102 『颯人』

「ふー……」


 目を瞑り、鼻から息を吸い、口から大きく吐く。まずは、祝詞からだ。出雲での祭事は関東とは少し違う方式になるから、より気を引き締めないとな。

 独特なのは神語しんご謝恩詞しゃおんじがある事。大祓祝詞の言葉も少しだけ変わるし、拝礼の方法も違う。

 

 今回は出雲式の大祓祝詞と謝恩詞、神語で行こうかな。


 出雲の拝礼方法はこんな感じ。

 全国的に通常参拝は二拝二拍手一拝だが、出雲の通常参拝は二拝四拍手一拝。

勅祭と呼ばれる、皇位継承一代一度の大嘗祭だいじょうさいでは二拝八拍手一拝。


 柏手は神様を讃える仕草で、4回は四季を表し、8回は無限を表す。柏手も拝礼も大切な儀式の一つだ。


 深く頭を下げ、心の中でつぶやく。

 

 痛い思いをさせてごめんな。俺、颯人の事になると冷静でいられなかった。

 ここは、颯人の故郷だ。颯人の大好きな場所なんだ。

もう、こんな事が起こらないように……今日、ちゃんとした社を建てて責任をもって守っていく。

未熟者の俺を、許して欲しい。


 

 

 崇徳天皇と菅原道真、二柱とも怯えた色がなくなって嬉しそうな顔してる。痛い目にあったはずなのに、本当に俺に会いたかったんだ。


 髪を解いて力の縛りをなくす。

 誠心誠意込めて、全部を渡そう。

 俺がやってしまった大暴れの代償だ。


 


 大きく息を吸って、柏手を叩く。

 七色の光が舞い落ち、小さな颯人が目をキラキラさせている。本当に可愛い。横に並んだ大きな颯人も同じ顔してるんだ。颯人を含めて家族みんなの祓もしっかりやらなきゃね。


 大祓祝詞を丁寧に言霊にしていく。

 出雲での決まり通り、末尾の変化とプラスアルファの言葉を足して、ゆっくりゆっくり、間違えないように。

 次は謝恩詞。いつもの通り「掛巻かけまくかしこき」からはじめ、途中で胸がきゅうっと締め付けられた。


 


──求むるに得しめたま

 勤むるに成らしめ給ひ

 親族うから家族やからにぎむつび日に心安うらやす

 楽しく撫で給ひ守り給ひて

 

 顕世うつしよを去りぬるのちの魂も

 永久とこしえをさめ給ひ恵み給ひ

 幽世かくりよみのり

 神のつららしめ給ひ


 はつこいや次々をも守りさきはひぬべく

 穴那比あななひ給ひ助け給ひて


 顕世うつしよ幽世かくりよ

 たのしみ喜びの変る事なくつくる事なく


 恵み給ひうるはしみ給はむ事を

 嬉しみかたじけなみ──



 

 謝恩詞は、家族が仲良く楽しく過ごしていきたいと言う気持ちが込められている。それを末裔すえまで願い、今生きている現世と亡くなった後に行く幽世かくりよまで尽きる事なく、愛と恵みを分け合って心を穏やかにして行けるようにと祈る祝詞。

 

 出雲大社は縁結びの場所とも言われている。男女の仲はもちろんのこと、生きとし生ける者が共に手を携えて幸せになるように、と縁を結んでくれる。


 出雲大社で祀られるオオクニヌシは魚彦と共に国土を開拓した神様だ。農耕・漁業・医薬……人が暮らしていく上で必要なものを知恵として民に広く授け、みんなが平和に暮らしていけるようにしてくれた。



 

 俺はこの出雲の地で、崇徳天皇と菅原道真と優しく縁を結ぶべきだった。二柱がたとえ卑怯な真似をしても、優しく説いて諭すべきだった。

 

 初めての任務の時みたいに、失敗してしまったんだ。このあと……二柱をうんと甘やかしてあげよう。冷たい言葉を吐いたのに、こんなにも俺の祝詞を喜んでくれてる彼らにお説教は必要ない。


  

 累がいつも抱えてくれている胸の栞に手を当てて、瞑目する。

累がふわふわの毛玉のまま体を擦り寄せて、涙が溢れそうになった。

 

 俺はもう一度、原点を見直さなければならないな。

 力を持ってしまった今だからこそ、そうすべきだ。それを気づかせてくれた二柱には『ありがとう』って伝えなきゃ。



 

