122 主犯との遭遇

清音side

 

「ふん、なるほどな。こりゃ間違いなく迷家だ」

「……うえっぷ」

 

「でかい門・千々に咲き乱れる季節を無視した花々・晴天・暖かい気温・牧歌的な風景、まるで桃源郷だな。しかし一軒じゃねえのか、参ったな」

「……うえぇっぷ」

 

「畑に茅葺き屋根がある家か。荘園てとこだな。農民の家としては上等な建物ばかりだ」

「…………はぁ」


 


 白石さんに襟首をつままれたまま、何度か吐きそうになるのを堪えた。

私を無視して探索が始まっている模様。

 

 さっきまで夜だったのに、迷い家に入り込んだ後は昼に転じているのが怖いんですけど。


  

 燦々と降り注ぐ太陽の光の中で小さな家々がたくさん立ち並び、草花や人が植えたであろう花々が咲き乱れ、暖かくゆるい風が吹いている。

 梅に、桜に、芍薬、秋桜、椿……と咲いている花は四季それぞれに咲くものがいっぺんに花開いている。

白石さんがいう通り、桃源郷の様相だけれど、確実に現世の時間軸には存在しない場所なのだとわかる。



 

「やっとおさまったか」

「ハイ、何とか」

「お前一応裏公務員の資格持ってるんだよな?しかも何回か転移も経験してるのに、まだ気持ちわりぃのか」

 

「すみませんねぇ、そうホイホイ転移術ができる陰陽師や裏公務員なんていないんですよ!!

 まさか海の中に迷家があるとは思わなくて、飛び込む羽目になって胃がひっくり返ってますし!普通は別次元の場所になんか来れませんからね!?」


 ははっ、と笑った白石さんが私を放り出して時計を眺め、真剣な表情になる。

 

「ああそうか、おれは移動しただけだと思ってたぜ……なるほどな、此処は正しく別次元だ。時計は当てにならん」

「え?うわ!何ですかこれ!?」



 

 自分の腕時計に目をやると、秒針・長針・短針がしっちゃかめっちゃかに動き回っている。進んだり戻ったり……日付の文字盤まで回りっぱなし。


 

「おし、ちっと認識変えなきゃだな。安全策を講じておくか……これ持っとけ。あとで返せよ」


 黒い塊を投げて寄越され、慌ててそれを手のひらで受ける。

ずっしりと重たいそれは懐中時計。

数字が三つ、並んでいる。日めくりカレンダーのようにパタパタと繰り返し動いているけど、なんで三つなの?

 

 左側の数字が規則的に一定間隔で増えて、真ん中の数字はぴたりと動かず、一番右の数字は1になったり10になったりと忙しなく動いている。


 


「左から隠世、真ん中が現世、右がここの時間軸。制限時間は、高天原の時間で60分、現世の時間で三日間だ。スマホも使えないしGPSも切れてるから、迷わない様に目印を忘れずにつけろ」

 

「か、隠世?てか何ですかこの時計?何でこんなもの持ってるんですか!?」

「手分けして村の住人に話を聞くぞ。初めてここに来た迷い人の体を装え」

 

「質問丸無視ーいつものことですねーわかりましたー」



 

 スタスタ歩いて去っていく白石さんがわずかに振り返り、眉を顰めて怖い顔になる。


「緊急時は右のボタンを押せ。なるべく使うなよ」

「緊急時は使っていいんですよね!?そうですよね!?」

 

「本当に緊急ならな。隠世の時間軸で15分後にここに集合」

 

「はぁい……」

 


 

 お尻についた砂を払い、立ち上がる。ここはのどかな風景だけど、何だか生活の匂いがしない家ばかりだ。

人が生活しているなら生活臭がするはずなのに。

 

 私はとても鼻が良いので、それを嗅ぎ漏らすはずがないんだけど。

ゴミや排泄物の匂いまでしないなんてどう考えてもおかしい。

 

 よし、こうなったら聞き込みだ!

