100 幸せの杉風事務所 迷家編その1


清音side


「わー!綺麗な日本海ですね!夜でも海水が澄んで見えますよ!見て!漁船が沢山います!光ってますよ!!」

「はいはい、お前はいつも呑気だな。星野さん、その服マジなの?」

「すみません、温泉バカンス帰りなもので…」



 現時刻 20:30。杉風事務所に依頼完了し、そのままの足で現着。

 黒々とした岩が連なる海岸線、津黄つおう漁港から神社に向かって私たちは歩いている。

 星野さんは先ほどまで事務所にいたはずなのに…温泉??転移で行ってきたとしても1時間かかってないですよね??なんでそんなアロハシャツ着て、日焼けしてるんですか???


 現地で合流した星野さんは、優しげな顔にサングラスをかけて白黒のアロハシャツと半ズボン。

現在の気温、二度ですよ。正気ですか。



 

「コギャルは引き止められてるか?」

「ええ、彼女が一番適任ですから。刀談義に主は夢中です」

「そりゃよかった。さっさと調べ物して纏めなきゃな。…気が重い」

「…はい。あっ、清音さん。私とはお久しぶりですねぇ」


「お、お久しぶりです!」



 突然こちらを振り向いた星野さんに反射で応える。彼は自分の衣服に触れて、アロハシャツから着物に着替えた。杉風事務所の制服である着流し、羽織姿は白石さんと同じ服装だ。

 この早着替えも法術らしい……。私はこんな術、杉風事務所の裏公務員以外で使用しているのを見たことがない。

 

 ポヤポヤ微笑んでいる星野さんも怖いです。この人たちの霊力は一体どうなっているのだろう?



 

「しかし迷い家とは珍しいですね。山神の仕業ですか?」

「いや、本来の話では東北、関東地方にあるのが普通だろ。山口県って時点で山神じゃねぇな」

 

「そうですねぇ。元乃隅神社は白狐の託宣で建てられた神社ですし…伏見さんが来なきゃならない案件でしょうかねぇ?」

「おそらくな。神社の主祭神からしてそうなるだろ。…頭が痛い」



 わーお、それ確定ですか……伏見さんが来るのか…私こそ頭が痛いんですが。経費増し増しになりますよね、それ。

 二人はポーカーフェイスだが、私は手に汗を握っている。白石さんが不機嫌な顔をしていない時は、かなり危ない事件の時だけなのだから。




  

 ここは山口県長門市。小さな漁港をすぐそばに置く最近有名になったスポットだ。

 アメリカのCMMテレビで『日本の美しい景色三十一選』に選ばれた場所らしい。日本ではそこまで有名ではなかったものの、国内外観光客が訪れる名所になりつつある。数万人訪れていたところが今や数十万人が訪れる場所に変わってるんですよ。…凄いですね。

 

 場所柄お魚も美味しいでしょうし、一二三ひふみ鳥居と呼ばれるたくさんの赤い鳥居が海の青に映えてイソスタ映えするらしく、若者にも大人気らしい。百二十三基の鳥居だから一二三鳥居。ひふみ祝詞にも通じる何かがありそうでなさそうで…どうなんでしょうかね?


 

 今回の現場は元乃隅神社もとすみのじんじゃ。旧称は元乃隅稲成神社もとのすみいなりじんじゃと言う。

 神社の名前が変わるという事がそうそう無い筈が、最近になって『長い名称はわかりにくい』というなんともさっぱりとした理由で変えられた。

 

 本来簡単に神社名称は変えられない物なんですよ。神社庁に所属している神社が名称を変える時は認可が必要だから。

ここは個人の方が所有しているため宗教法人やその他いかなる法人でもなく、神社本庁・山口県神社庁にも属していない。

認可を得ずとも名称がサクッと変えられる理由はこの辺りにある。

 

 しかし、伏見さんが出張らなければならない理由はなんなんでしょうか。

名前が伏見だから?目が細くてお稲荷さんぽいから?そんな訳無いですよね…?



