97【閑話】太公望 鬼一 その1


鬼一side


 俺は鬼一法正、先日37歳になった。

 先日アリスの誕生会があり、その後鈴村の登仙おめでとう会、スピード結婚式と祝い事が続き…俺と白石、伏見も登仙を果たして俺の誕生日まで祝われてしまった。

 


 陰陽師の家に育った俺とアリス、倉橋達と幼少期がキツかった真幸は誕生日会なんてアリスが初だったからな。

始まりが赤ん坊になったアリスだったせいで、俺もやらされたんだ…これを。


 スマートフォンの中で…『♡家族写真館♡』と名前のつけられた共有フォルダの中には、いかめしい顔で蝋燭の火を吹き消す俺の写真が何枚も納められている。

 消そうとしても共有主が保護してるから消せねぇし…恥ずかしいとかそう言う次元じゃねぇんだよ…白石が笑いすぎて痙攣起こしたからな、当日は。

 


 


 しかし…鈴村が登仙一番乗りとは思っていなかったな。伏見も白石も先を越されるとは…わずかな差だが、明確な実力差だった。

 

 あいつはアリスが仕事できなくなった分をカバーして、どんどんキャリアを重ねてる。

 倉橋夫婦も意欲的だし、三人娘も黒シャツになったし…たくさん入社した神継はびっくりするほど優秀な奴らばかりだ。

 結婚する奴も多いし、子供ができてもすぐに現場復帰してくる。

……結婚するとああなるのか?よくわからん。ちなみにビリッケツは免れたが登仙は俺が最後だ。実質的には、だが。



「はぁ…僕は奥さんが亡くなるまで登仙できませんからねぇ」

「しようがねぇだろ。条件は満たしてるから歳は取らねえし、支障はない。

 仲間内一番乗りで結婚したのが星野だからそうなる可能性はあった。責任はちゃんと取れよ?」

「……うぅ…はい」



 

 今日は星野と二人、日向ぼっこ兼釣りをしようと海に釣り糸を垂らしてる。

大物狙いなんだ。やった事のない釣りをするってのに、荷が重い釣果を期待されてすでに手に汗を握っている。

 

 穏やかな風が吹く浜辺に、エメラルドグリーンの海が揺蕩い、水中には小魚がチョロチョロ泳いでいる。

 綺麗な海だ…真幸がここを選んだのも海があるからだったしな。

颯人様が海も司る神だってのも、あいつが知らない訳はないし…あいつの気に入るものはなんでも旦那が由来してる。

 

 そのお陰でこうして釣りまで出来るなんて本当にいい場所に住めたもんだな。

高級マンションは正直住みづらかったし、仲間が全員ここに帰ってくる。今となっては俺にとっちゃ自宅が桃源郷だ。

 

 仙人になった後も愉しみがあるのはいい事だ。これを機に太公望でも目指すか?仙人ぽくていいかもしれんな…。


 


 

「鬼一さん、奥殿が仙人にならないと言われた時の気持ち、わかります?私は彼女の最期を見届けなきゃならないんですよ」

 

「すまん、わからん、想像を超える。当分先だし白石よりゃまだマシだろ」

「…それを言われるとぐうの音も出ませんよ。引き合いに出さないで欲しいです」

 


 しかめ面の星野は重いため息をついて、釣り針を引き上げる。先端に引っかかってんのはでかい鯛だ。

コイツ…釣りの才能があるのか?バケツいっぱい釣ってやがる。

今日の夕飯は刺身だらけになるな。


「もうバケツに入らないですね…鬼一さんの所に入れていいですか」

「おーそうしてくれ。ボウズは勘弁願いたい。…本命が来たな」


 花の香りが鼻を掠める。こいつを待っていたんだ。本人に自覚がねぇから気配を消してたってすぐわかる。ここからが本番だ。



 

 

「それにしても鯛なんてよく釣れたな。刺身もうまいが、揚げて食っても美味いんだ。皮がパリパリして、香ばしくて、酒の肴にはもってこいだな」

「皮がパリパリ…?そんな風になるんですか?私は甘辛く煮てあるのが好きですよ。鯛の鯛っていう骨を見つけるのが得意なんです」

 

「あれは縁起物だったか?…あとは、アジがいるからなめろうでもしたいな」

 

「薬味をたくさん入れて味噌で叩くやつですよね。ゴマ、シソ、茗荷、生姜をたっぷり入れて…鯵はすごいですよ、あんなに薬味も味噌も入れるのに、刺身の味がしっかりするんですから。噛み締めた時のシャキシャキした食感、香味と鯵の何とも言えない油の旨みがまた…」

 

「そうだな、あれをほかほかの白飯に載せても美味いし、茶漬けにしてもいいし、それこそ日本酒が合う。刺身で食わなくても塩焼きもうまいしな。魚の油ほど米と酒に合うものはない」

 

