131 受け継がれるもの

白石side



 月読が清音の頭に触れて、目を瞑る。

 記憶操作がどうなってるかの確認をしてくれているんだが、すげぇドキドキする。

 

(熱で記憶が混濁してるだけだ。心配ないよ。熱が下がれば全部忘れてる。

変に違和感持たせる会話をしなければ大丈夫。なるべく清音ちゃんに合わせて)

 

(そ、そうか。ビビったぜ)

(僕としては戻っててもいいけど)

 

(そう言うなよ……)


 

 俺の横に並んで、月読がじーっと灰色の目を合わせてくる。なんか言いたそうだな。

 黙ったまま灰色の目が揺らぎ、氷嚢を摘んで立ち上がった。そのまま、ひらひら手を振りながら部屋を出ていく。

……何も言わないのが余計怖いんだが。



  

 爆弾発言をした清音は顔を俺の肩に乗せて、目が半分開いたままだ。それを抱え直し、流れる髪を耳にかけた。

 

 ぼーっとしたままのその顔が緩やかに笑みを浮かべ、顔パーツの角度がとろんととろけて行く。

 昏い色の目はなぜか芦屋一族に引き継がれている。本人が何かしらの力を使う時に昏い色になるんだが、清音がこの色になったのは初めてだった。



  

 お前は、何を受け継いだんだ?芦屋の何を貰った?俺の手が届く範囲で頼みたいところだが、こればっかりは何が出るかわかんねぇしな。

 

 瞬き、黒く揺蕩う夜の海のようなその瞳の色。……あまりにも綺麗で見惚れてしまう。

 初めて芦屋に会った時も同じような気持ちになったのを思い出して、懐かしい気持ちになった。

 

 今じゃ『黒曜石の瞳、星空色の髪、迦陵頻伽かりょうびんがの声に、団地妻顔』とまで言われる芦屋に似てるんだから、相当美人だと思うんだ。


  


「なぁ、清音。横にならんと辛いだろ」

「辛くないです。くっついてるとすごく楽なんです」

 

「そうなのか?」


 中途半端な格好をしてるから、体の力が分散して震え出した。それを支えて半身をしゃんと起こし、ベッドに腰を下ろす。

 抱き合うようにして背中に手を回すと、清音の重さが伝わってくる。

 体が熱いな……また熱が上がってる。辛そうな姿を見ているのかきつい。俺が代わってやりたい。


 


「はぁー気持ちいいです。いい匂いがしますねぇ」

「シャンプーの匂いだろ?」

「んーん、白石さんの匂いです。この匂い大好き」

 

「うぐ……」


 首元ですんすん匂いを嗅がれて顔を擦り付けられる。胸の鼓動は急激に間隔を狭めた。やめろ、バレちまうだろ……落ち着け自分。



  


「すぅ、すぅ……」

「はぁ……色んな意味で危なかった」

 

「ほー……なるほどねー」

 

「あっ、月読!戻ってんならさっさと入ってこいよ。なるほどって何がだ?」



 薄くドアを開けて、月読が覗いていたようだ。「ふむふむ」と言いながら部屋に入ってくる。

 

 差し出された氷嚢を受け取り、枕の上に敷いてタオルで巻く。清音の頭を戻してみても俺の服を握ったまま離さない。

 本日何度目かの仕方ねぇが発動して、添い寝をするしかなくなっちまった。体勢が辛いから横に寝っ転がるしかねぇんだ。


 


「んむ、ん、抱っこ」

「くっ……そぉおお」

 

「いやぁ、いい眺めだなぁ。抱っこしてあげなよ。姫がご所望ですよ」

 

「やめろ。俺を追い込むな」

「ふっ……」


 

 寝そべったままピッタリくっつかれて、足が絡まってくる。俺は試されてるのか?

