107高天原で会いましょう その1
真幸side
「ん…颯人…」
「おはよう、我の花」
「おはよ…んんー…」
腕を伸ばしながら瞼を開けると、見慣れた顔が俺の目覚めを待ってくれていた。
いつまで見ていても飽きない伴侶を眺めながら、眠りからの覚醒を待つ。
窓の外に広がる海から届く波の音、風が木の葉を揺らす囁き、小鳥が囀る声が耳に届いた。
ふかふかであったかい布団の中、自分の体はいつもの通り颯人の腕の中。…スッポンポンで寝てしまったようだ。何十年前かに『そういうのは浪漫だが、もう歳なんだから風邪引くぞ』って白石に言われてたのに、久しぶりにやっちゃったな。
昨日の夜、俺は感情のままに白石に怒った。全部をちゃんとわかってるのに歯痒くて、あいつ自身が切ない思いをしてるから苦しくて…俺が勝手に思って感じただけで、白石には関係ないのにさ。
自己嫌悪でジメジメしてたら颯人が慰めてくれて、いつの間にかこうなってた。
守りたかった人達をたくさん失って、苦しい思いをさせた。俺が力不足だったからだ。
白石の事や今回の事件でくよくよしてたって仕方ない。俺は俺のできる事をやるしかないって思ってはいるんだけど、中々整理がつかなくて。
颯人もそれがわかってるから多く語らず、ただいつもよりも優しくしてくれたんだと思う。
ずっとそばにいて、支え合える颯人がいるから俺は幸せなんだ。白石にも寂しい思いをした分、この幸せを知ってほしい…なんて生意気にも思ってしまっている。
布団の中で動くと素肌がサラサラふれて、くすぐったい。いつもなら颯人の体温のほうが高いのに、今日は何だか冷たい気がする。
まだ昨日の熱が残ってるのかな…。
………………俺の中の乙女脳が喋ってるみたいだ。恥ずかしいけど、なんだか今朝は離れ難くて仕方ない。
「…颯人、もう少しだけくっついてていい?」
「いいに決まっているだろう。朝からどうした…?今日は甘えん坊か。大変良い日になりそうだ」
「んふ…わかんない。颯人に触りたいんだ」
颯人の胸に顔を寄せて、心臓の音を聞く。とくとくと耳に響く穏やかな音は、左手のリングから伝る振動と重なって身体中にその脈動を伝えてくる。
はぁ……気持ちいい、幸せ。
「其方…もしや熱があるのではないか?」
颯人が顔を覗き込んでくる。…アレ、そうなの?
「そう言われると感覚が過敏な気がする。音とか、触覚とかがやけに鮮明に感じるかも?」
「そうか…それ故に昨晩は敏感に…」
「颯人!だ、ダメ!もう朝だからそう言うのは言っちゃダメでしょ!」
「まだ誰もおらぬ。我と其方二人きりだ。睦言を囁いてもよいだろう。
我の熱も冷め切らぬ。愛おしいひとが手の中にいれば、口が勝手に動いてしまうのだ」
「ほぁ…」
優しく微笑んだイケメンスマイルに、うっとりしながら目を閉じる。
颯人の大きな手が額、首に触れて唸り声が発せられた。
「魚彦を招ばわるとしよう。本当に熱があるではないか。これは良く無い」
「えー、なんでだー?神様になって熱を出すとか…子供産んだ時くらいだったのに」
俺は、幸せの杉風事務所設立前にやらかした。アリスの幼児化を経験して、それがあんまりにも可愛くて…お互い子供が欲しいって本気で思ってしまった。結果、颯人との子を独立前に一人だけ産んだんだ。
今でも思い出すよ、白石のあの何とも言えない顔。予期せぬ妊娠を対策してくれてたのにマジで申し訳なかった…。
『独立前に作っちゃえよ⭐︎』って言ってた真子さんはすごく喜んでくれたけど。皆んなももちろんそうだ。
大村さんにも赤ちゃんを抱っこしてもらえたから、そのほうが良かったかもしれないと今では思う。
「あ、あの、スッポンポンだし服着てからにしたい」
「あれは身内なのだから気にせずともよい。診察するならどうせ脱ぐ。其方の具合が悪いなら我は手を離さぬ」
「えー…うーん…魚彦ならいいか…」
布団の中で小さく『魚彦』と囁く。
しっぶい顔をした魚彦が枕元に現れて、額に手を置かれた。
「颯人、お主は無理をさせすぎじゃ」
「…すまぬ」