 


「こんにちはー……」

 

ドアのないお家の入り口で声をかけ、中を覗き込む。

 

 木製のテーブル、丸太を切っただけの椅子が並んでいる。……ワイルドですね?

 

 電気は通っていないし、奥に見えるキッチンらしき部屋にも水道の蛇口やガス台が見えない。人が暮らしているならあるはずの、食器や食べ物の気配すらない。


 まるでモデルルームの一室のように無機質な空間。生活の何もかもが感じられない奇妙な家だ。

 

 他の部屋も外から見える範囲で覗き込んでみるけど見事に何もない。 

 お布団、お洋服、電子機器類の一切が見当たらず、まるで「ぽん」と椅子とテーブルを置いただけの様子である。


 

 迷家というならば持ち帰れるものが何か一つでもあると思ったけど、本当に何もない。

 数軒同じようにして中をのぞいてみるが、作りも配置も同じ家ばかり。



 

「まさかあの丸太椅子を持ち帰れってこと?おかしいなぁ…そんなはず、ないんだけど…」


 以前読んだ迷家のお話では、生活に困窮していたお父さんが水飴の入った壺を持ち帰って、子供を大きく育てましたー!ハッピーエンド!……みたいなモノだったんだけど。

 

 そもそもお家のどれもに、ツボの一つもない。二百人前後が迷家に来ているなら、ここで生活しているのでは??

迷い込んだ人を装おうとしても、装う対象がいないんですけどぉ?


 勿論何かの術の痕跡も、霊力も呪力も神力もないし何の匂いもしない。

庭に植えてある花たちは綺麗だけど……これも匂いがしない。何でですか。


 


 首を傾げつつ、サクサクと地面を踏みしめながら歩いていると、不意に草むらに気配を感じた。

 

そこから飛びすさって距離を取ると、「わあっ!?」と叫び声が聞こえる。


 少年……?だろうか。古風な村の風景に馴染むコットンの着物に身を包んだ小さな男の子が、目を丸くして尻餅をついていた。


 


「ご、ごめんね?びっくりさせちゃった?」

 

「すんごいびっくりした!姉ちゃん誰?どこから来たの?」

 

「私は、里見と言います。」

「里見!?大名様の末裔か!?」

 

「あはは……君は千葉の人ですか?私は残念ながら千葉に生まれていないので、里見氏とは縁もゆかりもありませんよ」


 なんだぁ、としょんぼりする少年。

 嘘ついてごめんね、と言う微妙な気持ちと共に……何となく、彼に違和感を覚える。



  

 彼が言っているのは「南総里見八犬伝なんそうさとみはっけんでん」の話なのか、単純に「里見氏」の事なのか。

 

南総里見八犬伝なんそうさとみはっけんでん』は江戸後期に発表されているファンタジー小説。主人公のお家は『里見』という大名だ。

 

 ファンタジーではなく実在した大名の里見氏は、平安から鎌倉時代に御家人となっている。

まあ、あの……白石さんが言った通りわたしのご先祖さまでして。今は何の変哲もない農家やってますけどね?


  

 どちらもわたしのご先祖さまが関わるお話だけど、この少年が『大名様』というのは少しおかしい。いくら里見氏が安房国あわのくに……現在の房総地方を統べたとはいえ、この歳の子がそれを知っているのだろうか。ありふれた苗字のはずなのに。

 南総里見八犬伝なんて、最近ではドラマとかアニメのモチーフになっているのはあまり見かけないし。

 

 でも、末裔と言ってたし。現代の子だよね。大人にタメ語で話しかけるなんて現代でしかありえないし。歴史が好きとか??うーーーーん。


 


「姉ちゃんここに来たの初めてだろ?俺たちはここに来たら導きがつく。初めて会った人が導いて、折破摧伏しゃくはさいぶくを受けるんだよ」

 

