本編第二部
99裏公務員認定 幸せの杉風事務所
???side
「なぁなぁ、サプライズするにしても予定大丈夫なんか?」
「そーですねー、この前の飲み会もパァになってますし」
「そりゃ
「そうですよ、あれは仕方ありません。隠り世で気に入られてしまったからです」
「アイツのせいであって、アイツのせいじゃねぇ。いい加減相棒の結界が効果を出して欲しいもんだが、本人があれじゃなぁ…」
「「「「はぁ……」」」」
いつもの場所、いつもの声が部屋の中から聞こえる。今日はフルメンバーではないようだ。
鈴村、アリス、鬼一、星野、そしてここの事務所責任者である白石の声が廊下にまで響いている。
都内の雑居ビルであるここは、看板が一つもかかっていない古びたテナント。他に入居者がいないほどくたびれた様相である。
古い階段を登って最上階。薄暗い廊下の突き当たりにある小さな事務所にやって来た。
雑居ビルに不釣り合いな、立派な木のドアプレートにはこう書かれている。
『裏公務員公式認定 幸せの
胡散臭いにも程がある名前だとは思うけど、民間の超常対策事務所としてはここが一番確実で一番仕事が早い。
しかし、何で
この事務所に依頼するには覚悟が要る。仲介業者である私達がピンハネしすぎると、後から細目の怖い事務員――伏見という――が夢枕に立つ恐ろしい事務所だ。
金儲けを主とした私達には、どうやっても誤魔化しの効かない厄介な下請けである。
しかし、他ではできない
私は25歳で超常現象対策をメインとしている会社に就職し、陰陽師になった。
毎日くたびれたスーツを身に纏い、馬車馬のように働いている。この仕事を選んだのは間違いだったかもしれないと思いつつ、もう六年も続けていた。
――その昔、この国には稀有な神様が現れた。
その方は見目麗しく、慈愛に満ちた方だと伝えられている。
国津神として生まれたが、後に天津神に召し上げられてこの国の平和を成したという。
今はもう日本全国に当たり前としてある『超常現象』の対策をする『陰陽師』の認定機関……【裏公務員】という資格。それが、国家公務員としての名だった頃の話だ。
日本各地で天変地異が起こり、国が荒れてそれはもう酷い様相だったらしいけど。そこから三百年以上経ち…現在ではもう、その荒れた面影はない。
厳格な法律…『自然破壊の禁止、神社仏閣の保護、超常現象に対して関わる人間の認定資格化』などの制定、今は国のトップ機関である『
現在では怨霊による被害、都市伝説の具現化、神様や妖怪による人智を超えた何かをあたり前に抱えた日本は、その神様が作った国護結界の中で守られて…人と神と不思議なものたちが暮らす平和?な国となっている。
その中でも国の付属機関として優遇を受けているのがこの、『裏公務員公式認定』を受けた陰陽師たちだ。これらは全て民間業者だが、総称として実務部隊はそのまま
彼らは基本的にただの陰陽師だが、神様をその身に宿した国家公務員の『
国の公式依頼から民間人の「呪われた!」まで大小さまざまな不思議ぱわー(何故か公式の表示がひらがな)による困りごとを引き受け、陰陽師と言うよりは祈祷師や神職のようなものだろうか。正確なことはわからないが、そういった対処をしてくれる。
要するにお祓いやら、探偵のように超常現象の原因を突き止め人々を救う仕事をしている人達。公務員じゃないのになぜ公務員とついているのかは定かではない。
まぁ、裏だけど。
私が勤める会社は『裏公務員』としての認定は受けていない。それ故にこういった認定事務所に下請けとして仕事をおろして、対応不可能となった面倒な仕事をしてもらって報酬を払う…そういった流れが出来上がっていた。
「うー…やだなー、行きたくないよぉ…」
ここの事務所は、本当に素晴らしい裏公務員が所属している。
先ほど和やかな会話をしていたメンバー達は全員杉風事務所の所属だが、裏公務員名簿のランキング上位者は全てここの人。
鈴村は大勢を指揮することに長け、アリスは妖狐の力を使う。鬼一は忍びで情報収集や裏稼業にも通じていて、星野は優秀な経理兼外交担当、伏見は事務…だと思うけど正体不明。
そして…事務室長の白石。
これらの人員は、噂によると全員国家公務員の神継と同じく依代として神をその身に宿しているとか。全員が実務をこなすスーパーエリート集団である。
国家安寧の大本であるヒトガミ様が開いた事務所を受け継ぎ今の世を輔けているらしい。ヒトガミ様のネーミングセンス…如何なんですかね。
