101迷家編 その2


清音side

 

「ふん、なるほどな。こりゃ間違いなく迷家だ」

「……うえっぷ」

 

「でかい門・千々に咲き乱れる季節を無視した花々・晴天・暖かい気温・牧歌的な風景、まるで桃源郷だな。しかし一軒じゃねえのか…参ったな」

「……うえぇっぷ」

 

「畑に…茅葺き屋根がある家か…荘園てとこだな。農民の家としては上等な建物ばかりだ」

「…………はぁ」



 白石さんに襟首をつままれたまま、何度か吐きそうになるのを堪えた。

私を無視して探索が始まっている模様。

 

 さっきまで夜だったのに、迷い家に入り込んだ後は昼に転じているのが怖いんですけど。

 

 燦々と降り注ぐ太陽の光の中で小さな家々がたくさん立ち並び、草花や人が植えたであろう花々が咲き乱れ、暖かくゆるい風が吹いている。

 梅に、桜に、芍薬、秋桜、椿…と咲いている花の季節がめちゃくちゃだ。

白石さんがいう通り、桃源郷の様相だけれど、確実に現世の時間軸には存在しない隔離された場所なのだとわかる。



 

「やっとおさまったか」

「ハイ…何とか」

「お前一応陰陽師の資格持ってるんだよな?しかも何回か転移も経験してるのに…まだ気持ちわりぃのか」

 

「すみませんねぇ、そうホイホイ転移術ができる陰陽師や裏公務員の方なんていないんですよ!!まさか海の中に迷家があるとは思わなくて、飛び込む羽目になって胃がひっくり返ってますし!普通は陰陽師が現世以外の場所にホイホイ来れませんからね!?」


 ははっ、と笑った白石さんが私を放り出して時計を眺め、真剣な表情になる。

 

「なるほどな、此処は正しく別次元だ。時計は当てにならん」

「え?うわ…何ですかこれ…」



 

 自分の腕時計に目をやると、秒針・長針・短針がしっちゃかめっちゃかに動き回っている。進んだり戻ったり…日付の文字盤まで回りっぱなし。


「おし、これ持っとけ。あとで返せよ」


 黒い塊を投げて寄越され、慌ててそれを手のひらで受ける。

ずっしりと重たいそれは懐中時計。

数字が三つ、並んでいる。日めくりカレンダーのようにパタパタと繰り返し動いているが、なんで三つなの?

 

 一番右の数字は1になったり10になったりと忙しなく動き、真ん中の数字はぴたりと動かず、左側の数字が規則的に増えていく。


 


「左から高天原、真ん中が現世、右がここの時間軸。制限時間は、高天原の時間で24時間、現世の時間で1時間だ。スマホも使えない、GPSも切れてる」

 

「…高天原…?てか何ですかこの時計?何でこんなもの持ってるんですか!?」

「企業秘密。手分けして村の住人に話を聞くぞ。初めてここに来た迷い人の体を装え」

 

「質問丸無視ーいつものことですねーわかりましたー」



 

 スタスタ歩いて去っていく白石さんがわずかに振り返り、眉を顰めて怖い顔になる。


「緊急時は右のボタンを押せ。…なるべく使うなよ」

「緊急時は使っていいんですよね!?そうですよね!?」

「……本当に緊急ならな。現世の時間軸で15分後にここに集合」

「はぁい…」

 


 

 お尻についた砂を払い、立ち上がる。ここはのどかな風景だけど、何だか生活の匂いがしない家ばかりだ。

人が生活しているなら色んな匂いがするはずなのに。

 

 私はとても鼻が良いのでそれを嗅ぎ漏らすはずがないんだけど。

ゴミや排泄物の匂いまでしないなんて…どう考えてもおかしい。

 よし、こうなったら聞き込みだ!

 


「こんにちはー…」

ドアのないお家の入り口で声をかけ、中を覗き込む。

 

 気でできたテーブル、丸太を切っただけの椅子。…ワイルドですね?