「導き?はっ!そうなんですか!?」

 

「うん、俗世の全てを洗い流して、毎朝毎晩の勤行をすれば後は自由にしてていい。木の実を食べていれば生きていけるし、誰も喧嘩しないし、殺さない。

 ここは『末法まっぽうの世にあり、無間地獄むげんじごくと縁を切る場所』なんだって」



 

 アー……完全におかしいですね、この年齢の子が言うセリフとは思えない。説法を聞いていたとして、末法の世?無間地獄??ヤバいですよこれ。


  

 折破摧伏しゃくはさいぶくは元々は仏教用語で〝語り合って迷いを覚まさせる〟事だけど、今の状態を見るに洗脳みたいな物かもしれない。

 

 これだけ話しているのに、私は少年と目が一度も合わないんです。

 

そして、やはりおかしい。神社の中からやってきたなら神道の話では?さっきから仏教用語で話されてるんですが。

 

 寒気がしてくる……怖いです。

 奇妙な違和感と怖気を感じながら少年の後を追い、口を噤んでひたすら歩くしかなくなった。



 

「早く行こう、房主様が待ってるよ」

 

「そ、そうですねー、そうしたいところですが、私こう言う古式ゆかしいお家をみたのは初めてで……もう少し観光したいと言いますか」

 

「だめだめ、外から来たなら穢れを持ち込んでるんだから。折破摧伏しゃくはさいぶくを受けなきゃ死んじゃうんだ」


「し、死ぬ!?何故ですか??」

 

「わかんないけど、房主様のお祓いを受けなかった人はみんな死んじゃったよ」

「……ガッデム」


 


 何と言う事でしょう。すでに死者がいると判明してしまった。


 「ぴーひょろろ」とトンビが鳴く声が聞こえる、のどかな風景の中でこんな明確に死を突きつけられるなんて。

 どうしよう、スマホは圏外だし、緊急事態でもないからボタンは押せないし。


  

「もう一人来てたでしょ?男の人。あの人はもう着いてるよ。お姉さんがくるまで待つって言ってたから」

「んなっ!?そ、そうですか!!わかりました」


 

 白石さんがいると言うなら、是非もなし。さっさと行きましょう。死にたくないしねっ!!



━━━━━━

 

 少年に手を引かれながら村の中を進んでいくと、山に向かって参道があり、明らかに朱塗りの鳥居がある。

 

……房主様なんですよね?お寺さんなんですよね?


 

 

「何故鳥居があるんですか?山門では?」


「お姉さん、知らないの?鎌倉時代は仏教が強くなってたけど神仏混淆しんぶつこんこうはその辺りの時代からだよ。

 現代では明治維新で示された廃仏毀釈はいぶつきしゃくももう終わってるし、自由に成ったんだからお寺に鳥居があっても不思議じゃないでしょ」

 

「oh、ハイ……」

 

「お姉さん、もう少しだけお勉強頑張った方がいいかもねぇ」

「大変申し訳ございません……」



 

 うぅ、もう考えるのをやめよう。彼は少年の姿だけど、多分実年齢に則していない。ここに来て若返ってしまった感じなのか?何なのか?

正直わかりませんけど絶対年上だ!


 鳥居に一応頭を下げて、端っこを歩く。

少年は何も気にせず正中を歩いてるけど……そこ、神様の通り道では?歴史オタクなのに知らないのかな?


