132 謎ばかり
清音side
石が乗ったみたいに重たい瞼。体も重たい。まるで風邪をひいて治った翌日のように、全身に感じる重力が増して、私を布団に縫い付けてくる。
ふかふかの枕、あったかいお布団。上掛けが肩までかかって少し暑い。
モゾモゾして上掛けを避けようとしたけどちっとも体が動かない。
「んん……うん???何これ??」
あれ?なにかが……ううん、誰かが体の上に手を乗せてる??
お布団も枕も私のとは違う。うちの寝具はぺったんこのはずだ。使い古して何年も同じのを使ってたし。万年床なんだから敷布団も掛け布団も、こんなにふかふかしている筈がない。
瞼を開けて、そのまま体が固まった。
イケメンだ。まごうことなきイケメンが目の前で寝ている。しかもこれは。
(し、しししししら、白石さん!?)
なんで??白石さんはなぜ私と布団に?これ、ベッドインしてますよね??と言うかここはどこですか???
大きめのベッドに私達は寝ていて、クリーム色の壁紙、黒いデスクと椅子が見える。大きな本棚が壁を埋め尽くし、上から下まで分厚い本達がびっしり並んでいた。
書斎……?いや、壁にかかっているのは私のスーツと、彼がいつも着ている着物だ。仲良く並んでこっちを見てるみたい。
こ、ここはもしや……白石さんのお家なのでは!?
「清音……起きたのか?」
「……」
「寝ぼけてんのか?熱は大分下がったな。水分取らねぇと……」
白石さんが目を覚ました。ぱかりと開いた瞼が気怠げな雰囲気を醸し出している。
今気づいたけど、私の首の下に彼の腕がある。完全に抱っこされてるじゃないですか……。そのままの姿勢で手を伸ばし、ベッドサイドにあるテーブルから吸い飲みを取って差し出された。
反射的にそれを口にして、吸い込む。
これって病人に飲み物を飲ませる道具ですよ。白石さん、何でこんなの持ってるんですか?
口の中に広がる微かに甘い液体。ちょっとしょっぱくて、酸っぱい……これは経口補水液だ。夏の盛りに最終的にお縋りする料金高めの水分補給!!!
こくこくそれを飲み込んで、白石さんをじっと見つめてしまう。
寝起きの白石さんなんて……初めて見た。寝癖がついて、開ききってない目がしょぼしょぼしてる。それにしたってかっこいい。寝起きからかっこいいって何なんです??
たまに目を瞑ってうとうとしてる……あっ!目の下にクマがある。もしかして看病してもらったんですか??私はやはり病み上がり?
でも、何で一緒に寝てるの?そしてやはりここは白石さんのお家ですよね??
はてなマークで頭が埋め尽くされ、ぼーっとしてしまう。
「まだ飲むか?」
「…………」
「眠たいんなら寝てていいぞ。微熱がある。熱で体が疲労しただろうし、今日一日はゆっくりやすめ」
「…………」
吸い飲みをサイドボードに置くと、首の下の腕に力が入って自分の体が包み込まれる。二人分の体重がきしりとベッドの音を立てた。
「これでよし。……よく頑張ったな。起きたら飯があるから、もうちっと寝てろ」
「……………………」
彼の腕の中に収められて、心臓がうるさい。何が起きているのかさっぱりわからない。目を瞑り、記憶を必死に辿る。
昨日は朝からなんだか体がホワホワして、会議に持って行くコーヒーを廊下に全部こぼして……いやこれはいつも通りか。
それで、熱が出てるからって早退しろと言われて。ハーフイケメンの先輩になぜか絡まれて、送って行くとか言われて。
あの人は女癖の悪さで有名だし、私なんかに声をかけるのはおかしい。『あんだおめぇ』と、心の中のヒーローを思い浮かべながら会社から出て、そしたら白石さんがいて……。
そして、胸がキューンってして、思わず駆け寄ってしまった。
訳がわからない。昨日まで泣く子もだまる閻魔様とか地獄の門番だと思ってたのに。
どうして……?どうしてこんなに優しい声で私に話しかけてるの?私、どうしてこんなにドキドキしてるの?
