117【閑話】金魚革命 その2
私は飛鳥大神。別名
善悪の判断をできる神として生まれ、真実を見定める眼を持っている。
現代では福の神としての意味合いが強くなり、恵比寿神にも通じている。
そうよ、魚彦と同じ属性なの。妃菜に降りる縁があったのも、それが理由かもしれないわ。
最初はチンチクリンで生意気な小娘だと思っていた。真幸が私を喚んだ訳じゃないことは知ってたし、なんでこんな子が一緒にいるんだろうとまで感じていた。
あそこで神降しをしたのは伏見が計画した事だけれど、私の属性を知っていた真幸はそれを承知の上で斎主を受けた。
全てが計画された出来事の中で、それでも妃菜に降りたのは……真幸のそばに居たかったの。
過酷な運命を背負ったままで、人として生きて来た真幸。あの子は颯人に出会ってまるで生まれ変わったかのようだった。
ううん、水を得た魚と言うのかしら。
本来持っていた綺麗なものが表に出て来て、キラキラ輝いていた。
あの優しさも、美しさも、全て颯人が引き出したものだけれど……私は彼に触れたかった。生まれに嘆くでもなく、恨むでもなく、あるがままに生き続ける姿に憧れていたの。
どんなにもモサい姿で誤魔化していても、私には存在自体が眩しかった。
私には、オネェになった理由がある。
生まれた時から人の心の中までが全部見えた。神の中でもそう言う特性を持った柱は居たけれど、私みたいにはっきりと全部が見えると言うのはあまりない。
相手を尊重するからこそ、本来は覗かないのよ。……颯人は仕方ないわ、あれは直情的だから。
私だって見えないならその方が良かった。生まれ持ったものは封じようがないんだもの。
よく知りもしないうちから心の中を覗かれて、疎まれても仕方ないとは思う。
男か女どとらかだと、私みたいな存在は角が立つ。誰しも心の裏に秘めてるものが必ずあり、表を仮面で覆って生きている。
隠したままのほうが平和だし、そのほうがうまく行く事が多い。嘘も真実の内、と言うでしょう?
グレーなものに白黒つけてしまう、私の能力は不協和音でしかなかった。
だから、男でも女でもない神になった。……逃げたのよ、自分から。
オネェなら男でも女でも心を開いてくれる。最初から真実の眼を使う奴だと悪意を持たれる事はない。誰も傷つけず、私自身も傷付かずに済む。
その分『オネェ』という大きな括りの中のひとからげにされて、私自身を見られる事はなかったけれど。
誰とも仲が良くて、誰とも仲が良くない私に、現世の居場所を作ってくれたのは颯人だった。裏表が元々ないから、心の中を見られても気にもしない。本気で真正面からぶつかってくれたのは颯人だけだった。
彼は元々情に篤い神だったのよ。気性が荒いから、ちょっとの喧嘩でボコボコにして来たくせに、私に居所がないと知って共に祀られもしてくれた。
自分の母神が死んでることに嘆いて大暴れするし、初めてできた奥さんに世界で最初の熱烈な恋の俳句を詠むくらいだもの。
私よりもずっとロマンチストで激情家で、人を愛することにも躊躇いがない。
颯人も、真幸も愛に溢れた神様なの。あの二柱に共通しているのは『愛』だった。颯人の激しい愛を受け止められる真幸、そして真幸の自由な愛を守れる颯人。
あの二人はどちらかが支えるでもなく、対等な立場で愛し合える理想の形なの。
私と妃菜の共通点は鳥、そして真幸への恋心だったわね。
妃菜は、名前の通りに雛だったのよ。
恋する乙女になったのも初めてだったし、仕事にやる気を出したのも初めてだったし、依代として立ち上がったのも初めてだった。
私と二人で作戦を立てて、真幸を驚かせたり、喜ばせたり、一緒に仕事ができるように他の仕事を徹夜で終わらせたりする事もあった。
ダイエットも頑張っていたわ。
そして、失恋したのも初めてだったの。
綺麗な月の夜、あの日あの時……ただ泣きじゃくる妃菜の姿はとっても、とっても綺麗だった。
