105 盟約

「真子さん、お疲れ様だったな」

 

「ハー。未熟者にお疲れ様はやめて欲しいです。私、人に教えるんは向いてないんちゃうやろか」

 

「おや、珍しい。真子さんも弱気になる事があるんだな」



 真子さんと二人、おタバコを嗜みつつ俺がいなくなった後の顛末を聞いた。


 女の子たちは本当に大喧嘩したみたいで、真子さん自身も久しぶりに本気で怒鳴ったらしい。声が少し枯れてるのはそれが理由かな。


 

 

 体育館の中では鬼一さんと白石が練習を再開している。

 

 颯人と伏見さんがつきっきりで見てくれてるから、きっと朝までには合格がもらえるだろう。

指導役の拍子木の音を気にもせず、山盛りのいなり寿司を平らげたアリスとウズメは夢の中だ。

 

 枕役を押し付けられたヤトのジト目……可愛かったな。

 

 時間を止めておくのもそろそろ限界で、術を解いてもらって今は時の流れのままになり、空には星々が瞬いている。




「真子さん、アリスの様子を見てどう思った?」

「私は颯人様みたいに完璧な問答はできんで」

 

「さて、どうでしょう?俺は真子さんに基礎を教わったから、あの時妃菜の指導が理解できたんだ。

 アリスと同じく師匠のことを心から信頼してるよ」


 

「ずるい人。私まで絆す気なん?」

 

「もう絆されてくれてるだろ?伏見家を実家だって言ってくれたじゃないか」

「……はぁ……」



 真子さんの吐いた煙が夜空に溶けて、沈黙の中に鈴虫の声が聞こえる。

もう、すっかり秋だ。季節の巡りが涼しい夜風を運んで真子さんの髪をなびかせる。




「アリスは妖狐や。妖狐というのは、少なくとも一千年は生きる。あの子、もしかしたら人の年齢で考えたらあかんかも知れん。

 さっき、子供みたいに拗ねてたんはそれが理由な気がするんよ」

 

「真子さんがそういうなら間違いないだろうな。キリがついたら調べ物をしなきゃだね」

 

「そやな、私も文献漁ってみるわ。

 あの……さっきは私の立場を守ってくれたんやろ?お気遣いありがとうございました」


 複雑そうな笑みを浮かべ、真子さんはまたタバコに火をつけた。

おぉ……どぎついタバコ吸ってるなぁ。真子さんらしいといえば、らしいか。


 


「俺が美味しいところ取っちゃったから、お礼は言わない方がいいんじゃない?」

 

「いや、あれが芦屋さんの役目や。あんたは間違ってない。

 アリスの心根を知らず、指導を間違えたんは私やんか。弟子の事を分からんまま教えたから、こうなったんや」



 ありゃ、本当に珍しいな。真子さんも結構落ち込んでしまっている。

ふすーっと吐き出した煙はもくもく漂って、彼女の厳しい眼差しを隠した。

 

 心根が優しいから、そんなふうに思ってしまうんだろうな。



「俺はまだ、間違えてばかりだよ。出雲でも最近キレたばかりだし」

 

「あれも間違いちゃう。あの戦いの様子は他の怨霊や、妖怪や、神にも牽制になっとる。

『俺に用があるなら直接来い、周りの人に手出しするなら容赦しないぞ』ってなもんや。甘い考えを持つ一部の超常には結果として良い薬やった」


 

「あはは、そうか……そんな考え方もあるんだな」

「計算の上ちゃうの?」

 

「今回は本当に違うよ。俺は颯人を傷つけられて、大切な家族と大切な場所を穢されたから後先考えずキレちゃったんだ。……未熟者だからね」


 

 

「アホなこと言わな。あんたが未熟ならみんな芋虫やで?羽化できるかどうかも怪しいわ」

 

「うーん……ふふ。出雲会議が終わったら、やる事がたくさんできたな。

 真神陰陽寮の力もたくさん借りなきゃ。副社長、よろしくお願いします」


「……そう、言うてくれるなら踏ん張ります。励ましてくれたお礼に出雲での颯人様の様子、お教えしましょうか。

 背中にいたから、芦屋さんは見てへんやろ?」

 

「あー、飛鳥の記録でも見た?」


  

