114【閑話】妖狐の実態 その1

アリスside


「マガツヒノカミは、いつまでその中二病スタイルなんですかー」

「主よ、言っていいことと悪い事が世の中にはあるのだぞ。そもそも、黒は陰陽師のからーだ」

 

「そーですけど。そのマスクと、パーカーのフードがより厨二っぽいんですよね。似合ってるから余計にそう思います」

「……褒めるか貶すかどちらかにしてくれ」

 


 ムスッとした顔のマガツヒノカミがフードを外し、黒くて長い前髪がふわりと揺れた。

 私とお揃いのちょんまげポニーテールにしてる。もしかしてそれで恥ずかしくて隠してたとか?……ナイナイ。

 

 私もみなさんと同じく髪を伸ばし始めたものの、なかなか伸びないんですよねぇ。狐神の皆様はみんなたわわなのに、大きくならないし。私の妖狐の血は仕事してください。


「もう帰るだろう?戻っていいか」

「はいはーい。お戻りください」



 


 マガツヒノカミが姿を消して、私は八咫烏に変化する。闇夜の中で天文記録を終えて、これからお家に帰るところ。


 夜空に浮かぶ星々を眺めながら位置を確認して、漆黒の夜空を飛ぶ。首に巻かれた飾り紐が風を切るたびに揺れている。


 

 相棒って、難しいな。妃菜ちゃんみたいな恋人とか、真幸さんみたいに命を交わす相棒になりたいわけじゃない。鬼一さんや星野さん、白石さんみたいに友人っぽいのも何か違うし。

伏見さんは……親子?姉弟?とにかくみなさん仲良しなんです。

 

 

 芦屋さんと私たちは本当の家族のように暮らしている。

 

 そんな中で私が少し異質なのは、なんとなく感じています。

相棒といつまで経っても仲良しこよしじゃないですからね。


 

 初めて降りてくれた神を食べてしまって。その後颯人様に振られて、最後に来てくれたのはマガツヒノカミだった。

 

 正式に言えば災厄をもたらすだけじゃなくて、鎮めたり祓い清める属性を持ってるらしいんだけど。

 祝詞にもよく出てくる瀬織津姫セオリツヒメも抱えていると言われても……うーん。どう接していいのか全然わからない。



 

 自分に結構な戦闘能力があると分かってしまったし、仙人になる前に妖怪だと判明してしまったし。仲良くなくてもどうにかなってしまうんですよ。


 でも、マガツヒノカミは戦いの時やお仕事の時は阿吽の呼吸になってくれる。

 

 勘もいいし、そもそも神様として持っているポテンシャルが高いから大体何を言っても応えられなかった事はなくて、その点は有り難く思ってるけど。いつまで経っても関係性が確立できずにいる。


 彼の飄々とした様や、何に対しても冷めた目で見てる感じ、まっくろくろすけな中二病全開のスタイルは確かにかっこいいけど……私とはジャンル違いませんか?

 みんな相棒とは何かしらの共通性がある気がするんですが。私とマガツヒノカミはないんですよ。どーしてでしょーかね?


 


 海辺のお家にたどり着き、変化を解く。妃菜ちゃんのお部屋にだけ、ほんのり間接照明が灯っていた。

 

「おー、今日は妃菜ちゃんイチャイチャバカップル日和ですか。真幸さんはどこに旅行行ったんですかねぇ。夫婦になって帰って来ればいいなぁ」

 

(主、慎みを持て)

 

「いーじゃないですか。覗くわけじゃなし。幸せな空気をいただいて、私はハッピーになりたいんです」

 

(はぁ……)


 

 

 マガツヒノカミのため息を頭の中で受けつつ、私もほっとため息をつく。

最近、毎晩遅くまで芦屋さんは道場で修練してたんですよ。神器の形を剣から刀に変えて、それの鍛錬に夢中になっていた。

 

 陰陽師家の云々をひっくり返し、新しく規律を作って私たち陰陽師名家の因習を正した。そして、加茂さんと倉橋君をくっつけまでして。


  

