102迷家編 その3


清音side


「あぁ、今はまだ迷家の中だ。本堂で炊かれてた線香が厄介な代物で、術が張れねぇ。結界もダメだな。離脱も不可だ。念通話が精一杯だよ」

 

『体に異変があるのか?無茶して…どうせ真っ正面から切り込んだんだろ。ダメだって言ったのに。』

 

「すまん…もう中にいるんだろ?清音に聞いたよ。そっちこそ無茶すんなよ」

 

『うん、少年に取り憑かせてもらってる。中の様子はわかったから、この子を連れて先に出る。現世の蓮華の処理から始めよう。組織も動かすしかない』

 

「わかった…取り敢えずこっちは荒神落ちの原因を探してみる。よろしくな」

『うん、気をつけてね』



 

 白石さんの声…柔らかくて、優しい響きの声色だ。こんな声、出せたんだ。

 電話じゃないのかな?相手の声が聞こえる。どう聞いても芦屋さんの声なんだけど。あの子、私を導くって言ってた子が芦屋さんだったのか…おんなじ声だ。そりゃ賢い筈ですよ、芦屋さんは知らないことなんか何にもないんですから。

 誰も知らないことをしれっと知ってて『陰陽師なら当たり前だろ?』って仰るんです。…言われた通り、勉強がんばろっと。


「おい。いつまでぼけっとしてんだよ。休憩で寝こけやがって…起きろ!」

「ひゃいっ!?お、おはようございます…?」



 ぺちっとほおを叩かれて瞼を開けると間近に白石さんの顔。鋭い視線でジロジロと観察されて、顔が熱くなってくる。

 あの、壁ドンならぬ木の幹ドンされているのですが。私一応乙女ですよ???

そして背中を預かってもらっただけの杉さん…ごめんなさい、巻き添えを食わせてしまいました。

 

 


「一丁前に赤くなってんじゃねぇ。体は何ともないのか?」

「な、ないです。何とも…ないです」

 

「そういう所は流石の血脈か。影響がねぇってんならいい。情報共有するから起きろ。俺の状態が戻るまでお前さんに動いてもらわにゃならんからな」

「は、はひ…」



 血脈って…何ですか?私、一般家庭の一般人なんですけど…?なんかさっきの転ぶ家系とは違う感じの言い方ですね。

はてなマークを浮かべつつ、離れていく白石さんを見ながら体を起こす。

彼は顔色が悪いものの、フラフラはしていない。…大丈夫そう、かな?


 さっきまで元気に走ってたけど、しばらくするうちに顔色が悪くなって『一旦休憩』と言われて。ちょうどいい木の根元に「どっこいしょういち」と座ったら睨まれてしまったので目を瞑ってたんです。

 …そして、私はうたた寝をしてしまっていたようだ。敵陣の中で。

コレは怒られても仕方ないかも…くぅ。


 


「お前、荼枳尼天についてどこまで知ってる?」

「えーと、元々が人喰いの鬼神で大日如来が『めっ』てしてから改心したとか何とか。仏教の神様のはずですが、お稲荷さんも同じなんでしょうか?」

 

「…大分雑な知識だが、大まかには合ってる。

 元はチベット土着の人喰い鬼神で、大日如来が諭して改心した神だ。空海が日本に真言密教をもたらした時、一緒に輸入されてる。神仏混淆の時代にちょうどもたらされた計算になるな。

 明治に神仏分離・廃仏毀釈はいぶつきしゃくが制定されてその後は仏教の神として祀られたが、アレは稲荷神と同一視されることが多い。

 荼枳尼天や色んなものが混じって日本の稲荷神が怖いって言われるようになったんだが…」


「異議あり。そこはちゃんと区別してください。一緒にしないでもらえます?

 ウカノミタマノオオカミは荼枳尼天のようにエッチな事も話もしませんし、死肉を食べたりしません」

「はっ!伏見さん!ご無事でしたか!」

「ええ、この通り」


 森の木陰から姿を現した白狐さんが、もふもふの尻尾をたなびかせながら鼻息荒く会話に加わってくる。さすがの無傷ですね…。

 やはり伏見さんだからウカノミタマノオオカミにご縁があるんですね!?普段の見た目がキツネっぽいのもそのせいですか?そう言えば稲荷神の総本山である伏見稲荷大社で神職の方は、みんな彼と同じく目が細かったような…?