「白石さんが県外出張の時にいただいた美味しいお米を分けてくれましたし、丼にしたら最高でしょうね、生のあおさも採っていきましょうか。お味噌汁に入れるんでしたよね」

「おう。貝も拾って行こう。漁の許可証取ったし…海が綺麗だから何でも食えるのがスゲェよなぁ…」



 

 ちら、と星野を見ると笑顔のままで頷いてる。

(そろそろ本題に行きましょう)

(わかった…)


 

 バケツのあたりで三つ気配がするものの、姿は見えない。中を見てるんだろうな…なんとも言えない寂寥感が胸のうちに広がる。

頼むから釣り針に食いついてくれ。


 


「真幸はいつになったら帰ってくるんだろうな…こんなに釣れちまったら魚が余っちまう」

「そうですねぇ。お顔が見られなくなって一週間…アリスさんの魂を元に戻すって言ったきりですし。鈴村さんも伏見さんも参ってますよ。白石さんのところにはたまに連絡がいくそうですが、伏見さんにヤキモチ妬かれてげんなりしてますし」

 

「単体で動いてんだから黄泉の国まで行ってそうだ。そろそろ結果が出そうなもんだが、どーせ俺たちがヤキモキしてるから顔を見せづらいんだろ。怪我してなきゃいいが…魚彦に連絡がないなら無事なのか…」



 

 ぎくり、とでも音が出そうなほど気配が律動したのがわかる。本人が自分の匂いを感知できないってのはどういう理屈なんだろうな?よく分からんが、帰ってきたなら普通にすりゃいいのに。

 俺たちは真幸を信じてるんだから、連絡なんかなくったって『おかえり』って言ってやれるんだ。

 



「今日あたり帰ってきてくれたら助かるんですが。干物にするとしても鈴村さんはお魚怖がりますし…あんなに度胸がいいのに何故でしょう?」

 

「ホントにな。白石も伏見も魚はおろせねぇし、俺も大してうまくはない。星野の奥さんも無理だろ?」

 

「ハイ…奥殿はお料理全般ダメですから。炊飯器でご飯を炊くと、必ずお粥になります」


「お前……それ大丈夫なのか」

「大丈夫じゃありません。ここに来るたびに美味しいご飯が食べれるので癒しになってます。芦屋さんのご飯が食べたい…そろそろ私は、物理的に胃が限界を迎えそうです」

 

「……ご愁傷様だな…俺も限界だ。あいつの顔が見てぇ。」

 

 


 気配が消え、匂いが消える。

 これで夕飯どきに帰ってきてくれたら御の字なんだが…どうだろうな。

柄にも無いことを口にしたお陰で顔が熱いんだ…はぁ。

 

 ポケットの中で震えるスマートフォンを取り出す。伏見だ。


「お疲れ様です。釣果はいかに?」

 

「引っ掛かりはした。エサも蒔いた。アリスの気配は元に戻ってるから、おそらく帰ってくるだろう」


「ご苦労様でした。中々の太公望っぷりじゃありませんか。お魚の方は釣れましたか?」

「俺は釣れてねぇが星野がじゃんじゃん釣ってる。真幸が帰って来なきゃ大変な事になるぞ」

 

「……わかりました。夕食には全員揃いますから、無駄にならないでしょう。最悪塩振って焼けばどうにかなります」

「了解」


 

 

 通話を切って、スマホを胸ポケットにしまう。

首から下げた真幸の神器に触れて、緊張で冷たくなった指先を温める。

 

 あいつは、俺達が仕事で危ない場面になると必ず気配を飛ばしてくる。勾玉は魂の形と言われているが、まさか分霊したんじゃねぇだろうな。

 ともあれ、無事でいてくれるのはこれを触っていればわかるし、唯一の心の支えだ。

 

 あいつが俺に神器を分けてくれたってのが一番重要なんだよ。俺はあいつに大切にされている、家族だと思ってもらえている…そう言うものが形になってるからな。

 

 信頼されている以上、自分を消費できねぇし…見張られてたら無様な姿を見せるわけにはいかねぇ。

 俺はこいつのおかげで仙人になれたようなもんだからな。いつでもどこでもあいつが傍に居てくれるなんて、幸せでしかない。



 

「鬼一さんも良く触ってるんです?勾玉」

「ん…あぁ。あったけぇから落ち着くんだ。星野もそうしてるだろ」

 

「はい。私までいただけると思っていませんでしたから……。だから、私も仙人になろうと決めたんです。たとえ奥殿とお別れするとしても」

 

「そんなモン生まれ変わったらまた見つけりゃいいだろ?ロマンスじゃねぇか」

「鬼一さん、凄いこと考えますね。…確かにそうか…ううむ…」

 


 どいつもこいつも惚れた晴れたが忙しいこって。俺はそう言うのにまだ理解が及んでないから良くわからん。

 

 はーあ。それにしても気の長い釣りに興じるのも楽じゃねぇな。結果は夕方までお預けだ。


 穏やかな海は温かい陽射しを受けて、波間に輝きを宿している。

綺麗だとは思うぜ。でも、もっと綺麗なものを俺は知っている。

 

