなく、空き地のままだ」
「うわ……」
「住宅街の煉瓦道には沈丁花の生垣がみっちり生えて、手入れが常にされていて枯れる兆候があれば即座に植え直される。
住民は自宅の生垣にひいらぎ、梔子、椿等が植えられていて、分かれ道の目印であるハイビスカスの木はとても大切にされてる。
自販機の背後にあるアパートに住民はいない。ボロボロだが壊されてないって話だ」
沈丁花の生垣は手入れが難しいけど、香りで厄除け、魔除けになる。柊も、梔子も、椿も、完全に魔除け用の植木だ。
椿なんて結界樹と言われてますからね!
ハイビスカスは、沖縄では『
何で住民のいないぼろぼろのアパートを取り壊さないんですかねぇ。自販機は買いに来る人がいないでしょうに、何故撤去されないんですかねぇ……。
「思いっきり怖い場所じゃないですか!!じわじわ系なのが余計怖い!!
そこを通っていたら一体どうなっていたんでしょうか……」
「さぁな……過去に犠牲者がいたから周知されたんだろうが、そんな記録はねぇな。記録できなかったのか、そもそも記録するようなことがなかったのかはわからん」
「何もなければ噂になるわけないですよね!?」
「……ま、そういう事だ。こう言うのは日常茶飯事らしい。
戦争で亡くなった人が多いからそれのせいもあるかもな。巨大な力場になってんだろ。
沖縄では酒飲んで清めた方がいいかも知れん。飲兵衛が多いのも納得だぜ」
「…………うぅっ」
ニヤけた白石さんがCAさんを呼んで、白ワインを注文してる。早速実践ですか!?
「言うの忘れてたが、機内での飲み食いは経費になる。食いたいものあるなら頼んでいいぞ」
「ちょっ?!早く言ってくださいよ!怪談より先にこっちですよ!!」
「ハハハ」
頭にポン、と手を乗せられて、機内メニューを手渡される。
おもむろにそれを開くと、お酒におつまみに軽食、お土産まである!?待って、私が知ってる飛行機のメニューじゃないです!!
「何ですか?このゴージャスメニウ。生ハムはわかりますがピンチョス?タルタルって何……?」
「格安航空会社とは違うし、一応ビジネスクラスだからな。理解してなかったか」
「エコノミーしか乗った事ないからわかりません!やたら早く搭乗案内されるな、とか足元が広いな、とかは思いましたけど!!くっ、これが格差社会!!」
「じゃ、これがお前の初体験か。そうか」
あれ、何故かツッコミがこない。
いつもなら「格差社会とか言うなよ、もやし飯」って言いそうなのに。
白石さんはしみじみと呟きながら、優しい微笑みを浮かべている。……何事ですか??
「お待たせいたしました、白ワインでございます」
「はわわ!ワイングラスがちゃんと硝子です!」
「そりゃそーだろ」
「普通は紙コップでは?凄い!」
「なるほど、エコノミーはそうか」
「お客様、何かご注文なさいますか?おつまみでしたら、こちらがおすすめです。フルーツもつきますよ」
「はっ!?はい、じゃ、それ下さい……」
「かしこまりました、ありがとうございます」
「こ、こちらこそ……?」
「くっ……」
「白石さん!笑うとこじゃないです!」
ガラスの器に入った白ワインは量が控えめ。それをいつのまにかテーブルに置かれて冷や汗をかいてしまう。
というか、クラッカーついてきてますよ?おつまみこれでいいのでは????
「んじゃ、初めてのビジネスクラスに乾杯か?」
「うわ!上流貴族っぽい!!」
「何だそれ……くく……」
無邪気に笑う白石さんを見つめながらグラスをちょっとだけ合わせた。
本当は掲げるだけにするのがマナーだけど、私たちの場合は魔除けのために器をぶつけるんですよ。
爽やかなワインの香りが鼻に抜ける。
何これうんまっ。こんなに美味しいワイン、初めて飲みました。
先が思いやられる沖縄への道のりを思って私はふーっ、と息を吐いた。
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