  

「怪異現象はあれだな。海中の蓮華だ」

「…蓮華のお花って、小さいお花では?」

「星野さんが言ってるのは蓮華草。蓮華ってのは蓮の花のことだよ。」



 二人がつぶやきながら、海上沖にほんのり灯るピンク色の光を見つめている。

 海の上であるはずのそこには、蓮の花が咲き誇っていた。

蓮は水生植物ではあるけど海水では育たない。漁港のすぐ近くで怪奇現象があからさまに目前に存在している。

 


 


「さてな、迷家はどこから入るんだ?」

「神社の中です。一二三鳥居の先です」

「…わかりやすすぎませんか?迷い家なんですよね?観光名所の鳥居の先って迷い込む場所じゃ無いですよね?」

「ハイ」



 

 迷家伝説…それは、遠野物語と言われる小説で明らかになった東北、関東地方に伝わる物語。

 

 迷い家にたどり着いた者が福を得る、というのが本来のお話ではある。

 

 

 辿り着くことすら困難であり、行こうと思って行けるものではない。そして迷い家に万が一にも行けたなら、何か一つだけ持ち出して良いという決まりがあるらしい。

 

 何かを持ち帰った人が富を得たり、欲をかいたものが罰せられたりする……という典型的なお伽噺ではある。

 しかし、今回の場合はそう言った類ではなくなっていた。

 

 今回の事件では迷い家に取り込まれた人々は現世に戻らず、このまま迷家の中に…この世に存在しない超常現象の中に居続ければ人は命を失ってしまう。

 

 聖域でもそうだが、現世とその他の世界では時間の流れが違うのだそうで。浦島太郎みたいになっちゃうらしい。

 迷家は漁村の人々を大量に殺戮しようとする恐ろしい超常へと変貌している。


  


「行方不明者二百人前後か…よくもまあこんなに飲み込んだな」

「全員戻っていないんですか?海沿いの住人がほとんど消えていますね」

 

「はい。ご家族もろとも引き込まれた方もいて、捜索願が出されているだけでその数ですから。弊社の調査では数的にもう少し増えると予測しています。」

 

「…はぁ…困った予測だがそうなるだろうな。とりあえずチェックだ」


  

 持ってきた照明弾を打ち上げ、海上の蓮華畑を照らす。

照明弾に照らされてるはずの蓮華は怪しげな桃色の光が変わらず、煌々とした灯りの元にあるはずが影も生まれない。美しい花々は現実のものとして存在していないようだった。


 


「幻覚だな。…狐は出てないのか」

「鳥居をくぐるうちに出てくるそうです。白い狐に導かれて迷家に辿り着くとのことですよ。神社の創設がそもそも白い狐さんの託宣ですし、それ自体に違和感はありません」

「なるほど、完全に伏見さん案件ですねぇ。今回は周辺住民からの依頼ですし、しがらみもなさそうですから書類申請もすぐに済むでしょう。到着を待ちますか?」


「ま、こちらとしてはやりやすいのが一番だしな。伏見が来るのを待つよりさっさと進めておきたいところだ。少しでも早く解決しなきゃならん」

「…そうですね」



 

 ふいに白石さんが私の首根っこを掴み、ニヤリと嗤う。


「んじゃ、早速潜入捜査だ」

「えっ!?」

「星野さん、悪いがここで待機。60分で戻らなければ主に連絡してくれ」

「かしこまりました」


「えっ!?」


「依頼主さんを置いてきぼりにするなんて事はしねぇよ。お前も道連れだ、安心しろ」

「ええええええーーー?!」



 私の虚しい叫びは黙殺されて、荒々しい海の波音に全てがかき消されていくのでした…。




 ━━━━━━


「ファーオ…」

「おい。テレビの変な効果音出すのやめろ。…確かにムーディーだが」

「ファンタスティック…アメイジング…」

「それもやめろ。確かに幻想的だが」


 白石さんと二人、元乃隅神社に到着…。そして、海岸に向かって下り坂に備え付けられた一二三鳥居を眺めている。

 

 私がアレな効果音を呟いてしまうほどムーディーかつ、白石さんが評したように幻想的な景色。

たくさん連なる鳥居が、キラキラ光ってるんです。まるでライトアップされて居るかのように。綺麗すぎる。

 私の中の『彼ピと来たいスポット百選』に選ばれました。おめでとうございます。



 