 

「ウカノミタマノオオカミは豊穣の神、荼枳尼天は死を宣告する神と言われてますから別物ですよ。人の寿命を図り、生きた人を喰わない代わりに死肉を喰らうとされています。全く、空海は厄介な神を持ち込んだものです」

 

「はっは…まぁそのあたりは区別が難しいんだろう。一般人にはな。」

 

「ぐぬぅ…どうせ陰陽師になりきれない一般人ですよ…。でも、こうして見ているとわかります。荼枳尼天はさっきの感じも仏閣で見た時も、そりゃー怪しい感じの雰囲気でした。伏見さんからはそう言ったものを感じた試しはありません。

 白くて、綺麗で、どちらかといえば清冽な香りがします。アリスさんは…ちょっと怪しい時もありますけど基本的には伏見さんと一緒ですし…。不勉強でごめんなさい、可愛い可愛い狐さんと一緒にするべきではありませんでした」


「「……」」


 伏見さんと白石さんが顔を見合わせて、何ともいえない笑顔を浮かべてる。

 …何なんですか、その反応は。

 狐を使われるなら狐さんのこと好きですよね?あのもふもふしっぽと細いお目目、長いマズルはとっても可愛いですもの。…撫でたいけど、中身が伏見さんだから遠慮しておきます。



 

「さて…白石、主と話したのでしょう?外はどのように?」

 

「あぁ、荼枳尼天はお察しの通り荒神に堕ちているようだ。外からの情報で、周囲の神社に在する神が一斉に荒神に堕ちたと報告があった。」

「えっ!?」

「……なるほど」

 

「県内全域とまでは行かんが、半分くらいはそうなってる。うちの主と事務員、神継達で粗方鎮めたが、この事件の由来が由来でな…国防に触れるから、真神陰陽寮も動かすしかなくなっちまった。清音の会社は大損確定だ」

 

「アッーーーそ、そうですかー。あー、マジですかーヤバイ…そろそろマジで倒産してしまう気がするんですけど…」


 今回の事件が真神陰陽寮の管轄になるっていうことは、国のお仕事になってしまうということで、民間の私たちには依頼元からのお金が一円も入らないという事で…がっくし。



 

「金の話は伏見が上手く手を回してくれる。赤字の額が減るくらいだが。そもそもの話、これを防げなかったのが悪いんだから真神陰陽寮の失態でもある。そうだろ?伏見」

 

「えぇ、仕方ありませんね。そうしましょう。確かに真神陰陽寮の失態です」

 

「そうなんですか?と言うか、何故迷家が出来たかわかったんですね!?」


 木々に囲まれ、河原石の上で膝を抱えた白石さんは遠い目をしている。悲しい、瞳の色。



 

「これは国家侵略だ。害されようとした人たちを荼吉尼天が避難させてただけのはずだったんだ…始まりはな。

 蓮華畑で海底から地力を吸い取り、毒を撒き、それを身に宿した魚を食った住民が死にかけた。ゾンビになるっていう話だぜ」

「ゾンビ!?」


「清音さんはご存知ないと思いますが、脳神経を残したままで寄生する菌があります。体を乗っ取り、脳の指令を動かして自分の体が思い通りに動かせないまま、菌の司令に隷属するんですよ」

 

「そういうゲームありましたね…」

「そうだな、それと同じ作用だ。体を乗っ取った日本人がクーデターでも起こせば内乱と判断されるかもしれん。

 その菌を解毒するために管轄の白狐が陳情し、荼枳尼天は迷家を作ったんだ。お祓いを受けないと死ぬってのはそれだ。

 だが、匿っていた荼枳尼天が持つ凶暴な性格があるだろ?それが顕れるように荒神に堕とされた。堕とした犯人も、蓮華畑を作った犯人も海外の奴だよ。」


 

「そんな…一体誰がそんな事を…」

 

「清音が相手を知る必要はない。外交の目的では国家機密だからな。知らん方がいい。」

 

「……白石さんは、何故それを知ってるんですか?荼枳尼天の歴史を知っていたり、真神陰陽寮に伝手があるとしても国防って…国家機密って、あなたは国家公務員の神継じゃありませんよね?

 それに、真神陰陽寮の神継と仕事をしてるってどう言うことですか?あの人達は、裏公務と一緒に仕事をしないはずです」



 

 白石さんは、真剣な眼差しを遣してくる。その……目。私知ってる。

神継達がする、誰にも侵されないつよい人の目だ……。


 

「俺が何者かを知ったとして、清音は全てを忘れる事になる。それでも、知りたいか?」



 悲しげに言われた言葉を咀嚼できず、私はただ沈黙するしかなかった。

 

 ━━━━━━




 

「ええと…まずは荼枳尼天を害しているだろう呪いの元を探して潰す、生存者を探す、スパイを探す!」

 

「…雑だな」 

「雑ですね」

「くっ!?」

 

「まぁまぁ、そう言わずに。清音さん、村人の中に紛れ込んだ、国家侵略を目論むスパイを探すのは私がします。無害な人を装うのは得意ですから」

「星野さん…説明ありがとうございます。優しい…しゅき…」

「ふふふ…」


「早速騙されてんじゃねーか…」


 伏見さんの後から星野さんも迷家の中に来てくださって、コレからやる作戦確認中…。優しいのは星野さんだけです!!