幸せの杉風事務所は三百年以上続いているはずが、私が知ったのは会社に勤めてからだし…上層部はこの事務所の内情について何も知らない。胡散臭すぎるし面倒だが公認である以上信頼するしかないのだ。
ただ、ここの『主』として存在しているのは…世にも美しい男性だった。
それこそ、その昔…『黒曜石の瞳・星空色の髪・
公式な絵姿はだいぶ昔に失われてしまったけれど、各神社で密かに受け継がれている。私自身も一度しか盗み見たことはないけど。
ヒトガミ様の本巣である神社は秘匿され、どこにあるのかすらわからない。だが、日本全国の神社仏閣には必ずといっていいほど社が建立されている。
何故か太古の昔の歌人である『松尾芭蕉』の句碑と共に祀られていることが多い。杉風事務所といい、ヒトガミ様にはどうも松尾芭蕉がちらつく話題が多い。
神様って言うんだから、こんな風に人と簡単に接触するはずもないのだけれど。他人の空似に他ならない。
主である彼は本当に綺麗な人で、仕事の腕は確かだ。そしてものすごく優しい。
あの人を嫌う者を見たことはない。正直に言うと、みんなが好意の矢印を向けている超絶人タラシである。
私ももちろん好きだけど…ここの所属員は全員、あの人に対してのセコム要員だ。
普段から一言交わすのにすら苦労させられるから、ほとんどの人はコンタクトを取れずにいる。もう一人、最後のメンバーであるトップセコムは今日不在らしいけど。
ただ『お顔を見たい』と思っても全っ然会えた試しがない。本当に困った時だけに現れる神様のような人なのだ。
団地妻顔の救世主…はどうかと思うが、いつもほんのり困っているような表情と、甘い顔つき、危うい色気がその言葉を納得させる。ヒトガミ様の生まれ変わりとか…ありえるかも?
「おい。いつまで突っ立ってんだよ。さっさと入れ」
「ひっ!?」
わずかに開かれたドアの隙間から白石氏が顔を覗かせていた。
いつもの黒い着流しに身を包み、ここの事務所のトレードマークである家紋を胸に刺繍した白い羽織を肩にかけている。
芭蕉紋って言ったかな。その真ん中に木瓜紋がある変わった家紋だ。
この人、顔はいいのにいつも怖い顔してるから…性格も見たまま、かなりキツめで語調も荒くてついビクビクしてしまう。
「んで、今日は何?」
「は、はい!…あの、芦屋さんは今日いらっしゃらないんですか?」
ドアの内側に招かれ、室内に恐る恐る入る。事務所の中はどう見てもビルの中とは思えない木目調の壁、床が磨き抜かれた穏やかな空間に…一揃いの柔らかな高級ソファー、ガラスのローテーブルだけが並んだシンプルな作り。
先ほどまでいた裏公務員たちはいつの間にかどこかに消えている。
…空間転移ができる陰陽師とかどう考えてもおかしいんですけど。
「お前、一言目に主の名を口にするのやめてくんね?軽々しく名を呼ぶな。仲介業者で名前を知られてるのは、お前だけなんだからな。いい加減消すぞ」
「……すみません」
いつもの調子で怒られて、ソファーに腰掛け、ビジネスバッグの中から分厚い冊子を取り出す。
題名には、山口県のとある村の名前と共にこう記載されていた。
『迷い家救出作戦』
「……うわ、めんどくせぇ」
「そう言わないでください!!ここがダメなら真神陰陽寮に上げるしかなくなるんですよ!?そうなったらウチの会社は調査の経費さえ落とせなくなります!」
「知らねーよ。お前んちの陰陽師はまともな奴がいねぇのか?依頼数も多すぎるし、持ってくる案件が全部めんどくさい」
「めんどくさい案件だから持ってくるんですけどぉ」
「……チッ」
舌打ちを落としつつ、向かいのソファーに座った白石さんがペラペラと資料をめくる。
目線が下に向いて、陰陽師のトレードマークである黒長髪が肩に流れる。真剣な目がものすごい早さで資料の文字を追って、あっという間に読み終わりスマートフォンで調べ物が始まった。
冷や汗をぬぐい、第一関門を突破したことに取り敢えず密かにため息をついた。
この人は怖いだけじゃなく、我々仲介業者からは『地獄の門番』と言われている。
調べ上げた情報を正確にまとめ、的確に伝える文章を成した提案書を持ってこなければ、やり直しを永遠とされるのだ。地獄の門番から「ヨシ」と言われなければ、仕事の内容すら裏公務員達に把握してもらえない。
神様…この国を守ったとされるヒトガミ様!どうか私にお慈悲を…!!
