（改変中）裏公務員の神様事件簿

108高天原で会いましょう その2

「――今回の事件概要説明は以上となります」

「全員に情報把握してもらったところで調査報告がある。スクリーンに映すからしっかり見てくれ」

　現時刻　高天原の時間で11:00。　

　会議室に所狭しと並んだ神々と人間の関係者達。伏見さんを始めウチの事務所員が今日は取り仕切っている。

　迷家事件の概要説明をした伏見さんが室内の灯りを消し、鬼一さんが立ち上がり、パワポで作った資料をスクリーンに投影した。

　会議という名の説教会だから、みんなの顔が暗い。

イナンナをはじめとした諸外国の代表神、日本は関係庁舎の責任者達も来てる。真神陰陽寮からは真子さん、倉橋夫妻。

　揃ってスクリーンを見つめ、ため息がそこかしこで落ちてるな。

「荼枳尼天については利用されて荒神になっていたが、やった事がやった事だ。現世時間で向こう100年、大日如来の預かりとなった。彼女を祀った仏閣には分霊し、守りが薄くならないようにしてあるが長期謹慎の処分。

　そして、蓮華畑と迷家の中で見つかった魔法陣分析結果は以下の通りだ」

　俺は向かい側一番前の席に、横並びで揃えた神々を厳しい視線で捉えたまま。

　彼らは、冷や汗をかきながら目を合わせてこない。全員高天原では知り合いだし、故事や神話で知られた神々だ。…神達には預かり知らぬ事だと思いたいが、何かしらの内部情報を得ているようだった。

「蓮華畑の目的は『毒の散布、地力の低下』海底に陣を刻み、海上に幻として蓮華を顕現していた。魚を誘って毒…資料にある通り寄生虫だが、今回は毒と表する。

　罹患者は四百。国内の毒魚流通をたどり、全員治療を終えている。人間の犠牲者が229名、地力の低下により土地神が三柱亡くなった」

「あの…今回はどなたが浄化を？」

「俺がやったよ。悪いが質問は説明が終わった後にしてくれ」

「……ハイ」

　手を挙げて尋ねてきたのは『黄帝（こうてい）』。お隣の大陸神話の神だ。華胥（かしょ）の夢で理想郷に訪れ、大陸を最初に治めていたとされる伝説を持つ。

　本神は素直で優しいんだけど、大陸国内はずっと荒れてるからな…この事件が彼のせいかどうかまでは不明だ。この後は俺たち以外に調査や処罰を任せるから、こういう対応にならざるを得ない。

　鬼一さんが俺の肩に手を置き『すまん、先に言えばよかった』と呟く。鬼一さんのせいじゃないけど、今回の役回りがあるから俺は顔を見ない。…ちょっと胸が痛いけど彼はわかってくれる。

「説明が終わったら質疑応答の場になるからな、それまで沈黙で頼む。

　さて、事件に使用された毒はタイワンアリタケ。菌の分類で蟻にしか感染しない筈のものだ…本来はな。この辺りは呪術により人にも感染するよう調整されていた。

　タイワンアリタケの生態だが、蟻の脳にフィルターを作り体の筋繊維を破壊して神経を断つ。菌で宿主の体を包み、神経細胞を新たに作り上げて…脳を生かしたまま体を乗っ取り動かす。ゾンビみたいなもんだ。

　ゾンビ化する寄生虫は他にもあるが、今回使われたのは一種のみ。罹患した人間の筋繊維も神経もズタズタにされたから、ウチの主しか治せなかった。

　ちなみに、これの出自は台湾じゃないとだけ言っておく。あの国は穏やかで争いを好まず、日本とも友好関係が深い。そもそも争う理由がないのは明白だ。調査は関係者がきっちりやってくれ」

　スクリーンの写真が画面が切り替わり、魔法陣の写真が投影された。

　イナンナの顔色が始めに変わり、各国の神達からざわざわと声が上がる。

イナンナの国は呪い関連に詳しいからな、見ればわかるだろう。

「次、迷家内部の魔法陣・蓮華畑を作るために刻まれたのがこれだ。全体的な基盤は陰陽術。文字はサンスクリット、ルーンがメインだ。捧げ物は豚肉、もやし、りんご…それから人だ。蓮華畑には複数人の漁師達、迷家内で主格に使われたのは6歳の少女、血族の母、祖母、祖父、天上に上がっていた父の魂も捧げられている。父は事件前に海難事故で亡くなっていたが、これも不可解な点が多い。他の一族は全員迷家の中で殺害された」