「お前、本当にかわいいな。寝顔が見られるなんて幸せだ……役得だ」
柔らかい感触が額に触れた。……で、デコチュー!?可愛いって……言った。わ、私のことですか??
規則的な寝息が聞こえて、そっと目を開ける。目の前に居るのは何度見ても白石さんだ。……いい匂いがする。
何の匂いだろう?すんすんかぎながら胸元に近寄り、気持ちよくなって顔を擦り寄せてしまう。
あったかい、気持ちいい、幸せ……。
「清音は……俺が守る」
「……」
寝ぼけた声で囁かれた言葉に、私は完全に固まり脳が思考停止した。
━━━━━━
「そっちも熱が下がったか?清音は若干微熱が残ってる。飯は食ってるし、ちゃんと寝てるが」
『芦屋さんはもう働いてますよ。今日は真神陰陽寮で報告を受ける予定です。
説教……おほん。会議の内容は後ほど共有します。
今回の事件と関連する事件が起こりまして、復帰次第向かってもらいますので』
「説教したのか……とりあえず了解。今度はどこだ?清音もか?」
『沖縄です。すでに清音さんの会社……《かもかもかんぱにぃ》には依頼済みですよ。爽さんも久しぶりにお会いして元気そうでした。
倉橋夫婦も連れて行ったのですが、爽さんはユニークですね。『
「自虐ネタにしてんのかよ。名前どうにかならんのか。……それでその、清音にはどこまで共有していいんだ?」
『依代の話は無しで。真神陰陽寮とのタッグはそのまま話していいです。
能力開花、結界についてはぼんやり伝えておいてください。熱が出たら白石が拉致すると言うのも』
「拉致って言うな」
『いやはや、驚きましたねぇ。魚彦殿の医院に連れてくるとばかり思っていましたから』
「……俺もそうすりゃよかったと後から気付いた。先に言ってくれよ」
『ふっ、芦屋さんがあの様子でしたし、高天原で問題発言をしましたから。僕も思うところがあるんですよ』
「問題発言?何言ったんだ?」
『それは現地にて話します。休み中は、ヤモメ会会員を脱することだけ考えるといいでしょう』
「最初から会員じゃねぇ!ちくしょう……揶揄いやがって」
『くっくっ……あー面白い。美味しいものを食べて一旦お家に帰してあげてくださいね。女性は遠出の場合、準備があるんですから。体調が回復したからと言って、簡単に手出ししないように』
「しねぇよ」
『ふっ、後ほど資料を送ります。では』
現時刻 10:30 白石さんと伏見さんの電話を聞きながら、相変わらず狸寝入りをキメています。依代?結界……?真神陰陽寮とタッグを組む……国家機関からの依頼??
そして……そして沖縄!?
「くそ、どいつもこいつも浮かれたメール送りやがって」
白石さんは、しかめ面のままデスクに座ってスマートフォンをぽちぽちしている。暫くののち、大きなため息が落ちてデスクの上にある写真立てを起こした。
写っているのは綺麗な女性だ。目を瞑って、花に囲まれて。……あれはもしや棺の中では?
「俺は、全部手放さないって決めた。清音はお前の生まれ変わりだが、俺が大切なのは今の清音だ。……邪魔すんなよ」
再び脳が動きを止めた。何それ……どう言うこと???頭の中がぐるぐるして何も浮かんでこない。
コンコン、と響いたノックの音に再び目を瞑る。
「兄ちゃん、ご飯作ってるけど食べれそう?清音さんの具合は?」
「まだ寝てるよ。……朝飯、いやもう昼か。俺も手伝う」
「兄ちゃんがご飯作り手伝うとかやめてよ、天災を起こす気なの!?」
「どう言う理屈だそれは。俺だって飯作れるようになりてぇ。こう言う時に、イチイチお前を呼ぶわけにいかんだろ」
「へーえ??覚悟が決まったってワケ??」
「うっせーな。何作るんだ?」
「今日は豚しゃぶと……………」
よく似た声の二人が部屋から遠ざかる。私の頭の中の記憶が薄っすら浮かんで来た。
さっきのそっくりさんは弟の悠人くんだと思う。
私は昨日かっこいいスポーツカーに乗せられて、ここに来て、卵とネギとひき肉が入っておだしの効いた、大変おいしいおじやと……夕食には野菜とお肉とエビが入った味噌煮込みうどんをいただいた。デザートのフルーツも美味しかったな。
ご飯の記憶だけはしっかりしているものの、他がぼんやりとして思い出せない。
「もしかして、記憶操作されてる?何故?何の為に……そして何故白石さんは……」
私の思考を遮るようにズボンのポッケに入ったスマートフォンが振動を伝えてくる。手にとって、表示された名前にビビり散らかしながら電話に出た。
「しゃ、しゃ……社長!おはようございます!!」
『おはよう里見さん。具合はどう?』
「はわわ、わたしのような下々の者にわざわざありがとうございます、熱は下がりました!」
『それは良かった。さて、君の有給は明日までなんだが、今回真神陰陽寮から直接依頼が届いてね。
暫くはあなたと幸せの杉風事務所の方と共に仕事をすることになりました。関係各社からも資金がいただけるし……ウッハウハなんですよ!