電気は通っていないし、奥に見えるキッチンらしき部屋にも水道の蛇口やガス台が見えない。人が暮らしているならあるはずの、食器や食べ物の気配すらない。


 まるでモデルルームの一室のように無機質な空間。生活の何もかもが成されていない…奇妙な家。

他の部屋も外から見える範囲で覗き込んでみるけど見事に何もない。

 お布団、お洋服、電子機器類の一切が見当たらず、まるで「ぽん」と置いただけの様子である。


 迷家というならば持ち帰れるものが何か一つでもあると思ったけど…本当に何もない。

 数軒同じようにして中をのぞいてみるが、作りも配置も同じ家ばかりで、中には人の気配がない。


「まさかあの丸太椅子を持ち帰れってこと?おかしいなぁ…そんなはず、ないんだけど…」




 以前読んだ迷家のお話だと、生活に困窮していたお父さんが、水飴の入った壺を持ち帰って子供を大きく育てましたー!みたいなモノだったんだけど。

 そもそもお家のどれもに、ツボの一つもない。二百人前後が迷家に来ているなら、ここで生活しているのでは??

迷い込んだ人を装おうとしても、装う対象がいないんですけどぉ…?


 勿論何かの術の痕跡も、霊力も呪力も神力もないし…何の匂いもしない。

庭に植えてある花たちは綺麗だけど…これも匂いがしない。何でですか。


 


 首を傾げつつ、サクサクと地面を踏みしめながら歩いていると、不意に草むらから気配が現れる。

そこから飛びすさって距離を取ると、「わあっ!?」と叫び声が聞こえた。


 少年…?だろうか。古風な村の風景に馴染むコットンの着物に身を包み、小さな男の子が目を丸くして尻餅をついていた。


 


「ご、ごめんね?びっくりしちゃった」

「おれもびっくりした!姉ちゃん誰?どこから来たの?」

「私は…里見と言います。」

「里見!?大名様の末裔か!?」

「あはは…君は千葉の人ですか?私は残念ながら千葉に生まれていないので、里見氏とは縁もゆかりもありませんよ」


 なんだぁ、としょんぼりする少年。

 嘘ついてごめんね、と言う微妙な気持ちと共に…何となく、彼に違和感を覚える。

 

 彼が言っているのは「南総里見八犬伝なんそうさとみはっけんでん」の話なのか、単純に「里見氏」の事なのか。

南総里見八犬伝なんそうさとみはっけんでん』は江戸後期に発表されているファンタジー小説。

 実在した大名、里見氏は平安から鎌倉時代に御家人となっている。

まあ、あの…白石さんが言った通りわたしのご先祖さまでして。今は何の変哲もない農家やってますけどね?

 

 どちらもわたしのご先祖さまが関わるお話だけど…この少年が『大名様』というのは少しおかしい。いくら里見氏が安房国あわのくに…現在の房総を統べたとはいえ、この歳の子がそれを知っているのだろうか。南総里見八犬伝なんて、最近ではドラマとかアニメのモチーフになっているのはあまり見かけない。

 

 でも、末裔と言ってたし…現代の子だよね。大人にタメ語で話しかけてるわけだし……うーーーーん。


 


「姉ちゃんここに来たの初めてだろ?俺たちはここに来たら導きがつく。初めて会った人が導いて、折破摧伏しゃくはさいぶくを受けるんだよ」

「導き…?はっ!そうなんですか!?」

 

「うん、俗世の全てを洗い流して、毎朝毎晩の勤行をすれば後は自由にしてていい。木の実を食べていれば生きていけるし…誰も喧嘩しないし、殺さない。ここは『末法の世にあり、無間地獄と縁を切る場所』なんだって」



 

 完全におかしいですね、この年齢の子が言うセリフとは思えない。説法を聞いていたとして、末法の世?無間地獄??ヤバいですよこれ。

 

 折破摧伏しゃくはさいぶくは元々は仏教用語で〝語り合って迷いを覚まさせる〟事だけど、洗脳みたいな物かもしれない。

 これだけ話しているのに、私は少年と目が一度も合わないんですけど。

そして、やはりおかしい。神社の中からやってきたなら神道の話では?さっきから仏教用語で話されてるんですが。

 

 寒気がしてくる…怖い。

 奇妙な違和感と怖気を感じながら少年の後を追い、口を噤んでひたすら歩くしかなくなった。



 

「早く行こう、房主様が待ってるよ」

「そ、そうですねー、そうしたいところですが、私こう言うお家をみたのは初めてで…もう少し眺めたいと言いますか」

 

「だめだめ、外から来たなら穢れを持ち込んでるんだから。折破摧伏しゃくはさいぶくを受けなきゃ死んじゃうんだ」


「し、死ぬ!?何故ですか??」

「わかんないけど、房主様のお祓いを受けなかった人はみんな死んじゃったよ」

「……ガッデム」


 


 何と言う事でしょう。すでに死者がいると判明してしまった…。

 

 「ぴーひょろろ」とトンビが鳴く声が聞こえる、のどかな風景の中でこんな明確に死を突きつけられるなんて…。どうしよう、スマホは圏外だし、緊急事態でもないからボタンは押せないし。


「もう一人来てたでしょ?男の人。あの人はもう着いてるよ。お姉さんがくるまで待つって言ってたから」

「んなっ!?…そ、そうですか…わかりました」


 白石さんがいると言うなら、是非もなし。さっさと行きましょう。死にたくないし。



━━━━━━

 

 少年に手を引かれながら村の中を進んでいくと、山に向かって参道があり、明らかに朱塗りの鳥居がある。

…房主様なんですよね?お寺さんなんですよね?