　鬼一さんが苦い顔をして座り、妃菜が立ち上がる。

「魔法陣について真実の眼で視たところ、これに使われている文字は全部出鱈目やった。魔法陣の表層に擬態として使用されていたのはグリモワールの悪魔召喚やったけど、裏面はこうや」

　伏見さんが本来の魔法陣を映し出す。

　これを見れば犯人は明らかだ。

「今回使われていたのは三種類。呪いの増強、日本の地底である金輪際からの穢れの召喚、一番強いのは隠された本性を剥き出しにして善性を薄め、悪性を強化する物。

　……文字見ればわかるやろ？どこの国のもんか。よう目に刻みや」

　妃菜が冷たく言い捨てて、どさりと大袈裟なアクションで椅子にかける。腕を組んで、ふんっと鼻息を吐いた。

　しばらく沈黙でスクリーンを見つめていた神々が額を抑えたり、眉間を揉んでる。一様にしかめ面になったのをみて伏見さんが電気をつけた。

　苦い顔が並ぶ中で青くなってるのは五柱。横並びにされた意味を理解したみたいだ。

「じゃ、最後に俺から」

　椅子から立ち上がり胸元に挿した扇を手にしてトン、と机を叩く。自分の呪力を背負ってずしりと体が重くなり、扇の先から会議室にそれを満たしていく。

「俺はどこの機関からも言い訳と謝罪を聞かない。国内政務の担当・真神陰陽寮・魔法陣を作った国・神々からもだ。

　まず、天上から清い魂を引き摺り落とした事、小さな子とその家族を呪いの核にした事、小さな港町の幸せな暮らしを壊した事、周辺で穏やかに土地を守っていた土地神を殺したこと…それらについては関係各所がきちんと調べて責任を追及、処罰するように。…これはお願いじゃない。」

　一旦言葉を切り、全体を見渡す。頷いた神達は複数いるが、青い顔になった神達は小刻みに震えていた。

「調査書は荒神堕ちした神についても、事件発見が遅れた理由も記載してくれ。うちの事務所で全部調べて、全容を把握してるが…これ以上の情報は渡さない。

　責任者による調査、処分が不足していたら俺が直接動く。動きが遅いと判断した場合もだ。

　仲介業者には全て査問を受けさせ、場合によっては業者そのものを全て潰す」

　仲介業者…清音さんが勤める会社のように、国民から吸い上げた相談事を解決、それができなければ裏公務員に引き継ぐ役目を作ったのは俺たちだった。

　作ってから三百年ちょっと、腐り始めた組織は多い。作ったなら責任を取らないとな。

仲介業者の連盟トップが白い顔になり、俺から目線を逸らした。

「また、国護結界の範囲を従来より広げる。接続海域までとし、排他的経済水域には手を出さない。

　新たに繋げて境界線とする島、国護結界の仔細は紙面を見てくれ。これらの島にはすでに結界の繋を置いてきた。ここに集まった人員の同意が得られ次第発動する」

　各員に追加で書類を回し、政治家さん達が渋い顔になった。まぁ、そうだな。色々めんどくさいやり取りが続いてるもんな。

　でも、過去の三百年で日本は大きく成長してきちんと接続海域内の島は諸外国にも認められている。

　俺の基準としては、そこに命があるかないかしか見てないけどね。

わざわざ呪力を広げて圧力をかけ、話した意味をわかってくれたらいいんだけど。

「さて、じゃあ質疑応答に移る。挙手で頼むよ」

　呪力を四散させて椅子に座る。颯人が机の下で手を握って浄化をかけてくれる。いつもより冷えた手から、優しい気持が伝わってくる。眩暈がするって事は熱が上がってきたな…最後まで持たせないと。

