105 迷家編その6


白石side



「はぁ…はぁ…はぁ…」

「時計の緊急ボタン、押したか?」

「押しました!白石さん!傷を見せてください!!…あぁ…こんなに深く斬られて…」


 ボロボロになった着流しの襟を開き、清音が泣きそうな顔になる。指を咥えたあいかがその横に立って呆然としていた。


 捧げられた体を取り戻した少女は、清音の声を聞いて段々泣きそうな顔になった。

 ……小さいのにそんな顔すんなよ。お前が経験したよりは、まだ痛くねぇだろ。



 

「マズったなぁ、術師があんなにいると思わなかったぜ。半分は星野が引き受けてくれたから良かったが…ぐっ…」



 清音が体に巻いた布に枝を差し込み、容赦なく捻る。…なかなかいい止血じゃねーか。痛みで目が覚めたぜ。

 

「…止血するしかできない…白石さん、大丈夫ですか?気絶しないでください!あなたが張ってくれた結界が壊れちゃいますから!」


 しねーよ。お前を守れずに気絶なんかするか。口に出しては言えねぇが。


 清音の顔が近づいてくる。

普段からハの字に下がった眉毛、小さな鼻、プルプルした唇。黒目、黒髪の芦屋そっくりな顔が涙をこぼした。

  

 


  

「どうして…わたしを庇ったりしたんですか。ちょっとくらい怪我したってどうって事ないのに」

「うるせぇ。ひよっこのくせに生言ってんな。刀疵は痕に残るだろ」

「そんなのいいのに…ばかぁ…」


 

 俺が油断したせいで胸をバッサリやられて、血が止まらない。いかに神となろうが斬られりゃ痛いもんだ。

 命に別状はないものの、線香に含まれた術封じの薬のせいで癒術が効かない。あまり時間をかけるわけにはいかねぇな。失血死はごめんだぜ。


 

「あいかのせいで…ごめんなさい」

「お前のせいじゃねぇ。…どこも痛くないか?目はちゃんと見えてるのか?」


 指を咥えたまま、生贄の主核になっちまったあいかが頷き、清音を真似て抱きついてくる。おー、モテモテだな、今日は。


 


「いたいいたいでしょ?」

「こんなの屁でもねーよ。あいか…来るのが遅くなってごめんな。お前の体を全部取り戻したから、もう天上に登れるはずだ。父ちゃんが待ってるから行け」

「…でも……」


 大きな目からポタポタ涙をこぼして、顔が真っ赤だ。小さな子は、生贄にするには適当すぎるんだ…。

 捧げ物が純粋で、綺麗な命であればあるほど招び出されるものが邪悪になる。俺がもっと早くここに来れたら、あいかが犠牲になる事なんぞなかったのにな。


 小さな頬を撫でて、あいかの背後にいる目玉達へ僅かに復活した霊力を送る。…連れてってやってくれ。


 


愛華あいか

「あっ!お、お母さん!!お母さん!!わああぁーーーー!!!」


 目玉だけだった姿から元に戻った母親が声をかけ、愛華が叫ぶように泣き出した。ずっと我慢してたんだろう。我慢強くて、本当にいい子だ。


 

「…行き方はわかるな?すまなかった。俺達の失態で、あんた達を犠牲にした。だが、この事件のおかげで根本から片付けられる。必ず仇を打つからな」


 母親が頷き、あいかの肩を叩く。

二言、三言話して涙を拭いながら少女がやってきた。



「助けてくれて、ありがとう。きよねちゃん、しらいしさん」

「愛華ちゃん…」


 愛華が清音の頬に口づけ、俺の頬にも唇を寄せる。



「おー、役得だな。愛華、元気でな。父ちゃんによろしく言っといてくれ。魔法少女の仕事を頑張れよ」

「うん!!」



 元気に走り去る愛華を迎え、母親が頭を下げて去っていく。俺たちが逃げ延びた洞窟に差し込む光。それに向かって行った姿がすう、と溶けた。


 


「…あとで、イザナミに確認しておく。父親と合流できるか心配だし」

「……」

「さてな…どうやって荼枳尼天のところまで行くかだ。これじゃ神鎮めなんかできねーし」

「……」


「清音…動けるか?もう直ぐ芦屋が来る。それまで二手に別れよう。血の匂いでここに術師が…」


  

「あなたは、神様ですね」

 

「…………」

 

