104 迷家編 その5


真幸side



「ふー…さて、次は蓮華畑の対処か。話した感じだと、白石の現状はあまり良くないなぁ」

「線香に毒でも仕込まれたか」

 

「ううん、犯人一派の術師が迷家の中にいる。そいつらが作った物で霊力の根源に蓋をされた感じだな。白石自身の神力があるからどうにかなってるけど…。

 今回の件に絡んでるのは一国だけじゃなさそうだよ」

 

「厄介な出来事だな…。真神陰陽寮は何をしていたのかと問うべきだろう」

「そうだなぁ…流石に気づくのが遅い。今回は、俺達も解決まで隠居してられなくなったかな」

「…うむ…仕方あるまい」


 渋い顔で深く頷く颯人と海岸に向かって歩く。

岸壁のそばでスーツ姿の神継たちが海上の蓮華を見てわちゃわちゃしてるのが見えた。確かにあそこが最短距離だな。

 海岸から術は届かないから沖に出ないとダメなんだけど船がないと神継達にはきついか…。

 

流石に深い海の上を渡る術は後世に残してなかったからな…後で教えないとならない。他にも、色々と。


 

「おっとと…」

「真幸、足場が悪い。我が抱く」

「えぇー…みんなの前でお姫様抱っこ?」

「考えをまとめたいなら大人しく抱かれてくれぬか」

「むーん…お願いします…」


 颯人がいい笑顔で俺を抱き上げ、大きな岩達を踏んで歩く。…なんでみんなこんなゴツゴツ岩の上でこけないの?凄いね?歩くコツは俺が逆に教えて欲しい…。

 


 

  

 現時刻21:45 白石と清音さんが迷家に入ってから1時間ちょっとが経過。

イナンナと高天原で刀談義に夢中になって『いつもなら途中で止められるのに変だな?』とふと我に返ったら、白石所持の神器勾玉が危険区域に入った事を察知した。

 

 俺は高天原で足止めを食ってたみたいだ。白石はすぐこう言う事するんだよなぁ…。俺が悲しむ、苦しむとかそう言うモノを抱えそうな案件だと内緒にして、事務員のみんなでいつの間にか解決してたりする。


 

 確かにみんな神様になったし、強くなった。仙人になって百年足らずで揃って神になった訳だけどさ、俺としては自分の事務所に居てもらってるんだから仕事させて欲しいのに。


 相変わらずみんな過保護なんだ…。大切にされて嬉しいけど、白石は最近怪我ばっかりしてる。俺としてはそっちの方が気が気じゃない。本人のせいじゃないんだけど、怪我については俺自身が口を出せないんだよなぁ…はぁ。



 


 今回の迷家事件は山口県の小さな港ではじまった。

 

 ある日突然起こった豊漁ラッシュ。名のある神様が降臨したのでは?とこの地域では噂になっていたそうだ。

 

 この辺を守っていた元乃隅神社が神社庁の所属なら、気軽に豊漁の神に直接聞けただろうけど。

個人の所有神社だから、難しかったんだろうな…。こちら側からの連携が取れていなかった証拠だ。事実としては豊漁の神は降りていない。これも敵方がやった事だ。

 


  

 豊漁ラッシュの後海上に現れた蓮華畑…これの目的は二つ。

 

 一つ目は海底から日本の地力を吸い取るため。おかげで此処の土地神達は弱ってしまい、治療院送りになった。そのうち数柱は亡くなっている。

 土地の神が亡くなってしまったら暫くは全ての新しい命は生まれない。人も、植物も、魚達も。

 

 新しい土地神を降ろしても回復には時間がかかるだろうが、そうするしかない。そんなの本来できない事だけど、亡くなる前に後継を指名したからそれが可能となった。

 最期まで『土地を、人を守ってくれ』と言った神様達を思うと本当に胸が痛い。後継を指名できる時間を作ってくれた魚彦も悔しいと泣いていた。


  