「ええ、とっくり見さしてもらいました。いつのまにか武術無双になったヒトガミ様のご勇姿をな」


「ようやく形にはなってきたかもしれんけど、まだまだだろ。偉人達が助けてくれるから俺は習熟度が高いだけだよ」

 

「まーたそれや。謙遜できるライン超えてるって自覚してください。

ただ力を借りてたんなら、あんな風にコロコロ武器変えて対応できひんやろ。

 知っとるで、あんたが必死でやってたのは。芦屋さんちの道場にはチリ一つ落ちてない。あんたが使った竹刀や弓は血だらけやって清元が言うてたで」

 

「えっ!?そうなのか……」

 


 伏見さんが道場使ってたのは知らなかったぞ。慣れない弓や剣を使うのは結構大変だから、散々怪我もしたんだよなぁ……恥ずかしいし内緒にしてたんだけど。

 手に豆ができても治癒術ですぐ治せるし、バレてないと思って油断した。


 

 

「んで、どないしますのん?だーいすきなの話、離れてるうちに聞きたくないのん?

 珍しいやろ?離ればなれになるんは」

 

「き、聞きたいです!!……なんか、相棒強調しすぎじゃない?」


 

「芦屋さんがゴリゴリに言うからや。

 あんなぁ、颯人様は心配してるんがメインなんやけど。芦屋さんが敵をボッコボコにする時にチラッと顔が見えるやろ?ほんで、泣いてるのを見てグッと堪えるような顔になるんよ」

 

「俺が暴れてるの、嫌だったのかな……」

 

「そんなんちゃう。こうやで、おほん。

 ――『また泣かせてしまった、不甲斐ない。我が動けぬ故、我が真幸に無為な行いをさせているのだ。悔しい…悲しい…苦しい…情けない。

 今すぐに抱きしめて、この手の中に収めてしまいたい。

 だが、其方の戦う様は美しい。それ故に手中に閉じ込めてはならぬのだ。

我も役目をまっとうするため、さらに研鑽せねばならぬ』ってな!!」


「ま、真子さんすごいな。颯人が喋ってるかと思った」

「マジパネェ!真子っち口寄せできるんぢゃね?!」


「「……」」


 


 〜〜い、イナンナ……!!!どうしてこう、いつも良いところで突っ込んでくるんだ!?

 フツーに会話に入ってきたイナンナは得意げな顔をして俺たちの顔を代わるがわる眺めている。

 

 いっつも音もなく現れるのやめろ!!真子さんは呆れて声が出ないだけだけど、俺はびっくりして心臓がめちゃくちゃドキドキしてるからな!!!!

 はー、びっくりした……。


 

  

「そうか、イナンナは俺の心臓を止める気がなんだな?」

 

「えっ?マジ卍なズッ友の息の根を止めるわけないっしょwwウケるww」

 

「なるほど、妃菜ちゃんが言うてた通りの御仁や。イシュタル……正式名称イナンナ、シュメール神話の戦女神さんやな」


 

「そう言う真子っちは妃菜っちと仲良しだもんね?性格もそっくしだからすぐわかるよ」

 

「やめーや。妃菜ちゃんほどいけずちゃうやろ?優しい優しい真子先生ですから?」

 

「www自覚なしなの?ウケるー。

 話戻すけどさ、アタシ真幸と颯人っちの関係結構好きだよ。

横に並んで立って、同じものを見てるっての。アタシが王位を授ける時にそう言う物を持つ人は大成してたかんね。

 アタシも、そんな相棒が欲しかったな……」


 イナンナが珍しく真面目な顔してる。

 俺はイナンナの方が羨ましいけど。誰と会ってもすぐにこうして打ち解ける。ギャルの人はコミュ強だ。


  

 真子さんはイナンナと俺の間から抜けて、喫煙所の端っこでもう一本タバコに火をつけた。目線が合うと、涙に腫れた細い目が緩やかに垂れる。

 

 うん、なんとなくスッキリできた感じだ。大丈夫だな。

 

 



「そんでー、出雲の話だけどさ。真幸の剣の使い方が気になったんだ。まだ話せるっしょ?」

 

「……はっ!イナンナ!戦の女神!!」

 

「ふふん。アドバイスしてしんぜよう」

「お願いします!」


  

「おし、任せとけ。あんたさ、剣を薙いでカマイタチで切ってるっしょ?颯人っちが持つ風の特性もあるけど、使いやすいの?切るには重くない?」

 

