103迷家編 その4


清音side


 さて、解呪するにはコレがどんなものかを調べないと。私は魔法陣の周りをふんふん嗅ぎ回る。ここと、ここに生贄を捧げてる…多分。

りんごともやしと豚肉に滴っている血は、呼び出された何かがそれを食べた跡だ。魔法陣に書かれている文字はサンスクリット語に、ルーン文字が混じってる…?場所柄的に華系かと思ったけど違うのかな。


 

「真ん中の捧げ物は華系で間違いねぇ。誤魔化そうとしてるが、コレはグリモワールの悪魔召喚陣がメインだ」

「ええぇ…じゃあオリジナル黒魔術ですか?」

 

「いや…ルーン文字が混じってんのを見るとクトゥルフ系かもしれんな。…外敵の情報がちっと増えた感じだ。混じってるが故に完全に招ばれちゃいねぇが、善意の神を堕とすには十分だろう」

 

「ううむ…解呪は生贄の浄化で出来そうです。召喚がなされたかどうか確かめるより、今は対処が先かと」

「同意見だな。これの他にも四つ同じのがある。大元のでかい魔法陣がそのうち一つあるだろう」

「はぁー…本当に国家侵略目的ですか…やだなー、やだなぁー」


 呟きながら、呪術フィルターを自分にかける。紫色の帷が降りて、黒いもやがもわーっと立ち上った。呪いの残滓がかなり強めですね。


「出来そうか」

「はい」


 白石さんは柏手を打ち、簡易的な結界を張ってくれる。フィルターの中でぼやけたモヤモヤに目を凝らすと、小さな女の子がうずくまって泣いているのが見えた。

…やっぱり…人を捧げたんですね。



 

「ねーえ、そんなに泣いてどうしたの?」

「だれ?」

 

 黒モヤの中の少女に呼びかけ、手招きする。魔法陣の真ん中から端までとことことやってきた少女。

 両目があるはずの場所が空洞になり、涙のように赤い血がそこから垂れて…髪の毛も赤黒く染められている。頭頂部がぱかりと割れて、ピンク色の脳が少し覗いていた。

相当強い力でやらなければこんなふうにはならない…。腹の底に、じわじわと怒りが湧き上がってくる。

 

 この魔法陣はこの子が主核で、捧げられたのはこの子の体だ。

 彼女の背に無数の影が見えた。目玉だけを浮かばせて、ギョロリと睨んでくる。…口に出したくない…コレは複数の命が使われている。彼女に取り憑かせてから生贄として捧げたのだろうと察せられる。


  


「ここは手が捧げられたのかな…。こんにちは。私、清音。あなたのお名前は?」

 

 失われた手首の先から黒い瘴気を発しながら、女の子が見上げてくる。くり抜かれただろう目は空洞になって、足首から先がなく、血を流し続ける心臓。それらは瘴気を出していない。

 

 膝を落として視線を合わせ、そっと頭の上に手のひらを置く。ゆっくり撫でて大袈裟にニコッと微笑むと、女の子が釣られて花がほころぶように笑った。なんて可愛い子なんだろう。


 

 

「わたし、あいか」

「あいかちゃんって言うんだ…可愛いお名前だね。おめめとおててと足と、胸が痛い?」

「うん、でも…これで私のお父さんが帰ってくるって、言ってたの」

「お父さん、どこかに行っちゃったのかな?」


「遠くにお仕事行って、全然帰ってこなくて…。お母さんが毎日泣いてたから、どうしたらいいかなって公園でお絵描きしながら作戦立ててたの。

 そしたら黒い服着たおじさんが来てね。一緒に行けば『お父さんが帰ってくる』って言われたの。それで神社に行って、海に落ちて、ここに来て…そしたら…」

「そう…おててに触ってもいい?」

「い、いいよ」



 

  

 訝しげに頷いたあいかちゃんの腕に触れると、頭の中に光景が浮かんでくる。

 