 

 月読が布団をかけて、自分の腕をどうしたもんか彷徨わせた後に清音の上に乗せた。

 正気に戻ったらこの距離はしばらく無理だろうな。これぞ棚からぼたもち……いや、何言ってんだ俺は。

 



 

「原理がわかんなかったけど、こうして見てるとわかる気がする。

 好き合うってことはさぁ、それも魂の共鳴なんだよね。清音ちゃんは今、真幸君と熱で共鳴してるけど、彼女自身は直人のことが好きで……直人も清音ちゃんが好きだろ?想い合う者同士なら心臓の音が揃うんだよ」

 

「何だそりゃ。それで体が楽になんのか?」

 

「落ち着いてる方に引っ張られるから、楽になるよ。真幸君の具合が悪い時、颯人は絶対傍を離れないだろ?颯人がいれば真幸くんは落ち着くの。身体的にも心理的にもね。

 前に二柱とも長期間睡眠した事があるんだけど、片方があまりにも衰弱してる場合はもう片方も眠って回復し合うみたいだよ」

 

「へぇ……確かに呼吸がおさまったな」


  

 さっきまで息を荒くしていた清音がスヤスヤ静かに寝息を立ててる。

芦屋達が寝てたってのは、勾玉を交わしたあたりの話か。俺が出会う前の事だ。


 俺がいれば楽になるのか。なんだそれ。いちいち俺を煽ってくるのやめてくれ。


 

 

「はー、いいなー。男ヤモメの会会員としても、真幸くん大好き同盟としても、直人のバディとしても複雑な気持ちー」

 

「おかしな団体に属すなよ。お前も天照みたいに、芦屋の子にくっつけばいいだろ」


  

「陽向君は顔が颯人に似てるでしょ。あの顔には抵抗感がある。性格は真幸君似だけどさ、あの子は生まれてからずっと幸せで……愛されて育ってるから根本から違うよ。

 みんな素直じゃないよなぁー、陽向くんと兄上は両片思いってやつ。兄上からも陽向君からも恋の相談というか、愚痴は僕が聞いてます」

 

「そんなの初めて聞いたんだが」

 

「真幸君にも内緒だもん。直人も秘密にしてよね」

「わかった……」



 

 陽向がねぇ……ふぅん。あいつも、親に負けず劣らず難儀な人生を抱えてるんだよ。生まれからして大変だったもんな……。


 

 芦屋が人間の体から解脱して、神の体に代わる時……うまく霊力が移行できなくて死にかけた。それをうけいによって霊力を大量に使い、人間の体から霊力保持の貯蔵庫を移植したのが陽向が生まれたきっかけだ。

 

 誓の内容は、霊力の新しい貯蔵庫を作るのがいいか・そのまま受け継ぐべきかと言う占いだ。頑固な芦屋は元の貯蔵庫を選び、それが『是』となり……颯人さんが手ずから移植した。


 

 本人に誓の内容を内緒にしているのは『元の貯蔵庫を必要とするのは、我が広げて作り上げたものだと真幸が認識しているからだ。愛されている証拠だろう?

 本人には言わぬ、まだ……夫婦とはなれぬのだからな』だってよ。


 難儀なもんだな、頑固な相棒を持つと。

 

 別段肉体関係がなくても仲睦まじいんだから気になったことはない。が、納得できてはいない。……颯人さん、もしかして聖人なのか?

 愛情深いから芦屋のキリがつくまで待ってんのか、もしくは試したがうまくいかずに時間をかけてるか……どっちかだろうな。



 

 芦屋の霊力は分散することができねぇくらいデカくて、放っておけば悪鬼の餌食だ。だから、新しい命を与えるしかなかったし、霊力を一度放出しなけりゃ貯蔵庫も取り出せねぇから……他に方法がなかったんだ。


 一人の子に収まっちまったのは、二柱が長年つけてきた結い紐に染みついた愛情故だった。 

芦屋の子として生まれた陽向は、今のところ芦屋と颯人さんの唯一の子供だ。



  

 あいつは芦屋と同じく生まれが神だから、この世に出てきて一年で大人に成長した。

 

 神様が生まれるのなんか初めて見たが、芦屋のように人に育てられなければ成熟が早いらしい。この辺りの仕組みは謎のままだが、周囲の神達が当たり前の顔してたからな……そういうものか、と納得するしかなかった。俺も原理は全くわかってねぇ。


 

 陽向が成人してから真神陰陽寮で働いて、そこで出会った人間と結婚。その後半神半人の子供が産まれた。芦屋にとっての孫だな。

 

 現世で暮らして妻の死を見送り、子孫の行く末をある程度見守ってから高天原に上がった陽向は天照の助手になっている。月読の代りみてぇに、近侍として働いてるんだ。

 

 あいつらがやたら近距離なのはそれか。ようやく腑に落ちた。


 

 

「兄上もそれはそれは陽向君を大切にしてるけどさ、お互い胸に抱いた過去の人がいるから素直になれないんだ。直人もそう、僕もそう。恋愛って本当にめんどくさい」

 

「は、確かにな……」


「それと別だとしたって、颯人なんか恋人や夫婦になれないまま……300余念の月日を過ごしてるんだよ?