 しばらく歩くと、山道の先に灯籠が見えてくる。石造の灯籠が並んだ立派な楼門の下で、白石さんがブスッとした顔で立っている。

私は思わず駆け出して、がしっと腕にしがみついた。



 

「しししししらいしさん!!!!」

「はぁ。……おせぇ。」

 

「だだだって、おかしいですよね!?いきなり折破摧伏しゃくはさいぶくいとか!」

 

「しっ。声を落とせバカ!ビンゴで言えばここがセンターだろ。さっさと主犯っぽい房主の顔を見て対策を立てりゃいい。結界を張ってりゃ謎の禊払いなんぞ防げる」


 にべもなく言われ、うへぇ、と項垂れる。



 

「普通は結界なんかで防げませんからね。白石さん達がいかに優秀か、自覚がないんですか!?」

 

「はぁ。全く困ったもんだ。どいつもこいつも出来が悪くて仕方ねぇ」

 

「申し訳ございません…」


「ん?スンスン……スンスン」


 白石さんの毒舌にぐうの音も出ない。

しょんぼりしていたら、ご尊顔が近づいてきて私のスンスン匂いを嗅ぎ出した。もしかして私、臭いですか?



「……お前、誰かに会ったか」

「えっ!?私は少年と会って、導かれてここまで……アレッ!?」


 


 私の足元にいたはずの少年がいつのまにか姿を消している。

何故!?そしていつの間に!?


 

「そいつの特徴は?」

 

「ええと、4〜5歳くらいの背丈、ふっくらした姿形、黒髪黒目、コットンの着物を着ていました。ただ、少年とは思えないほどの博識で」

 

「具体的には何を言ってた?」

 

 白石さんの鋭い目がじっとりと見つめてくる。何で怒ってるんですかっ!?怖いです!この人は目つきが悪いんですよ……ニコニコしてればさぞモテるでしょうに。



 

「おい」

 

「はっ!はい!『末法の世にあり、無間地獄と縁を切る場所』とか、さっき鳥居があるのを不思議がってたら『神仏混淆は鎌倉時代のものだ、不思議ではない』と言われました」

 

「匂いは?」

 

「へ?あぁ……何にもしませんでしたね。目を合わせてこないので洗脳されてるのかなぁ、と思いましたけど。

 正中を歩いていたのでその線はないかもしれません。賢い子ですけどその辺は知らないようで」


「……チッ、少し待て」

 

 

 こっわ。舌打ちされた。

眉間を押さえながら、唇をわずかに動かして何か喋ってるけど、何でしょうか?


 

「はぁ。クソッタレ。さっさと行くぞ。時間はもう気にしなくていい。時計返せ」

「エッ?」

 

「制限時間がなくなった。バレたんだよ、ウチの主に」

 

「……えぇ?何故ですか?と言うか、何故隠すんです?あし、主さんが出てくれば万事解決なのでは?」


 


 芦屋さんの名前を言いかけて、睨まれてしまう。危なかった。


「あのな、主は忙しいの。他の仕事が山盛りなの。それに、死者が出れば悲しむだろ。あの人は、そう言う人だ」

「……そうですね」



 悲しみを滲ませた瞳は芦屋さんを思っていることがわかる。あの人は、そうなるでしょうね……誰にでも優しくて、誰にでも手を差し伸べてしまう人だもの。

 芦屋さんが消耗してしまうことを杉風事務所の方はいつも案じている。



「房主に会うぞ。行こう」

「はい」



 すっかり大人しくなってしまった白石さんの小さな声に応えて、本堂に歩き出す。玉砂利が敷かれたそこは、綺麗に掃き清められている。

 

 まるで、神主がいて、手入れの行き届いた神社のように。


 

 ━━━━━━



 

「こんにちはぁ、あなた達が新人さんですのね?」

「は、はひ!あの……ぼ、房主様でいらっしゃいますか?」

 

「アハハ、房主とは違いますよ。私は神様ですの」

「神様?お寺の中なのに??」

 

「うーん、説明が難しいねぇ?私は現代の日本では神様になってます。

 お寺さんとも縁が深いから、ここに住んでるんですよ」


 どう言う事……???

 迷家に来てちょうど15分経過。事態がサクサク進みすぎて、何が何やらわかりませんが。


 お寺の本堂に到着して、巫女服姿の女性が『まぁまぁよういらっしゃいましたね、お茶でもどうぞ』とご案内されて畳の上で向き合って……何コレ。



 

「あんた、名前は?」

「あらぁ?人に聞く前に自分から名乗るのが通例では?」

「俺はオカダトシロウ。こいつは……」


 えっ。白石さん????なぜ偽名?