  

「何故鳥居があるんですか?山門では?」


「お姉さん、知らないの?鎌倉時代は仏教が強くなってたけど神仏混淆しんぶつこんこうはその辺りの時代からだよ。現代では明治維新で示された廃仏毀釈はいぶつきしゃくももう終わってるし、自由に成ったんだからお寺に鳥居があっても不思議じゃないでしょ」

「oh、ハイ……」

 

「お姉さん、もう少しだけお勉強頑張った方がいいかもね…」

「申し訳ございません…」



 

 うん、もう考えるのをやめよう。彼は少年の姿だけど、多分実年齢に則していない。ここに来て若返ってしまった感じなのか?何なのか?

正直わかりませんけど絶対年上だ!


 鳥居に一応頭を下げて、端っこを歩く。

少年は何も気にせず正中を歩いてるけど…そこ、神様の通り道では?



 しばらく歩くと、山道の先に、灯籠が見えてくる。石造の灯籠が並び、立派な楼門の下に白石さんがブスッとした顔で立っている。

私は思わず駆け出して、がしっと腕にしがみついた。



 

「しししししらいしさん!!!!」

「…はぁ。…おせぇ。」

「だだだって、おかしいですよね!?いきなり折破摧伏しゃくはさいぶくいとか!」

「しっ。声を落とせバカ。ビンゴで言えばここがセンターだろ。さっさと顔を見て対策を立てりゃいい。結界を張って謎の禊払いなんぞ防げるだろ」


 にべもなく言われ、うへぇ、と項垂れる。



 

「普通は結界なんかで防げませんからね。白石さん達がいかに優秀か、自覚がないんですか!?」

「はぁ。全く困ったもんだ。どいつもこいつも出来が悪くて仕方ねぇ」

「申し訳ございません…」


「ん…?スンスン…スンスン…」


 白石さんの毒舌にぐうの音も出ない…。

しょんぼりしていたら、ご尊顔が近づいてきて私のスンスン匂いを嗅ぎ出した。私、臭いですか?



「……お前、誰かに会ったか」

「えっ!?私は少年と会って、導かれてここまで…アレッ!?」


 


 私の足元にいたはずの少年がいつのまにか姿を消している。

何故!?そしていつの間に!?


「そいつの特徴は?」

「ええと…4〜5歳くらいの背丈、ふっくらした容姿、黒髪黒目、コットンの着物を着ていました。ただ、少年とは思えないほどの博識で…」

 

「具体的には何を言ってた?」

 

 白石さんの鋭い目がじっとりと見つめてくる。何で怒ってるんですかっ!?怖いです!この人は目つきが悪いんですよ…ニコニコしてればさぞモテるでしょうに。



 

「おい」

「はっ!はい!『末法の世にあり、無間地獄と縁を切る場所』とか、さっき鳥居があるのを不思議がってたら『神仏混淆は鎌倉時代のものだ、不思議ではない』と言われました」

 

「…匂いは?」

「へ?あぁ…何にもしませんでしたね…目を合わせてこないので洗脳されてるのかなぁ、と思いましたけど。正中を歩いていたのでその線はないかもしれません。賢い子ですけどその辺は知らないようで」


「……チッ。少し待て」

 

 こっわ。舌打ちされた。

眉間を押さえながら、唇をわずかに動かして何か喋ってるけど…何でしょうか?