「国護結界領域については、世界各国で認められている物ですから問題はありません。確認するまでもないでしょう。

　その上でお聞きしたいのですが、除外されている島はどう言った理由からでしょうか？」

　手を挙げたのは海外外交担当の人か。揉め事が多い島を除外されたと思っているらしく、不満げな顔だ。

「人、神が住んでない島は除外した。日本の国土約38万キロ平方メートル、接続水域約32万キロ平方メートルの維持は俺もちょっとキツい。

　国土にある国護結界の繋がまだ土着してないから、殆ど俺の負担のままだ。三百年では足りなかったようだからな」

　結界の繋が土着すれば俺の手を離れるけど、まだそれに至らない場所が多すぎる。いかに体内にたくさん霊力を持っていたって24時間365日それを維持してるのは俺だから。今よりもさらに海上へ広げるのは、結構辛いものがある。

　暗に『国護結界を土着させるのが遅い』と言ったのを察して、真神陰陽寮のメンツが顔を伏せる。時間がかかるのはわかるが、ここまでとは予測はしていなかった。

　土着した後で更に結界を重ねるつもりだったから、もう少し頑張って欲しかったのが正直なところだ。

「今回広げたことにより、ヒトガミ様はお身体に負担が増えるのですか？」

　皐さんが顔を上げて、眉を下げながら低い声で聞いてきた。俺は頷きで応える。

「有事の際に動きにくい。具体的な数値は国防に関わるから言えない。よっぽどのことがない限りは動けるが。

　今回の事件に絡んだ国の数なら、俺一柱でなんとかできるよ。犯人を送り込んだ国を滅するのなんか簡単だ。今回の事件の対応によっては、それも頭の隅にある」

　さらに微妙な顔になった面々を見ながらニコニコしてみた。ここで余裕を見せておかないと侮られるからなぁ…。

　国護結界に使うのは、俺が人として育てた霊力を全部。接続海域まで広げると神力の1/3は持っていかれる。

　生命維持には問題ないし颯人がいる限りは余裕だけど…十カ国以上で攻められたらちと厳しいか。

　いや、人間の武器関連を合わせれば世界から攻められてもどうにかなりそうではある。国防部門も陰陽師を抱えてるから。

　他の国ではそう言った超常を大っぴらにしてはいないから、使うとしても今までと同じく内密にだろうしね。

「仲介業者査問につきましては、猶予をどの程度いただけますでしょうか」

　真子さんが立ち上がり、倉橋君達と同じ色の目で見つめてくる。

ごめんな、真子さん。真子さんのせいじゃないけど今日一番釘を刺さなきゃならないんだ。真神陰陽寮のトップだし、俺が一番頼りにしてる機関だから。

　後で話したいけどしばらくは無理だな…。

「今月末日まで。それ以上は待たない。事件原因を作った国にも怒ってるけど、一番腹が立ってるのはそこだから」

「…はい」

「外敵の攻防なんて俺にとってはたかが知れてるし、摩擦が起きるのは仕方ない事なんだとは思う。今までは内々に全て処理してきたし、海外の神達が協力してくれたからこんな事も起きなかった。

　今回の事件が全てクリアにならないのなら、機関が整っていても意味なしと証明される。三百年無駄にしただけだ。

　それなら、国護結界に力を注いで俺自身が要の人柱になるよ。そうすれば何が起きてもすぐに感知できるし、もう誰も失わずに済む。」

「しかし、それでは…」

　真子さんの厳しい目に応え、今度は俺が目を細める。扇を胸元に戻してため息を落とした。

　着物の隙間から毛玉姿の累が心配そうな顔をのぞかせる。大丈夫、真子さん達ならきっとそうならないから。

「国護結界に身を捧げれば、俺はこうして姿を現せない。誰とも話せないし、ご飯も食べれない。居てもいないようなもんだ。死ねないから永遠にそのままだな。

　摩擦が起こる前に原因を潰すから、鎖国になっちゃうかもしれない。姿がなくなって意思がどうなるかは、前例がないからわからない。手加減はできないと思うよ。」

「…………」

「俺はそれでもいい。今回の犠牲者達のような人を見ることもなくなる。ウチの裏公務員も怪我せずに済む。大切な人たちは全員自分の手の中だ」

「早急に動きます」

「…そうしてくれ」

　全体が完全にお葬式ムードだけど、締めの一言を言わなきゃなぁ…。気が重い。伏見稲荷大社でやった、あの芝居の時と同じような気持ちだ。あれは天照のせいで不完全だったけど…今回は陽向が抑えてるから黙ってる。俺の息子は優秀だ。