 チラッと顔を覗くと白石さんに睨まれてしまう。


  

(陰陽師が真名を晒すんじゃねぇ。こいつが敵なら尚のことだろ)

(わ、私さっき里見って言っちゃいましたよ!!誰かに聞かれてるかもしれないです!!)

 

(名前だけ誤魔化せ。あほぅ)

(くっ!?)


「さ、里見花子と申します!!!!!」

「…………マジかよ」


 白石さん!そんな顔しないで!思いつかなかったんですから!!!


 


「ふぅん?オカダさんにサトミさん。あなた達、ここに何しに来たんです?」

 

「デートしに来た神社で鳥居を潜って海に近づいたら落っこちた。そしたらここに辿り着いてたな」

「ふふ、でえと?じゃあ恋人って事なの?確かに匂いが同じねぇ」



 せ、セーフ?セーフですかコレは?

 さっき崖から落っこちそうになっておいてよかった!くっついてたから匂いがうつったようです。私GJ。

 

 それにしても鼻がよろしいですね?神様は鼻がいいとは言われてるけど、私も白石さんも香りがつくものは着けていないのに。


 

 神様というからには気配が清いはずだけど、なーんか妖怪に近い感じの匂いがする。清く汚れのない気配ではない……いや、むしろ少し血の匂いがするような?


 それにしても本堂内で焚かれているお線香が臭いです。何でこんな変な匂いがするの??こんなに広いお堂なのにびっちり敷かれた畳の匂いもしないし。うーんうーん?


 


 

「で、あんたの名前は?」

「せっかちな子ですわねぇ。まずはお祓いをしないとですわ。世の穢れを持ち込んでるんですから。ここではそれを落とさないと死んでしまいます」

 

「ふぅん?それなら死ぬ前に帰りてぇんだけどな。俺とこいつはコレからラブホに行く予定だったんでね。現世に返してくれ」

「なっ!?な……えっ!?」


 白石さんはスンとした顔のままで『ラブホ』とか言ってる。もう少し他に言いようがあったのでは!?



「そぉなんですの?でもサトミはおぼこ ……生娘ですわよね?」

 

「……そうなのか」

 

「ちょっ!?な、何の話ですか!?そうじゃなくて!!は、早くここから出たいんですけど!?」


「あらぁ、サトミはかわいいわね。おっぱいは小さいけど肉つきもまぁまぁですし、穢れのないええ匂いがします。あまーい匂いが……」

「えっ?スンスン……甘い?今日香水つけてないですよ?」


 

 

「香の香りちゃうよぉ?サトミ自身の匂いや。むかーしに嗅いだことあるなぁ。あれはそう、高天原で……温泉の中やった。あの子もええ匂いやったけど、コブついてたからなぁ」

 

「高天原??と言うか、なぜ急に関西言葉になったんです?」

 


「オカダもまだアレやろ?どうて……」

 

「うっせーな、これからハジメテをいただく予定だったんだよ。お前のせいで邪魔されてんだ。こっちは我慢の限界なんだ」

「あらあら、ほほほ。若い盛りには辛いんちゃう?」

 

「そうだよ。このために禁欲したんだからな。さっさと突っ込んでスッキリしてぇんだ」

 

「まぁまぁ、ダメよその様に急いては。女の体を開くには時間がかかるのよ。心が開かねば体も開かないし、男もそれなりに痛いわよぉ?オカダもサトミも痛いのは嫌でしょう?」

 

「へぇ?どうやるんだよ。俺は知らないんだ、そういうの」

「……仕方ない、教えてしんぜましょう」

 

 話題がかなりきつい事になっているけど、コレはわざとですね。白石さんはこういう話題に縁がない。彼はエッチな話にはあまり乗ってこない人ですから。そしてもしかして童て…何でもありません。



  

 房主が目を細めて微笑む……いや、目は最初から細い。吊り上がっていて細い目、口がカパカパ開いて結構大きめな感じで狐みたい。

 元乃隅神社も白狐が元だったし。縁があってもおかしくはないけど……。

彼女はもしかしてこの地に託宣を与えた神様なのだろうか?