「はぁ。クソッタレ。さっさと行くぞ。時間はもう気にしなくていい。時計返せ」

「エッ?」

 

「制限時間がなくなった。バレたんだよ、ウチの主に」

「……えぇ?何故ですか?と言うか、何故隠すんです?あし…主さんが出てくれば万事解決なのでは?」


 


 芦屋さんの名前を言いかけて、睨まれてしまう。危なかった。


「あのな、主は忙しいの。他の仕事が山盛りなの。…それに…死者が出れば悲しむだろ。あの人は、そう言う人だ」

「……そうですね…」



 悲しみを滲ませた瞳は芦屋さんを思っていることがわかる。あの人は、そうなるでしょうね…誰にでも優しくて、誰にでも手を差し伸べてしまう人だもの。

 芦屋さんが消耗してしまうことを杉風事務所の方はいつも案じている。



「房主に会うぞ。行こう」

「はい」



 すっかり大人しくなってしまった白石さんの小さな声に応えて、本堂に歩き出す。玉砂利が敷かれたそこは、綺麗に掃き清められている。

 

 まるで、神主がいて、手入れの行き届いた神社のように…。


 

 ━━━━━━



 

「こんにちはぁ、あんた達が新人さんやなぁ?」

「は、はひ…あの…ぼ、房主様でいらっしまいますか?」

 

「アハハ、房主とは違うよぉ。アタイは神様だよぉ」

「神様…?お寺の中なのに??」

 

「うーん、説明が難しいねぇ?アタイは現代の日本では神様になってるんよ。お寺さんとも縁が深いから、ここに住んでるんやけどぉ」


 どう言う事…???

 迷家に来てちょうど15分経過…事態がサクサク進みすぎて、何が何やらわかりませんが。お寺の本堂に到着して、巫女服姿の女性が『まぁまぁ、よういらしたなぁ、お茶でもどうぞ』とご案内されて畳の上でお茶を飲んでいます…何コレ。



 

「あんた、名前は?」

「あらぁ?人に聞く前に自分から名乗るのが通例ではぁ?」

「…俺はオカダトシロウ。こいつは…」


 えっ。白石さん????なぜ偽名?

 チラッと顔を覗くと白石さんに睨まれてしまう。


  

(陰陽師が真名を晒すんじゃねぇ。こいつが敵なら尚のことだろ)

(わ、私さっき里見って言っちゃいましたよ!!誰かに聞かれてるかもしれないです…)

 

(名前だけ誤魔化せ。あほぅ)

(くっ!?)


「さ、里見花子と申します!!!!!」

「…………マジかよ」


 白石さん!そんな顔しないで!思いつかなかったんですから!!!


 


「ふぅん?オカダにサトミ…あなた達、ここに何しに来たの?」

「デートしに来た神社で鳥居を潜って海に近づいたら落っこちた。そしたらここに辿り着いてたな」

「ふふ…でえと?じゃあ恋人って事なの?確かに匂いが同じねぇ…」



 せ、セーフ?セーフですかコレは?

 さっき崖から落っこちそうになっておいてよかった!それにしても鼻がよろしいですね…?神様は鼻がいいとは言われてるけど、私も白石さんも香りがつくものは着けていないのに。


 神様というからには気配が清いはずだけど…なーんか妖怪に近い感じの匂いがする。清く汚れのない気配ではない…いや、むしろ少し血の匂いがするような?


 それにしても本堂内で焚かれているお線香が臭いです…何でこんな変な匂いがするの??こんなに広いお堂なのにびっちり敷かれた畳の匂いもしないし…うーんうーん?


 


 

「で、あんたの名前は?」

「せっかちな子やねぇ。まずはお祓いせな。世の穢れを持ち込んでるやろ?ここではそれを落とさないと死んでしまうんよ」

「ふぅん?それなら死ぬ前に帰りてぇんだけどな。俺とこいつはコレからラブホに行く予定だったんでね。現世に返してくれ」

「なっ!?な…えっ!?」


 白石さんはスンとした顔のままで『ラブホ』とか言ってる。もう少し他に言いようがあったのでは!?



「そぉなんかぁ。でもサトミはおぼこやろ?生娘って言った方がええかぁ?」

「…そうなのか」

 

「ちょっ!?な、何の話ですか!?そうじゃなくて!!は、早くここから出たいんですけど!?」


「なんやぁ、サトミはかわいいなぁ。おっぱいは小さいけど肉つきもまぁまぁやし、穢れのないええ匂いがするわぁ…あまーい匂いが…」

「えっ?スンスン…甘い?今日香水つけてないですよ?」

 

「香の香りちゃうよぉ?サトミ自身の匂いや。むかーしに嗅いだことあるなぁ、あれはそう…高天原で…温泉の中やった。あの子もええ匂いやったけど、お手つきやったから…うふふ」

「高天原…??」

 