「ヒトガミを引き合いに出すな。マジでガチで消すぞ?」
「…すみません」
彼は優秀な術師だから、考えていることは筒抜けなのだ。だからさん付けにしないとね。
特にヒトガミ様と主である芦屋さんに対して不遜な心を抱くと…会社ごと消された人もいるくらいの恐ろしい人だから。
「ここの地域は
「……あの、神主さんも行方不明です」
「はぁ!?マジかよ…。んで、最後の人が取り込まれたのはいつだ」
「先月の三日です」
「……」
「すみません」
「謝れば許されるとでも?バカなのか?迷い家に取り込まれ始めた年月からして、この世に戻ったとしても生きてねぇ。お前の会社で引き継いだのは?」
「今月の朔日です」
「はあああぁーーーー…………」
白石さんが怖い顔して深ああぁい溜め息をつく。
ソウデスヨネー、一番最初の被害が起こったのはもう一年以上前。最後の人は取り込まれてから1ヶ月。この案件が無事解決したとしても、その人達の生死は殆ど諦められている状態だ。
スマートフォンでお電話をかけ始めた白石さんは、結構怒っている。
彼の怒りの矛先が私じゃないだけ、マシだと思うしかない。
「伏見、山口の迷い家案件。d-13687号、最後の業者以外ペナルティを申請してくれ。盥回しの罰則で一番キツいやつだ。」
「……」
「あぁ、いや。ウチに持ち込んだのはいつものとこ。
唐突に名前を呼ばれて、心臓が跳ね上がる。この人は名字で私を呼ばないんですよねぇ。お仲間はみんな名字呼びだと思うんですけど。妙齢の女子としてはドキドキしてしまう。
「清音の会社が受けたのは今月朔日。三日で情報を集めてるから問題ない。
……いや、主には黙っていてくれ。おそらく大量の死者が出る」
「……」
電話の向こうでは細目の伏見さんが話しているようだ。若干声色が硬い。
でも、多分だけど…今回は芦屋さんが出張らないと解決はしないだろう。
それほどひどい状態の案件なのだから。
「あぁ。ギリまで沈黙だ。俺が怒られるからいいよ。星野も借りていいか」
「……」
「うん、了解。誤魔化し頼むな」
ぴっ、とスマホの通話を切って、手のひらが目の前に差し出された。
ワキワキしないでください…。
「契約書。支払いは現金前払いで全額、後で追加の支払いが発生すると思え」
「デ、デスヨネー」
「今回は値引きできん。生死が関わるし、おそらく主が出なきゃならん。ウチの長を使うつもりで来てるんなら、出し渋りなんかしねぇよな?ん?」
手のひらから伝わる圧力。指先まで霊力を巡らせた白石さんが睨みつけてくる。
それでも…鳶色の瞳には、わずかに哀愁が浮かんでいた。
それは被害者に向けてなのか、悲しい思いをされるであろう主人に向けてなのか。
何もかもを頷きで打ち殺し、私はカバンの中から契約書と札束を取り出した。
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