「そ、そうですか」
『すみません、興奮しました……おほん。そこで、体調が回復次第沖縄に飛んでもらいます。経費については杉風事務所の方が一時負担してくださるので、清音さんにお支払いしてもらわなくても良いそうです。今回の依頼は……』
━━━━━━
「お前本当に起きてて平気なのか?」
「大丈夫ですっ!なんかふわふわしますけど」
「うーん……顔色はいいが、無理すんなよ。沖縄に行くの、本当に明日の朝イチでいいんだな?」
「はい!」
ダボダボのTシャツとズボンを掴みながら白石さんの机に二人で齧り付く。飛行機の手配をしてくれているようだ。
そして、いいことに気がついた。
「行き先は沖縄……土曜日は沖縄で焼肉……」
「あぁ、そうするか。宿は真神陰陽寮のを使う。あそこの近くに美味い焼肉屋があるぞ」
「そうなんですか?社長も仰ってましたが、国家機関の真神陰陽寮と裏公務員の事務所がタッグを組むなんて……こんな事あるんですね」
「今回は緊急事態だ。もう、随分組んではなかったな。本当に久しぶりの事だ」
マウスをポチポチしながら白石さんがタバコを咥える。火をつけないままパソコンの画面を切り替えて、真神陰陽寮からの依頼書を表示してくれた。
「この通り正式依頼だ。国の直請けだぜ。迷家の事件を皮切りに、関連の仕事は俺とお前が主体で動く。うちの事務所員全員もここにかかりきりになる」
「ご、ゴージャスメンバーですね。わたし、いります?」
「要る」
迷いなくキッパリと言われてちょっと困ってしまう。杉風事務所の方が動くなら、私なんか必要ないと思うんですけど。
「お前の鼻をアテにしてんだよ」
「そ、そうですか?うーん……あ、タバコ吸っていいですよ。お気遣いなく」
「お前も吸うか?」
「あ、わたしはいざという時にしか吸わないのでいいです。まだ本調子じゃないですし」
「じゃあ俺もいい。別の部屋で吸う」
うーん、うーん、この、何とも言えない感じ。白石さんの笑顔ってこんなに柔らかいものだっただろうか。
ぽんぽんと頭を撫でられて、私に尻尾が生えていたらきっとぶんぶん振っていただろうと言う気持ちになる。
「さて、今日は沖縄の復習でもしておくかな」
「お勉強ですか?」
床に座ったままでいたら、ヒョイっと腕を持ち上げられて椅子に降ろされる。……お子様扱いですか?
「シャーマン系統の復習。気が向いたら依頼書見とけ」
「かしこまりました!……沖縄って言うとシャーマン……ユタの方が関わりますか?」
「そう。有名なユタが片っ端から攫われてるんだ」
「攫われ…えっ!?そ、それなら早く現地入りした方がいいのでは??」
「いや、問題ない。ユタってのはちょっと難しくてな。あんまり早く来るなって言われてるんだよ。予定通り動いた方が良い」
「???」
何となく影を背負った白石さん。本棚から取り出したのは『呪い大全』という分厚い本だった。
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