 原因は聞いてないけど、ここまで長引くなんて……真幸くんのトラウマが原因だとしか思えない」

 

「それにも同意だ。みんな一筋縄じゃいかねぇな。超常ってのはそう言うもんかもしれん。数奇な運命が勝手に付属されちまうんだ」

 

「……そうかもね。普通じゃないから『超常』なんだもんね」




 

 国を守るトップ達はみんな複雑だな。伏見と鬼一は相変わらず独り身だし、単純か?

 長く生きればこんな風に複雑化していくんだろう。好いた相手が人間なら、さらに悲しみが深くなるのかもしれん。神々が人を娶らないのはそのせいか。謎が一つ解けたな。


 


「あっ!ひらめいた!!直人の子ができたら、僕のお嫁さんになって貰えばいいんだよ!!!」

 

「ばっかおま、何言ってんだ!?」

 

「めちゃくちゃいい気がする。楽しみだな。僕は女の子がいいからよろしく。

 真幸君の血も入ってるしー、直人の血も入ってるしー。最高じゃないか」

 

「まだ結婚すらしてねぇだろ」

「まだ、でしょ?ふっふっふっ」

 

「………………クソっ」


 

 心底嬉しそうにほくそ笑む月読の顔が憎らしい。こいつも相変わらず食えない奴だ。

 

 まあ、でも長い時を共に生きて来た相棒がいて助かることもある。寿命のない人生なんて想像もつかなかったが、これから先も想像がつかねぇな。俺と清音の事もそれに含まれちまうけど。


  


「兄ちゃん、満月が天頂に達したよ。すっごいヤバ目のやつがウヨウヨいるから早く…………うわ」


 

 悠人が慌てて部屋に入ってきた途端、窓が強く叩かれる。あーあー、ウルセェ。

 カーテンを閉め、指を弾いて簡易祓いを施す。

清音を抱え直し、布団でくるんだ。外からバンバン連打されてるぞ……ホラーか?ここ2階なんだが。



 

「清音ちゃん起きないね?」

「真幸君との共鳴が最大値になってるから、それどころじゃないんだと思うよ。はい、直人」

 

「おう」

 

 月読からネックレスを受け取り、清音の首に巻きつける。髪をかきあげてうなじの上でそれを止めると、先端の石が光を弾いた。


 

 

「悠人くん、ひふみ祝詞で行こう」

「おっけぃ」


 悠人と月読が柏手を打ち、祝詞を謳い始める。二人の言霊が交わりながら部屋に広がって、窓の向こうの厄介なモノが掻き消えた。


 枕の上で眠ったままの清音は呑気な顔をしてる。顔の汗を拭いてやるとむにゃむにゃ口が動く。

 もやしばっかり食ってるから細いんだな。たらふく食わせてもう少し肉つけてぇ。

 

 こいつが何か食ってる時の、幸せそうな顔は一度見たら忘れられない。


 食べ物に執着のない俺がうまいと思うのは芦屋の家で食う飯と、清音と一緒に食う飯だけだ。

 俺はこの先その時間を自分の手にする事が出来るのだろうか。清音が他の男を見つける前に、引き止められるのかな。

 


 

「清音、俺がお前を守る。まだちゃんとしてやれねぇが、もし……他にいい男が見つからなければ、待っててくれると嬉しい。

 俺は、自分の中のあの人をきっちり消して、ちゃんと……」


「消さなくて、いいですよ」

「清音……?」



 腕の中で瞼を開けた清音がかすかに微笑む。目の中が黒く、昏く染まった中に柔らかな光が灯る。

 あの人が死ぬ間際に見せた、あの色だ。芦屋が颯人さんを見る時の優しい光と同じ。


 

 

「私は、私です。白石さんは、白石さんです。あなたの中にいる人を消そうとしてもきっと消えない。……綺麗な人ですね」

「写真、見たのか」

「はい。勝手に見てごめんなさい。私じゃ敵わないかもしれませんね」



 胸がザワザワと音を立てて、俺が思い出せなくなっていたあの人の声が、匂いが、感触が記憶が一気に蘇ってくる。


 