「イザナミって、黄泉の国にいる伊邪那美命イザナミノミコトのことですよね。それから、あなたは元神継でしょう。体のこなし方、術の使い方、その眼の光。わたしはそれを知っています。

 なぜ、隠すんですか?なぜ、わたしをそんな目で見るんですか?わたしを通して一体誰を見ているんですか」


「…聞きたいのか?」


 ハの字眉毛が珍しく吊り上がってんな。…怒ってんのか。



 

「あなたの戦い方は伝説に伝わるヒトガミ様にそっくりです。神継たちもそれを倣い、何百年も受け継いでいます。

 わざと傷を受けて相手が何をしたいのかを知り、挑発するような真似をして本音を引き出している。わたしは尊敬してそのやり方を準えているだけですから。あなたのやり方はもっと原初に近く、自分の命を危ぶんでいない。

 白石さんがどうしてそんなことが出来るのか、ずっと考えていました。人や仙人ならその傷で死んでいます。神様じゃなければ生きていません」

 

「……『神々の死についての概念の書』でも見たのか?」

 

「やはり…そうですか。それを知ってるなら間違いありませんね。あれは秘書として伝わる本で、神々しか本来持ち得ません。

 高天原発行の、少彦名命スクナビコナノミコト殿とヒトガミ様の名前が記された…我が家の家宝です。」

  

 はぁ、とため息をついて清音が腰を落とす。まぁ、あの本を持っていても不思議じゃねぇ。こいつは芦屋の直系子孫だからな。門外不出のはずだがこっそり引き継がれたんだろう。芦屋の絵姿と同じく内緒で現代に残されてると聞いていた。



  

 

 始まりは安房国あわのくにを統べた里見氏の伏姫から。その次は俺がたった一人の愛した、あの人の命に生まれ変わる。そして幾千もの血筋に別れた芦屋の末裔が南総里見八犬伝の伝説を纏い、俺たちの仲間の血を複数受け継いで『里見 清音』として現世に生まれ落ちた。

 

 まさか一生で一度だけ、俺の全てを捧げた人が伏姫の生まれ変わりとはな。しかも、その後に芦屋と颯人さんの血を引っ張って、里見家の子孫として生まれるなんて…。細かく言えば鈴村、倉橋、伏見の血も混じってる。清音の中には沢山の能力があり、芦屋の末裔たちは人としての霊力が育ち切るまではそれが顕現しない。清音もそうだ。

 初めての子が散々苦労したからな、蘆屋がそう言うふうに血筋の縛りをつけたんだ。


 

 お前はとんでもない運命を背負ってる。鼻がいいのは里見の血か?八犬伝はわんこの伝説だもんな。

 鼻が利くのは『隠り世で自分に対して危険があるもの』に限られる。これは最初から持っているから、里見の血で芦屋の縛りはついてない。


 初めて事務所に来た時、目があっただけで分かった。俺が好きだった人の魂だと。

 ずっと、ずっと生まれ変わるのを待っていた命だと…。



 

 

「私、これを聞くのは初めてじゃないですよね。今分かりました。私の記憶、いじってるでしょう」

「あぁ、そうだ。すまんな…いでっ」


 顔を真っ赤にした清音がデコピンしてきた。おーおー、怒ってるな。毎回よく同じように怒るもんだなぁ…。


 

「その顔って事は毎回こんななんですよね、多分。わたし、いつも白石さんに怒ってますよね?…こんな傷…毎回負わせてるって事ですよね…」

「顔で見分けるな。…そんなに泣くなよ…傷に響くだろ。いかな神とて痛いもんは痛い。」

 

「わたしがどんな気持ちで、あなたが傷つくのを見ていたと思ってるんですか!汁物持つと転ぶのを知ってるのも、血脈を知ってるのも、それですね!」

「うん…そうだ。………ごめん」


「謝ったって許しませんよ!今回も記憶を消すんですか!?焼肉はなしですか!?」

「ぷはっ!おま、それかよ…あはは!!…うぐ」

 

「あぁ…もう…気をつけてください。傷が深いんですから。私は癒術を使えないんです」

「そうだな、知ってるよ」


 俺の体をを押さえて、清音が青い顔をしてる。細い腕をを引っ張って、なるべくそっと抱きしめた。

 

 あったけーな、いい匂いがする。

梔子かぁ…お前も芦屋と同じなんだな。厄介な血を受け継いだもんだ。

 


 