 慈しみの心と、愛に溢れた神様達。

 颯人もその一員だ。

 俺はここで天津神と国津神の調印式を任せて貰えるなら、ちょっとだけ嬉しい。颯人と二人で始めた仕事がこんな風に結実したと……形に残るから。

クニツクリが始まったこの地で、二人でもう一度スタートしたい。


 謝恩詞が終わって一拝すると、白石と伏見さんが俺の横に並ぶ。

背後には妃菜、アリス、鬼一さんと星野さんも一緒だ。


 国護結界を成した時、不思議だった。祝詞は口に出す際、言霊を載せると複数人なら音が出ないはずだ。

 

 あの時、みんなの声が確かに聞こえた。心が一つになって、同じことを思っていれば祝詞は音になるんだ。


 


幸魂さきみたま 奇魂くしみたま 守給まもりたまえ 幸給さきわえたまえ


 息継ぎをしながら時間をかけて言霊を込め、長く長く神語を唱える。

 一つ一つの音を長く口にするのが特徴の神語は、かなり独特な発音だ。

 みんな、ちゃんと練習してきてくれたんだな。


 幸魂さきみたまさきは咲、裂。

 奇魂くしみたまくしは串、櫛。


 

 神語は、分化し増殖したものを一つに統一してオオクニヌシの示した道に倣い、みんなが幸せに明るい未来を送れますように、と願うものだ。

 出雲の祝詞は広く民草のための祈りが多い。国を作ってくれたオオクニヌシがそれを受け取り、守ってくれるここはとっても大切な場所だ。

 

 颯人が名付けたこの地をこれからもちゃんと大切にしていかなくちゃ。国護結界の繋として……きっと一番の要になるだろう。


  

 全員の音が揃って、息継ぎも同じタイミングになる。

何も打ち合わせしてないのに、何も話してないのに、心が一つになってる。


 崇徳天皇も、道真も、頬を赤くしてほろほろ泣いてる。

 寂しかったんだな……。俺の事を恋しく思ってくれてたのに遅くなったから、俺のせいで泣かせてるんだ。本当にごめん。


 


 神語が終わり、深く拝したまま目を瞑る。頭を上げない俺の顔をみんなが覗き込んできて、伏見さんが肩を叩く。



「芦屋さん、あなたのせいじゃありませんよ。僕が手配を早くにすべきでした」

 

「伏見だけじゃねぇ。俺もだ」

 

「白石さんは新人ですから気にしないで欲しいですねー!私も中継ぎができませんでしたし……反省です」

「私もやな。お偉いさんになったかて思う通りにできん。ごめんな、真幸」

 

「私は、もっとお手伝いします。芦屋さんだけに何もかも背負わせているのはもう嫌です。……暴れん坊は、すごくカッコよかったです。私はまだドキドキしてますよっ」


「星野さぁん……」


 


 顔を上げて、星野さんをジト目で見つめる。鬼一さんの影に隠れて、ちろっと舌を出して笑ってるし。んもぅ。

星野さんを匿った鬼一さんは苦笑いだ。


 

「なぁ、真幸。ちゃんと、もっと仕事を分けよう。お前さんがやるべき事ばっかりじゃない。俺たちがさっさと登仙して、お前が抱えてるものを分散しなきゃダメだ。

 俺たちが力不足だったからできなかったが、これから少しずつでもそうしようぜ。

星野が言う通り、お前は格好よかった。……惚れたぜ、俺は」



「鬼一……?お主もか……」

「は、颯人!?なんで怒ってんの!?待って、違うよ!鬼一さんはそう言うのじゃないだろ!?」

 

「真幸は我の相棒だ。我が守りたかったが、何もできなかった。そなた一人の責と思わぬようにしてくれねば、我も後悔の海に沈みそうだ」

 

「むむ……じゃあ、ウジウジしてないで体を動かそう。みんなでお片付け&建立しに行こ」

「うむ。そうしよう」



 

 みんなに頭を撫でられて、ホワホワした気持ちになる。

 幸せの後に不幸が訪れないって言うのは、何かが起きても幸せな結果にすればいいって事だ。

さて、やるぞう!


「崇徳院、道真も一緒に行こう。お片付け、一緒にやってくれるだろ?」

「「……はい」」



 

 この場にいるみんなを抱え、転移の術をかける。

今日はきっと、布団でバタンキューだな。バリバリ働くぞ!!