「そういや鳥居をライトアップする祭りがあったな、ここは」

「ありますけどー。季節的には確かに今ごろですけどー。…素敵な男性と来たかった…」

「あ?なんか言ったか?」

「なんでもありませぇん…」


 

 怖い顔で睨まれてしまった。

 白石さんは元々かっこいいんですけどね。お顔が綺麗だし。男らしいし、能力値も高いし。なんだかんだお仕事でご一緒すると助けてくれることも多いし、他社の評判と比べると私がされてる待遇は良いものと言える。


 弊社の杉風事務所担当が私になってしまったのもそれが理由だった。

他の人員では会話すらまともにしてもらえないらしく、仕事がやりづらくて仕方ないって言われてるけど。

 私は初めて彼にお会いした時からちゃんと対応してもらえている。若干つっけんどんなところはあるし、睨まれると怖いし、言葉が乱暴だし、あと…あと…。



 

「おい。俺の悪口ばっかり想像してんじゃねぇ。」

「ハッ…す、すみません」


 眉を顰めた白石さんはチラッと私に視線を送った後、鳥居を触ってあちこち検分している。ライトアップと言ったものの、ライトは設置されておらず鳥居自体が光っているものだから原理が不明なんですよ。…魂吸い取られたりしませんよね?



「…属性がついてる訳じゃねぇ、電球が仕込まれてるわけでもねぇ、神力は感じるものの穢れた気配もねぇ。なんなんだこりゃ」

「色的には七色ですし、属性だとしたら五行全部になっちゃいますよ?そんなの持ち合わせてる神様なんて居るんですか?」


「居るよ。五行を身のうちに備えた神様は存在する。…そもそも最初からあいつの光は七色だったんだ」

「はぇ…?」



 わずかに口端を上げ、柔らかく微笑む白石さん。…笑ってるのめちゃくちゃ久しぶりに見たんですが。何事ですか??



  

 初めて彼の微笑みを見たのは初対面の時、一瞬だけだった。悲しいような、苦しいような、それでいて慈しむような微笑みを向けられて私の胸がときめいたのは否定できない。しつこいですが、顔の作りがいいんですもの。

 

 その後、彼の顔からは笑顔を見ることはとんとなくなりましたけど。そしてこの人に対してのときめきはありません。ええ、断じてありませんとも。

 


「白石さん、いつもそうして笑ってたらモテそうなのに」

「あぁ??喧嘩売ってんのかお前」

 

「う、売ってませんよっ!!…こういうロマンチックなスポットに彼ピといつか来たいなぁ…白石さんは彼女さんいないんですか?」

「いねぇよ。…今はな。さっさと行くぞ」

「…ほほぅ…」


 


 若干頬を赤らめて居るのは想い人でもいらっしゃるんでは??これは良い情報ネタを仕入れましたよ!ムフフ。

 

 一二三鳥居の下で一緒に頭を下げて、海岸に向かって降りていく。

ホワホワ光る鳥居のほのかな灯りに灯されて…本気でムーディーなんですが、一緒にいるのが白石さんだと思うと若干微妙な気持ちになるのは仕方ない。


 いつかきっとやって来るだろう、デートの予行演習とでも思えば良いか…。



「お前こそ彼ピとやらが居るのかよ」

「えっ?居るわけ無いですよね?弊社の激務、ご存じですよね?」

 

「知らん。うち以上に激務なところがあるのか?」

 

「アッー。それを言われてしまうとどうしたら良いのかわかりませんー。でも杉風事務所の方は比較的遊んでる印象強めですけど。星野さんさっきもバカンスとか言ってましたし」

「ふ…まぁな。バカンスは確かに頻繁に行ってるよ。人の世のしがらみを離れて、何もかもが時に溶ける…そういう場所も時間も俺たちにはある。」

 

「……やけにポエミーですね?具合悪いですか?」

「本当に喧嘩を売ってるなら買ってやる。いくらだ?金なら腐る程あるぞ」

 