  

 コーヒーを飲むときは、砂糖を二つか三つ。甘いものを食うときは二つだったな。右回りに3回、左に2回かき混ぜる。

 

 玄関で靴を脱いだら、人差し指と中指で揃えて踵をくっつけて爪先を開いておく。

 

 朝日を眺めながら『今日もいい日になりますように』と手を合わせる。


 飯を食うときは必ず味噌汁から口をつける。

 鍵の施錠を確認するときは指差し確認を3回する。

 公園で遊ぶ親子を眩しそうな目で見て、少し切ない顔をする。

 

 布団の中で目を瞑る前に家族の名をつぶやいて、ぎゅうっと目を瞑ってそばにいない寂しさを涙で流す。

 

 それから、それから……。


 


「私の中の全部をちゃんと見てください。何もかも、丸ごと愛してくれなきゃ、全部をあげません」

 

「…………わかった」



 わずかに上がった柔らかい唇の端。目を瞑った清音を眺め、額に唇で触れる。

首に通したネックレスの先端にも口付け、神力を流し込んだ。

 

 思い出そうとしても、ずっと思い出せなかったあの人の記憶が次々と湧いて来て……目の奥が痛い。全部をあの人に捧げたはずだが、今は泣きたくないんだ。

 

 目の前には清音がいる。俺の大切な人の記憶を思い出させてくれた……今を生きている清音が。



 


 お前、いろんな人のいいとこ取りか?いや、汁物持ったら転ぶし、おっちょこちょいだし、うまい食い物に目がなくて、甘えん坊で、意地っ張りで、すぐ無理しやがる。

悪いとこも引き継いでるよな。でも、そこが可愛い。

 

 俺は考え違いをしていた。清音の全部を受け入れて、前世の、あの人も愛して行かなきゃならんのか。

 

……よく、わかったよ。


 


 ネックレスから唇を離すと、あひる草文字が周囲に浮かんでは消えていく。俺の神力は銀色で月読と同じなんだ。芦屋が七色で、颯人さんは金。

月読をもらったから、俺は銀なのか?畏れ多いったらねぇな。


 キラキラ光る文字がネックレスに落ちて、ダイヤモンドの上で跳ね、真っ白な色に変わる。

 

 ……清音の霊力はそんな色なのか。綺麗だな。お前らしいよ。



  


「名前の通り、清いってわけだねー」

「それを染めちゃうんだね、直人が」

「オヤジ臭い事言うな。結界はどうだ?上手くできてんのかわからん」



 相変わらず香る、梔子の香りはちっとも弱くなってない。

もしや失敗しちまったのか?


 

「大丈夫、あまーい匂いは消えてるよ」

 

「颯人より上手な結界だよ。できれば定期的に更新してあげて欲しいけど……チューしなきゃだからなぁー。今のままだと難しいだろうなー」

 

「ハードル高いね?兄ちゃん♪」

「くっ……ど、どうにかする」



 穏やかな寝息を立てて、スヤスヤ眠りについた清音。真っ赤な顔も治ってるな。ほっとした。


 


 

「ところで何の力が目覚めたんだ?俺にはからっきし視えんのだが」

 

「「………………」」

 

「おい、何で黙ってんだよ。芦屋の力ってそもそも何だ?何でも出来るよな、あいつ。あの人の記憶を戻してくれたのは違うよな?……うーん…」


 

 芦屋は能力が多すぎてわからんから、考えるのをやめよう。そのうち判明するだろ。

 

 鈴村は真実の眼、星野は祓い、鬼一は……何だろう。あいつもオールマイティになりつつあるが、忍び系はやめて欲しい。直系じゃねぇから鬼一は関係ないのか?うーん。

伏見は狐系か?いや待てよ、親の能力ってんだから父親のも継ぐんじゃないのか?

 今まで血脈に受け継がれてきた力は?どこまでこいつの中で目覚めるんだ?



 

「いくつ能力が目覚めるのか、考えるだけでゾッとするんだが」

 

「僕もだよ直人」

「兄ちゃん、颯人さんより大変な目に遭いそう」

 

「やめろ。背筋が寒くなる」



 俺たちは肩をすくめ、お互い見つめ合ってため息を落とした。

  


 





 

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