「……夜のために体力を残してほしいが」

「颯人!?夜は寝るだけだぞ!?」


「はいはい、ご馳走様。まだ慎んでくれ」


 白石のツッコミにみんなで笑い、目を閉じた。


 ━━━━━━


 

伏見side


 

「颯人様!重いものはいいですよ、僕たちに任せてください。まだ、本調子ではないでしょう」


 櫓の木切を掴んで持ち上げようとした颯人様を止め、慌てて鬼一を呼んだ。


 


「伏見にも視えるか。なかなか強くなったな」

 

「……いえ、今回のことで力不足を痛感しました。僕の差配が原因で引き起こした事件です。

 芦屋さんに悲しい思いをさせてしまいました。申し訳ありません」


 ふ、と微笑んだ颯人様は、遠くで崇徳天皇と道真と共に、社を復活させる芦屋さんを見つめている。


 


「この国の全てを背負い、何もかもを自分の責にしてしまうのだ。我の花は、言うことを聞かぬ」

 

「放っておいて良いのですか?呪力を使い果たし、荒神になりかけて、先程は祝詞で霊力を使い果たしました。

 今は神力のみが残されていますが、芦屋さんも疲れているはずです」


「よくはない。仕方ないのだ」

「しかし……」

 

「伏見。颯人様の愛情なんだぜ、これは」


 鬼一が木材を肩に担ぎ、苦笑いになる。白石も同じようにして頷いている。



 

「芦屋は自分の中で区切りがつかなきゃ、颯人さんに寄りかかれない。だから待ってんだよ」

「さすが分かってんな、白石。漢ってのは、黙って女が頼るのを待つもんだ」


 むむ……。鬼一は恋人などいたことがあるのだろうか。僕でさえ、泡沫の恋もどきしかした事がないのに。

さっさといなくなってしまった二人を恨めしげに眺めて、ため息を吐く。


 

 

「真幸は晴明の言葉通り一柱の神として立った。その意思は巌のように固く、何人たりとも崩せぬ。

 本当は籠に閉じ込めて誰にも見せず、触らせず、我だけのものにしたい。

ただただ甘やかして愛したいが、それを許してはもらえぬ。姫達のように愛されてはくれぬのだ。

 真幸が自力で立つうちは見守り、疲れた時に我が支えてやるしかない。

あれは男としての矜持も持っている。真幸を認め『信じて任せる』事が我には求められている」

 

「……それは、確かにそうですね。

 芦屋さんはもう言葉にできないほどお強い。身体的にあそこまで強くなっているとは思いませんでしたが」



 

 飛鳥殿に見せてもらった一部始終の記録。まるで鬼神のように複数の敵を撃ち倒し、無双を誇っていた彼は……僕の知っている芦屋さんではなかった。

 勾玉を預かり、神や偉人達から学んで研鑽しているのは知ってはいた。

彼が作った自宅の道場は毎晩灯が灯っていて、埃一つ落ちていない。

 あの方が使う竹刀、弓の持ち手には血が染み付いている。



「真幸の剣は、我より上かも知れぬ。体術はまだまだだが奇怪な動きで伸される事もあるぞ。

 真幸も我も互いが師匠であり、弟子であり、相棒、兄弟、父母、そして……まだ認められてはおらぬが、その内に必ず手に入れる立場が用意されている。

 全てをくれる真幸には望むままに生きて欲しい。そして全てを分かち合いたい。

この歳で我も剣を学び直している。……相棒は成長が早くて困る」


 

 颯人様は八岐大蛇ヤマタノオロチを打ち倒した神だ。その方に『学び直さねば』と思わせるなんて。男女の仲での理想そのものだと思う。……今のところは相棒ですけどね。

 思い合う二人の究極の形は、互いが成長しあうこと。決して依存する事ではない。


 

「あれの最後の寄る辺は我だけだ。

 その想いに応えたい。体を鍛え、守り抜かねばならぬ。自身を、真幸を……今度こそ」

「重い、言葉ですね」

 

「そうでなくては困るだろう?」

「はい」


 


 芦屋さんが、笑っている。

道真が小さな花を彼の髪に刺し、崇徳天皇が髪を結って、二柱とも頬を赤らめて……。

 さっきまでの光景が悪夢だったんじゃないかと思えるほどに優しさに満ちた光景だ。

 

 あんなに怯えていた二柱が、完全にメロメロになっていますよ。相変わらずですね。


 