 二つ目は〝毒〟を撒いて蓮華畑自体を安定させる事、そして内乱のための兵士作り。

 

 正確に言えば毒ではなく、寄生虫なんだけど。魚が寄生虫を食べ、毒魚となったそれを食べる住人たちを害するのが目的だった。

 この寄生虫は体の主を殺さず生きたまま乗っ取り、意のままに操るらしい。

 

 最初から完全に操られる訳ではなく、徐々に宿主を弱らせ、生命維持を最低限しながら寄生するという…いやらしい毒虫だ。

 謎の不調に侵されていく事に悩み始めた住民は『神社に行けば助かる』『神秘が宿っているのだからきっと神が助けてくれるのだ。見に行ってみれば分かる』と噂を聞くことになる。


 

 一二三鳥居の神秘…ライトアップみたいな幻想的な光は元乃隅神社を人に作らせた白狐を捉えて神力を吸い取り、宿らせていた光だ。人が鳥居を通るうちに幻惑し、海の中に落とすという仕掛け付き。

そうやって次々と、人を死に至らしめる事を効率化していた。そして、殺した人の命で呪術の術式を固定した。蓮華畑も、迷家の中の呪いも。


  現世では毒を孕んだ魚はここの周辺地域で食され、国内にはほとんど流通していない。捧げ物の毒魚を食べた県内の神社に居る神様達、多くの住人たちが毒を宿している。

 

 人は体調が悪くなり迷家へ、神様たちは迷家の中から発せられた呪術と毒魚によって一斉に荒神に堕ちた。



 

 今回の目的は…まだ推測の域を出ないが、日本国民による内乱を起こそうとしていたのだろう。

 住民達には武器が与えられ、決起する直前だった。寄生虫に操られていたものの、攻撃相手は特定されていなかったから…もう少し遅かったら無差別テロになっていただろう。土地の人たちを操って国を滅ぼす算段としか思えないやり方だ。

 

 迷家の対処で蓮華畑を見張っていた星野さんが毒に気づき、伏見さんに連絡が行き、事件前葉が判明したのはあっという間だった。

 



 

 迷家が作られたのは…たまたま通りかかった荼枳尼天に白狐が助けを仰ぎ、荼枳尼天がそれを助けようとしたから。

  

 荼枳尼天は事件の真相を知り、人が身投げをする場所だった海中から迷家へ導いた。彼女は人の毒を癒してやろうとしていたはずだったんだ。



 蓮華畑を作ったクソ術師たちが荼吉尼天の迷家作成を知り、迷家の主人を荒神へ堕とそうとした。荼枳尼天は荒神に堕ちていると言うよりも元々持っていたをより顕にされている状態だろう。

  

 


 本来ならこれが始まった時、迅速に対処していればこんなに被害者が出なかったはずだ。国民からの「ヘルプコール」に正しく対応せず、案件をたらい回しにした仲介業者のせいで事態が悪化した。 

 これまでも外敵からの侵略は何度かあったけど内々で済ませてきたんだ。

 

 それをできなくなってしまった今、既に伏見さんによって責任逃れをした仲介業者は全部潰されている。たらい回しにした会社への制裁で一番きついやつ。

 仲介業者をクビになった社員達はこれから真神陰陽寮による矯正を受ける事になり、社長たちは犯罪者として更迭されることが決まっている。

 

 仲介業者もそろそろ利権を持ちすぎたし、腐ってしまっている。一度整理しないといけない。

 本当に、何もかもが遅い。荼吉尼天がやった救済も結局は事態を悪化させてしまった。この国の平和を担うべき者が正しく動かなかったからこそ起きた事態だった。

  


  

 伏見さんは事態の把握のため白石達を迷家へ送り込み、真神陰陽寮の尻を叩いて調査し、俺に報告を上げた。

 その頃にはもう現世はパニック状態だったけど、うちの事務員たちと共に荒神を鎮め、原因を特定して県内の一部に被害を留めた。


 