 

 それにしては関西言葉で喋っているし、しかも丁寧な口調と行ったり来たりして安定しない様子だ。


 

 姫カットの髪型で後ろに一つで結ばれた長い髪と目はどちらも黒い。眉毛は下りの太眉で平安貴族っぽい。

 

 でも、元乃隅神社の託宣はそんなに昔じゃなかったはず。現世に住まう神様も古墳時代とか弥生時代とか、現代の着物姿が多いのに。……こんな風に巫女服なんか着たりしない。



  

 高天原に縁があって、匂いに敏感で、エッチなお話にも耐性があって、狐の神様で、仏門にも縁がある神様?

 そしてさっきから漂ってる……この血の匂い、勘違いじゃない。

白石さんと話すたびに、彼女が口を開くたびに人の血の匂いが漂ってる。

 

 まさか、人を喰べてるの?人喰いの神なんて……わたしが知っているのは一柱だけだ。


 

荼枳尼天ダキニテン……」

「ばっ!?おま……クソッタレが!!」



 

 ぽそっと呟くと白石さんが立ち上がり、私を俵のように抱えて柏手を叩く。

 

「しら……オカダさん力持ちですね?」


「バカ!お前ほんとにバカ!アホ!KY!!呑気なこと言ってんじゃねぇ!!!」


  

 焦った様子の白石さんが祝詞を口にし始めた。アレ?何で?

ポカーンとしていたら私のお尻の方でぐわっとものすごい圧力が生まれる。

あっ、コレは瘴気ではありませんかねー。もしかして私、地雷を踏みましたかー?

 

「オカダ、サトミ……お前達は裏公務員か」

「えっ、私は違いますよ?あいたっ!?」


 思わず返答してしまったらお尻を叩かれた。痛い……。


 


「オカダ、ここは私が」

 

「あれっ!?どこ行ってたんですか伏……あいたぁ!?そんなにべしべし叩かないで下さい!!」

 

「黙ってろ!すまん、一度距離を取る。時間稼ぎ頼むぜ」

 

「応」



 言うが早いか白石さんが走り出して、2回も叩かれたお尻がヒリヒリするのを思わず抑えた。あんなに思いっきり叩かなくてもいいのに。


 抱えられたまま本堂から飛び降りると、ちょこんと小さな白い狐と荼枳尼天だろう神様が立ち合っているのが見える。伏見さん……大丈夫かな。




  

 しばらく走って、森の中の川沿いに到着。白石さん足がめちゃくちゃ早いですけど、これも術ですか?

 聞いてみようか悩んでいたら、首根っこを掴まれて河原石の上にポイっとされた。……扱いがひどいんですけど!



「お前!あっちに言わせなきゃ意味がねぇんだよ!名乗りをあげれば名前の縛りが生まれるだろ!?」

 

「あっ、そ、そう言う?でも荼枳尼天で合ってるってことですよね?」

 

「そーだよ。ああ言う性的に具体的な話なんぞ神様はあまりしない。真っ赤になって口を噤むのが常だ。

 男同士ならいざ知らず、異性なら尚の事。日本の神様は奥ゆかしいんだ」

 

「……でも、じゃあ、あの血の匂いは」



  

 はぁ、とため息をついて、眉を顰めた白石さんは目の前に座って頭を抱えてしまった。


「ここに取り込まれた人は喰われてる。最悪のシナリオだ。」

「……そう、なりますよねぇ……」


 二人で河原の石を眺め、大きなため息を落とした。


 


 

 

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