「ごめん、魚彦。俺が落ち込んでたからなんだよ。そんなに怒んないで」
「それにしたってしつこいじゃろう…仕方ないのぅ。夫婦仲が良いのはいい事じゃからな」
眉を下げた魚彦が布団から手を入れて、聴診器を当ててくる。
ちゃんとあっためてるから、肌に触れても冷たくない。魚彦は優しいなぁ。
相変わらずの優しい声にホッとしながら診察を受ける。魚彦もお仕事が落ち着いてからはずっと専属のお医者さんみたいにしてくれてるんだ。
体力消耗しすぎだからって、たまに夜のアレコレを覗かれてるらしいけど。何年経っても夢中になってしまう自分を見かねての事だし、仕方ない。うん。
「白石も、早う決心できればええんじゃがのう。あのような恋をする者は、身の回りにおらんじゃろう?誰にも経験がない故あどばいすもできぬ」
「そうだねぇ…星野さんが追体験してるけどね」
「葬式の時はあまり思い出したくないのう。鬼一が言った『生まれ変わりを待てばいい』と言う言葉に救われておった」
「うん…」
星野さんは、奥さんの最期を看取った後に仙人になった。俺たちの中で一番最初に結婚して…二人で幸せに暮らしていた奥さんは『人として死にたい』と言い、彼はそれを受け入れた。
俺たちは長く生きて時代を超えて、たくさんの人を見送ってきたんだ。
伏見さんが予測して言ったように、それはそれは辛い出来事だった。
病気としての治療はできても、寿命を伸ばすには仙人にならなきゃいけない。仙人になるには、自分がそう選ばなければ成れないから。
真子さんはヤンキー時代…いや、長年付き合っていた方と結婚してお子さんを産んで、今は仙人となり…真神陰陽寮の社長と伏見稲荷大社の神職をずうっとしている。伏見家の是清さん、さくらさんは寿命をまっとうして亡くなった。…もう会えないと思うと、今でも泣きたい気持ちになる。
二人が亡くなった時に、俺があまりにも悲惨な状態になったからさ。
見かねた真子さんは仙人の道を選んでくれた。
本当は旦那さんと一緒に、人として寿命を迎えようと思ってたのに。俺のせいでそれを変えてしまったんだ。申し訳ないやら、長く一緒にいられて嬉しいやら…なんとも言えない気持ちだよ。
大村さんも…亡くなっている。彼は『もう歳ですからな。生まれ変わったら見つけてください。この国と、ナマズちゃんを頼みます』と言って亡くなった。
大村神社の跡を継いだのは弓削くんだ。自分が依代となった神様を別の神継に引き継いで亡くなり、その子孫たちが大村神社にいる。
大村さんも弓削君もその系譜に生まれてくるんじゃないかな、なんて思ってるけど。
人の生まれ変わりは予測できないし、見つけるのも中々難しいもんだ。
「うーんむ、これはウィルス性の風邪などではない。『
「えっ!?ま、まさかもう能力開花しちゃったのか?」
魚彦が頷き、胸元から巻物を出す。シュルシュルとそれを解いてモノクルをかけ、文字をなぞった。あれはウチの家系図だな…。
「血脈としては
あの子は恐ろしいぞ。能力的なべーすは真幸で、一つ目覚めれば全てが次々と顕れるじゃろう。」
「あちゃー…まずいな…いや、好期とも言えるのか?本格的にどんぱち始まりそうだしなぁ…主戦力になってくれそうではあるけど」
「しかし、目覚めには時がかかろう。最終的に目覚めるならば、我らのように勾玉を交わさねばならぬ。人として全ての力を有するのは無理だ」
「そうだよなー…そうだよなぁぁ…」
「それとて先の話だ。白石ならば覚悟を決めてくれる。真幸もそう信じているだろう?」
「うん…白石はきっと清音さんを大切にしてくれる。二人で幸せになってくれる。そう思ってるよ」
颯人と魚彦にニコニコしながら頭を撫でられて、ホワホワして目を瞑った。
俺の子孫は殆ど人としての生を全うしている。可愛い孫達、玄孫、その後の子達も。
神になるとすれば人の世で生まれた命だと、清音さんが初だろう。俺の子は俺以上に頑固な子だったからさ。『両親が神ならその血を現世に広げたほうがいい。梔子の香りが増えて、母上の存在をごまかせます』なんて言ってた。俺のことをとっても大切にしてくれるんだ。