 俺はそれと同時進行で現状を把握するため、分霊して迷家の中を調査した。現世で真神陰陽寮の神継たちと連携して毒された住民は全て病院へ運ばれている。

 

 事態が終息に向かい始めて、うちの事務員が出した結論は…「日本のやり方じゃない」だった。


 捧げ物を見る限りでは華系の術が使われてるのは間違い無いけど、少なくとも三カ国以上が結託しているのは明らか。

 呪術を組んだ回路を見れば、どこの産出かなんてすぐに分かるんだ。舐められたもんだな。


 


 ここから先の調査進行、犯人探しは真神陰陽寮の仕事だ。隠居をキメていた俺も黙ってるつもりはない。これは明らかな国家侵略だ。ここまであからさまに動かれてはこっちも動かざるを得ない。

 俺も沢山の罪もない人を殺されて頭に来ている。魚彦を泣かせて、土地神を殺した奴らを許す理由がないんだ。


 大切な国民を弄ぶようにして殺し、操り、荼枳尼天だって日本で祀られている神だ。それを使って、長年の平和を乱した。


 絶対許さん。犯人は全員ぶちのめす。

 


 


「あの!どちら様ですか!?」

「危ないですから近寄っちゃダメです!」


 髪の毛を一つ縛りにしたスーツ姿の男女1組が近づいてきて、俺の着物の袖を掴む。

 ふむふむ、なかなかいい霊力だ。認識阻害術が効いてないし、服に触れるなんて。


 

「倉橋君はどこかな?」

「えっ!?な、なぜ鹿目かのめの会長をご存知なんですか?」

「ま、待って…待って…!あなた…あなたはもしかして…」


「芦屋さん!!!!!!!!!!!」

「うるさっ。音量下げてよ倉橋君」

「なっ、いい加減名前で呼んでくださいよ。あなたも倉橋でしょう」

さつきって呼ばなきゃ呼ばないモン。芦屋さん、お待たせして申し訳ないです」


 道路のガードレールを飛び越えて、スーツ姿で倉橋夫婦がやってくる。

二人とも元気そうだな。久しぶりに顔を見た。



 

「ううん、今来たとこ」

「はっ…待ち合わせの恋人みたいなセリフですね…キューン」

 

「…うちの変態夫は放っておきましょう。改めまして…この度は申し訳ありませんでした」

「変態…。はっ!!も、申し訳ありませんでした!我々がもっと早く気づいていれば…」


 颯人と目を見合わせて、お互い苦笑いを送る。


 


「そう言うのは全部が終わった後だよ。アリスからの報告は聞いた?」

「はい!お聞きしてます!!!椎名、大林。この方は関係者です。そしておいそれと手を触れぬように。不敬です」


 眉を顰めた倉橋君が、袖を掴んだ神継…椎名君の手をペチン、と叩く。


 

 

「か、か、会長…現場にお越しになるなんて…」

「この事態で来ないわけがないでしょう。君たちは全員で結界を張ってください。蓮華畑の向こう側一帯、大陸からの影響を遮断するように」

「私が先導する。倉橋君、お願いね」

「はい」


 


 皐さんが神継たちを集め、海岸に向かって柏手を一斉に打つ。ピンク色にホワホワ光る蓮華畑の向こう側、沖合の海に白い霊壁が現れて、力場を遮断してくれた。


  

「芦屋さん、蓮華はどうしましょう?」

「あれは日本海の力場から神力を吸い取って、迷家の中に力を送り込んでる。ピンクのポワポワは毒物を撒いてる感じだな。

 蓮華を摘み取って、畑を破壊して俺が迷家の中に持って行くよ」

「…中に、入るんですか?」


 しょんぼり眉を下げた倉橋君が袖をつい、とつまむ。相変わらず心配性だなぁ。大丈夫だよ。



 