 俺は、真幸の色が一等美しいと思う。

 七色に光る神力、優しく広がる花の香りとあいつの気配が好きなんだ。

ハの字に垂れた眉毛が、昏いままでも光を灯す瞳が好きだ。依存なんかしたつもりはないが、恋しくて仕方がない。



 

「取り敢えずバケツが満タンになるまで釣ろうぜ。イカでも釣れねぇかな」

「イカは無理ですよ。沖合に出なければ。」

 

「転移して岩から糸を垂らせば行けるんじゃないか?」

「……やってみます?」


 星野と二人、頷き合ってバケツを抱え、沖合の海に転移術で移動することにした。


 ━━━━━━


 

「こ、こんなに釣れるん!?ここの海!」

「すごいわ…イカまでいるじゃないの。これ…海鼠?」

 

「直人…生の海鼠は食べれるの?」

「月読は知らんのか?古来から食べられてきたそりゃーうまい食い物だぞ。…どうやって捌くのかは知らん」


 鈴村と飛鳥、白石と月読が俺たちの成果を見て目をまんまるにしてる。

 白石は何でそんなやつれてんだ…。

 魚は正直釣りすぎた。星野がな。

 


「と言うか、こんなに釣り上げてどうするんですか…もし芦屋さんが帰ってこなかったら…」



 

 伏見の杞憂は杞憂に終わったな。

 カラカラと玄関のドアが開かれた音がする。颯人様がでかい酒瓶を持ち、その体の脇から真幸とアリスが顔を覗かせた。



「戻ったぞ。冥土の土産付きだ。」

「お帰りなさい、颯人様。ささ、お酒をこちらに」

「………真幸。顔を見せてやれ」



 颯人様が真幸とアリスの背中を押して、二人を並ばせる。二人とも少しやつれているものの、元気そうな顔色。表情はしょんぼりしているが怪我もなさそうだ。


「あの…た、ただいま」

「長く帰らずにすみません…私も、ただいまです」



 全員揃って『お帰り』、と応えて何食わぬ顔で魚たちをキッチンに運んでいく。

湯を沸かし、薬味たちを山盛りに置いて、でかい皿を積んで真幸に目を合わせる。



 


「あとは頼む。…手伝いはどうする?」

「私お魚は無理!アリスがやってや!」

「えぇ…何にもできないですけどー」

 

「では私も手伝いますよ。内臓を出すくらいできますから」

「白石は座っとけ。俺も手伝う」

「助かる…颯人さん、あんたはこっちだ」

「……応」


 

 伏見と俺と星野が残り、眉毛を下げたままの真幸とアリスをキッチンに引っ張り込んだ。

 颯人様を引っ掴んだ白石がくたびれた顔のままダイニングテーブルセットの椅子に座って、突っ伏している。…あいつ大丈夫か?


「…え、と…」


 山盛りの魚を目の前に、真幸が上目遣いで見つめてくる。

気まずそうな顔を見て、俺は溜飲が下がったような気がした。



 

「情けない顔すんな。疲れてんなら椅子持ってきてやろうか?」

「ううん、疲れてはないよ。大丈夫。」

 

「こんなにキッチンにいても仕方ないですし、私はお風呂準備しておきますね。ご飯を食べたらすぐに入れた方がいいでしょう」

 

「あ、じゃあ今日は薬湯にしたるわ。飛鳥とハーブ詰んでくる。星野さん、お水多めに張っといてー」

「ご飯楽しみにしてるわね〜」

 

 星野が風呂の薪当番、鈴村と飛鳥は薬湯の準備と新たに役をえて消えていく。

伏見が薬味を洗い出し、アリスが一緒に魚の鱗を取り出す。無言で真幸を任されて、口が勝手にニヤけてしまう。



 

「鬼一さん…」

「なんだ?そんな顔して。早く飯にしようぜ。腹減った。おまえさんの飯が食いたいんだ。お疲れさんだったな。」

 

「うん…」

「飯作りながら苦労話でもしてくれよ。俺たちは皆んな、お前が帰ってくると信じてた。家族なんだから変に気ぃ使うな」


「……うん…」


 

 泣きそうな顔をして頷き、真幸が手を洗う。

じわじわと笑顔になって行く真幸を見ていると、キッチンの冷たい空気が一気に暖かくなったような気さえしてくる。

 主人が帰ってきたんだ、家もそりゃ喜んでるだろうな。


 抱きつきたくなるような衝動を抑えて、真幸にタオルを手渡して微笑む。意識して笑ったはずなのに、頬に雫が伝ってくる。

顔を逸らして、魚たちを新聞紙で包み、水分を吸い取ってまな板に載せていく。

 

 なんだかなぁ、たった一週間でコレとは情けないにも程があるが…無事に帰ってきたんだと実感してホッとしちまったんだ。

 



「よかったな、お前らを美味しく食べてやれそうだ」


 小さく呟き、目を擦った。


 

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