泣いていた妃菜が立ち直ったのは翌朝。パンパンに腫らした目を冷やしながら私に微笑んで「強くなりたい」って言った、あの凛々しい顔が忘れられない。
大人の女性として成長したあの子に
男として生きたくなかった。女の子にはどうやってもなれなかった。真ん中でただ、ふらふらしていた私。
辛いことがあってもすぐに立ち上がれる、真幸をまっすぐに思い続けて一生懸命に頑張れる、何に対しても嘘や方便を使わない。
苛烈で、繊細で、そして何があっても必ず立ち上がる心の強い妃菜が欲しいって……そう、思ったの。
「ええか、あんたは二度と命を手元に置いたらあかん。一度でも他の命を蔑ろにするような奴はそんな資格ないねん」
雛だった妃菜は、黒く染められたスーツ姿で腰に手を当てて、足元でガタガタ震えている人間を見下ろしている。冷たい視線がいつもよりも強めだわ。
小さなアパートの一室、若い男の子が怯えながら目を逸らせないままでいる。
私が来る前に何を言ったのよ……。
「とりあえず、あんたが酷い事やった金魚さんへの謝罪。今すぐやってや」
「ど、どこに?と言うか、あなたは誰なんですか??」
「私は神様の代理人や。あんたの目の前であんたが流した金魚さんが怒ってます。ゴタゴタ抜かさずさっさとやりや」
「……は、はい…」
━━━━━━
「あんたあれやな、江戸戯作の『梅花氷裂』が元なんやろ?」
「そう!よく知ってるね。私は
「笑えん設定やめてや。怨念で正妻の座を盗った人、ぶっくぶくにしたったんよな?」
ニヤリ、と笑った
藻之花の妖怪が生まれ変わった金魚がキーになって、溜まりに溜まった金魚たちの怨念が集まり具現化したと妃菜は結論づけた。
怨霊化させた原因の人に説教して、おトイレで鎮魂をした後、私たちは自宅近くの海岸沿いに戻ってきている。
真幸が心配して気配を飛ばしてきてたから、最後の鎮めをここでやろうって妃菜がそう言ったの。
ご本神は自宅の玄関前でアリスを抱いて、じっとこちらを見守ってるわ。
それぞれのお部屋からみんな顔を覗かせてるし……みんな心配性ね。
「そう。
でも、あんな旦那上げて仕舞えば良かったな。私は妬まれるくらい美人だし、生きてればいい男が見つかったかもしれないのに」
「そやな。1人の男に執着したかて、あんまり良くないんやで。何事に於いても自分が主体でなきゃダメなんよ。
依存するのは恋愛ちゃう。2人で並び立って、支え合って生きていくのが愛って奴やん?」
妃菜からウインクが飛んでくる。
ドギドキさせないでちょうだい……。
「ま、怨霊としての形をとったんなら今後は真神陰陽寮の監視対象になる。私が責任持ってあんたの事見張ったるから。人に悪さしたらお説教やで」
「妃菜が私のこと見ててくれるの?いいねそれ。生まれたての怨霊は不安定だから放っておかないでよね」
「わかっとる。ちゃーんと面倒見たるから。一度高天原に行くのもええな。私が登仙したら一緒に行こか」
「仙人になるの?ふーん、妃菜は凄い人なんだね……」
藻之花は俯き、ゆっくりと顔を上げて昏い瞳で妃菜を見つめる。怨霊を鎮めるための最後の問答が始まった。
「人間は、金魚を殺してその結果を金にしている。妃菜はそれについてどう思う?」
昏い瞳を見つめ返したまま、妃菜が微笑む。少しの悲しさと、寂しさを交えて言霊を形にする。
「人がやってる事は赦されるべきモノやないとは思う。でもな、あんたの命は業を背負って金魚に生まれたんや。どんなに酷いことをされても、その相手を恨み殺すってのはやったらあかんの。
業を背負うってのは過去にしてしまった悪事や罪を抱えて生きる事と……もう一つ意味があるんやで」
「もう一つ?」
藻之花が首を傾げ、私の頭の中のスイッチが捻られる。妃菜が、真実の眼を使っている合図だ。
「うん。自分の生きる意味を、持って生まれた使命を追い求めるって事。