「真幸の他に出来るものはおらぬ。倉橋、其方は後から来るうちの事務員を神継達に周知せよ。…後ほど記憶操作する必要はあるまい。

 外敵がこのように、あからさまな戦を仕掛けてきたのだ。後々高天原と出雲でも対策を議せねばならぬ」

「そうですね…大きな戦になるかもしれません。かしこまりました。くれぐれも、お気をつけてください」

 

「うん、倉橋君もね」


 颯人が俺を抱えたまま歩き出す。…良い加減これどうにかならんのか…。もう降ろしてくれてもいいんですけどー。


 

「其方を抱えるのが我の勤めだ。そのように愛い顔をするでない」

「むーうー…だって恥ずかしいんだよ」


 ふ、と笑った颯人が耳元で囁く。


「其方の肉に触れるのは我だけだ。はよう終わらせて閨にゆきたい」

「う゛っ…や、やめて。これからキツめのお仕事なんだから!」

「ふふん。だからこそだ。行くぞ」

「うん」



 

 海の岸壁ギリギリに立って、蓮華畑をじっと見る。あれは本当に良くない。高天原ではイナンナと天照達が動いてくれてるから、黒幕は大体掴めた頃だと思うけど。

 数年前から周辺国が騒がしくなったと思ったらこれだ。俺の日本に手を出すってのがどう言うことか、思い知らせてやるからな。


 

「君たち、自分にも結界はれる?」

 

 颯人の両脇でポーッと見上げてくる神継に声をかける。ひっくり返りはしないだろうけど、当てられちゃったら困るしなぁ…。


「は、はい…」

「あの…あなたはもしや…」


「ふふ、かわいいな…そのうちわかるよ。今代の神継たちは俺と仕事しなきゃならなくなるから。さて、やるぞー」

「応」


 髪に刺したかんざしを抜いて、胸元に刺す。そこから七色の光が広がって、白い浄衣に衣を着替えた。

 

大きく柏手をたたき、眷属の名を口にする。


 


「天照、夜を昼に」

『応』

「暉人、霊壁の向こう側にいる術士たちに雷落として。ギリギリまで痛めつけてくれ」

『応』

「ククノチさんはそれらを捕縛、引き渡しを頼む」

『応』

 

「颯人」

「応」



  

 颯人が岸壁から真っ直ぐに足を下ろし、真っ逆さまに海面に落ちて行く。

さっきの子達がびっくりして悲鳴あげてるな…言っておけばよかったか。


 颯人が海面にぽちょん、と片足をつくと、そこから波紋が広がった。波が一斉に収まり、海が穏やかに揺蕩う。

 夜空が割れて、青空に月と太陽が現れた。

ん、月読も無事だ。白石は…まだ行けるな。


 

 海面に足を踏み出し、颯人が歩くたびに霊壁の向こう側に雷が落ちる。

 

 いち、に、さん…わー、いっぱい居るなー。全面戦争起こすつもりだったのかぁ。ここは大陸に近いから渡りやすいんだろうなぁ…。


「海に沈めるか?腹立たしい」

「だぁめ。捕まえてとっちめないと。もうすぐ警察の人たちが来てくれるから、手続きして真神陰陽寮に連れてくの」

 

「ふ…大騒ぎだな」

「しょうがないよ。こんだけ大っぴらにやってきて、何百人も荼枳尼天に殺させたんだ。それ相応の覚悟はしてもらわんと。日本のやり方を見せておこう」

「わかった」



 

 ぽちょぽちょ音を立てて海面を歩き、蓮華畑に到着。ふむふむ…迷家の中の術者達は、こう言うの得意じゃないんだな。防御障壁みたいなのも作られてないし、蓮華畑が天照の太陽の光でゆらいでる。これだけ術式が不安定なら俺が介入するのは楽ちんだ。


「…まさきさぁあああああん!」

「おわ…アリス?俺だけで良いって言ったろ?」

 


 

 八咫烏に変化したアリスが飛んできて、肩に止まる。頭をすりすり擦り付けながら『カー!』と鳴いた。

 