「こんなもんでいいかな？追加で質問があればウチの所長…あ、だめだ。伏見さん頼める？」

「はい」

「ウチの伏見まで随時お問い合わせください。んで…俺がみんなを集めたのは言いたいことがあるんだ」

　颯人と繋いだ手をぎゅっと握り締め、願いを込めて言霊に変える。

みんなに正確に伝わるように。胸に刻んでもらえるように。

「今回の事件に関しては、俺も反省してる。最初から人柱になって、今の幸せをあきらめて国護結界を繋いでいればこんな事態は起きなかった。

　人から神になり、永遠の命を貰ったんだからそうすべきだったかな、って。」

　腰を浮かせて眉間に皺が寄った人達を眺め、胸の痛みを押し込める。

　俺を大切に思ってくれてるなら今の発言は胸に痛いだろう。これを言いたくはなかったけど。

「でも、俺は今ここにいる仲間を信頼したい。俺達だけじゃなくてみんなが今回の事件を正しく理解して、きっと二度とこんな悲しい事がないようにしてくれるって。せめて…もう一人くらい子供が産みたいんだ」

「真幸…」

　颯人、怒ってるなぁ…これを言うって伝えてなかったし。人柱云々は事務員のみんなにも言ってなかった。すんごい怒気を感じるけど、これはきっと有耶無耶になると思う。せっかく自分にも熱が出てるんだから有効活用しないとな。

「みんなが解決出来なければ、最終的に目指すのはそこだ。俺にとっても命をかけた戦いになると覚悟してるよ。

　たとえ戦争になろうが問題はない。この国は俺が護るからな。

　海外の神達にもそれは重々理解してもらえているとは思うけど、日本のために海外に影響を及ぼす可能性がないとは言わない。

　今回は全員の動きを常に見てる。手を抜いたら、すぐに俺が動くことを覚えておいてくれ」

　みんなが顔を伏せたまま「はい」と掠れる声で返事をよこした。ん、よし。

「という事で会議終わり。あ、そこの五柱は真神陰陽寮とちゃんと話してね。結果は倉橋君が報告してくれるかな」

「はい！！！！！」

　大音量で返事が来たけど皐さんは嗜めない。倉橋君の顔が真っ赤だ。

「では会議終了とします。…ヒトガミ様、体調が戻ったらお話があります」

「私も」

「俺もだ」

「わたしもー！」

「ぐすっ…私もですからね…」

　事務所のみんなに睨まれて、颯人に抱き抱えられる。…ごめんもありがとうも、全部まとめて熱が下がってからだな。重たい頭を颯人の胸に預けて、目を閉じた。

「其方が姿を成さぬなら、我も共に連れて行け」

「そう、ならないよきっと」

「ならずとも連れて行くと言うのだ」

「うん。俺は颯人と離れたくないから…お願い…し…」

　暗転して訪れた闇の中で、みんなの声が聞こえる。俺はすごく大切にされてる。それを利用しない手はない。たとえ自分が犠牲になったとして、後悔なんかないんだ。

　大切な人を守れるなら、颯人と一緒にいられるなら何でもいい。…ちゃんと、みんなを守りたかった…誰も死なせたくなかったよ。俺は失敗ばかりしてる。成長しきれていない事を今回の事件で痛感したんだ。

　魔法陣の主格になった、愛華ちゃんのお家には、今年流行った『魔法少女アニメ』のランドセルが届いたそうだ。

　まだ箱に入ったまま、綺麗なままのそれは、彼女の部屋にしばらく置いて、49日を終えてから供養されると決まった。

　それを伝えてくださった警察の人は、俯いたままで「来春に使うはずだったランドセルを、すぐに処分するのが忍びなくて。私にも同い年の子がいるんです」と言っていた。

　きっと楽しみにしてただろう。お父さんが愛華ちゃんに内緒で買って、それをみんなで開封して…背中に背負って学校に通う筈だったのに。

　みんなの笑顔で見送られてワクワクドキドキしながらキラキラの笑顔で応えていただろう姿を思い浮かべると胸が苦しいよ。

「愛華ちゃん…ごめんな…」

　頬に熱い雫が伝い、自分の呟きは耳の中に染み込んでいった。