 忙しいのはずっとそうですけど、寝る時間を惜しんで鍛錬ばっかりしてた。……だから、私が颯人様にお願いしたんです。

『お休みを三日取りました。南の島でバカンスしてきてください』と。


 私が溜めていた、『真幸さんにいつか恩返しする貯金』をはたいてチケットを買って。

 ちゃんとお出かけできたみたい。少しは恩返しができていたら嬉しいな……。



 

 静かな月明かりが照らす中庭に降り立ち、いつものようにタバコに火をつけた。

なーんか、アレですよね。妃菜ちゃんも芦屋さんもあまりタバコを吸わなくなってしまった。今宵も一人、寂しく煙を燻らせるしかないのです。


「僕もいますよ。お帰りなさい」

「お、伏見さん夜更かしですかー?ただいまです」


 縁側のガラス戸を開けて、浴衣姿の伏見さんが出てくる。いつものアメスピに火をつけて、ふーっと煙を吐き出した。



 

「事務仕事が残っていまして、今夜は徹夜です。鬼一は寝てますが……鈴村は起きてますね」

「妃菜ちゃんは仙人になるまでって言ってましたよ?」

 

「……ピュアな触れ合いも、世の中にはあるんですよ」

「アー、なるほど。いいなーみんなラブラブで。私も恋人ほし〜」


 伏見さんが細い目を開き、えぇ?と呟いている。なんですか、そんな顔して!


 


「本当に欲しがっていませんよね?」

「そうですけど!一応乙女ぶりたいんです。人としての生を受けたつもりなので、そう……ありたいんですよ」


 煙を吸って、長く吐き出す。

タバコは便利なものだ。ため息を誤魔化せる最高のアイテムです。



「あなたは、まだ苦しんでいるんですか」

「苦しいのかはわかんないです。長く生きる中で答えが見つかるといいですけど。

 私は真幸さんに救われてしまいましたから、生きる事からは逃げられません。頑張るしかないのでー」

 

「……そうですね……」



 


 私がやってきた事で生まれた呪いは、真幸さんが全部綺麗にしてくれた。

 でも、私が妖狐であること、やってしまった事、その事実は不変だ。なまじ綺麗にされてしまった以上、私はそれを一生受け止め続けなければならない。


 

 その辛さから逃げようとしていた事もある。生きる事が辛くて罰ゲームでしたし。自分自身が生きる意味を見いだせなかった。

 

 真幸さんは全部わかってたんでしょうねー。それでも私をずっと支える覚悟を持って救ってくれたんです。

そして、晴明の紐を下さって、神器を分け与えまでして私を守ってくれている。


 

 

 肌身離さず身につけているそれは、暗闇に堕ちそうになると、光を灯して私を引っ張り上げる。

『ダメだよ、アリス。俺のそばから離れる事は許さない』って呟いてくる。


 

 私がそう言って欲しいと知っているから、真幸さんは『生きろ』と言ってくれるんです。

ちょっと前まではずーっとそうして甘やかして欲しいって思ってたけど、私は考えを改めた。

 


 颯人様が言うように、ご先祖様が真幸さんに言ったように『自分の足で立つこと』が本当は必要だってわかった。

 

 何もかもを抱えさせて、縛り付けるなんてショタコン先祖みたいな事をしたくない。でも、私はいつまでも成長期のままで、自分の足で立てていない。

 どうしてこう、うまくいかないんでしょうか。


 

 


「星の動きはどうでしたか?」

「あんまり良くないです。まだまだ事件が続きそうですねー」

「そうですか……では、ちょっと付き合いませんか?たまには気晴らしでもしましょう」


 

 伏見さんがタバコを消して、縁側のガラス戸を開く。振り向いてウィンクまで飛ばしてきた。めずらしっ。

 


「いいお酒が手に入ったんですよ」

「イエスサー!付き合います!!」


 私もタバコを消してそれを灰皿に落とし、伏見さんの後をルンルンで追った。


 ━━━━━━



 