 鉈を握った男の大きな手、あいかちゃんのふっくらした腕を乱暴に片手で握って、そのナタを振り下ろす…。

 ぼとりと落ちる手首、吹き出す鮮血。手首から生まれた激痛が神経を通って、足先や脳天にまで電撃のようにそれを貫き通してくる。


 私の肌が粟立ち、体の芯から震える。

 冷や汗が首に流れて背中に伝っていく。

 こんな風にしてあいかちゃんが捧げられたんだ。こんなに、痛い思いをしたんだ…。


 私をじっと見て、心配そうな顔をしてるあいかちゃんの小さな顔。酷い目に遭わされたのに、私の事を思ってくれてる。

 胸がキュウっと締め付けられて、たまらなくなった。あいかちゃんを抱きしめて、背中をさする。



 

「凄く痛かったのに、頑張ったね…」

「……うん」

「まだ、痛い?」

「ううん。そんなには痛くないの。へいき!」


 小さな子があんな痛みをずっと抱えているなんて、嫌だ。早く痛みをなくしてあげたい。こんな風に精一杯我慢して、苦笑いまで浮かべてるこの子を助けたい。

  

「…あの、あのね。清音があいかちゃんの体を元に戻してあげたいな。いい?」


 大人しく抱かれていたあいかちゃんがモゾモゾ動く。血と、呪いのにおいがこびりついている髪をかけ分けて、可愛いお顔を撫でる。

 膨らんだ頬にも、小さな唇にも、血がついてる。それを指先で拭うと、くすぐったそうに身を捩って照れたように僅かに口の端が上がる。その姿が、わたしの胸をいっそう締め付けた。


 


「でも、そしたらお父さんが…」

「ううん、大丈夫。お父さんもちゃんと会える。清音が約束します。

 あいかちゃんは、お父さんが大好きなんだね」

 

「うん!お父さんね、あいかのお誕生日にプレゼント買って帰ってくるって言ってたの。指輪をはめて、変身するやつ!あいか魔法少女になるの!」

 

「んふふ…じゃあ早くお父さんに会いに行こう!まずはおててを探さないと。…どこにあるかなー?清音だとわかんないなぁ…うーん…」

「あいか知ってるよ!!」



  

 あいかちゃんは瞳を輝かせながら、私の袖を引っ張って、ここ!とゆびさした。うん…間違いない、ちゃんとここにある。霊力が少ないわたしは解呪の術を乱発できないから…これで確実にお仕事出来ますよ!


 

「ねぇねぇ、清音が魔法少女だって言ったらどうする?」

「えっ!!きよねちゃん…魔法使えるの?」

「そーだよー。よく見ててね!ちちんぷいぷい…ビビデバビデブ〜⭐︎」



 

 生贄として捧げられた場所に手を乗せて、じわじわと霊力を注ぐ。

地面に染み込んだ血の跡からズルズルっと手首から先が浮かんで形を成した。


 こんなに小さい子の、こんなに小さい手を…。白石さんじゃないけど、本当にクソッタレですね。


 

「ジャーン!みて!これあいかちゃんのでしょう?」

「そ、そう!!すごい!きよねちゃん魔法少女だったの!?わああぁ!!」


 瘴気が溢れている手首を弾指で白石さんが禊ぎ祓いをして、そこにそっと切り落とされた手を近づけた。

瘴気がそれを引っ張って、両手共にしっかりくっついて…手がにぎにぎと動される。


 


「どーお?痛くない?」

「痛くない!すごい!きよねちゃんすごいね!!」


 無邪気に笑って抱きついてくる暖かい体を抱きしめて、力を込める。

 

 彼女のお父さんはおそらく、もう亡くなっている。恐らくこの子は漁師の子だ。父親と繋がっているはずの命の絆の糸の先は、何もなくなってる。お母さんとのつながりは…後ろにいる一揃いの目が瞬き、頷くように一度だけゆっくり目を閉じた。

……そうか…お母さんが一緒に居たんだね。お父さんは今回の事件とは別で亡くなっているようだ。



「あいかちゃん、あとは足と、心臓と、目で合ってる?」

「うん!でも…あいかはここから動けないの」

 