 

 

「では私は生存者を探します。…清音さんと白石は大丈夫ですか?」

 

「伏見さん、呪いの元を探すくらいなら私一人でもできますけど」

「多少の術は使える。一人じゃ危ねぇだろ」


 ぽそっと呟く白石さんはいつものポーカーフェイスだ。私の心配なんかしてどうしたんでしょうか…やはり具合が悪いのでは?

 


  

「術が使えないのに大丈夫なんです?」

「うるせぇな、秘密道具があるんだよ。企業秘密だからお前には使わせねぇぞ」

 

「し、仕方ありませんね!私が守って差し上げましょう」

「頼りにならねぇな…秘密道具を当てにしてるのは分かり切ってんだが」

「ちょっと、ひどい!」


「俺が守ってやるって言ってんだよ」

「はぇ…?そ、そうですか?そうですか…」

「チッ」


 

「…なるほど。会長、ヤモメ会を緊急招集したほうがいいのでは?」

「星野もそう思いますか?神社からこうなんですよ」

「ははーん…まぁ、仕方ないとは思いますけど…紛議ものですね」

「そうでしょう」



「おい。星野さんは結婚してたし、そもそもヤモメじゃなかったろ」

「それはそれ、コレはコレです。妻を亡くして今はヤモメなんですから。さーてお仕事お仕事♪」

「では私も。あぁ、清音さん。男は狼ですからね、お気をつけて」



「はぇ…?はい」

「…クソ。余計なこと言いやがって」



 わ、訳がわからない!ヤモメ会って何なんでしょうか?白石さんは狼ってどう言う意味ですか?根性的な物?それは確かにそうかもしれません。ツンツンですから。

 そして星野さんは奥様を亡くされたなんて知らなかった…あんなに若いのに。最近亡くされた割には大分悟られてますよね??うーんうーんうーん…。



 

「ほれ、さっさと行くぞ」

「はっ!はい!…というか荼枳尼天はなぜ荒神に?そして縁もゆかりもないのに何故ここに?」

「ここの管轄の白狐神は閉じ込められてたのを外の奴が見つけてる。神社庁の管轄じゃねえからたまたま傍にいた荼枳尼天を頼ったんだ。

 それに荼枳尼天は仏教の方面だ。本来の陰陽師なら仏教がメインなんだよ。無縁ってわけじゃねぇ」

 

「えっ??そうなんですか…でも私が習ったのは…」


「お前の陰陽術は神職寄り。どっちかといえば神継寄りだ。社長が教えてるんだろ?…発酵物みてぇな名前の…」

「ちょっと。ウチの社長を菌扱いしないでください。加茂爽かもそうって書いてもませんよ」

 

「…ぷっ…」


 白石さんは笑っているけど、うちの社長は陰陽師名家である加茂家の跡取りなんですからね!いつ潰れてもおかしくない会社なのに、潰れないのは名家の財力があるからです。…親御さん、名前はもう少し考えてあげて欲しかったですけど。そうですもん。小さい頃からそれはそれは揶揄われたでしょうね。


「すんすん…ふんふん…あっ!こ…これじゃないですか!?」

「お、間違いねぇ。触るなよ」 



 

 ザクザク石を踏みながら川沿いに歩いて、変な匂いの元を辿っていたら突然河原に魔法陣が現れた。河原石を避けて、地面が露出されて…赤黒い線で魔法陣が描かれている。

真ん中にお皿があって、りんご、もやしが盛り付けられて。さらに赤い液体が垂れてるし、燃え切った蝋燭が立ってて…禍々しいですねぇ。呪いのにおいがする。



 

「こんなにあからさまとはな。…りんごの下に肉がある…豚肉だこれは」

「えっ?そうなんですか?日本の神様への供物は四足獣だと御法度では?」

 

「いや、神事の後に鹿を食ったり…地域によってはありえるが、供物の上に蝋燭は立てねぇし、血も捧げないし、こんな乱暴に一皿にごちゃっと盛り付けない」

「やっぱり滴ってるのは血ですか。そしたらこの魔法陣も…」


 陰鬱な顔で頷く白石さん。血で作られた魔法陣…そんなもの、何が目的かなんて聞かなくてもわかる。日本の神様への供物ではないのはもう、明らかだ。

 荼枳尼天はまがりなりにも日本では神様として現代では扱われている。

わざわざ人を食べるなんて、本当はするはずがない。



 

「荼枳尼天はこうして汚されて荒神に堕ちたんですね。…生存者は、いるでしょうか」

「…難しいところだが…最近になって人が攫われてねぇって事は、生きてる奴がいる可能性が高い。そいつらだけでも取り返せるといいんだがな」

 

「そうですね…」


 

 二人で魔法陣を見つめ、ため息を落とした。

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