悲しい命として生まれた藻之花には、何かの使命がある。怨霊として形を成したなら、その恨みの辛さや悲しさ、やるせなさをよく知ってるやろ。
……例えば、他の金魚たちを導けるんちゃうか?」
「導く、使命……」
藻之花の昏い瞳が朝日を受けて曙色に染まる。
アルビノちゃんなのかしら。赤い衣が金色に色を変えて、金魚の鱗のようにキラキラ輝き出した。
「悲しみの連鎖を止める事は、今すぐは難しい。これは正しく人間のエゴではあると思う。でもな、そこに産まれたあんたの命には必ず意味がある。
生まれ持った宿命を変えてこそや。生きるっていうのは、自分の足で立つっていうのは……そういうことやと思う。
悲しい命をひっくり返して、生まれたことを誇りに思えるように精進しい。覚悟を持った女が一番綺麗やで」
「うん……」
飲みかけのオレンジジュースを浜辺に置いて、2人が立ち上がる。
手を繋いで微笑み合い、藻之花がぺこりと頭を下げた。
「ありがとう。私、生きていこうと思う。怨霊だけど」
「ふふ……ダメ押しにもう一つええこと教えたるで」
「良いこと?」
うん、と頷いた妃菜がチラシを手渡した。数ヶ月前から計画していた事業の宣伝用チラシ。
出雲で三大怨霊が揃った時に真神陰陽寮で決めた、キャンペーンの一つ。
真幸もまだ知らないのよ。これを考えたのは妃菜だから。
「……『怨霊が神様を目指す講習会』?こんなのやってるの?」
「ん、そやで。うちのボスは超常達にいつでもどこでも惚れられて困っとんねん。怨霊はみーんなヤンデレやろ?ヤンデレ炸裂させて事件になったら、大変な事になるんや。やから怨霊のみんなにそれ広めてくれる?」
呆然とした藻之花はケタケタ笑い出した。……そうね、突拍子もない考えだとは思う。今までこんなこと大っぴらに講習してくる人間なんていなかったもの。
真幸がびっくりしてるわ、イイ顔ねぇ。
「祓うでもなく、救うでもなく、自分で昇華しろと?あはは!面白い!!」
「せやろ?なんと言っても日本は八百万の神がいて、天災も怨霊も神様になれるんやから。神様だらけにしたったらええねん。みんながハッピーでwin-winやろ」
「はー笑った!妃菜みたいな人初めてだわ。講習会、必ずいく。その辺の怨霊も拾っていくからよろしくね」
「ええで!妃菜ちゃんに任せとき!」
笑顔のままで海の中に消えていく藻之花を見送り、妃菜が抱きついてくる。
お互い抱きしめあって、ようやくホッと力が抜けた。
そうね……妃菜の言うとおり、落ち込んだままでいても仕方ないわ。こうしてやるべき事を成して、一歩一歩進んでいくことが大切なの。
私も計画通り、今日区切りをつけよう。
「ご苦労様。かっこよかったわよ」
「せやろ?ふふん。あのな、飛鳥に渡したいものがあるんや」
「……えっ??」
それ、私のセリフなんだけど。何が起きたのかしら。
ピンク色に染まった軍杯扇を取り出し、集合ー!と拡声して呼びかけ、みんなを呼び寄せる。あっ!パジャマ姿の白石と星野まで……。
「何で今なんだよ!?鎮めたんじゃねーのか!?クソッ、油断した!!」
「ほけー……はっ!?あっ!き、今日がその日でしたか?」
「星野さんにはメッセージしたやんか……しゃーなし。本番見たら帰ってええで。立ち会いして欲しいだけやから」
「くっそ!!俺にもメッセージ送ってくれよ!これから二度寝するとこだったのに……」
「まぁまぁ、良いでしょう。おめでたいことですし」
「はっ!白石がパジャマ着てる!寝癖ついてる!!」
「芦屋!見るな!!くそぉ……」
アリスを抱いた真幸、颯人、伏見に白石、鬼一と星野が海岸に集まってくる。
朝日に照らされて海風に髪が柔らかく舞い上がり、妃菜が眩しそうに目を細めて笑う。失恋して切った髪も、ようやく元に戻った。
本当に綺麗な
「えー、まずはみなさんにご報告申し上げますー。私鈴村妃菜は本日から仙人になりました」
「「えっ!?」」
妃菜の宣言に驚いてるのは私と白石だけじゃないの!みんな知っていたの?