「うん。神器・草薙の剣は本来打撃メインだと思うけど、それじゃ一撃必殺にならんし相手が痛いんだ。

カマイタチの妖怪さんに手伝ってもらってる。真空を作っても意味がなかったし。

 カマイタチなら切れ味が鋭くて深いけど、痛みも出血もほとんどないだろ?」

 

「そだろね。かまいたちってのは物理的には存在しない。音速超えてもでかい音と衝撃波しか出ないから、使い手が吹き飛んぢゃうだけっしょ。真空も意味ないしー」

「おっしゃる通りです。カマイタチの妖怪さんがいなければできない、ファンタジーなやり方なんだ」


 

「ダヨネー。妖怪が使役できる、あんただけのやり方かな。

 そんなら、剣じゃなくて刀にしなよ。塚原卜伝の極意も『一撃必殺』っしょ。真幸の武器と使い方があってない。刀は引いて切るんだよね?包丁と同じで」

 

「いや、ちょっとニュアンスが違うな。刀は反りがあるから、振り下ろす動作だけで引き切れる。言葉では引くって言うけど、滑らせると言った方が正しい」


 

「じゃあやっぱ刀の方がいいぢゃん。なんだっけ鬼一の、あれ。イケ、イケ何とかに鍛え直しして貰えば?」


「イケハヤワケノミコト。うん、そうしようかな……。イナンナの言うとおり武器が合ってないよね」

「そーそー。勿体無いよ。カマイタチも乗っかりずらそうにしてたし」

 

「そっか、要検討だな。ありがとう」

「うむ。戦女神を友にしてるんだからちゃんと役立てな?」

 

「イナンナ……いい奴だったのか。すぐ草生やす姦しギャルだと思ってたよ」

「オイ、ヒドくね?最初からアタシはいい奴だしぃ」

 

 うん、戦争のプロが言うなら間違いない。

イナンナはこう言う時だけ真面目になるし、話が合うんだ。正直話してて楽しい。



 

「そう言えば、イケハヤワケノミコトが俺の神器も作ってくれるって言ってたんだ。颯人が内緒でやってるから、よくわかんないけど」


「あっ!アレウケたwwあんたの下した神器が玉鋼だってwwwアハハwww」


「笑うなよ。俺だってよくわからん。そもそも神器は渡す側じゃなくて、貰う側が精製するもんだ。颯人のやるべきことが現れる筈なんだけど、何でだろうなぁ」


 玉鋼は刀の材料として使われるものだけど、刃物とかは何でもいけるらしいし。颯人も刀になるのかな?俺も後で刀について鍛冶士の彼に聞いてみよう。



  

 とっくの昔に燃え尽きた手中のタバコを灰皿に落として、じわじわと水が染みていくのを眺める。

 とぷり、と吸い殻が沈み込んで……俺も区切りがついた。


 大役にビビってる場合じゃないな。出雲は代表として覚悟を決めて挑まなきゃ。みんなと一生懸命準備して、万全の体制でその日を迎えよう。

 颯人ともたくさん相談して、完璧にしておこう。



  

 ふと顔を上げると、イナンナも真子さんもなんだか優しい顔して笑ってる。

 ……な、なんだよ。

 

 

「あー、本当に羨ましい。アタシもマジで相棒探そうかな。神継で神降ししたら行っても良い?」

「それ……問題ないんやろか?わからんけど天照さんに聞いておきますわ。イナンナはん、勾玉あるんです?」


  

「こうして現世に姿が顕わせるんだからイケんじゃね?あ……真子っち、依代やってないよね?」

「私は依代拒否さしてもらいますー。そう言う立場じゃない部分を見る仕事してますので。とりあえず芦屋さんに勾玉預けたらどないやの?」

 

「そうしよっかな?」



 なんでだよ、話の流れがおかしいだろ?どうしてそうなる。




「イナンナがズッ友だって言うなら勾玉は預からないよ。俺に預けたら使役されちゃうだろ」

「別にいーけど?もし使役するなら、戦闘指南でもしてあげますけど?」

「………………」


「あっはははwww揺らいでるww

 アタシがいたら国難の時に役立つと思うけどぉー。争いが起きそうなのも分かるし、でっかい戦争に関しては根回しまで精通してるしぃ。政治もイケイケだよ?」

 