「伏見さーん?おーい」

「むにゃ、ぷぅ……」

「もうダウンですか?伏見さんお酒弱いですねー」

 

 伏見さんと2人、ダイニングテーブルを挟んで呑んでいたのに……相手がダウンしてしまいました。

私はお酒に結構強いんですよ。真幸さんより強いのはこれしかないくらい。

 


 真っ赤な顔してぷうぷう寝息を立ててる伏見さんを眺めながら、美味しいお酒を煽る。

 

 そう言えば最初から知り合いなのは伏見さんだったなぁ。お酒の席ではなく、当時もこうして一緒に過ごす事が多かった。


 

 

 中務に行く前はそれなりに幸せだった。それは彼のおかげだったと思う。

しばらく寝かせてあげよう。伏見さんもお疲れですもんね。


 茶色いラベルに包まれた酒瓶を眺める。

 

 百年の孤独、だって。高そうな箱から出てきた焼酎の瓶はレトロな感じでたくさん文字が書いてある。古文書みたい。

 百年くらい、なんてことないでしょう。人にとっては長い年月だろうけど。

私の孤独は百年では終わりそうにないですし。


 ……しかし美味しいですねこれ。ウィスキーみたい。


 

 


「私はどうして安倍に生まれたのかなぁ。仏教の教えでは生まれてくる前に父母を選べるそうですよ。マガツヒノカミはどう思います?」

 

(現代では親がちゃと言うらしいな。前世の記憶があるうちに親を選んだことになるのだろう。

 生まれ変わって新しい命になれば、望んでいない親に生まれたと思うかもしれない)

 

「確かにそうですねぇ」


 


 父も、母も小さな頃から私の傍にはいなかった。

風邪を引いたら女中さんが面倒を見てくれたし、ちゃんと学校も行ったし、友達もそれなりにいたけれど。


 中学あたりから安倍家の子達が集められて、修行が一層厳しくなった。

 

 『寂しいよ、帰りたいよ』って泣く小さな子達を見て、私には帰る場所がないと気がついた。

寂しいと言う気持ちだけは、漠然と感じていたけれど……望まれない命だったと言う過去は消えてくれない。


 

 真幸さんが累ちゃんにするように手を繋いで、抱っこして頭を撫でて、ほっぺにチューして。

……私は、小さな時からそれをしてもらった記憶はないんです。

 

 彼はもっとずっと辛い思いをしてきただろうけど、どこで折り合いをつけているんだろう。どうして人を愛せるんだろう。


 颯人様がいるから、それが満たされるのだろうか。それだけではない、なんてわかってるけど。


 


 

「マガツヒノカミ、私が本当は甘えん坊だったらどうします?」


 

グラスに入れた氷が溶け切り、焼酎の度数が少し下がったそれを飲む。

 

 ……足りませんね。濃さが。

 瓶からお酒を追加して口に含む。

 うん、これだ。


 

  

 お酒を飲んでも、タバコを吸っても、大人になりきれない。誰の支えにもなれない。私は誰にとっても唯一の人じゃない。

 

 仲間のみんなはまだ人間や神様しかいない。私と同じ妖怪なのはラキだけだ。ヤトも神様の分類になってますからね。

 

 なんだか孤独を強く感じる。しばらく芦屋さんとまともに触れ合っていない。

あの人は、わたしのただ一つの居所いどころなのに。



 

 

(甘えん坊と言うのがどう言ったものか分からない。主の気持ちは何となくわかるが。俺は……自分のことすらよく知らない)

「そうですよね。私もです」



 初めて共通点を見つけてしまったなぁ。だいぶネガティヴな要素だ。なんだか胸がモヤモヤしてくる。

 

 あー、これはアレですねー。月一の鬱日がやってきてしまった。

 私は一応女の子だし、本来は妃菜ちゃんみたいに女子の日があるはずなんだけど。生理現象は起きず、気持ちがひたすら落ち込むと言う謎の週間になる。

 

めんどくさいです。本当に。



「寂しーなぁ。真幸さんに毎日会いたいのに会えないし、こうして一人でお酒飲むのもやだ。……寂しい、寂しいよ」

 