「この後迷家に入るんでしょう?わたしもキツネの端くれですから、荼枳尼天と迷家を一目見ておきたいんですよー!連れてってください!」

「伏見さんとじゃんけんして負けたのに?」

「手出ししなきゃ良いんです、見るだけなら良いんですー」

 

「うーん…まぁいいか。さて、蓮華のお花を摘んで行こう。」

「カー!」


 

 颯人に降ろしてもらい、海面を歩きながら空から天使の梯子が掛かるのを待つ。

 んー、うーん。これは海面の下から切って茎を長くしないとダメかな。

蓮の花に触れると、バチバチ音を立てながら回路図が広がって行く。

最悪な色味だ。真黒じゃないか。ここを作るのにどれだけ人の命を使ったんだ。


 


「うわ、嫌な色ですね」

「なんと業の深い所業か…」

「本当にな。久々にブチギレそう」

 

「まだやめてください!海が干上がっちゃいますよー?」

「それは良くないな、やめとこ」


 

 わちゃわちゃしてると、雲間から真っ直ぐに光が落ちてくる。少ないな…これしか中では生き残っていないのか…。


「白石、清音、伏見の分も合わせてこれだ。多くの命が失われたな…」

「はぁ…ため息しか出ないよ」

「過ぎた時は戻せぬ。はよう摘んで、迷家へゆこう。海の解毒は蓮華畑を浄化し、解体してやれば良い」

「はい」


 ため息を落としつつ、海に手を突っ込んで蓮の花を摘み出した。


 ━━━━━━


 

 倉橋side


「海中の霊壁に国護結界を繋いだら集合。大林、椎名は先にこちらへ」

「「はい」」


 神継たちに指示を出し、海上を歩いている芦屋さんを眺めた。


 夜空がことわりを無視して突然青空に変わり、雲間から日が差してくる。それを受けた芦屋さんが眉を下げながら蓮の花を摘み出した。

 まるで天女が花を摘んでいる、幻想的な光景だが…霊壁の向こう側には太い雷柱がガンガン落ちている。

 あれは芦屋さんが眷属にやらせているのだとわかる。タケミカヅチ殿の雷で間違い無いだろう。


 

「警察だけじゃ手に負えないから海上自衛隊連れてくるって。…大丈夫カナ」

「問題ありませんよ、芦屋さんですから。あったらこの国はとうに滅びています」

「ソダネ。」


 約三百年ほど連れ添った妻が私に寄り添い、腕を絡めてくる。

 はわわ…あったかいです…すき。


「倉橋君っていつまで赤くなるの?芦屋さんの真似?」

「ち、違いますよ!…大好きな奥さんがくっついてきたら照れるでしょう」

「ふふ…何それ可愛い」

「うう…勘弁してください…」


 


「あ、あの…」

「椎名!こう言う時は黙って待つの!全く気が利かないんだから」

「えっ、そうなの?ごめんなさい…」

 

 先ほど声をかけた神継二人がやってくる。この子達は経歴十年程だ。まぁまぁ熟してきたところでしょうね。芦屋さんの認識阻害をもろともせず色気にやられてましたし。


 

「二人をこの現場の責任者に任命します。この後の処理については任せますから、しっかり各所と連携して外法の術師たちを真神陰陽寮に連れてきて下さい」

 

「はい!」

「謹んで承ります!…会長、あの…あの方はもしや」


 大林が瞳を輝かせながら芦屋さんを見つめている。ふむ、本当に有望ですねこの子は。



 

「…二人には先に伝えましょう。彼が我々神継へ密かに伝わる、ヒトガミ様です。」

 

「や、やっぱりそうなんですか!?わあぁ…伝説の通りですね!お綺麗な人…いや、神様ですね!!」

「そうでしょう、そうでしょう」

 

「倉橋君。そこじゃないでしょ。しっかりしてよ。」

「お、おほん…すみません。

いいですか、ヒトガミ様が公に姿を現したと言うことは、ここから先かなりの修羅場が来ると思ってください。

 あなた達はヒトガミ様の術を見破っていますから、集中して仕事を回します。明日から死ぬほど働いてもらいますから、覚悟してください」


「「はい…」」



 