男らしいし、見た目が颯人にそっくりなんだぞ?カッコ良すぎる。
ええ、はい、俺の初子は
今は高天原で天照にべったりくっつかれて働いてる。そのうちあの子の力も借りることになるだろう。今回の事件はそう容易く終わらないはずだから。
「一つ力の目覚めの時期に、熱を出すようじゃの。始祖となるその者がこのように共鳴するのじゃ。…清音は後日、白石とでえとするんじゃろう?」
「そう。でも今日熱が出てるなら週末まで会社を休み…休まないか……」
「其方の血を濃く顕しているのだから休むわけがなかろう。今までの子孫とは段違いだ。顔も、考え方もよく似ている。
虫がつかぬよう、白石に仮の結界を張らせれば良い。我のように」
「そうだな、そうするか。早速伏見さんにお電話だ!」
スマホの電話マークを押すと、相変わらずトップに君臨し続けている伏見さんの名が現れる。それをタップして、耳に当てた。
━━━━━━
「頬が赤い…本当に大丈夫なんですか?ゆっくり寝てて欲しいのですが」
「伏見さん、あきらめた方がええで。今回招集したんが真幸やからな。休むにも休めんし、サクッと会議して終わらせるしかないねん」
「熱だけってのがせめてもの救いだな」
「熱だけでも本来は救いじゃないですけど、主に限っては否定できませんね」
伏見さん、妃菜、鬼一さん、星野さんに見つめられて俺はホワホワしながら微笑む。俺の事心配してくれてるんだ。相変わらずみんな優しい。
熱があっても他が具合が悪い訳じゃないし、誰かに感染らないなら今日やることやっとかないと。
今回はかなりの死者が出てしまった。
次の被害を出さないためにも、早急に話し合わなきゃならない。
現行の国護結界は日本列島の海岸線に沿って包み込むようにその糸を巡らせている。それを海上にまで広げて安全マージンを取るためには、うるさい隣国達にも話しておかなきゃならん。
他にも色々と今の甘い考えを捨ててもらうつもりで、今日は高天原に国護りの責任者達を呼んだんだ。
「芦屋さん!!熱があるって聞きましたよ!!!大丈夫ですか?」
「倉橋君は本当に音量下げて。熱があるなら大きい声出しちゃダメ。耳が痛くなっちゃうでしょ」
「すみません…」
真神陰陽寮の代表が到着したか。よしよし。倉橋くんがしょんぼりしながら歩いてきて、皐さんが走って来る。
「真子さんが調合したお薬です。会議中は保つと思います。真子さんが少し遅れるそうなので、私から先にお渡しします」
「皐さん、ありがとう。なんのお薬?」
「気付薬です。熱が上がるとボーッとしますから、それをキリッとさせますよ」
「ほほぉ、ありがとう!…では早速…」
白いパラフィン紙に包まれた粉薬を受け取り、中を開けると飲みやすいようにオブラートに包んである。こういう細やかな気遣いが真子さんらしいな…。
「準備よし」
「えっ、颯人…水の蓋まで開けてくれたの?」
「うむ」
「わー、ありがとう。」
オブラートに包まれた薬を口に入れて颯人に手を差し出すと、それをガッチリ掴まれて顔が近づいて来る。
…おーい、嫌な予感なんだけどー。なんでペットボトルに入った水が減ってるんだー。
「ん!?んんー!!!」
「うわ…やったで」
「ヤレヤレ…そうだと思いましたよ」
「いい加減慣れたと言いますか、なんと言いますか…」
「皆さんスレ過ぎですよー。鬼一さんを見習ってくださーい」
「俺は何も見てない、聞いてない」
「ん…やっ、はや…」
「今少し…」
「ふはっ!バカ!何してんの!!普通に水くれればいいのに!!」
「これが普通だ。其方を布団に縫い止めても良かったのだぞ」
「……ぬぅ…」
「今日は熱だけとはいえ具合が悪いののだ。あまり心配させてくれるな」
「むぅ…わかった」
颯人に本気で心配顔されたらなんも言えないだろ…。
颯人は出産の時も色々酷かったから、あれをされたくないなら黙るしかないんです。
「父上…往来ではそのような事、お辞めくださいと申し上げましたよね」