 珍しく説教をしなかったのは、彼らが本当はこんな事をしたくなかっただろう事を分かっているから。

本来の芦屋さんも同じく、あんな風に剣を振いたくなかったはずだ。


 白石は必死で隠していたが、全てを見届けて四肢が震えていた。

 彼の偉業を見た者は、必ず一度は畏怖を抱える。それを超えて傍で支えたいと言う気持ちが生まれるのは、ごく一部だろう。

 

 畏怖を抱えてもなお、彼の行いを正しく理解でき、彼が見つめる先を自分も同じく見てみたいと言う、強い意志。

それがある人だけが彼の優しさに触れることを許される。


 白石もまた、立派な仲間ですね。



 

「はぁ……疲れたな。流石に今夜は寝顔を眺めるのは無理だ。ここまで欠かさずにいた習慣が途絶えるのか……」

 

「……まさか、アレを毎晩してるんですか?」

 

「そんな目で見るな。我が愛する真幸に向けているものはまだ『ぷらとにっく』でなくてはならん。寝顔を見ているだけだろう」

「相棒の線はギリギリ超えてませんが、起きていたら怒られるから、寝ている内にされてるんでしょう。僕は見て知ってますからね。顔やら首やら撫でくりまわして愛を囁いているでしょう。

 ダメですよ、一番の理解者が彼の決めた『相棒』を超えないでください」



 くつくつ、と笑った颯人様が肩を組んでくる。


「伏見は甘いぞ。普段の触れ合いに満足していないのは我ではなく、真幸だ」

 

「は……え……芦屋さんが???」


「そうだ。あれは愛情深いだろう?とっくの昔に心のうちに抱くものは、形を変えている。

『人の体があるうちは男として生きたい、相棒でいて欲しい』と言った願望を叶えてやらねばならぬ。

我はそのために夜毎睦言を呟くのだ」

 

「…………………………」



 顔が熱い。頭が痛くなってきた。

芦屋さんと颯人様の関係って……いや、確かに相棒ですよ。ただ、僕が知っている相棒とはだいぶ違う。


 完全に両思いなのにプラトニックを貫きたいとかなんの修行なんですか??

それを知って待つだけではなく、その思いを遂げられるように手伝う颯人様はなんなんですか??

 僕は、僕は……こんな事まで知ってしまってどうしたら良いんですか!?


 


「む、電池切れだな」


 颯人様が突然走り出す。

 ものすごいスピードで芦屋さんの元に辿り着き、倒れ込む彼を抱き抱えた。

後を追って、それを取り囲む仲間たちを一人一人じっくり眺める。

 

 ここにいるのは、芦屋さんのやってきた事が集めた人達だ。彼を心から支えたいと思い、慕いあう仲間たち。

僕もその一員なんだと……勝手に幸せな気持ちになってしまう。



「真幸!」

「芦屋さんっ!?」

「アー!限界でしたか……こりゃ出雲に一泊ですねぇ」

 

「高天原に戻れば良いんじゃねぇのか?」

「鬼一さん、ダメだ。高天原で芦屋が隙だらけだと悪さする奴がいる。颯人さんもヘトヘトなんだから今夜は危ねぇ」

 

「えぇ……?高天原でもそんななんか?」

「こっちなら数を揃えられるが、高天原に登るには俺たちも苦労するんだよ……何かあっても守ってやれねぇの」

 

「はぁん……ほんならしゃーないな……」


「天界の方が危ないとか、どれだけなんですか?」 

「「「それな」」」

 

「ちょっと、漫才していないで静かにしてください。具合を診ますから」

 

 かしましい仲間たちに伝えて、抱き抱えられた芦屋さんの脈を図る。

……はい、問題ありませんね。疲労困憊なだけです。


 

 

「高天原は白石が言うようにダメです。夜の習慣をされたら、神々が刺激されますから。颯人様が弱っているので監視付きのホテルに行ってもらいましょう」

 

「えっ、何?伏見さんなんか知ってんの?習慣ってなんや?」

「……秘密です」


 弱っている颯人様と二人きりなのも危険だろうことも含むとは言えない。後ほど全員で合流しますし、隠密を見張りに立てましょう。

 体の疲労と理性の弱まりはセットですからね、危険なフラグはへし折ります!!