(主は忌日なのだ。布団に入って休め)


「いやです。お布団に入ったら一人で寝るんですよ。目を瞑ったって眠れないし、誰もそばにいないし!ヤダヤダ!!」

(あ……主、落ち着け……)



 


 マガツヒノカミの慌てた声。テーブルの向かいでハッとしたように伏見さんが目を覚ます。

驚いた表情が浮かび、酔いが覚めたのか……伏見さんの目がいつもより細くなった。



「アリス、今日はもしかしてあなたの生まれた日ではありませんか?」

「え?わかりません。私、自分の誕生日なんか知らないです」

 

「妖狐は生まれた日になると妖力が爆発的に増えます。……普段ならそれを抑え込めるはずですが、あなたは忌日を迎えていますね?」


 


 ぎゅっと眉を顰め、伏見さんが立ちあがる。柏手を打ち、結界を重ねていく。

 

 あれー。私もしかしてやばいですか?

自分の誕生日なんて、知らないです。

生まれたことを祝ってくれた人なんて居なかったんだもの。

 

 『お誕生日おめでとう、生まれてきてくれてありがとう!』なんて、小説の中でしか見たことない。




 

「アリス……心を鎮めてください」

「えぇ?そう言われましても……」

 

「清元、ここに居たら危ないわ。外へ出ましょう」


 ウカノミタマノオオカミが姿を現した。私の肩にそっと手を触れたその瞬間、バチッと大きな音がして弾かれる。

 

 えっ?なんで?どうして??


 

「ち、血が!!」

「気にしなくていいわ。アリス、私と一緒に海に行きましょうか。沖島の神社にお散歩でもいかが?」

 

「……私、やばいです?」

「うん、ちょっとね。とにかくお家の外に出ましょう」

「ハイ」



 

 ずっしりと重たくなった体に鞭を打って、立ち上がる。

足も手も、重力が増したかのように重たい。

 私の体の境界線がぶれている気がする。何かが溢れてきて、止められない。



 縁側に向かい、ガラス戸を開けてくれた伏見さんとウカノミタマノオオカミが眉を下げて心配そうに私を見てる。……わたし、そんなに酷いんですか?


 ガラス戸に映った影、ふとそれに目線を奪われた。


 


 

「……うそ……」


 はくはくと、口が動く。

 これ、わたし?わたしなの?


 ガラス戸に映り込んだ姿がおかしい。三角耳が狐みたいに頭の上に生えて、口が大きく耳まで裂けて、目の中が真っ黒になって長い舌がだらしなく垂れている。


 ――化け物……――


 


 父と、母が私を見た時に言った、あの言葉が。私が喰った命達に繰り返し吐かれた言葉が耳の中にこだまする。

怖い……嫌だ。本当に化け物じゃないですか。



 とす、とすと軽い足音が聞こえる。

 柔らかい気配、優しい香り。

 

 あぁ、そう……気づかないはずがない。あの人が、来てしまう。どんなに遠くに居ても、どんなに大変な時でもわたしがピンチになると必ずわたしの元に来てくれるんだもの。

 

だめ……ダメ。来ないで!!!



「アリス、どしたんだ?気配がおかしいから帰ってきたんだけど……」

「や、違う。違います」

 

「血がついてるじゃないか。顔を隠してどうした?怪我したのか?」

 

「来ないで!!見ないでください!!」



 わたしの顔を見てびっくりした真幸さんの顔……大きく開いた目があって、足元から震えが上がってくる。

わたし、今ひどい顔なんです!こんなの……嫌われちゃう!!


 


「なんかすごい瘴気?妖気?なんやけど」

「中庭の方よ」


 妃菜ちゃんまで来てしまう……いやだ、嫌だ!!


 

 顔を覆って、転移の術をかける。

 うまく力が巡ってくれない。

 ――体が、バラバラになりそう。


 

 

「主!やめろ!!」



 マガツヒノカミの叫び声を聞き、私は無理矢理に転移の術をかけて……目を閉じた。



 



 

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