「来ていたのか。久しいな、我が子よ」
「来ますよ。天照の助手ですから。」
久しぶりの声にパッと振り向く。
颯人のすぐそばまでスタスタ長い足で歩いてやってきた神様。天照も横でニコニコしてる。颯人そっくりのイケメン顔で、颯人と同じ位の身長で、その神様が両腕を開いて笑顔を浮かべた。
「
「はい、母上」
「んー、
颯人とは違う匂い。俺と同じで、嬉しい時に香る梔子の香りが包み込んでくる。颯人が仕方なく手を離して、体ごと抱きついた。陽向に抱きついても、俺の方が背が低いから腕の中に包まれてしまう。おっきくなったなぁ…。
「かわいい…かわいいなぁ。陽向に会いたかった」
「ふ…あなたの方が可愛いでしょう。僕も恋しかったですよ。
母上はいつまでも変わりませんね。今日は熱があるのでしょう?無理しないでください」
「うん…天照にこき使われてないか?ちゃんと食べてる?」
「母上が送ってくださる冷凍のおかずを毎日頂いていますよ。天照にもあげません。母の愛は今のところ僕が独占していますから」
「んふ…今度から二柱分作ろうか?」
「いいえ、お忙しい中で煩わせたくありません。たまにつまませてあげているのですから、お気遣いなく。あなたがご健勝であるのが一番です」
陽向は目を細めて俺の顔を見つめ、頬を撫でてくれる。笑顔が眩しくて大切な俺の息子。
神様として生まれたから最初の一年しか赤ちゃんやってくれなくて、あっという間に大人になっちゃったけど。俺にとってはずーっと可愛い子供なんだ。
伏見さんが色々面倒を見ててくれたから伏見さんみたいな喋り方で、性格的には颯人をもうちょいきつめにした感じらしい。俺には甘々で颯人と変わんないけど。
「全然会えないから寂しかった。たまにはうちに帰ってきてよ」
「すみません。仕事に夢中になってしまいました。今日は難しいですが、近いうちに帰ります」
「ほんと?待ってるからね」
「はい。母上…具合が悪いなら今晩こちらに泊まられては?僕のお家に来たらいいでしょう」
「それがよい。」
「天照は手元が怪しいのですからダメですよ。ご自宅にお帰りください」
「……ぬぅ」
「ならぬ」
「颯人ぉ…」
陽向に抱っこされてたのにヒョイっと持ち上げられてしまった。颯人のほっぺを引き伸ばして抗議を示す。もちもちほっぺめ…親子のふれあいを邪魔しないで欲しい。
「其方は我にもせぬ顔を陽向にするではないか。嫉妬の対象だ」
「なぁんでだよ!自分の子にヤキモチ妬いてどうすんのさ」
「其方の好みの顔、其方の血が入った事で我よりも美しい姿であるのだ。其方が無条件でそのようにうっとりするのに妬かない訳がない」
「父上…熱に浮かされた母を大切にして下さいませんか。くだらぬ焼き餅など焼かずに早く打ち合わせを終わらせますよ」
「……そうしよう」
颯人がため息をついて天照は苦笑い。
陽向は俺の頭をひとなでして会議室に向かって行く。
「陽向君のせいで僕達の仕事がありません」
「あかん…牛蒡の騎士言われてもしゃーないやん」
「ツッコミ役すら危ういです」
「星野、別に必要がなけりゃ突っ込まんでもいいんだぞ」
「鬼一さんのいう通りですよー。皆さん漫才師じゃないでしょ?さてさて、陽向くんのいう通り早く終わらせましょう。芦屋さんに寝てて欲しいんですからー」
牛蒡…ならぬ五芒の騎士と当時名付けられたみんなと、アリスが渋い顔をしてる。
白石は清音さんのとこだから今日は俺がしゃっきりしないとな。
会議室に入る前に颯人と若干揉めつつ、床に下ろしてもらい夫婦でお揃いの正装に変える。
俺達は全員で黒の着流し、白い羽織。夫婦の神紋付きの制服だ。
襟を整え、気を引き締める。…今日は怖い顔しなきゃだから。
「うむ、良い顔だ。倉橋夫妻の薬が効いたな」
「うん、なんかこう…背筋が伸びる」
「無理をするな」
「大丈夫だよ。さ、行こう」
『応』と仲間達に返事をもらい、顔を引き締めて会議室に足を踏み入れた。
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