 

 

「ん、颯人……ごめん、眠くて」

 

「よい。今日は疲れただろう。崇徳院と道真は兄上からに引き継いでもらおう。其方が甘やかしたのを見ていたからな、説教すると息巻いているぞ」


 半分閉じた目のままでぼんやりしながら芦屋さんが喋っている。

寝ぼけている時と、酔っている時は近寄らない。彼はこう言う時本当に凶器なんですから。

 


「なんでぇ?優しい子達だから、手加減してやって欲しいんだけど。お花もらったんだ……かわいい?」

 

「愛い。しかし、我以外から花を受け取るのか」

「颯人にとっては俺が花なんだろ?それに、花じゃなくて……颯人の……」


 

「……せ、セーフ、ですよねっ!?」

 

「いやアウトやろ。殆ど言ってるやん。相棒の範囲はギリ超えてないんかもしれんけど」

「ここは間をとってセウトにしましょう」

「星野は何言ってんだ」


 うん、星野のおかしな発言を採用します。彼らの関係性はまさしくそのようなものですから。



 

「颯人様、ここからすぐの宿に温泉があります。調印式の後も泊まる事になるでしょうから、下見を兼ねて行ってください。伏見の隠密が案内しますから」

 

「ほう?流石だな」

「そう言っていただけるよう、差配を見直しますよ。芦屋さんにも、後でそう伝えます」


「頼む。すまぬな、先に行くぞ」

「はい。ゆっくりお休みください」


「颯人……待って、ちゃんと社を見ておきたい。颯人の大切な場所だから」

「わかった」




 フラフラした芦屋さんの足を下ろし、颯人様がそれを支える。

海風が涼しい秋の始まりを伝えて、二柱の黒髪が優しく靡く。


 支え合って微笑み、すっかり綺麗になった社を眺めている。


 風の中に立って……あっ!?



「風の中に立ち、支え合う人……」


 ――颯人――



 

 颯人様の文字、そのままの光景ではないか。……そうだ。そういう事なんだ。

この方は、芦屋さんと寄り添うために出会ったんだ。

 

 お二人は運命だった。


 少女のような思考だとは思うが、この場にいる誰もがその名を呟いている。

 そう、颯人様と手を取り合ってこそ芦屋さんは本当に幸せになれる。颯人様が最初から望んでいた人が芦屋さんだったから。他の人ではこうなれないんだ。

 

 デステニーだのなんだのを芦屋さんはよく口にしているが、今回ばかりはデステニーだと言わざるを得ない。 

 お二人が共にいるのは必然であり、偶然ではない。颯人様が自身の名として人の世に降りて、夢見た運命は芦屋さんだった。

 


 神の仕合わせとしか言えない。仕合わせとは、巡り合わせのこと。運命とも言うでしょうね。

 運命の中でお互いを結びつけ、唯一無二の存在として並び立つ二柱が笑う姿を、僕はこの先ずっと見ていられることだろう。


 ……それがただ、幸せで仕方がない。


 


 七色の神力残滓を残して消えた二柱の足跡を見つめて、何故か切ない気持ちになる。

 僕は、二番手で居られるだろうか。

 白石も、鬼一も、星野も、鈴村もアリスさんも……みんな芦屋さんの大切な人であり、芦屋さんを思って支えている。


 いや、彼のそばにいたいのなら、こんな事を思う暇などない。さっさと登仙してずっとお傍に仕えよう。あの方を支える一柱になるんだ。


 


「なぁ、伏見。さっき颯人さんに何聞いたんだ?」

 

「芦屋さんが激しいのは武芸だけじゃないという事ですよ。あの方のバランスは颯人様が保っています。『相棒(仮)』で居られるように」

「……あー。聞くんじゃなかった」

 

「…………直人」


 終始無言を貫いていた月読殿がしょぼくれながら白石のスーツの裾を摘む。

 それに気づいた白石が月読殿の頭を撫でて微笑み合い、再び集めたゴミをまとめ始めた。


 

 

 白石は月読殿の気持ちを整理してあげられたんですね。……すごいな。あのヤンデレ月読様が事実を受け止めて、シャッキリしていられるなんて……。


(あなたは人の事ばかりではなく、自分の伴侶を探す苦労もしなさい)

(身近な人が尊すぎて無理な気がします)


(否定はできないわね。仙人になって神様で素敵な人を見つければ良いのではないかしら?くれぐれも、真幸を基準にしてはダメよ。あそこまで美しい縁はそうそう持てるものではないの)

 

「……はぁ」


 ウカノミタマノオオカミに反論できないままため息をつき、神継たちと共に後始末に精を出す事にした。

 

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