「うわ、腹立つ発言ですね!!本当に喧嘩売りましょうか!?私が今月もやし生活なのご存じない!カーッ!!」


 うちは杉風事務所と違って極貧ですからね!面倒な案件ばっかり持ってくるボスがいけないんですけど!!解決しても今回のように取り分がなかったり、たまに黒字でもほとんど赤字の損失回収に回るんですから。

お給料もしょぼしょぼの、しょぼですよ。



 

「…もやししか食ってねぇのか?まさか」

「もやしとお米で暮らしてます。お米だけは実家から頂けるので。ウチは米農家ですよ」

「へぇ…農家か。里見氏の末裔だろ?安房国あわのくにの支配者だった子孫がそれとは情けない」

「よくご存じですね!…ひゃっ?!」


 石階段に躓き、よろけてしまう。おわー!!崖っぷちなんですけどー!!

これは労災になりますかー!?


 


「あぶね…お前、本当にそう言うところだよ。血筋が仕事しすぎだろ」

「ほわっ!?」



 白石さんに片手で抱き止められています、なう。あっ、二度目のときめきタイム…?血筋ってなんなんです??私が転ぶ血筋だとでも思ってますか!?


「しゃんとしろ。汁物持つと転ぶのも良い加減気をつけろ。足の筋肉つけとかねぇと年寄りになってから困るぞ」

「エッ、私が汁物を持つと転ぶのを何故知ってるんですか!?足の筋肉はそこそこありますよ!?」



 私の健脚を披露して差し上げましょう。意外に筋肉質な腕の中でお尻側に足を上げて、パンツスーツの裾を捲る。


「ほら!見て!伊達に貧乏してないんですよ!杉風事務所に行くにも歩きですからね!?」

「……そう易々と足なんか見せるな。仮にも女だろお前。二駅離れた会社から歩くとかどんだけマゾなんだよ」

 

「マゾじゃないですよ!経費で落ちるかわからないから、歩くのが最も安全かつ合理的です。」

「……はぁ」



 不意に白石さんの腕に力が籠る。ぎゅっと抱きしめられて、肩に顔が触れる。私の肌に彼の鼓動が伝わってくる。…なんかドキドキしてますか?下り坂だから動悸ですか??



「隙がありすぎる。頼むからそう言うのやめろ。男の前で足なんか晒すな」

 

「???あれ?もしかして私の足にときめいてます?欲求不満ですか?」

「……クソバカ小娘。ガキの足になんかときめくかよ」

「えぇ…突然のディスはやめてくださいよぉ」




「白石…裏切りは許しませんよ…」

「……チッ。早かったな伏見」

「えっ!?はっ!?」




 足元からひっくい声で呼びかけられて、白石さんからようやく解放される。

 声が聞こえた方向にちょんと佇む白い狐さん。これが迷家に導く狐かと思いきや『伏見さん』という不吉極まりないキーワードが聞こえた。



「別に裏切ってねぇだろ」

「男やめもの会・会長として物議を醸す光景でしたが」

「清音が崖から転落死しそうだったんだよ。仕方ねぇだろ。」

「へーぇ、ほーぉ?ふーん??…流石の血筋ですね」

「そう言うこった」



 もふもふで尻尾の沢山ついた白狐さんが喋っている。そしてまた血筋の話をしている。私はやはりおっちょこちょいの血筋だと思われている!!!



「清音さん。今回は私が補佐として入りますので」

「えっ!本当に伏見さんなんですか??狐さんなのに!?」

 

「そうですよ。陰陽師なんですから、使役くらい持っています。管狐をご存じない?」

「い、いやいやいや、その尻尾の数、管狐じゃないですよね?九尾の管狐とかありえませんよね???」

 

「フッ。狐といえば私です。アリスと勝負して勝ちましたので」

 

「あ…そういえばアリスさんこそ狐といえばですよね!?伏見さんが来ると経費が高いのでチェンジしてください」

「さっきも言ったでしょう?アリスと勝負…協議の上私が出張ると決まったんですよ。経費増しで宜しくお願いしますね♪」


「ガッデム!!!!!!!!!!」



 ふわふわのしっぽが揺れて、白狐の伏見さんがニヤリと嗤い、私は頭を抱えてうずくまるしかなくなった。 



 

 


 

  

 

 



 

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