 心許ない返事を貰い、私の奥さんと苦笑いを交わす。

 私たちも仙人になって、何年経っただろうか。こうして神継に直接指示を出すのも久しぶりのことだ。もちろん、芦屋さんを見るのも…。


「どうやって海の上を歩いて…なぜ夜が昼になったんですか?天使の梯子がかかっている蓮華だけ摘んでますね」

「なんとなく、力場の力を強く吸っている花…ううん…何かの役目があるのかな…」



「ほー?なかなかいい後継が育ったもんだな。あれは中にいる奴らの解毒に使うんだよ。毒を以て毒を制すってな」

「はっきり見えないならまだまだやろ。倉橋君久しぶり」

「そう言わないのよ、妃菜。いい子じゃないの」

「鬼一さん!鈴村さん!飛鳥殿!」


 杉風事務所の制服である着物姿で御三方が現れる。あぁ…この感じ…本当に久々ですね。



 

さつき!元気やった?」

「妃菜先輩!きゃー♡本当にお久しぶりです!会いたかったんですからねっ!」

「なーんや、そんなに妃菜ちゃんが恋しかったんか?かわいいなぁ。相変わらずラブラブしとる?」

 

「…多分?倉橋君はポヤポヤしてるからツッコミが忙しくてそれどころじゃありませんよ」

「あっはは!そらしゃーないわ。真幸に会ったんも久しぶりやしな」

「そうねぇ、現世に籍を置いてるのは倉橋夫婦だけだもの。認識阻害が得意だから仕方ないわね♪」


「…鬼一さん…鈴村さん…??」

「はっ!あっ!!!ヒトガミ様をお守りする五芒ごぼうの騎士様ではありませんか!?」


「ごぼうはやめーや。最近五稜ごりょうに変わったやろ。…大林君と椎名さんやな。名前覚えとくわ」

 

「妃菜、その言い方は若干脅してるように聞こえるわよ」

「脅してんの。倉橋君の微妙な名付けセンスでも牛蒡ごぼうにされたくないやん」

 

「…俺は別に五芒でもいいが…」

「鬼一さん、いいんですよ。うちの夫のフォローしなくても。確かに牛蒡は良くないモン」


「くっ!?」


 私の味方が一人もいないのですが!!



 


「お、みんな到着したか。お疲れ様」

 

 蓮華を数本抱えて手をふりふり、芦屋さんが戻ってくる。背後では蓮華畑が浄化され、バラバラに砕け散っている。ピンクの花弁が舞い、風に乗って広がって…。

 あぁ…出雲での結婚式を思い出しますね…。肩に止まってる八咫烏はアリスさんだ。あ、あんなに芦屋さんにすりすりして…羨ましいっ!!


 

「ありがとう颯人」

「……」

「颯人?降ろしていいよ」

「……別段下ろさずともよかろう」

「何でだよっ!」


 相変わらずの夫婦漫才を眺めつつ、胸の内がホワホワしてくる。彼が事務所を設立してから関わりがほとんど取れませんでしたからね…なんだか涙が出てきます。


 

「む…緊急ボタンが押されたな」

「白石じゃない…清音さんだ。急ごう」

「自分の子孫なのだから、さん付けはせずともよかろうに…」


「まぁまぁ、真幸なりのこだわりがあるんよ、颯人様。みんな行くで」



 応、と答えた幸せの杉風事務所の皆さんが光のかけらを残して消える。

迷家にひとっ飛びですね。



 


「大丈夫…カナ」

「大丈夫ですよ。我々も仕事をしましょう。少しでも挽回せねばなりません。…芦屋さんのお説教は怖いですから」

「ソダネ。」


 眉を顰めた奥様に倣い、私もしかめ面になる。これからが、正念場だ。


 芦屋さん達の無事を祈り、集まった神継を眺めた。

 





 

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