「ぐぬ……ぐぬぬ……」


 イナンナの得意げな顔を見てくれ。憎たらしい。


 確かに助けてもらえるなら、ありがたい存在だけどさ。なんかこう、上手くいえないけどイナンナはそう言う立場でいて欲しくないんだ。


  


「ま、もし勾玉が欲しくなったら言いなよ。あんたの事は本当に信頼してるし、好きだよ。勾玉がなくたってアタシはいつでも協力したげる。

 出雲会議もさ、こんな風に初めてのことだらけなのはすごいっしょ。

長い歴史を抱えた日本で、再び国づくりが始まる。新しい体制に新しいやり方……きっと素敵な調印式になるよ」



 イナンナが言いたい事はこれか。俺を励ましに来たなら最初からそうしてくれればいいのに。

 俺だってイナンナが好きだ。何がなくても協力し合える仲でいたい。大切な友達だと思ってるから。


 

「しっかし、調印式に出るって事は窓口が真幸に固定されんね?仕事増えたけどイケんの?」

 

「……何とかするよ。俺が象徴ってのはあからさまにしないでほしいけどさ、無理だよな。

 代表ってだけで俺の名を残すわけじゃないし、あくまでもヒトガミって立場だから」


 

「まぁ、そやな。今となっては名前を作っておいて良かったとは思ってます。芦屋さんの名前を歴史に残すんは危険や。神様として、これから先も長く生きていかはるんやからな」

「あー、それは賛成。真名なんかこの先ガチで隠した方がいいよ。アタシみたいにすると、後世で散々名前変えなきゃならなくなる。人に縛られちゃうからさぁ」


 

「へぇ……いろんな名前があるのはそう言う事情もあるのか。気をつけなきゃだな」

「まーね、いざとなれば拒否なんか簡単だけど『障らぬ神に祟りなし』って奴ぅ?」


「意味合い的には間違いじゃないが、この場合は『君子危に近寄らず』だろ?」

 

「あぁ、そうか。そうだね、確かに。

 アンタは間違いなく君子だ。でも、危に近寄って……何でもかんでも背負っちゃう君子だけど」



 

 イナンナに真っ直ぐ見つめられて、たじろいでしまう。……なんでそんな目で見てくるんだ。

 

 いつのまにかいつものキャミワンピから着替えて、スケスケ正式衣装に変わっているけど……何事?


  

「戦の神であるイシュタル・ニン・アンナがヒトガミに生涯の友情を誓う。全ての闇と、光と、風と海と、熱を孕む出雲でこの国の調印式とともに盟約を為すとしよう。

 イシュタルの名の元に、ヒトガミが世にある限りは守護を授ける。

その名の通り、人間と神の間に立ち……幾久しくこの国を治めよ」


 おい、こら。喫煙所でやる約束じゃないだろ。……まったく。イナンナらしい。

 イナンナが手を差し伸べ、俺は膝をついてそれを握る。自分の額に手の甲をつけて、目を瞑った。

 

 

「国は治めないぞ。俺は縁の下の力持ちだから。……謹んで、盟約をお受けします」


 


「………………ッダーーー!!!久しぶりにやったから、顔が固まった!!ちょ、真幸ぃ!マッサージしてww」

「草生やすなし。全くしょうがないな……」

 

「いひゃい!!引っ張んなし!!」

「マッサージしろって言ったじゃん」

「優しくしてよぉ!ズッ友だろ!?」

 

 普段着に戻ったイナンナのほっぺをギューギュー引っ張って、おかしくなってきちゃったぞ。笑いすぎて腹筋が鍛えられそうだ。



「……喫煙所で交わす盟約ちゃうやろ!?しかも私しか見てなかったんやで!?見届け人になってまうやんか!!」

 

「そうだなぁ、真子さんの名前もこれで調印式に記されるぞー?楽しみだなー」

 

「いいぢゃん!アレじゃね?式に来た奴らみんなにサインしてもらって人数増やせばヒトガミも紛れんじゃね?責任分散できるんぢゃね?」


「イナンナ、頭いいな。そうしよう」

 

「……ゔぁーーー!!仕組まれた?仕組まれたんちゃうのこれ!?」



 真子さんのあの顔。俺が嫌がる意味がわかっただろ?くふふ。

 調印式がますます楽しみになったな。


 イナンナのちょびっと赤くなった頬を撫でて、お互いニヤリと嗤った。

 

 

 


 


 

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