「記憶を…消さないでください」

「それは出来ねぇ相談だな」

「…どうしてですか?」

「お前が危なくなるから。あと…」



 言い淀む俺の口をじっと見てくる瞳が涙に溢れて、ゆらゆらと光を弾く。

あーあ、お前本当に芦屋にそっくりだよ。今まで見てきた血族の中でも生き写しじゃねーか。参ったなぁ…。


 

「あと?なんですか?」

「俺の決心がついてない。おまえ、似過ぎてるんだ。俺の運命を変えて、神にまでのし上げて、命ごと救ってくれた芦屋に。そっくり過ぎて手が出せねぇだろ」

 

「……わたしじゃなくて、芦屋さんでもなくて、違う人のことを見てます。その人のせいでしょ」

 

「……」


 な、なかなか鋭いじゃねぇか。なんでわかるんだ??


 


「はー。男のくせに…なんなんですか。私は毎回こうやってハラハラして、泣いて、慰められて…記憶を消されたら、いつも好意のパラメーターがゼロから始まるんですよ?」

「ゼロからなのかよ…」

 

「そうですよ!口が悪いし、意地悪だし、顔が怖いし。でも…かっこいいって何故かわかりませんがずっと思ってます。あなたは記憶があるからこうやって私に触るんでしょうけど、私は無いから応えられない。※ただしイケメンに限る、が適用されなきゃぶん殴ってますからね…」



 胸元でモニョモニョ言われて、くすぐったくなる。そうだな、毎回俺に惚れちまうんだよな、お前。

 

 最初はそうならないように記憶を消していたが、俺もいつの間にか離れられなくなっちまった。

 でも、俺の中にはあの人が居る。その整理がしきれなくて、毎回リセットしちまうんだ。


 清音はまっさらな命で好きだって言ってくれるのに、俺の口は応えられない。手放せないのに幸せにしてやれない。一緒にいても、どこかあの人に似た部分を探してしまう。


  

 俺は自分勝手で、ひどい奴だ。たとえ記憶が残って清音が狙われても、俺が守ってやればいいだけなのに…手元に置くのが怖い。あの人と清音を比べて値踏みしているような自分に耐えられないんだ。


「…白石さん、あの」



 

『イチャイチャすんのもそこまでだ!』

「あ…あっ!?」

「清音、こっち来い。…お前ら、しぶといな。結構痛い目にあわせたはずなんだが。数はだいぶ減ったな」


  

 起き上がって清音を背中に隠し、洞窟に差し込む光の中に現れた術師を睨め付けた。

 

 五人揃って道士服を着た男達が青龍刀を引っ提げて立ち並んでいる。

 今回の事件に金を出した国は複数あるが、実行犯は華系の奴だ。あそこは永らく財政難だし、元々俺たちと違う文化だからモラルなんかあってないようなもんだ。役割としては妥当だろう。


 

 

「荼枳尼天様のお召しだ、オカダ。お前の命が神と知ってお喜びだぞ」

「へぇ?おれなんか喰っても美味くねぇぞ?こう見えて年寄りだからな」

「味なんか知るかよ。おい」


 わさわさわさ、とやってくる道士。こりゃ一旦捕まるしかねぇか。


 

 

「月読」

「応」

「清音を芦屋の元へ」

「…直人」

「大丈夫、もうそこまで来てるだろ」


 月読が胸元の神器に触れて、神力を足してくれる。うむ、これで血が止まるぜ。さんきゅー。


「白石さん!?何を…きゃっ!?」

「ごめんね、清音ちゃん」

「あ、あなたは…さっき月読って…」

「うん…直人、無茶しないでね」

「あぁ。清音を頼む」

「……応」


「白石さん!!やだ!!!白石さ…」



 浜茄子の香りをわずかに残し、月読と清音の気配が消えた。

 怒りより悲しみの気持ちが顕れている。芦屋と同じく清音も花の香りを発するようになっちまった。花言葉で気持ちが表れるのは…なかなかキツイものがある。



 

「へっへ、女の子を守るとは、紳士だなぁ?」

「てめぇの国とは違うんだよ。日本はそう言う国だ。」


 バキッ、といい音がして目の前が真っ白になり、暗転する。

ちったぁ手加減しろよ…マジで死んじまうだろ。


 わずかに残った意識の中でネックレスを引きちぎり、芦屋から貰った神器を口に放って飲み込んだ。

 

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