「オカダもまだアレやろ?どうて…」


「うっせーな、これからハジメテをいただく予定だったんだよ。お前のせいで邪魔されてんだ。こっちは我慢の限界なんだ」

「あらあら、ほほほ。若い盛りには辛いでしょう?」

 

「そうだよ。このために禁欲したんだからな。さっさと突っ込んでスッキリしてぇんだ」

「まぁまぁ、ダメよその様に急いては。女の体を開くには時間がかかるのよ。心が開かねば体も開かないし、男もそれなりに痛いわよぉ?オカダもサトミも痛いのは嫌でしょう?」

 

「へぇ…どうやるんだよ。俺は知らないんだ、そういうの」

「…仕方ない、教えてしんぜましょう…」

 

 話題がかなりきつい事になっているけど、コレはわざとですね。白石さんはこういう話題に縁がない。彼はエッチな話にはあまり乗ってこない人ですから。そしてもしかして童て…何でもありません。



  

 房主が目を細めて微笑む…いや、目は最初から細い。吊り上がっていて細い目、口がカパカパ開いて結構大きめな感じ。狐みたいな…元乃隅神社も白狐が元だったし。縁があってもおかしくはない。

彼女はもしかしてこの地に託宣を与えた神様なのだろうか?


 姫カットの髪型で後ろに一つで結ばれた長い髪、目どちらも黒い。眉毛は下りの太眉で平安貴族っぽい。

 でも、元乃隅神社の託宣はそんなに昔じゃなかったはず。現世に住まう神様も古墳時代とか弥生時代とか、現代に近い着物姿が多いのに。こんな風に巫女服なんか着たりしない。

 

 高天原に縁があって、匂いに敏感で、エッチなお話にも耐性があって、狐の神様で、仏門にも縁がある神様…?

 そしてさっきから漂ってる…この血の匂い、勘違いじゃない。白石さんと話すたびに、彼女が口を開くたびに濃い血の匂いが漂ってる。

 まさか、人を喰べてるの?人喰いの神なんて…わたしが知っているのは一柱だけだ。


荼枳尼天ダキニテン…」

「ばっ!?おま…クソッタレが!!」



 

 ぽそっと呟くと白石さんが立ち上がり、私を俵のように抱えて柏手を叩く。

 

「しら…オカダさん力持ちですね?」


「バカ!お前ほんとに…バカ!アホ!KY!!呑気なこと言ってんじゃねぇ!!!」

 

 焦った様子の白石さんが祝詞を口にし始めた。アレ?何で?

ポカーンとしていたら私のお尻の方でぐわっとものすごい圧力が生まれる。

あっ、コレは瘴気ではありませんかねー。もしかして私、地雷を踏みましたかー?


 

「オカダ…サトミ…お前達は裏公務員か」

「えっ、私は違いますよ?あいたっ!?」


 思わず返答してしまったらお尻を叩かれた。…痛い…。


 


「オカダ、ここは私が」

「あれっ!?どこ行ってたんですかふし…あいたぁ!?そんなにべしべし叩かないで下さい!!」

 

「黙ってろ!…すまん、一度距離を取る。時間稼ぎ頼むぜ」

「お任せを」



 言うが早いか白石さんが走り出して、2回も叩かれたお尻がヒリヒリするのを思わず抑えた。あんなに思いっきり叩かなくてもいいのに…。


 抱えられたまま本堂から飛び降りると、ちょこんと小さな白い狐と荼枳尼天だろう神様が立ち合っているのが見える。伏見さん…大丈夫かな…。




  

 しばらく走って、森の中の川沿いに到着。白石さん足がめちゃくちゃ早いですけど、これも術ですか?

 聞いてみようか悩んでいたら、首根っこを掴まれて河原石の上にポイっとされた。扱いがひどいんですけどぉ。



「お前!バカ!あっちに名乗らせなきゃ意味がねぇ!名前の縛りが生まれるだろ!?」

「あっ、そ、そう言う?でも荼枳尼天で合ってるってことですよね?」

 

「そーだよ。ああ言う性的に具体的な話なんぞ神様はあまりしない。真っ赤になって口を噤むのが常だ。

 男同士ならいざ知らず、異性なら尚の事。日本の神様は奥ゆかしいんだ」

「……でも、じゃあ…あの血の匂いは…」


 

 はぁ、とため息をついて、眉を顰めた白石さん。目の前に座って頭を抱えてしまう。


「ここに取り込まれた人は喰われてる。最悪のシナリオだ。」

「……そう、なりますよねぇ…」


 二人で河原の石を眺め、大きなため息を落とした。


 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る