「大丈夫、清音が集めてきてあげる。あっ、他の場所…この輪っかがある所には移動できたりする?」

「うん、できる!あのね、ここからあっちにいって、赤いチューリップが三つ並んだところから木の中に行ってね…」


 頷きながら先を促し、白石さんがメモしてくれてる。残りの魔法陣の場所が判明した。これなら早く生贄となった体を取り戻せそうだ。あいかちゃんはとっても賢い子だな…きっと、お父さんもお母さんも自慢の子だったんだろうな…。



 

「ありがとう。じゃあ次は…」

「足からだ。次は心臓、目、最後に体だな」

「はい。じゃあ次は足のところに行くから、そこで会おっか。」

 

「うん!…あの、本当に、来てくれる?」

「絶対行くよ。ゆびきりげんまんしよっか!」

 

「わぁ…わたしはじめて…」

「そうなの?お歌はわかる?」

「わかるよ!!」

 

 小さな小指を絡め、しっかり握ってあいかちゃんと見つめあう。目に力を入れて…涙がこぼれないように意識して笑って、口をひらいた。


「「ゆーびきーりげんまん、嘘ついたら針千本のーます」」

「ゆびきった!」




 

 ふわりと微笑んだままあいかちゃんが消えて、自分の膝が崩れ落ちる。それを白石さんが抱えてくれて、またもや抱きしめられた。堪えていた涙が溢れてしまって、両手でそれを押さえて隠す。


 あいかちゃんはまだあんなに小さかったのに。大好きなお父さんの話で彼女を誘き寄せ、お母さんの為にそれを解決したかった…素直で綺麗な優しさを利用された。

 生贄として捧げるなら生きたまま、最後の魔法陣までさっき見た行為が繰り返されたはずだ。

死ぬほど痛い思いをさせられて、五つの魔法陣を成して…最後に殺され、体ごと全部が捧げられている。

 

 悔しい。悔しいよ…あの子が捧げられる前にここに来られていたなら、そうしたら……。



  

「ふ…うっく…う…うっ。あいかちゃん…ごめんなさい…私がもっと早く…」

「あいかの体を取り戻してやろう。……お前のせいじゃねぇ。」

「ぐすっ…はい…」


 わたしを受け止めた白石さんは腕にぎゅうっと力を入れて、背中に手を回してくる。

 …結構細いのに、この人はわたしなんかすっぽり腕の中に収めちゃうんだ。

そもそも骨格が違うのかな…筋肉があるから体温が高くてとても暖かい。

何でかわからないけど、知らない筈の白石さんの体温がわたしの心を落ち着かせてくれる。すごく、きもちいい。



 

「よく我慢したな。お前のそういうとこ、尊敬してるよ。姿形に惑わされずに傷ついた奴に迷わず触れる。

 必ず相手が体験した事を知って、ちゃんと理解してやれる。中々できる事じゃねぇ」

 

「……そ、そそそーですか?…ぐすっ。でも見せたことあったっけ…?」

 

「細かいことは気にすんなよ。お前は、俺が大切な人にそっくりだ」

「えー、私のことちゃーんと見てくださいよー?誰かの代わりなんて嫌ですけどぉ」


 腕の力が緩み、私の涙を拭って彼が微笑む。今まで見たことのないような、綺麗な笑顔で。…やはりかっこいいですね?



「お前の事は、ちゃんと見てる」

「ほぁ………!」

「……ふ、間抜けな顔してんな」



 


 ポーッとしてたらお姫様抱っこされてしまった…結構高いですね!?背が高い白石さんが抱えるから、地面が遠くて怖いんですけど!?


「首に手を回せば安定する。しっかり捕まってろよ。急ごう」

「はひ…」



 微笑んだままの白石さんの手首に腕を絡ませると、私を抱き抱えた腕に力が籠る。


「細ぇな。終わったら肉でも奢ってやる。ご褒美だ」 

「ほわっ!?お肉!!焼肉がいいです!!!」

「ん、わかった」


 頷いた白石さんが足でトントン、と地面を数回蹴り、走り出す。

しっかり抱えられて…私は顔が熱くなるのを感じながら、彼の胸元に顔を寄せた。

 


 

 

 


 

  



 

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