伏見が苦笑いしてる。知ってたわね、これは。
「はい、ひとえに皆様のご協力の賜物と存じます。どうもありがとうさん。ほんで、飛鳥。結婚しよか」
「は……あっ?けっ、結婚!?」
「うん。みんなホイホイくっついてるし、私らも結婚式さっさとするんやで。
「……ひ、妃菜……ち、ちょっと待って」
「待ちませーん。もう用意してあるし」
スーツのポケットから箱を取り出して、妃菜がそれをパカっと開ける。
小さなピンク色の宝石がついた指輪が一つ、そこに収まっていた。
まさかのチェーンリング。そうね、私と話していたものね。こういうの可愛いな、って言ってたもの。
「倉橋君みたいに一足飛びはせんで。これは婚約指輪や。結婚指輪は一緒に決めよ」
「…………………………」
妃菜の満面の笑顔を見つめ、頭痛がしてくる。私たち、本当に気が合うんだわ。きっと。
ため息を落として、自分の袂からも箱を取り出す。それを開いて中に入ったチェーンリングを見せた。
妃菜と同じ、ピンクトルマリンのトップと細めのチェーンでリングになった……私が作った婚約指輪を。
「「…………」」
「お前ら打ち合わせしろよ。漫才か」
「同じ日に同じ事しようとしてたんですか!?こ、これがデステニーですね?」
「しゅごい」
「ふっ……くく……」
「颯人、笑わないでちょうだい。私が先に言いたかったけど仕方ないわ。今日、渡そうと思っていたの。石の色とチェーンリングなのまで一緒なのね。びっくりよ」
「ほあ……な、なんや…そうなんか」
呆然とした妃菜にゆっくり近づいて、右手を取る。悪いけど先に嵌めるわよ。
本当に格好がつかないんだから、もう。
「はっ!ほ、ほなら私も?」
「そうね、お願いします」
「ハイ」
妃菜が用意していたリングを私の右手の薬指にはめて、頬を赤らめて微笑む。
私がこういう属性だから、用意してくれたのよね。……オネェでよかったと初めて思ったわ。
「不束者ですが、よろしゅうお願いします」
「私こそ。プロポーズはお嫁さんに先を越されたけど一緒になってくれるのね」
「うん!ふふ……こんな事あるんやな。」
「……本当にね」
妃菜の手を握って、颯人を真似て左の薬指に結界を張る。全く、油断も隙もあったもんじゃないわよ。
「な、なんで結界張るん?」
「うるさいわね。ワタシは拗ねてるの。」
「そんな怒らんといて。チューせんの?」
「……」
妃菜の腰を持ち上げて抱き寄せ、耳元でつぶやく。雛から成長してしまった、私の伴侶をきつく抱きしめた。
「約束のキスは、見せない。あれは俺のものだ」
「……は……」
あっという間に赤く染まった耳たぶにキスして、ちらっと真幸に振り返る。顔が真っ赤になってるわ。
ふふ……あなたなら知ってるわね、このキスの意味を。耳がいいから、もしかしたらさっきのも聞こえちゃったかもしれないわ。
「せっかくだしみんなで朝ごはん食べましょう。今日は私が作ってあげるわ〜」
「………………」
「鈴村が真っ赤だぞ。何言ったんだ」
「はわわ、はわわ……」
「芦屋さんまで赤くなってるんですが」
「耳にキスの意味知ってんだろ。さっさと飯食わせろ。俺は飯食って二度寝するんだ。リビングのでかいソファー、寝心地が良さそうだなと思ってたんだ」
「白石さん潔いですね。私は奥さんに連絡して来ます……」
真っ赤になったままの妃菜を抱えて、胸の内がようやく満たされる。
たまにはこう言うのもいいわよね。
「み、耳のキスって、どんな意味なん?」
「聞きたいの?」
「うぅ……」
妃菜が肩に顔を押し付けて、唸る。
あなたには教えておかなきゃかしら。
妃菜が金魚の怨霊に対して言ったことは、自分に対しての言葉だ。鎮魂は、その人の生きた言葉でしかなされないもの。
妃菜はずっと前を向き続け、振り返ることがないの。悲しいことがあっても必ず立ち上がって『自分の使命を果たす』という目標を掲げて走り続ける人なの。
アリスも真幸もそうだけど、悲しい運命を背負って泳ぎ続ける……金魚みたいに危なっかしいわ。だからこそ美しいのだけれど。
仕事にも、私生活にも、区切りをつけていたって何もかもをうまく出来るわけじゃないもの。
真幸と颯人とみたいに並び立って支え合って行けるはずだけど、私はまだ恋愛初心者だから。妃菜に釘を刺しておかないといけない。
「──男性が耳にキスするのは『この人は自分のもの。誰にも渡さない』って意味よ。私、あなたに対してだけは男なの。あるがままでいられるのは、妃菜の前だけよ」
「…………」
小さくつぶやくと、妃菜が顔を覆って完全に沈黙してしまった。
大変満足したわ!さて、朝ごはんを作ってアリスの誕生日会の準備をしましょう。
白石も星野もお家に帰れないわね、きっと。
砂浜の柔らかい感触と妃菜の温かさを感じながら一人、口の端を上げた。
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